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教えることと教わること

 

四月の終わりから、未熟な身であるにも関わらず、師匠に代わって大学生の学生指揮者のレッスンをさせて頂いている。

レッスンというより伝えることを通して自分も教わっているようなもの。

そうして自分自身学んでいけ、そして基礎に忠実であれ、基礎の大切さを教えるうちに痛感せよ。

そういうメッセージを師匠から頂いたと思って、僕に出来る限りのことをやろうと試みている。

 

昨夜はその学生指揮者の女性が今度振るという吹奏楽曲をレッスンさせて頂いた。

師匠の椅子に座って、その子が振るのを見ながら、言葉だけではなく「そこはそうじゃなくて」と代わりに振ってみせることを何度もした。

レッスンが終わってからその子が、「音の変わりように鳥肌が立ちました…。」と言って下さった。

そこまでガラリと音が変わったのは奏者の方が協力して下さったからこそだが、それでも僕にはその言葉がとても嬉しかったのだ。

 

僕は指揮を習い始めて以来、師匠が自分に代わって振って下さるのを見て・聞いて、数えきれないほど感動した。(今もそうだ)

そしてそのことが、僕を「指揮」という営みにのめりこませていった。

何だか分からない、自分では音を鳴らさない棒の一閃が明らかに音を変える。

それまでニコニコしていた人の身体からエネルギーが湧き上がり、その場に「何か」を生成させる。

息を呑み、言葉を失い、痺れるほかない驚異の瞬間!

 

もちろん、僕には師匠のような次元でその変化を見せることは到底出来ないのだけれど、「指揮してみせる」という同じやり方で

僕が師匠から頂いた感動のほんの僅かでも彼女に伝わったとすれば、それは本当に幸せなことだろう。

だから改めて思ったのだ。この先生のもとで指揮を学んでいて良かった。

行き詰まることも行き違うこともあるけれど、これからも必ず学び続けよう。

自らの棒にすべての原因を求めることは精神的に過酷だが、その厳しさを引き受けよう。

 

気付いてみれば東京の他でも指揮する機会を今年も頂き、2014年には海外で指揮する機会も頂いた。

焦らず学び続けていれば機会はやってくる。

言葉にしがたい驚異の瞬間を何度も何度も味わいたいし、少しでも与えられるようになりたいだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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