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オフィシャルサイトを開設致しました。

沢山のお祝いを頂きありがとうございます。ついに28歳になってしまいました。

27日が誕生日の身としては、28歳というのは特別な年齢で、日付を年齢が越えるこの時までに「何か」になっていることができれば、そしてそれまで生きている事が出来れば、と小さい頃から願い続けていました。それが果たせているのかどうかは分かりません。むしろ不義理や未熟さが際立ち、ご迷惑をかけるばかりの毎日のようにも思えますが、しかしなによりも、今日まで支えて下さった方々に心から御礼申し上げます。これからも自分の出来る限り精一杯、毎日を過ごして行きたいと思いますし、凡庸な自分に出来るのはそれしかないのだと最近つくづく思っています。

最後になりますが、駆け出しの身には不似合いながら、28歳を機に棒振りとしてのオフィシャルサイトを開設致しました。現在のこのブログ(http://kenbunden.net/wpmu/kbd_kimoto/)は7年間継続しているもので思い入れもあり、また実は結構なアクセス数を毎日頂いておりましたので、閉鎖せずこのままにしておきますが、音楽に関することやコンサート情報などの更新はオフィシャルサイト(http://y-kimoto.com/)にてご報告させて頂く所存です。

作成にご協力下さった方々、温かいメッセージを下さった皆様、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します。

Nuit Blanche – Yusuke Kimoto Official Web site-   

27歳で見つけたもの。

 

 

自分から文章を奪って行くような人や環境には身を置きたくない。金銭的なことではなく、それこそを僕は「貧しさ」と呼ぶだろう。

その理由が分からなくともなぜか文章を綴らざるを得ないような、誰に見せるわけではなくても書かずにはいられないような、そういう人に、場所に、職に、関わっていたい。

コクトーのあの文章が今もまだ響いている。ひとことで言えば「魔術」的なものに。自分の行動原理があるとすれば、その一点に尽きる。

 

 

日刊マニラ新聞社さま「ナビマニラ」に掲載頂きました。

 

2015年の2月にマニラ交響楽団&ワールドシップオーケストラ&トンド・チェンバーオーケストラとの演奏について、以下のページに掲載頂いておりました。

ツアー最終日のRizal Parkでの演奏になります。素敵な写真と共にご紹介頂いておりますので、どうぞご覧下さいませ。

また9月にここで指揮させて頂くのが楽しみです。

 

http://navimanila.com/…/japane…/1337-wso-band-in-luneta.html

 

永遠の前奏曲

 

明日に本番を控えて、あるアンコール曲の、自分のはじめての演奏動画を四年ぶりに見た。

なんと素敵な仲間たちと演奏できていたのだろう。棒にどれほど反応してくれていることか。

何よりも自分の未熟さに苦笑しつつ、ひたむきな必死さに何故か泣けてくるのだ。

全身でそこにある時間を味わい、棒を振ることを通して「何か」を生み出そうと格闘している精一杯の自分がいた。

それは拙いが、決して醜くない。いつまでたってもこれが原点であり続ける。

節目が訪れるたびに僕はこの曲を取り上げるだろう。そして、そのときにはいつも、演奏前夜にこの最初の動画を見直すことだろう。

 

明日は明日にしかない演奏になることを確信する。

あれから四年経ったいま、こうして棒を振ることが出来ることに、この曲を再び演奏することが出来ることに心の底から感謝しながら。

別れと出発を告げる響きよ、明日の一瞬に宿れ。

 

ひとつひとつ

 

宝塚でのリハーサルを終えて、とある関西のふたつの大学のオーケストラの指揮者候補として、自分の名前が出ていたということを聞いた。

そうして名前を挙げて頂いたことが本当に嬉しかった。これからも見返りを求めず、ひとつひとつ丁寧に全力でやっていくのみ。

近況

 

2月14日から3月11日まで、マニラとカンボジアを回って、Worldship Orchestraとマニラ交響楽団、およびカンボジアのアンコール・ユースオーケストラとの合同演奏会を指揮していました。

全部で10公演。マニラでは、昨年に共演したマニラ交響楽団の奏者の方々から「待っていたよ!!」と迎えて頂たり、パイレーツ・オブ・カリビアンでリザールパークが揺れるような演奏をしたり、

マニラ空港にタクシーから飛び降りてダッシュすることになったり、色々なことがありました。もちろんカンボジアでも色々あって、皇太子さまはじめ御皇族の方々の前で演奏させて頂いたり

アンコールワットの近くで即興演奏をしようとしたら捕まりかけたり(演奏に際してはカンボジア政府公認を頂いていたので事なきを得ました。むしろ最後には歓迎して頂きました)

ひとつのエントリーで書ききることは出来なさそうですが、海外を回って指揮するうちに強く強く思ったのは、僕はやっぱり音楽をしていたい、指揮者として生きて行きたいということでした。

日本に帰って来てからもその気持ちは変わっていません。長く続いた学生生活も3月で終わりにします。 それで生きて行けるかは分からないけれども、生きて行けるように自分を磨くしかない。

 

帰国してからも3月20日に東京で、22日に宝塚でコンサートが控えている関係で、休みなく毎日東京と宝塚を移動してリハーサルをし続けています。

落ち着いたころにまた、ゆっくりと時間を取って文章を綴りたいと思っています。ひとまず無事帰国のお知らせまで。

ヘッセの庭

 

ヘルマン・ヘッセの『庭仕事の愉しみ』に出会って衝撃を受ける。

庭のことを考えて、庭を必要としていることに気付く。

しかし今は「満開の花」という一篇を引用するに留めよう。

 

桃の木が満開だ
どの花も実になるわけではない
青空と流れる雲の下で
花たちはやわらかにバラ色の泡と輝く

桃の花のように想念がわいてくる
日ごとに幾百となく
咲くにまかせよ 開くにまかせよ
実りを問うな!

遊びも 童心も 過剰な花も
みんななくてはならぬものだ
さもないとこの世は小さすぎ
人生になんの楽しみもないだろう

 

 

 

自省録

 

 

なお君の内なる神をして、男らしい人間、年配の人間、市民であり、統治者である人間の主たらしめよ。

その統治者は何者にも縛られることなく、人生から呼び戻される合図を待ちつつ、宣誓をも、証人をも必要としない者としてその地位に就いたのである。

曇りなき心をもち、外からの助けを必要とせず、また他人の与える平安を必要としないようにせよ。

まっすぐ立たせられるのではなく、まっすぐ立っているのではならない。

 

être

 

僕は直感する。
 

言葉が追いつくのはそのあとだ。
 
 

出発の儀式

 

 

あけましておめでとうございます。

大晦日に一年のまとめをしようかと思ったものの、譜読みに集中したりバタバタ片付けをしたりしている間に2015年になってしまいました。

昨年は海外含め26回のコンサートを指揮させて頂き、修士論文を提出するというハードな一年でしたが、体調を崩さず過ごせたことに感謝しています。

 

しかし何より大きかったのは12月に師匠を亡くしたこと。悲しみは未だ消えませんが、それを直視しなければ僕の2015年は始まらないと思えて、

元旦の朝には師匠から頂いた日本酒(木許にはこれだ、と旅行の際に選んできて下さったもので、飲みきるのが惜しくて少しだけ残してありました)を

コートのポケット に入れて新幹線の始発に飛び乗り、早朝から湯沢に登ってきました。

 

本当は山頂で朝陽を見ながらと思っていたのですが、現地は大雪だったため、ひとまずガーラから石打へ向けてしばらく滑走。

午後になると少し晴れ間が見えた ので、眼前に広がる魚沼平野を見下ろしながら最後の一口を頂きました。涙が出るほど美味しかった。

そして、ベートーヴェンの「田園」を教わったときの「君は田園の景色をまだ知らないねえ」と笑うあの声が聞こえたような気がして、しばし呆然。

時間だけが容赦なく流れて行く….。
 
 
Je partirai! /Steamer balançant mâture, /Lève l’ancre pour une exotique nature!
 
(出で立とう!備わる帆柱の総てを揺振っている蒸気船よ、異国の自然を目指して、いまこそ錨を掲げるのだ!)
 
 

——マラルメの「海の微風」を思い返し、ひとつの決意を固めてから、一気に麓まで滑り降りて帰りの新幹線に。

今年は出発の一年になりそうです。2015年もどうぞよろしくお願い致します。