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春の夕方

 

このぐらいの季節の夕方がとても好き。

それは、明らかに春でありながら、夏のようであり、不思議なことに、秋の気配も一瞬感じさせるものだから。

春の夕方はどこでもない世界へ人を誘う。たとえば、記憶に。

 

Fragment

 

Ein Kunstwerk ist gut, wenn es aus Notwendigkeit entstand. In dieser Art seines Ursprungs liegt sein Urteil: es gibt kein anderes.

 

 

留め金を素早く掛けて。

 

関西へ戻る車窓の中、コクトーを読み直している。

解決しようのない苦しみや悩みに突き当たったときには必ず読み返す。

もう何十回も読んでいるはずなのに、今日はこの一節が痛いほど刺さる。不思議なことだ。

 

Mais assez dit. S’attendrir embrouille l’âme. On ne communique pas davandage cette sorte de souvenirs que les épisodes d’un rêve.

Il est bon de se répéter que chacun de nous en abrite d’analogues et ne nous les impose pas.

Si je me suis un peu trop attardé à geindre, c’est que ma memoire, n’ayant plus de lieu, [...]

三冊をめぐって

 

Freshman Festivalのインタビューでおすすめの本を三冊紹介してほしい、ということだったので、かなり悩んだ末に、

コクトー『僕自身あるいは困難な存在』(La Difficulté d’être)と、リルケ『マルテの手記」(Die Aufzeichnungen des Malte Laurids Brigge)と

立花隆『青春漂流』の三冊を挙げました。

 

コクトーは僕の人生を大きく動かした一冊。ブログでも何度も取り上げてきましたし、色々なところからインタビューを頂いても必ず挙げるものです。

「射撃姿勢をとらずに凝っと狙いを定め、何としてでも的の中心を射抜く」など、頭の中から離れなくなる言葉と強靭な思考で溢れています。

 

 

リルケは独りの時間に沈むときにしばしば読み返します。

生きることと死ぬこと・見ることと書くことをめぐって、自分の内側に降り立たせてくれるような静けさを備えた一冊です。

大好きな一節を引用しておきましょう。

 

詩はいつでも根気よく待たねばならぬのだ。人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。

そうしてやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。詩は人の考えるように感情ではない。

詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。

詩はほんとうは経験なのだ。一行の詩のためには、あまたの都市、あまたの人々、あまたの書物を見なければならぬ。あまたの禽獣を知らねばならぬ。

空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、朝開く小さな草花のうなだれた羞らいを究めねばならぬ。まだ知らぬ国々の道。思いがけぬ邂逅。遠くから近づいて来るのが見える別離。

──まだその意味がつかめずに残されている少年の日の思い出。喜びをわざわざもたらしてくれたのに、それがよくわからぬため、むごく心を悲しませてしまった両親のこと

(ほかの子供だったら、きっと夢中にそれを喜んだに違いないのだ)。さまざまの深い重大な変化をもって不思議な発作を見せる少年時代の病気。静かなしんとした部屋で過した一日。

海べりの朝。海そのものの姿。あすこの海、ここの海。空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の夜々。それらに詩人は思いをめぐらすことができなければならぬ。

いや、ただすべてを思い出すだけなら、実はまだなんでもないのだ。一夜一夜が、少しも前の夜に似ぬ夜ごとの閨の営み。産婦の叫び。

白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。詩人はそれを思い出に持たねばならぬ。

死んでいく人々の枕もとに付いていなければならぬし、明け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で死人のお通夜もしなければならぬ。

しかも、こうした追憶を持つだけなら、一向なんの足しにもならぬのだ。追憶が多くなれば、次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。

そして、再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名まえのわからぬものとなり、

もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一編の詩の最初の言葉は、それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生れて来るのだ。

 

 

立花さんの『青春漂流』は二十五年前に出版された本で、立花さんの著書の中では随分前の部類に入るかもしれませんが、今読んでも褪せない刺激に溢れていると思います。

とりわけ新入生には響くところが大きいでしょう。本書の力強い一節を、自戒も込めて引用させて頂きます。

 

自分の人生を自分に賭けられるようになるまでには、それにふさわしい自分を作るためには、自分を鍛えぬくプロセスが必要なのだ。

それは必ずしも将来の「船出」を前提としての、意識行為ではない。自分が求めるものをどこまでも求めようとする強い意志が存在すれば、自然に自分で自分を鍛えていくものなのだ。

そしてまた、その求めんとする意思が充分に強ければ、やがて「船出」を決意する日がやってくる。その時、その「船出」を無謀な冒険とするか、それとも果敢な 冒険とするかは、

「謎の空白時代」の蓄積だけが決めることなのだ。青春とは、やがて来るべき「船出」へ向けての準備がととのえられる「謎の空白時代」なのだ。

そこにおいて最も大切なことは、何ものかを「求めんとする意志」である。それを欠く者は,「謎の空白時代」を無気力と怠惰のうちにすごし,

その当然の帰結として,「船出」の日も訪れてこない.彼を待っているのは,状況に流されていくだけの人生である。

 

 

ふらんす物語

 

年末ということで、先日から実家に帰省している。

昨年のこの時期は卒業論文の執筆で慌ただしく、しかもノロウイルス的な何かにかかって自宅で倒れていたため、実家で年を越すのは一年ぶりになる。

帰省中の予定は特にない。論文を読み進め、連載原稿の執筆と年明けのリハーサルに備えてシベリウスのヴァイオリン協奏曲、それから「春の祭典」の譜読み。

12月はリハーサルや本番続きで一人の時間がほとんど無かったので、年末は家族に甘えながら、自分の時間をゆっくり過ごそうと思っている。

 

実家近くを散歩していて唐突に、永井荷風の『ふらんす物語』の中に「除夜」という一編があったことを思い出す。

確かあれを書いたときの永井荷風は今の僕と同じ26歳ぐらいではなかっただろうか…。

気になって近所の古本屋で入手して来た。

 

それは1907年の12月31日を描いたものだった。

すなわち永井荷風27歳。フランスへ留学して半年弱経ったころの事だ。

「ああ、歳は今行くのか。行いて再び帰らぬのか。思えばわが心俄に忙き立ち、俄に悲しみ憂うる。」

その一節を読み直し、自らのことを考える。

26歳の僕の一年はこれで良かったのだろうか?僕は何か成したのか?

年を重ねるほど、まわりの空気が収束していく気配がする。それに飲み込まれることは容易いが、

撥ね除けるためには年々一層の体力が必要になる。生きるということは、何と難しいことだろう。

 

27歳という年齢で年の暮れをひとりフランスで過ごした永井荷風を想った。

On a toujours le chagrin — それでも生きるしかないのだ。不器用ながらも精一杯に。

 

 

 

 

 

 

カンディンスキーの『回想』

 

カンディンスキーの『回想』に描かれたモスクワの黄昏時、とても美しい一節。

僕はモスクワの風景を残念ながら全く知らないけれども、それでも強く喚起されるものがある。以下引用。

「太陽はすでに低く、太陽が一日を通じて探し求め、一日中切望していた最高に充実した力をその手にしている。

が、この光景は、長くは続かぬ。あと数分で落 ちんとする。そしてその陽射しは緊張のあまり紅に染まり、しだいにその濃さが増してゆく、はじめは寒色、やがてしだいに暖色系に変わりつつ。

太陽は全モスクワを一色に溶かしてしまう。まるで、内面全体、魂のすみずみまでを震撼させる、あの狂おしいチューバの響きのようだ。

否、この赤一面がもっ とも美しい時間ではないのだ!それはそれぞれの色彩がその生命のかぎり輝き、

全モスクワを大オーケストラの力強いフォルティッシモのように響かせ、支配す るシンフォニーの終止和音にすぎぬ。

バラ色、ライラック、黄色、白、青、浅緑の、真紅の家々や教会-それぞれが自分たちの歌を-風にざわめく緑の芝生、低いバスでつぶやく樹々、

あるいは千々 の声で歌う白雪、葉の落ちた樹々の枝のアレグレット、それに無骨で無口なクレムリンの赤い壁の環。

…このときを色彩で描く事こそ、芸術家にとって至難の、 だが至上の幸福である、とわたしは考えたものである。」

(カンディンスキー『回想』西田秀穂訳, 美術出版社)

 

「週刊読書人」11月8日号に書評を掲載頂きました。

 

「週刊読書人」11月8日号に小宮正安さま『音楽史 影の仕掛人』(春秋社)の書評を掲載頂きました。

まだ修士の身分にも関わらず、このような機会を下さった読書人さまに心から感謝いたします。

 

『音楽史 影の仕掛人』はいわゆる「音楽史-西洋音楽史」で扱われる作曲家の背景にいた人々を描いたものです。

扱われる25人それぞれがそれぞれに魅力的で、また独特な関わり方をしているので、包括的に記述することはなかなか難しかったのですが、

「楽譜の流通」「演奏するための空間の整備」「演奏の担い手の存在」という三点に注目して書かせていただきました。

このスリリングな本の魅力を少しでもお伝えすることができましたら幸いです。ご笑覧ください。

http://www.dokushojin.co.jp/backnumber/2013%E5%B9%B411%E6%9C%8808%E6%97%A5

秋の気配を感じる三日

 

<9月3日>

今日は用事で武蔵野音大にお邪魔しました。武蔵野音大の知り合いは多いのに、校舎に潜入するのははじめて。

「のだめカンタービレ」のモデルになった大学として、見覚えのある場所が沢山ありました。

色々なオーケストラで出会って一緒に演奏して下さった事のある方たちがわざわざ会いに来て下さって嬉しかったし、

廊下で大好きな二人のトランぺッターにばったり会えたのも幸せでした。

聞けば、授業やレッスンの僅かな合間を縫って来て下さったとのこと…皆さん本当にありがとうございます。

 

解散してから、近くの知る人ぞ知る珈琲屋さんでチャイコフスキー五番の譜読みに集中。

カップを選ばせて下さったので、大ぶりのものを失礼して一時間半ほどゆっくりと。

店内にはシューマンとグリーグのピアノ協奏曲が流れていて、珈琲はもちろん、デザートに無料で頂ける珈琲ゼリーが絶品でした。

池袋でいつもお 世話になっていた珈琲茶房というカフェが閉店してしまってから落ち着ける場所が無かったのですが、ようやく巡り会えた気がします。

そのあと3日・4日とかけてチャイコフスキーの五番をレッスンで全楽章通して見て頂き、燃え尽きて眠りに落ちる日々。

二ヶ月ずっと取り組んだチャイコフスキー五番からは沢山の学びがありました。演奏出来る日がいつかやって来ますように…。

来週からは、月末のリハーサルに備えて、改めてベートーヴェンの五番をレッスンに持って行きます。

運命を振るのは一年ぶり。当たり前だけど、スコアの見え方は一年前と随分違います。この凝縮度をどこまで棒で表現出来るかな。

 

 

<9月5日>

京都の美術系出版社で編集者をしている友人が東京に来たので、美術系の知り合いを招いて我が家で突発的飲み会を開催しました。

一枚の絵の名前を挙げた時、そこにいる人全員に共通の一枚のイメージが浮かぶのはとても楽しいことです。

フランス文化史×ベルギー象徴主義×アメリカ現代美術×ロシア絵画×観相学…マネからドガへ、デュシャン、クノップフ、ヴルーベリ。

絵画から詩へ、音楽と文学へ。時にCDをかけながら、本棚に並んだ本を引き抜きながら、心地よい酔いと共に語る時間でした。

それは容易ではないけれど、「徹底した史料批判の精神と飛翔する想像力の矛盾なき総合」を目指してゆっくりと歩いてきたい。

 

 

<9月6日>

とある書評の原稿依頼を頂き、嬉しさに飛び上がりました。

まだ修士課程の僕には身に余るほどのお話。日頃の恩返しが出来るよう、精一杯書かせて頂きます。

そして音楽の方でも嬉しいお話…コマバ・メモリアル・チェロオーケストラの2013年度公演の日程と場所が確定しました!

 

日時:2013年11月30日(土)16時30分開演

於:丸ノ内KITTE内、IMT(インターメディアテク)

演奏:コマバ・メモリアル・チェロオーケストラ

指揮:木許裕介

 

今年もまた、ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ一番」をメインプログラムに据えて、気心の知れたチェリストたちと演奏します。

昨年までは8人〜9人のチェリストたちと演奏していましたが、今年はいよいよ、12人のチェリストたちとこの曲を演奏する事になりました。

12人のチェリストの予定を合わせるのはある意味で演奏以上にヴィルトゥオーソな作業になるため、相当に大変なものがあります。

しかしそれを全く苦に感じないのは、「好きだから」ということに尽きるのでしょう。

まだリハーサルもはじまっていませんが、今年もきっと良いコンサートになると思います。

 

この「ブラジル風バッハ一番」を演奏して三年目になります。

師にとっても僕にとってもいちばん大切な曲の一つを毎年一回演奏できるというのは本当に幸せなことで、

自分にとってのバロメーターのような曲だと言えるかもしれません。最初にこの曲をレッスンで見て頂いた時、師がぽつりと

「この曲はとても自由な曲なんだ…一回一回新しい。この魅力に惹かれて僕は何度も演奏した。君もきっと、何度もやりたくなる。」

と語った言葉の通り、この曲の魅力に僕はすっかり取り憑かれてしまったのでした。

(余談ですが、昨年のチェロ・オーケストラの公演動画を見直していて、アンコールのあとに僕の指導教官が後方カメラの映像に映り込んでいらっしゃったことに気付きました。

足をお運び下さったのは知っていたけれど、こうやって改めてお姿を拝見すると凄く嬉しくて、学問上でも素敵な師匠に恵まれたなあと感謝するばかりです。)

読み返すたびに・指揮するたびに得る新しい発見を大切にしながら、焦らずじっくりと、一生かけて演奏していきたいなと思っています。

 

 

江古田の名店にてチャイコフスキー五番と格闘。

 

 

出発の哲学

 

しばらく音を聴きたくもなく、棒を振りたくもなかった。

少し覚えたはずの歌を失い、心は全く揺れず、呆然として立ちすくんだ。

 

文字通り真っ暗な中にいた。

作品のどこに立てば良いのか分からない。

どれを信じ、誰と音楽をして、何を求めれば良いのか分からない。

難しいことを考えるのは止めて楽譜を読もうとするけれど、楽譜は以前のように立ち上がらず、語りかけてくることもなく、

ただ石化した記号となって静寂に横たわる。

 

三ヶ月ぐらいそういう暗闇の中で踞っていました。

二人きりの時間にそう伝えると、師は柔らかに笑いながら言う。

「君はこれから何十年も棒を振らなければならないのだから、そういう時期があっても良いんだよ。」

 

大きな掌に包むようなこの言葉を僕は一生忘れまい。

さも当たり前のように下さった「何十年も」という言葉を、そして、悩んでいることを大らかに許して下さるその言葉を。

 

ずっと『悪の華』の最後の二行が響き続ける。

Plonger au fond du gouffre, Enfer ou Ciel, qu’importe ?

Au fond de l’Inconnu pour trouver du nouveau !

戻ることも止めることもしない。自分で自分の道を切り開くしかない。

傷つきながらも、いまを潜り抜けた先に何かが見えることを切望して、

これが何十年のうちの大切な一部となることを信じて歩く。

もういちど信じることを思い出そう。それは脱出ではなく、「出発」のために。

 

 

 

 

本を貸すこと、その他であること。

 

自分が読んできた本を後輩に貸すのが好きだ。

この本はいつ読んだものだったかな、と貸す時に思い出しながら、後輩と同じ年齢のころ、

自分は何をしていたか・何に興味があったかを思い出す事が出来るから。

 

先日貸したのはフレッド・アダムズ+グレッグ・ラフリンの『宇宙のエンドゲーム』(ちくま学芸文庫,2008)だ。

この本について何か記事を書いたような気がして、自分のブログを検索してみると、2009年の5・6月に読んでいたのだった。

 

四年前の今頃、自分は何をしていただろう。

それは指揮に出会う前だった。22歳になり、とりあえず闇雲に本を読みまくり、映画をたくさん観て、

ボウリングに集中しながら、後期課程への進路に悩む時期だったと思う。

2009年5月21日の自分はこう書いている。

 

<その他であるということ>

周りから見ていると分からないかもしれないが、進振りが迫ってきたいま、僕は真剣に進路を悩んでいる。

やりたいことが多すぎる。ずっと前から分かってはいたことだが、おそらく進振りの直前まで悩み続けることになるのだろう。

 

だが、誤解を恐れず言ってしまえば、どこの学部に行くかというのは大した問題ではないと思っている。

「東大なんたら学科卒」という看板を外しても、社会でしっかりと生きれるような人間になりたい。

校内を歩いていると目に入る、ドリームネットというサークルが主催している交流会のポスター、自分-東大=?というキャッチコピー。

もう少し目立つようにデザインすればいいのに、と残念になるぐらい、このコピーは重要な意味を持つものだと思う。

自分から東大という名前を取ったときに何が残るか。今、たとえばここで突然東大が消滅し、自らの所属が無になるような状況が

生まれたとき、自分は何を拠り所にして生きるか。

大学という所属を持っていると、所属しているというだけで安心感が生まれる。

そして、次第にそれに依拠してしまいがちである。(五月病なんてのもその一種だと考えられるかもしれない。)

予備校に所属する事もなく、自習室を借りて二浪していた時、とても貴重な経験をした。

どこにも属していなかったから、何かの証明書に記入する時には、高校生でも大学生でも社会人でも学生でもない

「その他」に丸をつけることになる。この恐怖といったら!!

宙ぶらりんの恐ろしさ、当り前のように踏んでいた足場を外されたときの言葉にしがたい恐怖。

自分は何者でもない。学んでいるわけでも働いているわけでもない単なる「その他」である。

だが、「その他」でしかないのか、と気づいたとき、「最強のその他」になろう、という目標が生まれた。

失うものは何もない。どこかを除籍されることもなければ、呼び出されることもない。誰にも何にも所属しない中でも自信を持って

自己を確立できるように、どこにも属さない貴重な時間を使って出来る限りのことをしなければならない。

ひとまず大学に所属するようになった今でも、その気持ちは変わっていない。

どこに進学するにせよ、究極的には東大が突然あした消滅したとしても、社会で逞しく生きていける人間になりたい。

数か月後の進振りで些末な事象に拘泥して道を見失ってしまわないよう、数か月後の自分に向けて書いておいた。

 

….

 

青い文章だなあと読み返して笑いたくなるけれど、たぶん本質的に、僕はこの頃と同じ気持ちでいる。

4年が経って26歳になった今も、原点はあの宙ぶらりんの一年間にあるだろう。

70歳を迎えたドガがエルネスト・ルアールに伝えた言葉を思い出す。

「いま自分が何をなしているかではなく、他日、何をすることができるか、それをつよく意識しなければならぬ。

そうでなければ、仕事などするまでもない。」

 

好きな後輩に好きな本を貸すこと。

『宇宙のエンドゲーム』一冊が沢山の記憶を蘇らせてくれた。