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祈りの宛先

 

端的に言って、年が明けてからずっと、「祈り」ということを考え続けている。

久しぶりに高熱を出した前夜も、うなされながらずっとそのことを考えた。

翌日ふらつく頭で「展覧会の絵」とバーバーのアダージョを振りにいったときも、頭の中ではずっとこの問題が流れていた。

何か特定の宗教に関することではなく、行為としての「祈り」。彼岸の領域を超えるもの、生と死を繋ぐもの。

演奏するときに、指揮するときに特別な時間が訪れるのは、内面からこの「祈り」と言うほかない感情が溢れてくるときだと気付くのだ。

 

だとすれば祈りとは何か。祈りの宛先はどこか。いまだ言葉にはならないけれども、考えは徐々に形を取り始めている。

「指揮者としての私は、ただ音楽に奉仕する存在なのです」というカルロ・マリア・ジュリーニの言葉と、小林康夫の一文が重なり合う。

「祈りが目指している出来事に対して、祈る者は非力であるのでなければならない。

激しくそれを願うが、しかし願い祈る以外のいかなる世界内的可能性も絶たれている者にとってのみ、はじめて祈りは可能になる。」

物を書くとき、話すとき。それから指揮するとき。おそらくは何かしらの出来事を呼び込むという点において、「祈り」という身振りは全てに共通する。

だからこそ、この身振りに対して、僕は自分の人生を賭けようと思う。

 

新幹線の車窓から「天使の梯子」がふと見える。その中を舞い上がる飛行機の姿に感動する。

気付かないだけで、身の回りには奇跡的な出来事がたくさん宿っている。

今年一年は「祈り」という問題を考え続けながら、日常の奇跡に敏感でありたいと思う。

 
 

さあ、今から奈良でリハーサル。新しく沢山の人たちに会うだろう。

音楽に関わることが出来るということもまた、僕にとっては一つの奇跡なのだ。

 

 

 

 

過去の再読

 

休学中にここに書いた文章を読み返す。三年前だ。

あのときのような真っ直ぐな決意を持った文章を書くことができるか?

あのときの溢れんばかりの宣言に応える強度を今の自分は持っているか?

あのときから周りの環境も、自分の年齢も随分と変わってしまった。

三年のうちに、後戻りの出来ないところまで来てしまったことを実感する。

 

けれども。一瞬の躊躇を挟みつつ、僕は三年前に答えるだろう。

これが本望だ。

 
 

三本の指揮棒

 

フィリピンで一ヶ月続いたコンサートツアーが終わったあと、セブ島にあるSeven Spirit音楽教室の子ども達に、僕の使っている指揮棒を三本渡した。

最初から渡すつもりでいたわけではないのだけれども、二月に訪れた時に指揮を教えた子どもと、今回の指揮者体験コーナーで見事な指揮を披露してくれた子たちにせがまれて譲ってしまった。

 

指揮棒は単なる棒に過ぎない。これで弦をこすっても音は鳴らないし、息を入れる場所もない。一人で振り回したって何にもならない。

それでは一体、指揮棒とは何か?もちろん指揮棒を持つことによって生まれる技術的なメリットというのは沢山ある。

しかし正直なところ、これが無くたって指揮することはできるし、持たない指揮者だって沢山いる。

 

けれどもやはり、指揮棒を持つということは、指揮者として認識されるということだ。それは技術というよりむしろ精神に関わっている。

音の出ないものを用いて、いかにして音を作っていくか。棒を手にした子どもは、それが音が出ないものであるからこそ、そう考えるに違いない。

ステージの上で唯一、みずから音の出ないものを持って、しかし最前列に立って大勢を導いて行く。指揮棒を取るということは、そういう「勇気」を表すものだと思うのだ。

 

 

三本の棒を渡すときにふと考えた。

三本というのは、とても良いな。それは過去と現在、そして未来だ。

大袈裟かもしれないけど、三本を渡す事によって、二月・九月と一緒に過ごした時間を思い出しながら、その先を、未来を指揮してほしいと思ったのだ。

 

次にセブを訪れるのはいつになるだろう。

演奏会の終わったステージで、即興演奏をはじめる奏者たちに手にしたばかりの棒を振り回し、「ほら!」と嬉しそうな顔をこちらに向ける子どもたち。

いつまでもその勇気と笑顔を忘れないでいてほしい、と心から祈った。

 

 

未来を預ける

灘校で講義をさせて頂きます。

 

母校である灘校にて、指揮に関する講義を持つことになりました。20代で土曜講座(10月4日)に呼んで頂けることになるとは思わなかったので、大変に嬉しい限りです。

 

とはいっても駆け出し中の駆け出しの僕などが「指揮とは~」なんて偉そうに語れるわけはなく(語って良いわけもなく)、ピアノを用いた実演とともに、師匠から受けた教えを僕なりに紹介して行く形になりますが、母校ということで大胆に、自分にしか話せないことも喋ってみたいと思います。それは「指揮の比較芸術」というテーマで、音楽に留まらず古今の様々な芸術論や身体論と比較しながら指揮を考えることで、ある意味で捉えどころの無いこの芸術を言葉によって「変奏」する試みです。

 

それは僕にとって、東京大学大学院で人文科学を勉強することと、村方先生のもとで指揮を学ぶということとが、乖離したものではなく、互いに強く 影響を与え合っているものであることを示す営為でもあります。人文科学系の学問というのは、端的には「言葉にならないものに言葉で肉薄する(言葉という「肉」を与える)」ことに尽きると思うのですが、そうした日々のトレーニングを指揮という芸術に適用してみたい。もちろん、言葉にしようとしても逃げ去っていく何だか分からないもの(le-je-ne-sais-quoi)にこそ核心が宿るであろうことを理解した上で、です。そして同時に、学問上の師の一人である小林康夫先生が 折りに触れて語る、「僕は自分が知らないことについて書き、話すのだ。」という名言を継承して、即興的に話してみたいと思います。

 

なお、翌日14時からは大阪クレオホールでUUUオーケストラの国内演奏会を指揮します。こちらは記事を改めて紹介させて頂きますが、全席自由無料で楽しいコンサートになりそうです。指揮者体験コーナーなどもありますので、良かったらぜひ。

 

 

灘校土曜講座

<セブ滞在記 10日目>さよならセブ、さらばマニラ。

コンサートツアーを終えてセブからマニラへ移動。

マニラで皆と解散し、マニラ空港で夜通し論文を書いてエクストリーム一泊したあと、成田空港に向かいます。

日本へ向かう空の上、Gaano ko ikaw kamahalやエルガーが頭の中で流れ出し、何だかとても感傷的になってしまいました…。

 

さよならセブ、さらばマニラ。

また近いうちに訪れることが出来ますように。

 

I fly from Manila to Japan while singing Gaano ko ikaw kamahal. Good bye CEBU, MANILA.  I want to go back again, and hope to work with Manila Symphony Orchestra and Cebu Philharmonic Orchestra, of course Seven Spirit Kids.

Thanks for everything from the bottom of my heart.

最後の威風堂々

セブの空から。

マニラの空から。

<セブ滞在記 9日目>最後のコンサート

 

最後のコンサートはE-mallのステージにて。燕尾服に袖を通し、全身全霊を注いで演奏しました。

まずはUUU&CPO合同で金管十重奏 (のはずが打楽器やファゴットの方々にも参加して頂いて、なんと十五重奏になりました!)をロビーコンサートで指揮して、両国国歌で厳かに幕を開けます。 大好きになったスターパズルマーチ、アクションまで練りに練り込んだ楽器紹介「さんぽ」、この数ヶ月ずっと勉強し続けたヴァイオリン協奏曲Rewire と、始まるとあっという間に曲が進んで行きます。

最も忘れ難い瞬間のひとつは現地の音楽教室の子ども達と共演したFrozen Medleyで訪れました。半年前に訪れた時にはドレミを吹くのが精一杯だった現地の音楽教室の子どもたちは今や、オーケストラの中に入って一緒に一つの音楽を演奏するまでになったのです。それは本当に本当に「奇跡的な」光景で、チューニングを終えて指揮台に立ち、ステージに並んで楽器を構えたUUUメンバーと子どもたちと目を合わせたとき、その幸せに涙が溢れてくるのを止めることが出来ませんでした。Frozen Medleyを演奏し終わったときの彼・彼女らの誇らしげな表情を僕は一生忘れないでしょう。

 

それからもう一つ。エルガー「威風堂々」の指揮者体験コーナーに挑戦して見事な指揮を披露してくれた、Seven Spirit音楽教室に通う子どもがくれた言葉です。

「昨年2月にあなたが<運命>を指揮するのを見て、それから指揮に憧れた。フェルマータで伸びた最後の音を切るあの姿を僕もやってみたくて、あれから半年間練習したんだ。夢が叶って僕は本当に嬉しい!」

師匠、この言葉を聞いて頂けましたか。あのとき僕は、心の中でそう呟きました。なぜならば僕は、師匠のその姿に憧れて指揮を続けてきたからです。憧れたものを少しでも自分が体現することが出来て、その魅力を国境や年齢を越えて他者に伝えることが出来た。こんなに嬉しい事はありません…。

 

ヴォーカリストの氷置さんとの最後の共演となるLet It Go,そして愛に溢れたGaano ko ikaw kamahalを終えて握手したときに言葉無くして伝わった思いも、ヴァイオリニスト白小路さんとの最後のグラズノフで交わした別れも、どれもどれも肌を 震わせるものでした。野人から威風堂々に至るまで、目が合っては時に微笑み、確信に満ちて演奏する奏者の皆さんを見ていると、このまま時間が止まれば良い のにという思いに何度も駆られました。

振り返ってみれば殆ど一ヶ月近くになる演奏旅行。成田からマニラへ出発したとき、セブの打ち上げでマイクを渡される時のことを想像して、その瞬間までは走 り抜こうと目標を確認したことを思い出します。ほとんど毎日棒を振り続け、様々なアクシデントも経験した一ヶ月でしたが、体調も気持ちも常に万全な状態の まま、目標とした瞬間を迎えることが出来たことに安堵しています。

 

打ち上げで話させて頂いたConvivialite、共に生き・共に食卓を囲んで笑うような精神を失わずに、音楽に関わることの出来る喜びと厳しさと幸せを身一杯に受け止めた日々でした。合計で200人近くの奏者の方々と出会ってステージを共有し、5000人以上の方々に聴いて頂いたのだということを思うと夢のようで、まだまだ纏めきれない事が沢山あるのですが、今はひとまず無事に帰国したいと思います。一緒に演奏して下さった方々、支えて下さった運営の皆さま、本当にありがとうございました。

 

 

ロビーコンサート。なんと15重奏!

君が代

Gaano ko ikaw kamahal (How much I love you)

最後のグラズノフ

指揮者体験コーナー。

フェルマータ。

全ての終わりに。

<セブ滞在記 7日目・8日目>半年ぶりのLAKWATSA、奇跡の再会。

ラスト2回となったコンサートの初日は、今年2月にも演奏したLAKWATSAにて、UUU&Cebu Philharmonic Orchestraによる合同コンサート。終演後、「私のことを覚えている?」とある女の子が駆け寄って来てくれました。目を見るなり感動して叫んでしまったのですが、なんとその女性は、2月にLAKWATSAで演奏したとき、指揮者体験コーナーで指揮者を志願してくれた女性だったのです!

「また同じ場所で音楽を聴けて良かった。あれから私は音楽を専門にすることを決めて日々を過ごしていたのだけれども、今日またあなたが指揮しているのを聴いて、その決意を新たにした。音楽の楽しさを教えてくれてありがとう。」そんな言葉を頂いて涙腺が崩壊しました。我々の演奏がどれぐらい響いたのか実際のところは分かりませんが、少なくともこの一人の女性の心には継続して届いていたのでしょう…。

 

残すところあと一日、一回の演奏のみ。

明日が終われば倒れても大丈夫。全てを注いで演奏します。

Lakwatsa

Lakwatsaにて、RewireRewire 2

Conducted by Yusuke Kimoto

<セブ滞在記 5日目・6日目>Rewireのセブ初演、小学校での演奏と現地音楽教室での合奏。

 

午前中にワークショップを行ったのち、Sacred Heart Schoolにて第2回目となる演奏会を行いました。場所のことを考えて現代曲コンサートを開始するという、かなり攻めたプログラムを作って みたのですが、これがとてもハマったように思います。久石譲の「オーケストラストーリーズ・さんぽ」を用いた楽器紹介も大成功でしたし、突然指揮することになった 校歌Lux Oriensも歌詞を調べておいた成果あって一安心。個人的には、重心を低くとることを前日からずっと意識し続けて朝練を重ねていたので、それが音楽に反映されてきたことも嬉しいことでした。

 

何よりも、新作のヴァイオリ ン協奏曲Rewireの演奏を、同席してくださった作曲者の薮田さんに御満足頂けたということで、初演を指揮させて頂いたものとして本当に嬉しい限りです。作曲者の薮田さんから頂いたメッセージをここに引用させて頂きます。

 

今夏のUUUオーケストラプロジェクトはマニラからセブに移動しました。
本日はSacred Heart Schoolでの演奏会でRewireを演奏して頂きました。セブへ移動後、ソリストの白小路紗季さんは毎日7,8時間Rewireの練習に取り組んでく ださり、また指揮者の木許さんがオーケストラのメンバー方々と共に精神誠意取り組んでくだり素晴らしい演奏をしてだくださりました。
また今回の演奏にあたり、代表の野口さんのご配慮で今回の演奏機会、また直前のRewireのリハーサルに多くの時間を作ってくださりありがとうございました。(作曲家:薮田翔一さん)

 

日本人の現代曲を積極的にプログラミングに取り込んでいった師匠の弟子として、その精神を僕も引き継ぎ、たくさんの現代曲を演奏していきたいと考えています。初演を任せて頂けるというのはとても幸せなこと。作曲者の方にとって御新曲というのは子どものように大切な存在でしょう。大切な大切な子どもを安心して委ねて頂ける指揮者であれるよう、これからも精進する所存です。

 

夜にはCPOとのリハーサルを経て、翌日。

第3回目の演奏会は、セブ中心から少し離れたところにあるElementary Schoolでの演奏会です。昨夜のリハーサル会場ほどではないにせよ、相当な暑さと湿気のもとでの演奏となりましたが、それでもなお、奏者の皆さんと沢山目が合う時間となり、ひとつの音楽に向かって纏まり始めたことを実感しています。夜にはSeven Spirit音楽教室で子どもたちと一緒に合奏を。Kuya Yusuke!!と叫びながらわああーっと駆け寄ってくる子どもたちの真っ直ぐなパワーと、一つ一つの楽器を見つめるキラキラした眼差しに心を揺さぶられた一日でした。

 

残るはあと2日。マニラから数えれば一ヶ月近くになる演奏旅行ももうすぐ終わってしまうのかと思うと、言葉にしがたい気持ちに襲われます。イタリアンレストランで即興演奏を楽しむ奏者の皆さんを見ながら、日々を一緒に出来た幸せを思いました。このメンバーと演奏できてよかった。

 

Shoichi Yabuta: Violin Concerto "Rewire"

Sacred Heart

小学校にて。

セブ・フィルハーモニックオーケストラとの合同リハーサルのあとに。

セブンスピリット音楽教室に、昨年2月の写真が貼ってありました。

<セブ滞在記 4日目>セブ最初の演奏会、虹の海。

ハードなリハーサルの日々を終えて、コンサート1回目はDon Gerardo Llamera National H.Sにて演奏させて頂きました。会場に入るなり大歓声で迎えて頂いて嬉しかったと同時に、この会場のいちばん端に座った子供にも届くように演奏せねばと 気合いが入ります。

音響的には決して演奏しやすい環境ではなく、どんなふうに聞こえていたのだろう、と不安もあったのですが、終演後に「はじめて聞くオーケストラの響きは amazingだった。そして何よりも、演奏者が楽しそうに弾いている様子が好きだ!」という言葉を頂いて、少しばかり安堵しました。自己満足に陥らないよう、何が届けられるのか・何を届けることが出来たのかを常に考えながら、これから続くコンサートに臨みたいと思います。

演奏会のあとは今年2月にも訪れた海へ。まさかセブ島の海で乾杯することになるとは思わなかったね、と笑いながら、小学校時代の同級生であるソリスト白小路さんとサン・ミゲルを堪能。ビーチバレーでリフレッシュしたのちに見た虹がとても印象的でした。

ホテルに帰ってからは今日の動画をソリストと二人で見直しながら音楽の話を色々と。お互いもっと良くできるところが沢山見つかったので、今晩は譜読みと基礎練習の時間に当てることにしました。明日も良い一日にしましょう。

 

大歓声の指揮者体験コーナー

ハイスクールでの演奏会後、集合写真。

海での集合写真。このあと虹が見えました。

<セブ滞在記 1-3日目>連続リハーサルとワークショップ

 

セブでのプロジェクトがスタートしました。

初日からセブ・フィルハーモニックオーケストラ(CPO)とのリハーサル、翌日もリハーサル、翌々日はワークショップとリハーサル。そして今日からいよいよ演奏会が始まります。

合計で20時間ぐらい立ちっぱなし&振りっぱなしだったかもしれませんが、日を追うごとに疲れが取れていくような感覚があります。もちろん体力的にはかなり疲労しているはずなのですが、音楽の中でコミュニケーションが取れるようになって、たくさん目が合うようになっていくと、こんなに楽しいことはありません。英語でリハーサルを進めることも以前より随分慣れた感覚があります。コンマスぷーさん、パートリーダーの方々をはじめ、一緒に音楽作りをして下さってありがとうございます。

ワークショップでは、現地の音楽教室セブンスピリットに通う子ども達と一緒にアナ雪メドレーを演奏しました。
2月に会ったときには楽器を持ったばかりでドレミを一生懸命吹いていた子ども達が、半年ぶりに会ってみるとアナ雪メドレーを僕たちと一緒に最後まで吹いてしまうぐらいになっていて、その成長ぶりには圧倒されました。そして同時に、音楽の可能性に、年齢や言語を超えてひとつの音楽を一緒に演奏することのできる幸せに心から震えました。最後の写真は楽器紹介で演奏するある曲のワンシーン。喜んで頂けるといいな…たくさんの笑顔に出会えますように!

Seven Spiritの子どもたちと共演。僕も時々フルートで参加させて頂きました。

リハーサル会場の外で金管十重奏のリハーサル。このあと打楽器とファゴットにも入って頂くこととなり、最終的に十五重奏になりました!

楽器紹介リハーサル。何が起こるのでしょう。