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再現ではなく生成を。

 

ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ一番」のレッスンを終えたあと、師匠がこうおっしゃった。

「最近、癖が出てきたな。」

 

癖。誰よりも癖が出ないように、基礎に忠実であろうと学んで来たのに、どこで付いたのだろう。

そして、癖とは具体的にどういうことを指しているのだろう。

映像を見れば自身の動きにいくつか思い当たるところはある。そういったことなのだろうか。

けれども、「成長するための過渡期なのだと思うけど、色々やりすぎているんだな。」

という帰り際に重ねて頂いた言葉を考えると、そういう「動き」だけの問題ではないような気もしてくる。

「癖」という言葉に師匠が託したものは何か。注意して下さった真意は何か。

その言葉が数日間ずっと離れなくて、考え続けていた。

 

 

招待して頂いたある演奏会 — チャイコフスキーの第六交響曲「悲愴」— を聞いている時に、突然その答えを見つけた気がする。

ああ、そうか。僕は音楽を少しだけ(ほんの少しだけ)動かせるようになったから、強引に動かそうとしていたのかもしれない。

ここはこうやる。ここでツメる、先へ送る。そして全体はこうなる。

そんなふうに、全体の見通し=フォルムを作ろうと考えて、細部まで「こう表現するぞ」と決めすぎていたのではないか。

そしてまた、昨年にレッスンで見て頂き、また本番でも指揮した「ブラジル風バッハ一番」を

昨年やった演奏、教わった事柄を実行するよう、過去を再現するかのごとく指揮していたのではないか。

おかしい、去年はもっと動いたのに今日は動かない。ならば動かしにかかろう。

そういうふうに、「いま/ここ」の流れを無視し、自らの気持ちばかりが先行して意固地になっていたのではないか。

 

 

音楽はそれでは動かない。

なぜなら、音楽は生身の人間の営みだからだ。恋愛と同じく、一方的に求めるばかりでは相手は離れて行く。共に生きなければならない。

convivialitéという言葉を思い出す。「共に生きる/楽しみを共有する」という意味を持つこの言葉は、

convive(会食者)という単語に由来する。「会食」— それはすなわち、一人が持って来た出来合いのお弁当を広げて配っていくのではない。

その場でその会のために料理されたものがテーブルを彩る。

そして、その日集まったメンバーとしか成立し得ない会話を楽しみながら、共に食卓を囲むのだ。

 

 

同じように、今日には今日の、今には今の演奏の形がある。

考えることと感じることが別物であるように、感じてくる事とその場で感じることは全く違う。

過去を再現するのではない。何度も演奏した曲であっても、その場で、新しく、無から創造するのだ。

あの日の僕は過去に生きていた。今という瞬間を無視して、死んだ音楽をしようとしていた。

 

 

「もっとリードしなきゃだめだ。笑顔でいるだけではだめなんだ」

それは六月のコンサートを終えて学んだことだったけれども、何もかもリードする必要なんてないし、出来る訳もない。

気持ちばかりが先走り、「違うんだ、違うんだ!」と満たされない思いを繰り返す。

頭の中で鳴っている形に寄せようとエネルギーを使い、夜を昼に変えることを目論むかのごとく -19世紀末のパリ!-隈無く照らし出そうとする。

そういうふうな、右へ崩れて行く波に左向きに乗って行くような真似はやめよう。欲を捨て、自然に帰れ。

色々しようと思うあまり、不自然な要素がいつしか自身の内に混入していた。

ブラジル風バッハを誰よりも愛奏した師が、「癖」というその短い言葉の内に含めたものは、こうした事ではなかったか。

 

 

演奏者は白紙じゃない。何時いかなる時においても、どうやりたいか、どう弾きたいかという意志をそれぞれ持っている。

スタートのエネルギーを与えるのは確かに指揮者の役目だ。

その後は、いま奏でられた音に潜む方向性を共有して、自然な流れに招いて/誘っていかなければならない。

表現したい要素が増えたからこそ、任せるところは上手く任せられるようになろう。その場で響いた音に柔軟であろう。

 

 

銘記せよ。ある種の自由さ、そして無から生成する躍動がなければ音楽は死ぬ。

そうした要素のことをこう言い換えても、遠く離れてはいないはずだ。

「一回性」— ヴァルター・ベンヤミンの言う「アウラ」— と。

 

 

 

 

 

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