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チャイコフスキーの五番とシベリウスの七番

 

 

東北でのコンサートから帰ってきて以来、ずっとチャイコフスキーの五番とシベリウスの七番を勉強している。

チャイコフスキーの五番は壮絶だ。楽譜を読んでいるだけで色々な感情が湧き上がってくるし、冷房の効いた部屋ですら汗をかいているような錯覚に陥る。

「名曲は多様な解釈に耐える」そんな言葉を聞いた事があるけれど、確かにそうなのかもしれないなと思う。

勉強するたび、振るたびに新しい発見や可能性を見せてくれる。

 

一方で、シベリウスの七番は当たり前だけど全く違う世界だ。

温かさと冷たさ、情景と論理が絡み合った精密な織物のようだ。「孤高」と呼ばれるほど近寄りがたい造形美を持ち、荘厳であり、祈りすら感ずる。

もし僕がヴィオラを弾けたならこの音楽の22小節目からを弾きたいと思うし、トロンボーンが吹けたなら60小節目からのAino-Themeを(そしてその再現を)吹きたい。

もちろん他にも弾いてみたい曲はあるけれど、そう思ってしまうほどにこの曲は凄い。

あらゆる要素が「折り畳まれて」含まれていて、各箇所が別の場所と緊密に結びついている。

二分の三拍子ならではの巨大さ、六度のローテーションモティーフ、二度の多用、Gに行きたくても行けない苦しみ…

細かく見るのはもちろん、目を離して大きく見てみれば、細かさが細かさと響きあって拡大する、入れ子のような関係性に気付いて更に驚愕する。

シベリウスかあ…と思っていた数ヶ月前の自分はどこにいったのやら、寝ても覚めてもこの音楽が頭から離れない。

本番は来年。まだ理解するには遥かに遠い曲だけれど、26歳でこの曲に出会えたことを幸せに思う。

 

背中を向けて咲く向日葵に。

 

昨年度にお声掛け頂いて以来、指揮をさせて頂いているアンサンブル・コモドさんと今年もまた東北へ演奏旅行に行ってきました。

昨年の演奏旅行から帰ってきたとき、僕はこんなことを書いています。

 

…2012.8.28

実際に現地を訪れてみると込み上げてくるものは祈りの感情で、津波の被害を受けた海岸沿いの地を静かに歩いているうちに

歩みを進めることが出来ないほど痛切な感情に襲われました。東北を回っている間に書きつけた文章の一部をここに掲載しておきます。

 

空は青く、雲は既に秋の軽やかさを見せていた。

海の音が迫ってくる。眼前には何もない。そう、一年前までそこにあったであろう物が何もない。

見渡す限り、無。ただ海だけがある。振り返っても背後は山まで一望できてしまう。悲痛な景色。

 

山から伸びる雲が海と繋がろうとしている。

大地はひび割れ、家であっただろう場所、線路であったはずの場所に草が生い繁る。

海から吹き付ける風に黄色が揺れる。向日葵が海に背中を向けて咲いていた。

波の音。どこまでも静かな景色、喪失の静けさ。

草地の中に残された泥まみれの上履きが残酷だった。

 

 

 

心から心へ届くように、あらん限りの祈りを。

アンコールとして演奏したyou raise me up、そしてsound of musicメドレーの

deep feelingと記された最終変奏にはとりわけそうした想いを、言葉を込めたつもりです。

全三公演、演奏した先々で涙を流しながら聞いて下さった方々が沢山いらっしゃったということを後から知りました。

音楽に何が出来るのかは今もって分からないけれども、少しでも心に届くものがあったならば…。

お聞き下さった方々、そして一緒に演奏して下さった皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

あのときから気持ちは全く変わりません。

復興はいまだ遅々として進まない部分もあり、けれども一年前より少し変わりつつある現地の状況と雰囲気を確かに肌に感じて、

暗い顔をしないようにと前へ歩き出せるような明るい気持ちで臨みました。そして今年もまた、今の僕に出来る限りの心を込めて演奏してきました。

昨年も演奏させて頂いた介護施設で「ふるさと」を演奏したとき、皆さんが自然と合唱してくださった様子が焼き付いています。

僕自身、なぜか涙が溢れてくるのを抑えることが出来ず、そのあとに指揮した曲の気持ちで膨らませた最後の和音を振り抜きながら、

ボードレールの「音楽は天を穿つ」という言葉を思い出さずにはいられませんでした。

つたないながらも音楽に関わっていてよかった。

 

最後のアンコールを振り始める前、一年前の最終日のことを思い出しながら、

このメンバーと演奏できるのはこれが最後になるんだな、と少し寂しい思いになり ました。

充実した三日間だったと思うと同時に、まだまだ演奏したりない、皆さんともっと音楽したかったなという思いも込み上げて来て…。

晴れやかな顔 で高らかに歌い上げ、一つ一つの音を慈しむように吹いて下さっていたあの光景を忘れる事は一生ないと思います。

ご一緒して下さったみなさん、本当にありがとうございました。

 

commodo2013:最終日の夜に、宿泊していた宿のお客様とスタッフの方々をご招待させて頂いて旅館でミニ・コンサートを開催した際の写真です。

 

 

 

 

六日間の帰省

 

少しのあいだ、関西に戻っていました。

卒論・卒業式・大学院試験・コンサートと修羅場が続いていて昨年の冬には帰省出来なかったため、一年ぶりの帰省となりました。

 

<帰省一日目>

諸々やることに追われて15時にようやく新幹線に飛び乗る。

新幹線に乗ってドキドキしなくなったとき、大人になったなと思うとともに、何か大切なものを一つ失ってしまったような感覚になった。

夜は小学校のプチ同窓会、その前にヴァイオリン協奏曲のソリストと打ち合わせ。

ご縁を頂いて指揮することになったオーケストラ・アフェットゥオーソで、シベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏することになりました。

ソリストは小学校の同級生でヴァイオリニストの白小路紗季さん。まさか小学校の友人とコンチェルトをやることになるなんて想像もしなかった。

彼女がドイツに発ってしまう前に、今の時点で僕が勉強したことをポケットスコアに書き込んで渡しておく…。

いずれも大変な曲(交響曲七番に至っては譜読みが過去最高に大変!)ですが、一年間じっくり修行を積んで、出来る限りの演奏をしたいと思います。

【オーケストラ・アフェットゥオーソ 設立記念特別演奏会】
2014年8月17日(日)
於:神奈川県立音楽堂
13:30開場、14:00開演、16:00終演予定
指揮:木許裕介 / ヴァイオリン:白小路紗季

 

同窓会では十五年ぶりに会う友人たちとボトルを四本空け、ほろ酔いで帰宅。

あのメンバーと、お酒を傾けながらゆっくり話せる日がやってくるとは思わなかった!

 

 

<帰省二日目>

出版社の友人と京都で過ごす夜。白ワインをカラフェで頂き連載の打ち合わせをしたあと、

御所南のカフェ・モンタージュにて劇団地点の「近現代語」を観劇。これが素晴らしく面白かった!

狙い澄まされつつ、即興的に作り上げられて行くフーガ。観劇しながら 頭の中で楽譜が生成されていく感覚は初めてだった。

何より、終戦記念日の今日に会えてこの演劇に誘ってくれた友人のセンスに悔しくなるほど感動。参りまし た。

終演後、主催の方が振る舞って下さったワインを頂きながら、その場で紹介して頂いた京都大学の方々とゆっくりお話させて頂く。

京都-東京と離れていても初対面でも、たいてい誰か共通の知り合いがいて繋がるものだ。

興奮冷めやらぬまま更にもう一件寄って飲み、名残惜しくも終電で帰路。幸せな時間をありがとう!

 

 

<帰省三日目>

朝からカイユボットとドガに関する論考を書き進める。

調べて行くうちに、同じ学科の友 人が専門にしているフェルナン・クノップフとドガの関係をはじめて知った。

書くのに飽きたら譜読み→メール対応→ピアノ→犬→原稿とローテーションしているうちに夜。

机の前からほとんど動かない引き籠りデーだったが、年内の本番の予定がひとつ決定して嬉しい。

コマバ・メモリアル・チェロオーケストラ2014年度演奏会は丸ノ内KITTE内インターメディアテクで11月30日の15時から、ということになりました。

今年もまた友人のチェリストたちとヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ一番」を演奏致します。

 

夜中は譜読み。ほぼ毎日シベリウスの七番の譜読みをしているけれど、今日になって突然、身体にすっと入ってくるよう になった。

最初にスコアを見たときは意味不明、無い頭を絞ってアナリーゼしても白目、という感じだったのに、

大きな「流れ」のようなものが僅かながら把握出来てくると全てが自然で必然に思えてくる。

寝る前にはボードレールのLe Spleen de Parisを読み進める。この散文集がとても好きで、旅行するたびに持ち歩いてしまう。

 

 

<帰省四日目>

早朝、夢の中で、シベリウス七番のある箇所について唐突にその意味を理解した気がして飛び起きる。

限りなく清冽で、しかし同時に抱えている激しい孤独と苦しみ。それが正しいかどうかは誰にも分からないけれど。

 

午後は母校へ、毎年恒例の歴代生徒会関係者会議。灘の校舎が随分と様変わりしていて驚く。

水泳部から独立して「プールサイド同好会」(プールサイドに更なる価値を見出す集まり)が出来たということと、

実は昔から「シャワー部」なるものも非公式に存在していたのだという嘘か本当か分からない話を聞いて爆笑!灘らしいユーモアだなと思う。

会議では僕の時代には考えようも無かったアイデアの数々に触れることが出来て大いに刺激を受けた。

セッティングして下さった後輩の皆さん、ありがとうございました。

たくさんの後輩たちと話し、曇りなき目の数々に突き刺されながら、ボードレールの『悪の華』第百番目の詩の二十一行目、

Que pourrais-je répondre à cette âme pieuse?という一文をずっと反芻していた。

ここに居たころから十年後の自分がこんな風になっているなんて想像もつかなかったし、今から十年後の自分 もやはり想像がつかない。

でも、きっとそれで良いのだろう。

 

 

<帰省五日目>

朝、ポール・ヴァレリーの切れ味鋭い文章に接する。

「写真によって眼は、見るべきものを待ってからそれを見るように習慣づけられた。

つまり、眼は写真の出現以前にはよく見えていたが、存在しないものを見ないように写真から教えられたわけである。」

 

そのあと、医師になった高校時代の友人と地元でランチ。医療や手術の様々な話を聞かせて頂く。

違う分野の話を 聞くのはいつも面白い。上手く言えないけれども、彼の言葉の端々から溢れてくる情熱のようなものに感動してしまった。

お互い良い仕事を出来るようになりた いね、と笑って別れる。本当にそう思う。

昼、浪人中以来ずっと御世話になっている三宮の珈琲屋さんにご挨拶へ。

珈琲の美味しさや奥深さを教えて下さったのはこのマスターご夫妻。コロンビア、モカ、パナマと豆を頂き、近況報告とともに

「しあさってから宮城、来年はフィリピン に振りに行きます」と伝えたら、「これなら持っていけるでしょう」と絶品のドリップパックを沢山くださった。

その温かいお心遣いに感涙。焙煎したての豆をスーツケースに詰めて東京へ戻る準備。

 

 

<帰省六日目>

夢の中で凄い景色を見た。

風の強い日、そろそろ帰ろうかと言った浜辺。夕暮れの海。海に突き出た突堤が左にあって、その上に(いや、奥に)月が浮かぶ。

エルンスト・フェルディナント・エーメの「サレルノ湾の月夜」みたいだな、と思う。

しかし右には浜辺から海の中へと掛かる橋。橋のたもと、海の中に太陽が沈んで燃える。

太陽が海に「そのまま」沈んで燃え続けるのだ。それはとても不思議な光景で、ステンドグラスのように海の中に煌めく光を放つその様子に

絶句し、我に戻ってカメラを取り出し駆け寄るけれど、その景色を撮るには一瞬遅く、

完璧に美しかった時間を逃してしまう。そこで目が覚める…。

 

一息ついてから、カイユボットとドガに関する論考を進めつつ荷造り。

帰省中、何一つ不自由しない毎日だった。細かく書くことは敢えてしない。

この家庭に生まれ育った事を今は幸せに思うし、二十六歳にもなってまだ彷徨い続けている放蕩息子を

叱咤しつつも好きなように歩ませてくれる両親に心から感謝する。

 

さあ。東京へ戻ろう。

明日はリハーサル、あさってから宮城県でコンサート。

学問と音楽の間を行き来する、慌ただしくも充実した日々をまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

贅沢について

 

自分にとって贅沢とは何であるか。

美味しいお酒、美味しい珈琲、素敵な音楽に包まれること…考え始めると無数にあるけれど、

「ちょっと高級なシャンプーを買って帰る」ことの贅沢感は異常だと再認識した。

一日リハーサルで疲れたあと、まだ時間も早い夜にシャワーを浴びて髪をわしゃわしゃしながら

「うーむ…このシャンプー…神か…いやギャグではなく…」とひとり呟く、そんな夕暮れ。

それはささやかな時間でありながら、とても贅沢で幸せな気持ちにさせてくれる。

 

ささやかな時間、ささやかな幸せという言葉を綴っていて、ある文章を唐突に思い出す。

中学三年生のときに触れて以来、ずっと大好きな文章だ。

それは原田宗典の『優しくって 少しばか』というエッセイ。「神は小さきところに宿る」という言葉を変奏した手紙の一節。

 

僕は神さまはあまり信じませんが、この場合の神は愛に置き換えられるような気がします。

ごく些細なこと……例えば階段を下りる時に君の足元から 目を逸らさずにいること。眠る前に肩が出ないように毛布を掛け直してあげること。

悲しそうな顔をしていたら理由は聞かずにそばにいてあげること。そんな所に、愛は宿っていると思えるのです……だからそんな所から、ぼくは君と始めたいと思います。

 

 

 

あれから十年。

読み返してみても、やっぱりいいな。