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立花ゼミの新入生へ

 

などと題して、一ゼミ生に過ぎない僕がちょっと大きなことを書いてみようと思う。

立花ゼミの新歓は先日を持って無事終了した。(もちろん、興味を持った方はこれ以降でもいつでも入ることが出来ますよ!)

模範ブレストや自己紹介をやりながらずっと思っていたのは、「人めっちゃ多い!」ということに尽きる。

放射状に並んだ椅子と新入生たちを前から見ていると、まるでオーケストラに見えるぐらいの人数だった。

「ゼミ」と名のつくサークルにこれだけ人が集まるのは異例だろう。ひとえに、新歓係として体力と知恵を注いだ二年生の二人の

おかげである。ほんとうにお疲れ様でした。

 

沢山の人が来てくれたけれども、立花ゼミには「セレクション」なるものはないので、希望する人は誰でも入ることが出来る。

しかし参加する人は段々減っていくかもしれない。というのは、立花ゼミは何かやることが上から降ってきたり、やることが

決まっていたりする場所ではないからだ。一人ひとりの好奇心や情熱を原動力にしているので、一人ひとりがモチベーションや

問題意識を燃やし続けなければ立花ゼミの魅力は失われてしまう。常にクリエイティブであることが要求されている。

それはとても大変なことだが、自分で自分に着火し続ける限り、立花ゼミは他のどこでも出来ない経験が出来る場所になるだろう。

 

コンパでも少し話したけれども、立花ゼミは大学の外に通じる「出口」なのだと感じている。

一つの安定した組織(大学)に所属していると、外部に対して無関心になってしまいがちだ。

そんなときに立花ゼミという「出口」から吹いてくる風を受けると、自分のいる世界が全てでないことに痛いほど気付かされる。

色々な世界があって、世界には色んな人がいて、色んなことを考えている。

当たり前のことだが、それは衝撃的なことなのだ。

 

そして 「出口」は同時に、「入り口」でもある。どんな入り口になるのか、つまりどこに「ドア」を付けるのかは自分次第。

最先端の科学技術への入り口。あるいは現代を生きるアーティストの思考への入り口。

火花の散る最先端に自ら足を踏み入れる。遠い存在だと思っていたあの人の近くに飛び込んで、直接話を聞く。

そんなふうに、座学では決して味わうことの出来ない、刺激的な経験が待っているだろう。

 

 

 

今日から2010年度立花ゼミは動き出す。改めて、立花ゼミへようこそ。

世間話からアカデミックな話まで、新入生の皆さんと沢山の話が出来る事を心から楽しみにしている。

出来るだけ早く皆さんの名前を覚えようと思っているので、仲良くして頂ければ幸いである。

どんどんアイデアを出して、遠慮なくアイデアをぶつけあって、面白いことをやりましょう!

 

深夜の本郷キャンパス

 

情報学環のコモンズというスペースを使って徹夜で勉強してみた。

普段駒場で毎日過ごしている身としては、本郷というだけで珍しい。深夜の本郷となればなおさらだ。

夜中二時ぐらいに休憩しようと思って部屋を出て、赤門から外に出ようとしてビックリした。門が閉まっている。出る事ができない。

なんと本郷キャンパスは夜になると竜岡門という門を除いてすべて閉鎖されるらしい。いつでも空きっぱなしの駒場キャンパスに

慣れていたので、「夜に門が閉まる」というのに激しく違和感を覚えた。

 

一旦部屋に戻ってネットで検索したところ、本郷キャンパス内にあるローソン(安田講堂のすぐ近く)は24時間開いているとのこと。

門を締めている以上、外部の人がわざわざこのローソンに買いにくることはまずないだろう。つまりこのローソンは、夜中に勉強したり

研究したりする学生専用に24時間オープンしていることになる。「がんばって勉強・研究しなさいよ。」という東大の声が聞こえてくるようだ。

しかも「夜中に勉強・研究する学生用」だからだろうか、夜9時以降はお酒を販売してくれないらしい。ビールでも飲みながら勉強の続きを

やろうと思っていたので、ちょっとアテが外れて残念。

 

気を取り直して「野菜生活」のペットボトルを購入した。KAGOMEの100%のやつである。

闇夜にそびえる安田講堂を見上げながら、これを一気飲みする。健康なんだか不健康なんだかよく分からない。

なんとなくやってみたかっただけだ。安田講堂に背を向け、飲み終えたペットボトルをぶらさげて講堂から続くまっすぐな道を

歩きながら、東大での生活にいつの間にか自分がすっかり馴染んでいることを実感した。もう三年生になってしまった。

時間が経つのは本当に早い。

 

わざと遠回りして深夜の本郷キャンパスを散策する。

午前三時。人の気配はほとんどない。駒場キャンパスと違って、暗いところは容赦なく暗い。

総合図書館の近くなど、足元がまったく見えない。「誰もいないように見えるけど、実は横の暗がりに沢山の人間が息を潜めていたら・・・」

などと考えてちょっと怖くなる。「闇は想像力を掻き立てる」というセリフをどこかで聞いた気がして、何だったかなと考えながらしばらく

闇の中を歩いた。文学部棟をくぐり、医学部棟の前でぼんやりと佇んでいるうち、唐突に思い出した。『オペラ座の怪人』だ。

この映画の中で歌われるThe Music of the Nightという曲の冒頭に

Night-time sharpens, heightens each sensation.  (夜はあらゆる感性を高め、研ぎ澄ませる。)

Darkeness stirs and wakes imagination.  (闇は想像力を掻き立て、目覚めさせる。)

という一節があるのだった。部屋に帰ったら作曲者のアンドリュー・ロイド・ウェーバーのCDを聞きながら勉強することにしよう。

 

ひとしきり歩くと一時間ぐらい経っていた。

目はだいぶん暗闇に慣れ、夜風が肌に気持ちいい。春の夜は不思議な力に満ちている。冬とは明らかに違う何かがある。

目にとびこんでくる電燈の光は、キラキラと鋭く輝いていた冬と違ってどこか鈍い。昼間の陽光はすっかり姿を潜め仄寒いが、冷たさという

よりは「涼しさ」といったほうがしっくり来る。朧げな空気、だがその中に、明日の暖かさへと繋がる「何か」が息づいているのを感じる。

 

冬は終わった。春は確かにそこにある。

また一つ季節が変わったことを知り、深いブルーブラックの空を見上げながら大きく伸びをして、元いた場所へゆっくりと歩きだす。

僕の22歳は、もうすぐ終わる。

 

 

Evernote・VAIO P・Orobianco

 

四月に入ってから、Evernoteというソフト(あるいはサービス)を使い始めました。

Evernoteがどんなソフトなのかはグーグル先生に問い合わせて頂ければすぐ分かると思いますが、要はオンライン・オフライン両用

できるストレージです。とくにノート形式でメモや本の抜き書きを保存するのに適していて、画像なども貼りこんで保存することが可能です。

かつ、webページの保存機能が優秀で、clipperと呼ばれるアプリケーションを用いることで、ウェブページのすべて・あるいは特定の

部位だけを選択してテキストとして保存することが出来ます。(そのページのアドレスなどもきちんと保存されます。)

 

これをどう使うか。色々な使用方法があると思うのですが、いまの僕の使い方はこんな感じです。

 

1.文献の抜き書きの保存場所として。

ワードでは一覧性が悪いので、オフラインで動作するEvernote上に「ノート」として抜き書きを打ち込んで保存しています。

具体的には、年度ごとに「2010抜き書き」「2009抜き書き」という名前のノート(フォルダみたいなものです)を作って、その中に

該当年に読んだ本のタイトルごとにファイルを作りました。大学に入ってから読んだ本のデーターはほとんど今使っているパソコン

(VAIO SZ95カスタム)に残していたので、それらをすべてEvernote上に移行させた結果、1000冊近くのファイルが出来ました。

なかなか壮観です。そしてこのデーターをオンライン上で動作するEvernoteと同期させることで、パソコンを持ち歩いていない場合でも

ネットさえ繋がれば抜き書きを参照することが出来ます。かつ、タブをそれぞれにつければ

(たとえば、ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』に「身体」「権力」「フェミニズム」「性」「ラカン」「クリステヴァ」などとつけておく。)

タブによって検索が可能になります。これは本当に便利で、「身体」とタブで検索すると僕の読んだ本の中で身体論に関連するものが

ザーッとリストアップされるというわけです。一人暮らしをしていると家に置ける本の量に限りがあり、すべてを家の本棚に並べておくわけ

にはいかないので、このような機能は本当に助かります。

 

2.メールの保存場所として

携帯・パソコンともに、重要なメールを保存する場所として使っています。携帯のメールの保存方法は簡単で、割り当てられたアドレスに

メールを転送するだけ。スケジュールに関係するものや「あ、これ重要だな」と思ったものなどは携帯で受信したら即Evernoteに転送

しています。フランス語やドイツ語の文例集のメルマガを購読しているので、その貯蔵庫としても活用しています。

 

3.デザインのアーカイブとして

デザインのお仕事を頂く際、「過去の作品を見せて」と言われることがしばしばありますが、そう毎日パソコンを持ち歩いているわけでは

ありませんので、中々簡単にお見せすることが出来なかったします。過去の制作物をEvernote上にあげておけばEvernoteに

アクセスするだけでお見せすることが出来るので、とても便利です。フラッシュメモリに保存する代わり、という感じですね。

 

4.スケジュール管理として

予定をEvernote上に入力しておき、yahooのカレンダー機能と組み合わせて、指定の時刻にメールが届くようにしてあります。

スケジュール自体は手帳に書き込んであるのですが、つい手帳を確認し忘れる事があるので、この機能はリマインダーとして非常に

有効です。

 

5.欲しい物リストとして

この使い方は、Twitter上で友達から教えてもらったのですが、欲しいものの載っているwebページを見つけたらどんどんclipperで

ページごと保存して「欲しいものリスト」と名付けたノートに投げ込んでいきます。外出先で、

「あの商品なんだっけ。パソコンに保存してあるのに。」とか、商品の実物を前にして「あの商品ネットで買った方が安かったかなー。」と

悩むことは結構あると思うのですが、Everclipperを使えば外出先からでも「欲しいものリスト」にアクセスすれば簡単に確認することが

出来ます。

 

 

ですが、これらの機能を最大限に使うためには持ち運び可能なミニノートがあったほうが好ましいのは明らか。

そこでVAIOのPを購入しました。まだ現物は届いていないのですが、これとEvernoteを組み合わせることで、授業中でも電車の中でも、

思いついた時に「抜き書き」フォルダや「講義ノート」フォルダにアクセスすることが出来るでしょう。とくに抜き書きフォルダは自分の

バックグラウンドそのものといっても過言でないぐらい重要なものなので、これにいつでもアクセス出来るというのはとても便利ですね。

また、複数の言語を学んでいる身としては、言語ごとに電子辞書を持ちかえたりカードを差し替えたりする手間を非常に厄介に

感じていたのですが、VAIO Pの中に複数言語の辞書ファイルを突っ込み、なおかつオンラインでの辞書サイトをフル活用することで、

最強の電子辞書としての使い方が出来ると期待しています。

 

色などの構成は、オニキスブラック×モザイク×ダークブラウン英字キーボードのカスタムを選択しました。本当はガーネットレッドの

天板(ヌードラーズという万年筆のインクメーカーが出しているOttoman’s Roseと、エルバンのPoussière de luneというインクの中間の

ような、絶妙な色。とても手の込んだ表面加工が為されており、SONYならではのコダワリを感じます。)

を選びたかったのですが「入荷未定」ということで泣く泣く諦め、フォーマルな場所でも使いやすそうなこの組み合わせに決定。

ちょっと買う時期が遅かったかもしれません(笑)

 

ちなみにVAIO Pは、ちょっと出かけるときなどに愛用しているオロビアンコのLINAPISTA(シルバーグレー)というモデルのショルダー

バッグにぴったり入る気がするので、ぜひやってみたいと思っています。この組み合わせで使っている人は中々いないでしょうし、他の

パソコンでは恐らく出来ないんじゃないでしょうか。オロビアンコさんもこれにパソコンを入れられることになるとは考えていなかったはず。

VAIO Pの横長フォルムが為せるワザですね。また手元に届き次第感想などを書くつもりですので、どうぞお楽しみに。

 

 

ドニゼッティ《愛の妙薬》@新国立劇場

 

ふと思い立って、ドニゼッティの名作として名高いオペラ《愛の妙薬》L´elisir d´amoreを聴いてきた。

場所はいつもの新国立劇場である。「愛の妙薬」の話は知っていたし、「人知れぬ涙」Una furtiva lagrimaという曲は

時々聴くことがあったが、すべてを通して観るのは初めて。楽しみにしながらひとり席について幕が下りるのを待つ。

そういえばクラスのみんなで「こうもり」を見に行ったのはもう二年近く前になるんだなあ、と感傷にふけっている間に

あっという間に開演時間がやってきた。

 

今日が公演初日だったのでこれから見に行かれる方たちにネタばれにならないよう詳細は書かないことにするが、

「面白かった!」という一言に尽きる。歌手では主人公であるネモリーノ役のジョセフ・カレヤが飛びぬけていた。声量も抜群だったし、

「人知れぬ涙」の歌唱も素晴らしかった。ファゴットが悲しげにつぶやき始めたあとに切々と歌い上げられるこのアリア、終わりの

Di più non chiedo, non chiedo. Si può morire! Si può morir d’amor.

(もうそれ以上何も求めない。彼女が僕のものになるなら死んでもいい。)

と歌い上げる部分でのジョセフ・カレヤの表現力に感動した。

 

演出も随所に工夫が凝らされていて、洗練と俗っぽさを同時に感じさせるように仕組まれた(であろう)舞台セットはさすが。

音楽を邪魔しない範囲で遊びが詰まっていた。それから「愛の妙薬」と偽ってワインを売りつけるドゥルカマーラの胡散臭さは最高。

登場(プロペラ機に乗って出てくる。しかもセクシーな美女を二人侍らせつつ。)から服装・髪型まですべていかがわしくて笑ってしまった。

ちなみに、休憩が終わってライトが落ちて二幕が始まる直前に、後ろのドアからこのセクシー美女が「妙薬」を携えてオーケストラ・ピットの

方へ歩いて来た!そして、ピットの中にいる指揮者に「妙薬」を売りつける(指揮者のパオロ・オルミはお金を出してこれを購入)という

遊び心に溢れた演出があって、これは大いに盛り上がっていた。なお、指揮者のパオロ・オルミはかなり細かくキューを出して丁寧に

振っている印象を受けた。引っ張っていくというよりは歌手にぴったりつけていく伴奏のうまい指揮者だと思う。分かりやすい指揮だった。

 

《愛の妙薬》は楽しく観ていられるオペラだが、その内容はただ楽しいだけのものではない。

たとえば、自由奔放な恋愛のスタイルを吹いては去ってゆく「そよ風」になぞらえて歌われる第一幕の二重唱「そよ風にきけば」。

これはとても美しいイメージを呼び起こす曲だが、そこで語られていることは恋愛に対する二つの対極的な考え方である。

「恋愛とは何か」みたいな、答えの出ない深刻な問題が横たわっている。変わらぬ愛を歌う主人公のネモリーナに向かって

ヒロインのアディーナはこうやり返す。

 

「変わらぬ愛なんて狂気の沙汰

あなたは私の流儀に従うべきよ

それは毎日愛する人を変えること

毒をもって毒を制すというように

新たな恋で昔の恋を追い払う

私はそうして自由に恋を楽しんできたのだから」

 

永遠の愛を信じてまっしぐらに走るのがいいのか、そよ風みたいに自由に恋愛するのがいいのか。それは答えの無い問いであり、

答えがあるとしても人それぞれだろう。だが、この問いに人は昔から悩み続けてきたに違いない。だからこそこの二重唱は、時代を

超えて、聴くものをハッとさせる。「愛の妙薬」というオペラは、それ自体が愛について再考させる薬なのかもしれない.

 

 

 

情報学環の研究生になりました。

 

多忙な日々に追われて書くのを忘れていました。

情報学環の研究生の選抜をパスしたので、この春から東京大学大学院情報学環教育部に所属することになりました。

メインの所属は教養学部の地域文化研究科フランス分科であることに変わりはありませんが、もう一つ所属が増える形になります。

地域フランスは駒場キャンパス、情報学環は本郷キャンパスなので、これで東大の二つのキャンパスを使うことが出来ます。

(そのぶん、移動が時間的にも金銭的にもキツいのですが・・・。)

 

そしてちょうど昨日、情報学環の入学(部)式を終え、研究生の先輩方とともに吞み会へ行ってきました。

研究生の方々は年齢も所属も経歴もさまざま。同じく教養学部の人がいるかと思えば社会人で元プロデューサーの人がいたりと

かなりカオスな感じです。でも、それが楽しい。整理された狭いコミュニティだけに所属していては思考が停滞してしまいます。

斬新で説得力のある発想のためには、専門分野を深く掘り下げながらも専門分野以外のモノや人と常に接触し続け、

常に外部を求めて刺激に晒される必要があります。情報学環の「不揃い」さは、僕にとってとても魅力的に映りました。

 

これから研究生としてどのようなことに関わっていくのかはまったく道ですが、駒場と本郷の両方に所属というかなりマイナーな身分を

活かして、両方のキャンパスで学ぶことを繋げるような何か面白い企画をやれたらいいなと考えています。お楽しみに!

指揮法教程終了

 

ついに齋藤指揮法教程の練習曲が全て終わった。

最終曲の「美しく青きドナウ」は、細かいニュアンスを表現するのに苦しめられたが、読み込むにつれ、練習曲で学んできたこと全てが

一本の糸で繋がるような感覚を覚えた。ドナウの最終試験では、振り終わってから先生が「よくここまでやったね。95点の演奏だ。」と

言って下さって、心の底から嬉しかった。相手がプロでもめったにそんな点数は出さないとのことなので、相当にうまく振れたのだろう。

確かに、振りながら気持ちが乗っていくのを感じたし、曲のイメージも浮かんだ。そして細部にまで自分の意志が行き届いているのを

感じた。音の無い時間=「間」を十分に楽しみながら振ることが出来たように思う。春の陽気に覆われたこの日に、この「美しく青きドナウ」

を振ることが出来たのは本当に幸せだった。

 

だが、当然気になるのはあとの5点。

「あとの5点はどうやったらいいんですか?」と先生に聞いてみたら、

「演奏に《完全》はないから、100点なんかはないし、誰も100点の演奏は出来ない。でも、出来るだけ100点に近付けるために

努力しなくてはならない。そしてその道筋は言葉で表現できない。これから色々な曲を振っていく中で自分で見つけなさい。

そして時には僕から見て盗め。」との答えが返ってきて、感動した。

 

指揮という芸術に、そして音楽に終わりはない。

指揮法教程をマスターするうちに指揮の技術が体に叩き込まれただけでなく、音楽の見方もずいぶん変わった。

どんな細かい部分も音楽という全体を構成している。全体はディテールに宿っている。そして音楽は建築に似ていて、

一つ一つの音符が組み合わさって巨大な建物を形作っているのだ。そういうことを頭で考えながら、同時に心で感じなければならない。

そんなふうに、技術だけでなく「音楽」を教えてくれた。

 

指揮の師匠に出会ってから6ヶ月。寝る暇を惜しんで練習した甲斐あって、相当に早いスピードで進んでいる。

次の6か月、僕はどの曲に出会い、どの曲をどんなふうに振るのだろう。今から楽しみで仕方ない。

 

立花ゼミへおいで!(立花ゼミ 新歓のお知らせ)

 

怒涛の三連続ブログ更新。

最後の記事は立花ゼミへのおさそいです。立花ゼミは今年度から前期課程の主題科目ではなく、ゼミの名前を冠した

サークルとして活動することになりました。サークルといってもやることはゼミ。今までとあんまり変わりません。

どんな活動が出来るのか、というのはこのブログや立花ゼミのオフィシャルページを見て頂ければ分かると思うので、詳述は避けますが

一言でいってしまえば「何でも出来る」場所です。国境を越えてインタビューすることも可能ですし、一線の作家の方に

お話を聞くことも可能です。また、NINSの取材など、立花先生は理系の研究分野の最先端の場所を我々学生に見せて下さるので、

そういった最先端技術に興味のある方も楽しめると思います。そして何より今年は、昨年の駒場祭で制作して大反響を頂いた

『二十歳の君へ』を書籍化して発売するという一大プロジェクトが立ちあがっています。この企画に関わりたい方もぜひ!

(なんと、活動拠点として都内のどこかに事務所を借りるという計画まで立ちあがっています。現在進行中。)

 

現ゼミ生はみな個性あふれる人間ばかりですが、上下関係はほとんどありません。とにかくゆるーい感じです。

そして「授業」扱いだった今までとは違い、今年からは合宿や旅行も頻繁に行うことになるでしょう。目が冴えるような企画はそうした

他愛ない雑談や吞み会の場から生まれるのです。そんなふうに存在自体がブレインストーミングなこの立花ゼミ、活動への参加や

途中抜けも完全に自由ですから、他サークルと掛け持ちも余裕で出来ます。「適度にまじめで適度にふまじめ」な雰囲気なので、

気軽においで下さい。学年や性別、経歴など細かいことは全く問いません。何かやりたいことがある人は誰でもウェルカムです。

ちなみにインカレですので、他大の学生さんも大歓迎ですよ!みんなで何か「面白くて、大きなこと」をやりましょう!

 

それでは、4月5日・6日に駒場キャンパス1号館の156教室でお待ちしております。

僕は立花ゼミのブースにずっといると思うので、遭遇したらぜひ声をかけてくださいね。

 

2010年度FRESH START@駒場

 

南京から帰ってきたその足で駒場に寄り、目前に迫ったFRESH STARTの準備に取りかかりました。

今年度のフレスタは700人の新入生が参加する大イベント。700人が出来る限り楽しめる有意義なイベントを作らねばなりません。

今回の僕の役目はクリエイティブ・ディレクター。新入生の皆さまに送るフライヤーをデザインしたり、全体のデザインの方向性を決めたり、

パンフレットの統括やキャンパスツアーのムービーのディレクションをしたりと、やらなければならないことが山積み。

しかも、グループワークでは担当するグループを僕も一つ持っているので、そちらの内容も同時並行で考える必要がありました。

 

というわけで南京から帰ってきてから、三日連続徹夜で作業する羽目に。ふらふらになりながらも何とか全て間に合った感じです。

パンフレットは「知の航海図」や「運命の三冊」といった、以前からやりたいと思っていたアイデアを使いながら、読み応えのある内容に

なりました。(詳しい企画内容などは巻頭言に書かせてもらったので、新入生の皆さまにはそちらを参照して頂ければと思います。)

冊子のデザインは立花ゼミで同期の山本君に任せましたが、彼らしいフォント使いでスタイリッシュに仕上げてくれましたし、

キャンパス紹介ムービーの作成に際しては、立花ゼミの栄田さんに写真と動画撮影をお願いしました。構図・色合いともに

「さすが!」と唸ってしまうような写真ばかりで、かなりクオリティの高いムービーとスライドを作ることが出来たと思います。

協力して下さったみなさま、ありがとうございました。

 

当日は天気にも恵まれて、キャンパスツアー、講演会、グループワークと全て滞りなく成功したと思います。

終わってからの交流会も大盛況でした。交流会の司会をやるように先生から頼まれていたのですが、僕があんまり喋る必要がないぐらい

盛り上がっていたように思います。個人的には、交流会の最中に母校の後輩が挨拶しに来てくれたのが一番嬉しかったです。

彼に会うのは二年ぶりぐらいでしたが、二年前に灘で会った時とは別人のように精悍な顔つきになっていました。ほんとに合格おめでとう。

 

今回のフレッシュスタートが、新入生の皆さまの円滑なキャンパスライフをサポートするものになればとても嬉しく思います。

駒場での二年間を存分に楽しんでください!

 

南京から帰ってきています。

 

またしばらく殺人的スケジュールに追われていました。

前回は中国から更新しましたが、二週間の旅を終えて無事に日本へ帰ってきています。

中国での生活は本当に刺激的なものでした。南京大学の学生たちを前に壇上で話す機会も頂きましたし、ちょうど南京へ視察に訪れた

東大の教養学部長(!)と一緒に揚州を回らせて頂く機会もありました。朝は講義、昼はディスカッション、夕方は観光と

息をつく暇もなく動き回り、深夜には本場の中国式マッサージも経験してきました。片言の英語と中国語を駆使して

按摩師の方とツボの名前で盛り上がったのですが、翌日に先生方が同じ店へマッサージに訪れた際、

「日本人ですか。昨日はツボの名前にやたら詳しい東大からの学生が来ましたよ。」と言われたそうです(笑)

 

今回の南京大学集中講義で何より印象に残ったのは、中国という「場所」よりも、中国で出会った「人」です。

とりわけ南京大学の学生さんたちの語学力の高さ(「言葉のあや」という日本語を即座に中国語に同時通訳していました。)には

驚かされましたし、東大から僕と一緒に派遣された大学院生の方たちの冴えた思考には心底圧倒されました。

中国語が現地人並みに堪能な方や膨大な知識をお持ちの方、議論を的確に纏める明晰さをお持ちの方など、それぞれの「凄さ」を

目の当たりにして、僕ももっと勉強せねばと思った次第です。

 

何はともあれ、無事に二週間を過ごすことが出来たのは南京大学日本語学科の院生の方々のおかげです。

このブログを見てくれているとのこととなので、この場を借りてお礼申し上げます。南京大虐殺やマルクスの話から

道教やジブリ、果ては恋愛の話まで、タブーを超えて沢山の話が出来て楽しかったです。そしてまた、沢山のお酒を飲み、夜遅くまで

一緒に時間を過ごして下さって本当にありがとうございました。今回の経験は僕にとっていつまでも忘れられない思い出になりました。