September 2025
M T W T F S S
« May    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

「型」としての入試問題

 

 先日の記事に対して塚原先生がホームページで触れて下さっていました。たとえWeb上であれ、予備校時代の先生と

今もこうして話すことが出来るというのはとても嬉しいことです。

(もっとも、先生が問題にしたかったのは「形式面」であったということで、僕が少し文脈を取り違えていた感がありますが)

《出題者の方々がそうした「型」,大学での学びにつながる「型」にどの程度意識的なのか?》と先生は疑問を呈されています。

実際のところどうなんでしょうね。何十年も同じスタイルで出題していることを考えると、やっぱり要求したい「型」があるんでしょうか。

 

 京大の問題についてはコメントできるほど詳しくないので東大の話に限定してしまいますが、東大の問題は、受験生だったころの

僕にとっては、「大学での勉強を予感させてくれるもの」でした。

一問一答はい終わり、ではなく知識羅列で片がつくようなものでもありません。

持っている知識を総動員しながら資料と突き合わせて、知識と資料を対応させる。

知識から資料の意味を発想し、時に資料から知識を引き出す。書くべきことは書く、書かなくてもよいことは書かない。

要するに「考えろ」ということですね。そんな東大の日本史(と世界史)の問題は、いわゆる「受験勉強」に辟易としていた僕にとって

とりわけ新鮮に映りました。解いていて楽しかったし、驚きがあったし、大学に入りたくなった。浪人中、受験勉強(特にセンター)に

飽きたときは東大の日本史と世界史を見てやる気を出し、関係しそうな本(たとえば東大の教授が執筆された本であったり、

ブローデルの『地中海』であったり)を近くのジュンク堂へ読みに行くのが一つの楽しみであったことを思い出しました。

 

 大学に入ってみて、東大の日本史・世界史が要求していた「型」と同じような事を至る所で要求されていることを感じます。

作問者の方々はしっかりと受験問題と大学での学びの接続性を意識して出題していらっしゃるんじゃないでしょうか。どれほど

意識しているのかは分かりませんが、在校生としては、「少なくとも意識はしているだろうな」という印象を受けています。

東大教養学部には「初年次教育プログラム」なる一年生向けのプログラムがありますが、東大日本史・世界史の入試問題というのは

ある意味で「ゼロ年時教育プログラム」なのかもしれません。

 

 こういったことを先生方がどれほど意識しているのか、それは本郷の文学部の日本史を扱う学科(国史学科など。東大日本史を

作問している教授たちが多くいらっしゃいます)に進学を決めた友達にお願いして、宴会の席ででも教授本人に聞いてもらうのが

よさそうです。というわけで考古学へ進むカナヅチ氏、江戸の町が大好きなあの先生や木簡大好きなあの先生と飲む機会が

ありましたらぜひ聞き出してみて下さい(笑)

 

 なお、お気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが、右サイドのリンク集を拡充しておきました。

自分の「お気に入り」に入れていたサイトを追加しまくってあります。語学(独・仏・伊)に関しては結構な部分に対応できるはずです。

リンクに登録してあると僕としても使い勝手が良い(友達のパソコンや仕事場のパソコンなど、自分の物ではないパソコンで

作業をする際にはまずこのブログを開いてそこからリンクで飛ぶ。)ので、使用頻度が多く、また便利なサイトを中心に

バーっと並べておきました。フィガロ紙とルモンド紙、シュピーゲル紙とヴェルト紙に簡単に飛べるのは結構便利なはずです。

(辞書サイトも並べてあるので、これを併せて使えば海外の文献でも何とか読めますよ。)

イタリア語がもうちょっと読めるようになったらイタリアの新聞サイト(La Gazzetta dello Sportoなど)も入れたいと思っています。

もし「これを追加して欲しい!」とか「これ便利だよ!」というサイト(とくにリンクフリーのもの)がありましたら、コメント欄にでも

書いておいてください。後から追加させて頂きます。

 

 なお、本日はマルク・リシール『身体 - 内面性についての試論』(ナカニシヤ出版,2001)を読了。

 

「身体のこの厚み、「受肉して生きる」という場を経験のただなかで考える事が出来るのは、〈身体のなか〉に

〈身体をはみだしている〉なにものか、〈そこから漏れ出そうとする〉なにものかが存在するときだけであって、そして〈その何ものかとの

関係によって、身体はいつも多かれ少なかれ、ある仕方で、あるいは別の仕方で、制限されて現れることになるだろう。〉」(前掲書)

 

などの一節に触れて、メルロ・ポンティ『知覚の現象学』『行動の構造』や「人間と逆行性」で展開されている議論との接続性を

感じたので、途中からはメルロ・ポンティの諸著作を机に広げて相互に参照しながら読み進めました。

そのあと、昨日A氏と紅茶を飲みながらプルースト『失われた時を求めて』の話をしていたのを思い出し、『失われた時を求めて』の

五巻(集英社の文庫版)の「ゲルマントの方 Le côté de Guermantes」をパラパラとめくっていました。その中に原文では

 

…on ne peut bien décrire la vie des hommes, si on ne la fait baigner dans le sommeil où elle plonge et qui , nuit après

nuit, la contourne comme une presqu’île est cernée par la mer. 

「人間たちの生はそれが沈みこんでいる眠りの中に浸さなければ十分に描ききることは出来ない。眠りは、小さな半島が

海に囲まれているように、夜ごと人間たちの生を取り囲んでいるのである。」

 

と訳される部分がありました。

「眠り」という行為の扱いによってはさきほどの身体論と接続することが可能かもしれないな、という思いに至ったので、

今書いている身体論に関する小論に展開してゆくことを考えてみようと思います。『失われた時を求めて』の八巻である

「ソドムとゴモラⅡ」にも「眠り」について長く触れた箇所があるので、こちらも後日参照するつもりです。

  

 

 

受験で日本史を学ぶことの意義

 

 リンクさせて頂いている恩師の塚原先生のページを読んでいると、1月7日の記事に先生のご友人の方の言葉として

「大学受験で日本史を選択している生徒のほとんどが大学で日本史を専門的にやらない」という言葉が紹介されていました。

そして「受験生のほとんどは受験で必要だから,仕方なく日本史を選択し勉強している」のかもしれないこと、そして

日本史の知識は(受験生・大学生にとっては)「雑学的な小ネタ」にとどまるものなのか?という疑問が書かれていました。

 

 以下は僕の狭い経験に基づくものでしかありませんが、元受験生・現大学生として、自分の思うところを少し書いてみたいと思います。

端的に言ってしまえば、「先生、そんなことはないですよ。」ということです。

日本史を選択している生徒の多くが日本史を専門的に学ばない、という指摘は、(「専門的」という言葉の定義にもよるとは思いますが)

確かかもしれません。東大の例で見ても、進振りで日本史を専門的に学ぶ必要のある学部(例えば教養学部の比較日本文化論や

地域研究科アジア分科、本郷の学部では文学部の国史や国文学、考古学などが挙げられるでしょう。)に行く学生は

人数的に多くはないでしょう。全部合わせて50人ぐらいでしょうか。東大で日本史を選択して受験する受験生が何人いるかは

分かりませんが、50人というこの数字を日本史選択の受験生の割合にと比べてみれば「そう多くない」比率になってしまうはずです。

 

 それは進路の多様性を考えると当然の結果なのですが、かといって我々大学生の中で、日本史の知識が雑学的な小ネタ程度に

留まっているという感触は持っていません。これは僕に限ったことではなく、日本史を選択した受験生にとって、受験で学んだ

日本史の知識は自分が様々な論を進めていくうえでの土台の一つになっているでしょうし、それはまた、人の議論を聴き・理解するため

の共通の土壌にもなっているのではないでしょうか。なぜそんなことを言うかというと、「基礎演習」という授業を思い出したからです。

一年生時に履修していた必修の授業で「基礎演習」というのがあって、そこではクラスメイトが思い思いのテーマを設定して発表します。

発表を聞いているクラスメイトはそれに対して意見を様々に加えていくわけです。僕はテーマに「スーツの表象」を設定して、スーツを例に

取り上げてモードの表象文化論を展開したのですが、日本におけるスーツ受容の理由を考える際に受験で学んだ日本史の知識を

まず参考にし、そこから発展させていった記憶があります。また、あるクラスメイトは「沖縄戦の集団自決」というテーマで論じて

いましたし、別のクラスメイトは「五・四運動に見る学生のエネルギー」というテーマで発表をしていました。

そして、発表のあとには聞き手のクラスメイトと発表者の間で大変活発な議論が交わされていました。これらの発表はいずれも

日本史の知識に立脚したものであったし、発表を聞いている学生たちにとって、発表を理解し、また適切なコメントを挟んでいくことは、

聴き手側にある程度の日本史の知識が無ければ出来ないものであったでしょう。その意味で、(とりあえず本学の学生にとっては)

日本史の知識は、議論に参加する上での共通の土壌として有意義に働いているように思います。

 

 それだけではなく、(たとえ受験レベルであっても)「日本史を学んだ」ことによって、「日本史に関する本が抵抗なく読める」という

恩恵にも預かっていますね。読むか読まないかはひとまず置いておいて、「読める」のです。読むか読まないかは単にやる気や興味の

問題ですが、読めるか読めないかは能力の問題なので、この差は大きいのではないでしょうか。

受験生時代には「仕方なく」日本史を勉強していたとしても、それは大学に入ってから、「土壌として地下深くで輝く」

(奇妙な表現ですが、これが一番良く状況を表している気がします)ことになるのだと思います。

離れて初めて気づく親のありがたさのように、入ってから初めて気づくありがたさを日本史の受験勉強は持っています。

(逆に言えば、そのありがたさや面白さを受験生時代に気づかせてやれるように教えることが大切なんじゃないかと思います。)

 

 

 二年間大学生をやってみて、「日本史・世界史を一通り学んでおいて良かった!」と思ったことは数知れません。

特に東大の日本史・世界史に対応するために学んだ事項は本当に今も役立っています。基本的な用語の内容や文脈にはじまって

歴史の持つ通時的な軸と共時的な軸を学び、政策・施策の意図や背景を知り、史料から読み取る能力を磨き、そして自分の思考を

相手の要求に沿って文章化する技術と、日本史・世界史自体の「面白さ」を東大の日本史・世界史の勉強の中から学びました。

今、僕は何を研究するにしても、抵抗なく日本史の領域を参照することが出来ますし、世界史の領域へも横断することが出来ます。

マルク・ブロックを読みながら並行して網野善彦が読めるのです。(そして、読むうちに網野とアナール学派の手法の親和性にふと

気付いたりして、遠く離れているように見えた両者が一本の糸で繋がるような、刺激的な経験をしたりするのです。)

 

 以上の理由から、僕の知る範囲においては、受験で学んだ日本史の知識は「雑学的な小ネタ」にとどまるものではありません。

大学生にとって日本史の知識は、論を立てるための土台であって、人の議論を聞く上での土壌です。

そしてそれは言うなれば、諸学の入口の扉に差し込むためのカギのようなものだと思います。

カギを開けるか開けないかは人それぞれ。でも、確かに、扉を開けることが「できる」カギを持っているのです。

 

 だから決して無駄にはなりません。受験生の皆さん、安心して日本史や世界史の勉強を進めて下さい。

そして塚原先生、受験生の頃以上に先生には感謝しています。上に書いたように、先生から学んだことは今もしっかりと活きています。

先生のおかげで僕は日本史を、入試問題という「大学への招待状・大学からの挑戦状」を、目一杯楽しむことが出来ました。

  

 

東京帰還&『海に住む少女』(ジュール・シュペルヴィエル)

 

 新幹線に乗ること二時間半。あっという間に東京に着いてしまいました。

小学校へ通うのに自宅から二時間近くかかっていたことを考えると、新幹線の偉大さを思い知ります。

一週間ぶりに戻ってきた東京は相変わらず人が多く大変でしたが、無事に家へとたどり着くことが出来ました。

 

 さて、東京に帰ってきたからには時間を無駄にせぬように全力で動く日々がまた始まります。

沢山やりたいことはありますが、今年は特に、学生でいられる残り時間をそろそろ意識して、一つずつ「形」にしていかねばなりません。

手始めにFresh Start関連のデザインの仕事をいくつか片づけておきました。東大に今年合格される方には、もれなく僕がデザインした

フライヤーが届くことになります。このブログを見て下さっている東大受験生の方は覚えておいてください(笑)

それからずっと前から依頼されながら延々と悩んでいたFresh Startの公式ロゴのデザインが唐突にひらめいた

(今年のNew Year Concertで放送されたバレエのドレスを見ていて思いつきました)ので、勢いでロゴも完成させました。

まだロゴの配色にはいくつか候補があるので、最終的には友達から多数決を募って決定したいと思っています。

 

 Fresh Start関連では、そろそろパンフレットの内容も考えていかねばなりません。このパンフレット、去年は僕一人で全デザインを

担当しましたが、今年は山本くん(立花ゼミに所属している友達です。立花ゼミのホームページのデザインは彼の作品ですよ。)という

強い味方がいるので、具体的なレイアウトなどは彼に任せて、僕は企画をどんどん立案して一年生に振っていこうかなと考えています。

今回の僕の肩書きは「クリエイティブディレクター」なるものですし、デザインに一心不乱になるよりは全体へ目配りをして

企画や作品の統一感を失わないように纏めることが要求されているようです。とにかく、せっかくの機会なので中途半端なものは

作りたくありません。昨年の自分が作ったものを軽く超えるようなクオリティで、長く手元に置く価値のある魅力的な企画が沢山詰まった

一冊を作りたいと企んでいます。

 

 

 今僕の頭の中にある具体的なアイデアについては1月13日の全体ミーティングで説明するつもりですが、基本的なコンセプトとしては、

本学学生・教員の「知」と「経験」を基に、それぞれの「知」と「経験」のぶつかり合いから生まれる「越境」的なエネルギーを伝えるものに

したいと思っています。同時に、高校の勉強と大学の勉強が完全に乖離しているわけではなくてどこかで繋がってくるものであるという

ことや、各学問分野が他の分野に影響を与え・与えられて発展していく様子を、何らかの形でヴィジュアル化したいと考えています。

高校の科目を根っこに置いて、そこから木(大学での学問)が生えて、そして絡み合っていくような「知のマインドマップ」を作るわけです。

これらのどこまでが実現できるかわかりませんが、出来る限りやってみるつもりですのでどうぞお楽しみに。もし良いアイデアを

思いついた方がいらっしゃいましたら、メールかコメント欄に書いて送って頂ければとても嬉しいです。

Fresh Start 当日まであと二カ月。関係者一同、一生懸命に創意工夫して準備しますので、合格された方はFresh Start@駒場 に

是非参加してみてくださいね!

 

 まあこんな感じでパンフレットのアイデアも徐々に出始め、ロゴも上手く出来てちょっと喜んでいたところ、

「あと二時間ぐらいでこの企画のフライヤー作れる?!綺麗な感じにして!」と例によって先生から無茶振りをされました。

やや手間取りましたがなんとか夜九時には完成。今日は良く仕事をしています。駒場を後にしてからは三軒茶屋の喫茶店に寄って

ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女 L’enfant de la haute mer』(訳:永田千奈 光文社古典新訳文庫,2006)を読了し、

続いて上村忠男『ヴィーコ 学問の起源へ』(中公新書,2009)の第五章までを読んだところで閉店時間となったため、席を立ちました。

続きはまた明日読むことにします。

 

 帰宅してからは白州12年をちびちび呑みながら『構造人類学』の訳読を進め、その後、買ったばかりの

『フランス哲学・思想事典』(弘文堂)の最初にある「16・17世紀総論」の項を読みました。事典を読むのは本当に面白いです。

浪人中に読んだ『現代思想芸術事典』『図解音楽辞典』に続いて大学三年生の間にこれを何とか読み切りたいと考えているので、

今日からこの事典を毎日寝る前に読み進めることにします。ちなみに、広辞苑を通読しようと高校生のころに思ったことがあるのですが

これは全く歯が立ちませんでした。「あ」だけでギブアップします。物理的にも重すぎるため、腕が筋肉痛になること請け合いです(笑)

 

 

師匠を超えて。

 

 冬休みもあと数日。地元にいられる時間は僅かしか残されていません。

というわけで、帰省中に必ずやっておきたかったことの一つを終えてきました。ボウリングの師との再戦です。

電話をしてボウリング場で待ち合わせ、夏と変わらずお元気なお姿でフロアの向こう側から飄々と歩いてくる師匠はもう75歳。

師匠にボウリングの面白さと奥深さを教わってからもう6年が経ちます。月日の経つ早さに驚かされながら、がっちりと握手をして

レーンへ向かいました。

 

 夏休みに勝負したときは僅差で僕が勝ちましたが、師匠はその年齢もさることながら、使っているボールがラウンドワンの

キャンペーンボール一球のみ(他のボールは近くのレーンに入った若者にあげたらしい。そんな気前の良さには本当に憧れます。)

という状況だったので、僅差では勝ったことになりません。そこで、今回は自分に二つの制限を課して勝負に臨みました。

まず、投げてよい球は二球のみに制限。練習投球の様子から、Second Dimension と Black Widow Nasty の二球に絞りました。

そしてアベレージにして30ピン以上差をつけること。師匠はどんなに転んでも180アベは叩いてくるので、僕は最低でも210アベを

超えねばなりません。この二つの条件を満たしてはじめて「勝った」と思おうと決めました。

 

 そして試合開始。正月で沢山のお客さんが投げているからか、レーンがかなり難しい状態に荒れていることに気づきます。

外早中遅の上、左右差が微妙についています。極端な左右差ならボールを変えたりして対応できるのですが微妙な差となると

細かく調整していくしかありません。しかも外早なので外に向けて出し過ぎると即ガター。これはかなり集中して投げないと、とても

210アベどころではありません。Black Widow Nastyを15枚ぐらいからちょっとだけ外に向けて投げ、ピン前の切れこみを利用して

倒すラインを選択しながら、目一杯集中して投げました。

 

 師匠はと見ると、スピードを落として僕と同じ15枚目ちょい出しラインを選択しています。それを見て、このラインはかつて師匠から直々

に教わった、師の最も得意とするラインだったことを思い出しました。投げ方はあの頃から随分変わりましたが、今でも僕のライン取りは

ほとんど師匠譲りのもののようです。アプローチに立って構えながら、心の中で師匠に感謝しました。

微妙なアジャストも成功して、六ゲーム終わってみればアベレージ228となかなかのスコア。対して師匠は194。

精一杯のことはやりました。最終ゲームで師匠が、「もうこれからは勝てないな。」と笑顔でそっと呟かれたのが耳に残って離れません。

心から嬉しかったし、同時に少し寂しかった。師匠を超えるときがついに来たのかもしれません。

 

 でも、師匠からはまだまだ学ぶべきところがありました。

とりわけ、僕がいま集中的に取り組んでいる「静」の部分。「静」と「動」に注目して師匠のフォームをじっくりと後ろから見てみました。

びっくりしました。師匠の構えは「ビタッ!」と音が出るように静止しています。止まっているのは時間にして僅か数秒。

ですがその静止の中に、「これから起こるであろう動き」が完全に含まれているのが感じられます。

「構えただけでストライクが出そうな気配を放っているなあ。」とボウリングを始めたての頃に何となく思ったのも今は良くわかります。

一瞬の呼吸。スラックスの裾の揺れすら完全に動きを止めた一瞬の静けさ。この背中に憧れて僕はボウリングをはじめたのでした。

 

 「静」だけでなく、レーンを読む早さと緻密極まりないコントロールはまだまだ師匠の足元にも及びません。

師匠は6ゲーム通じて2-10のスプリットを3 回残したのですが、なんとその3回とも取ってしまいました!

一度だけならまだしも、三回とも全て取るなんて芸当はトッププロにも難しいことでしょう。レーンを読み切っていて、さらにそこから導いた

わずか数枚の幅に確実に投げられるコントロールがあってはじめて可能になる技ですね。肘を入れたハイレブの投げ方で投げていると

多少ポケットからずれても倒れてくれるので、ついつい精密なコントロールやレーンの読みが甘くなりがちですが、本当は僕らのような

ハイレブ型の投法で投げる人こそ、コントロールとレーンの読みを学ばねばなりません。ストローカーのコントロールと経験からくる

レーンリーディングの早さを基本として、そこにプラスアルファで高速・高回転の球を多様なアングルで投げれるようにすることが

最強ではないでしょうか。師から教わったレーンリーディングのコツを、東京に帰ってまた投げ込みながら、自分のものにしていきたいと

思います。

 

 夏休みには今よりも腕を磨いて帰省します。師匠もお元気で。そう伝えて固い握手を交わし、帰路へと向かいます。

夏ならまだ明るかった午後四時。冬の午後四時は、夕焼けと日没がグラデーションになって空を彩っており、心地よく疲れた体に

冷たい風が沁みました。

 

 

New Year Concert 2010 と弾き初め

 

 先日のNew Year Concert2010はここ数年で最高の演奏会だったと思います。

プレートルは大きくテンポを動かし、溜めるところではかなり溜める(とりわけドナウの「間」は絶品でした。)指揮をしていました。

かといって昨年のバレンボイムのようにずっしりした重さを感じさせるものではなく、軽妙洒脱という言葉がぴったりの華やかな演奏。

最初の「こうもり」序曲から最後まで通じて感じたことですが、管が弦に埋もれないようにやや強めに吹かせている印象を受けました。

「酒、女、歌」などでその傾向が特に顕著だったように思います。「クラップフェンの森で」では鳥の鳴き声を模した楽器(名称不明)

を吹かせまくって目立たせてみたり、「シャンパン・ギャロップ」では実際にシャンパンを注がせてみたり、遊びも満載。

そうかと思うと「ラインの妖精」序曲では会場が静まり返るような繊細なトレモロを出させてウィーン・フィルの弦の

素晴らしく精緻な響きを楽しませてくれたりと、見どころ・聴きどころともに十分なコンサートでした。

 

 音楽だけでなく映像にも様々な工夫が感じられました。いくつかに分けて見てみましょう。

 

・フラワーアレンジメント

これについては全くの門外漢なので単なる感想でしかありませんが、エレガントさよりは元気の良さを感じさせる配色だったと思います。

いわゆるビタミン・カラーが中心のアレンジメントでした。黄色・オレンジ・赤といったホット・カラーを手前に持ってきて奥に緑や白を

入れることで、メリハリのついた見映えになってたように感じます。花はチューリップ、バラ、デイジーなどでしょうか。

 

・照明

照明にも一手間加えられていて、曲想に応じて光量が調節されていました。「ラインの妖精」の際には客席後方の上部ライトが

かなり落とされていましたね。

 

・バレエ

普段はウィーンだけなのに、今回はパリとウィーンの二つのバレエ団の踊りが収録されていました。「朝刊」で見せたバレエは

撮影場所の建築をうまく使ったショットが沢山あって感動させられました。衣装(色とりどりの「花のドレス」)もとても好みです。

 

・メイキング

第一部と第二部の休憩時間の間には、大抵アナウンサーとゲストのトークが挟まれているのですが今回はその時間帯に

「プレートルのリハーサル風景」と「バレエの衣装デザイン」という二つのメイキング映像が挟まれており、トーク無しになっていました。

個人的には今回の構成のほうがいいなと感じます。リハーサル風景やデザインのメイキングムービーなんかは僕のような人間に

とって垂涎のものでした。来年からもこの構成で放送してくれることを切に願います。

 

・カメラアングル

映像では今回ここに一番注目される点がありました。カメラアングルがいままでにない豊富さだったのです。

客席最後部の上から天井の彫刻を映し出した後、フリップしながら客席→ステージへと移していくカメラワークもさることながら、

指揮者のはるか上からのアングルは今までになかったのではないでしょうか。二つ目のバレエの終わりと最後のラデツキー行進曲の

終わりで見せた、「上から舞台を捉えるショット」はフランス映画の十八番の構図だと思います。たとえば「シェルブールの雨傘」や、

新しいところでは「ココ・アヴァン・シャネル」の宣伝ムービー(シャネルのページから無料で見れます。セリフはほとんどありませんが

風景・人物の撮り方が本当に綺麗で感動します。一度見てみてください)で目にすることができるでしょう。このあたり、もしかすると

フランスの指揮者ジョルジュ・プレートル仕様なのかもしれませんね。上からのショットは頻繁に活用されており、

ステージ頭上のハープを持った女性の彫刻の上から写して、彫刻のハープをカメラに収め、そのあと次第にステージへズームしていって

(オーケストラで実際に弾いている)本物のハープを彫刻の向こう側に遠近つけて写す手法には感動しました。これは巧い。

 

 というわけで非常に満足な演奏会だったので、三日の再放送もスコア片手にじっくりと見入ってしまいました。

ついでに家にいる間に色々弾いておこうと思い、今年度の弾き初めも兼ねて六年ぐらい前に演奏会で弾いたガーシュウィンの

プレリュードNo.3を弾きました。あの頃は指が回っていたのに今はもう全然です。中盤で止まりまくりです。悲しい。

 

 そのあとピアノの横にある楽譜用の引き出しを整理していたところ、高校生の時に書いた小品の楽譜が発掘されました。

ちょっと弾いてみましたが、自分で作っただけあってこちらはスラスラ弾けてしまいます。でも弾けば弾くほど恥ずかしくなる曲。

メロディーだけで作ったのがバレバレで全く厚みがない。当時はこれを傑作だと本気で信じて友達に弾いて聴かせていたのですから

怖いもの知らずですね。穴掘って土下座したいぐらいです。

そして曲の内容にもまして恥ずかしいのが曲名。あの頃ハマっていた三島由紀夫のある作品から採ったのが透けて見えます。

楽譜ごと燃えるゴミの日に出してしまおうと思いましたが、なんとなくそうすることも出来ず、改めて引き出しの一番奥にしまって

記憶から抹消しておくことにしました。きっとまた何年後かに発見して破りたくなることだと思います(笑)

 

 フルートは東京へ置いて帰ってきてしまったので吹くことができず。東京へ戻ったらしっかり練習します。

指揮の方は叩き・跳ね上げ・平均運動・しゃくい・先入を毎日筋トレのようにやっているので弾き初めという感じは特にありません。

今度の課題曲No.3(Haydn No.20 Andante grazioso)の譜読みは昨年中に終えましたが、次は暗譜するためにさらに読み直す

ことにします。曲自体はとても単純なのですが、先入・半先入・分割先入という技法をフル活用することが要求されているので、

指揮するのは結構大変かもしれません。頑張って練習します。

 

 なお、新年一発目はレヴィ・ストロースの『パロール・ドネ』(中沢新一 訳、2009,講談社選書メチエ)を読了。

これはコレージュ・ド・フランスでの講義の報告書を訳したもので、とても読みやすい本です。レヴィ・ストロースの著作を読んだことがある

人にはとてもおすすめ。これを読みつつレヴィ・ストロース本人の著作を読めば本人の著作がぐっと分かりやすくなるはずです。

訳者の中沢新一が後書きでこんなことを書いています。

 

「いったん書き始めると、レヴィ・ストロースはただの人類学者でなくなって、一人の作家ないし文人と呼ぶにふさわしい、おそるべき

文体の人に変容するのであった。シャトーブリアンやフローベールに学んだという彼の文章は、まさに螺鈿細工のように複雑にして

精緻を極めたフランス語の名文であった。そのために、フランス語に堪能でない私たちは大いに泣かされてきた。

ところが、講義中のレヴィ・ストロースは、(中略)まったく飾り気のない平明極まりない言葉で自分の思想を明確に伝えることだけに

専念している、一人の人類学者に立ち戻っているのだ!」(同書P.366より)

 

 原文で読んでいないのでこの講義録がどれほど平明なのか僕は日本語訳を通して推し測るしかありませんが、

確かに『構造人類学』に比べるととても読みやすい。これぐらい読み易ければ『構造人類学』ももっと早いペースで訳せるのになあ、

と思いつつも、「螺鈿細工のように複雑で精緻なフランス語の名文」に接することが出来る幸せを同時に覚えます。

そんなわけで、あと二日で提出せねばならない『構造人類学』訳文のレジュメ作成にまたもや苦しまされるのでした。

 

 

Ich wünsche Ihnen ein glückliches neues Jahr!

 

 Je vous souhaite une bonne et heureuse année! 

あけましておめでとうございます。曇りの予想を裏切って明け方は晴天でした。

外へ出てみると、吹きつける冷たい風の中、眩いほどに光を放つ太陽が空に輝いていて思わず眼を細めてしまいました。

昨夜の満月も綺麗でしたし、天気に恵まれた年末年始になりましたね。

 

新年といっても、たった一日が過ぎただけ。何かが変わるわけではありません。

でも、外の空気はなんとなく昨日と違う清々しさを感じさせます。昨日とは明らかに違う何か。30日と31日の違いにはない何か。

それは僕が新年を意識しているからか、それとも沢山の人々が新年を意識して生きていることから生まれるのか

よくわかりませんが、何はともあれ今年も無事に新年を迎えることが出来たことを素直に喜びたいと思います。

 

 日の出を見てから、家族で京都の北野天満宮へ恒例の初詣へ行ってきたのですが、北野天満宮は雪がうっすら積もっており、

ところどころ氷が張っているほどでした。弟と一緒に御神籤を引いてみたところ、なんと弟が「大吉」で僕は「吉」。

数日前からデジカメの充電器が見当たらず、デジカメが使用不能状態にあって困っていたのですが、僕の引いた籤の「失物」の

ところには「家の外を捜しなさい。」という、「諦めなさい。」とほぼ同義のお告げが書かれていました。

ほとんど範囲の狭まらない余事象です。家の外って・・・ほとんど全てじゃないですか(笑)

 

 御神籤にひとしきり突っ込んだ後、これまた恒例、境内にある長五郎餅という絶品の羽二重餅を購入。

それから天満宮前にある梅餅(いまだこれを超える餅には出会ったことがありません。甘酸っぱくてとても上品な味。最高です。)

を買いに行ったところ、行った時間が早すぎたのか餅屋さんが寝過ごしたのか、シャッターが下がっており、買えませんでした。

これはちょっと悲しい。また日を改めて買いに行くことにします。

 

 元旦ならではということで、あと数時間で放送されるウィーンフィルのNew Year Concert 2010について少し書いておきましょう。

今年の指揮者は2008年にも登場したジョルジュ・プレートル。あのアンドレ・クリュイタンスに指揮法を師事したフランスの指揮者です。

2008年以前はあまり有名ではなかった(CDに恵まれなかっただけで、プレートルは素晴らしい指揮者だと思います。1990年代初頭に

ヴァルトビューネコンサートを振った録音・録画があるのですが、そこでもプレートルは驚くほど素晴らしい演奏を引き出しています。)

指揮者ですが、2008年以来急速に脚光を浴びていると言えるでしょう。優雅で、かつ芯のある音楽を作る大指揮者です。

 

 2008年の演奏はフランスに関係する曲目を織り交ぜつつ、全体として自由で柔らかい演奏でした。

プレートルはあまり拍を振ることもなくザッツだけ出してあとはデュナーミク(音量の強弱)やアーティキュレーションを示すだけ。

リハーサルではかなり細かく指示を出していたらしいですが、本番は「あとは好きなようにやってください。」という感じで

とても自由な指揮姿。ウィーンフィルが相手だから出来るワザですね。プレートルの笑顔がとても優しくて、見ているとなんだか

幸せになるような演奏でした。とくにポルカ 「とんぼ Die Libelle」はカルロス・クライバーの演奏に次ぐ名演だと感じました。

 

 2010年の曲目は「こうもり」序曲に始まり、ポルカ「恋と踊りに熱狂」、ワルツ「酒・女・歌」、シャンパンポルカにシャンパンギャロップと

非常に華やかなラインナップです。「パリの謝肉祭」があるのも見逃せません。オペラ指揮者として鳴らしたプレートルは「こうもり」序曲を

どんなテンポで、どんな風に演奏するのでしょうか。きっと拍手鳴りやまぬうちに三つのあの華やかな和音を始めるのでしょう。

色々参考にしようと思って、今日演奏される曲のフルスコアをいくつか実家の本棚から引き出してテレビの前に積んでおきました。

85歳を超えたプレートルの円熟の指揮がとても楽しみです。

  

  

今年を送る。

 

 12月31日です。

一年があと数時間で終わります。「せっかくなので何かやらねば!」と思い立ち、(意味もなく)手元にある万年筆のインクをすべて

入れ替えたりしてみました。それで、ブルーブラックを入れたWATERMANのエキスパートという万年筆で今年にやったことを

思いつく限り書き出してみたのですが、いざ書いてみると結構思い出せるもので、B5のルーズリーフ二枚分ぐらいになりました。

 

 進振りの決定に代表される大学二年の出来事だけでなく、立花ゼミ、ボウリング、ビリヤード、サーフィン、指揮、フルート、デザインの

仕事をやり、本を読み(数えてみたらこの一年で270冊ぐらい購入していました。まだ10冊ぐらいは未読のものがありますが)

映画を楽しみ、友達としばしば呑み、そしてこのブログを始めたりと、息をつく暇のない生活を楽しみつつ色々なものに飛び込んでいった

一年だったなあと感じます。やりたかったことはもっともっとありますが、きっとどれだけやってもその思いは変わらないと思うので、

自分が過ごした一年間に今はひとまず満足しています。

 

 2010年には大学三年生になります。就職活動をするか大学院へ進学するかで、再び人生の大きな岐路に立つことに

なるかもしれません。未来がどうなるかはわかりませんが、とにかく、立花先生に倣って「好奇心」と「反射神経」を常に研ぎ澄まし、

時間をフルに活用して体力の限界まで日々活動していきたいと思っています。大学生という身分は適当に毎日を送ろうと思えば

いくらでも可能な立場であるだけに、Live as if you are to die tomorrow. Learn as if you are to live forever. というガンディーの

言葉をしっかりと心に刻まねばなりません。

 

 こんなふうに雑多なことしか書いていない当ブログですが、Google先生によれば一日に200件ほどのアクセスがあるとのこと。

拙い文章を我慢して読んで下さってありがとうございます。アドレスを公開していることもあって時々受験生の皆様や社会人の方々から

メールを頂きますが、これからも答えられる限りは返信いたしますので、受験相談から仕事依頼までどうぞお気軽にお送りくださいね。

 

 それでは、一年間ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。良いお年を!

 

 

帰省と動画

 

 帰省しました。

秋以来なので三カ月ぶりの大阪。大阪駅の改装が前よりもかなり進んでいます。阪急百貨店も新しく建て替わっていて

中途半端にレトロな外装に首をひねりました。内装は綺麗(とくにエスカレーターの壁。白だけであんなに立体感をつけて陰影を

出したのは凄いなあと思います。)なのですが、外装は正直あまり好きではありません。なんというか合体ロボっぽい。

「胴体は大正、頭は平成。その名は阪急百貨店!」みたいな感じ。どこかの少年名探偵っぽいフレーズですね。

 

 こちらには一週間程度しかいませんので、いつものように大阪・京都・神戸をぶらぶらしながら、溜っている仕事や本を合間にガンガン

こなそうと思います。恒例となりつつある、中国整体による身体改造&ボウリングの師匠との勝負も果たしてきます。

 

 そういえば昨日にボウリングに関する記事を上げたら、僕と同じく左利きのある方から「動画が見たい」との要望を受けましたので、

(画質はめちゃくちゃ悪いですが)投げ納めの際の最後の一投をアップしておきます。15ゲーム目の最後ということで

ラストステップで左足の踏ん張りと右足への送りがイマイチ効いていませんね。遅くなったレーンに対処するためにボールを

走らせようとして跳ね上げている面もあるとは思うのですが、出来る限り最初と同じ投げ方で最後まで投げたいものです。

使用ボールは既に500ゲームぐらい投げたBlack Pearl Reactive。65度ぐらいで曲がりをやや抑えてドリルしてあります。

まあ暇つぶしにでも見てみてください。

 

※サーバーエラーでなぜかアップできていなかったようです。ここに直接あげなくてもyoutubeか何かにアップするほうが早そうなので

後日やってみようと思います。メールを下さった方、もうしばらくお待ちください。

2009年投げ納め

 

 2009年もまもなく終わりということで、ホームにしているセンターで今年度の投げ納めをしてきた。

この一年で1000ゲームぐらいは軽く投げただろう。1000ゲーム分のゲーム代を全部貯金していれば軽くフルートが一本買えそうな

金額になるような気がするが、それだけ投げた甲斐あって球が相当に強く・正確になったと思う。そして、一年間で記したメモも

相当な量になった。投げ納めということで、ボウリング場の下にあるサンマルクでホワイトチョコクロを食べつつ、このメモを再読して

改めて頭に叩きこんでから臨むことにした。

 

 いつものようにアメリカン(二レーン使って投げること。試合では大抵この形式で投げる。)で顔見知りのスタッフの方にレーンを取って

頂き、入念にストレッチをしてからボールを鞄から取り出す。究極に不器用なのでテーピングは一切しない。全くの素手である。

アプローチの状態のチェックも済んで「さあ投げるか。」と伸びをしたとき、支配人さんが後ろからそっとやってきてポンと僕の肩を叩いた。

そして「投げ納め?じゃあ今日は一ゲームごとにレーン移動してみたら。レーン空いてるし好きなように使っていいよ。」と、

とんでもないことを言って下さった。滅多にこんなことは出来るものではないし、しかもここは人がひしめく東京である。

「プロテストの練習にもなるし。」と勧めてくださる支配人さんの温かい心遣いに感動した。

 

 プロテストは一ゲームごとにレーンを移動して戦う。それを一日十五ゲーム。レーンは一レーンごとに異なるし、時間や湿度によって

レーンは刻一刻と姿を変える。だからプロテストを勝ち抜くには、一ゲームという短い時間でレーンに瞬時に対応する能力が要求される。

しかも僕がホームにしているボウリング場は一般客が既にさんざん投げたあと。と思いきや全くフレッシュなままのレーンもあったりと、

メンテナンスがしっかりしているプロテストのレーンよりもある意味でずっと難しいかもしれない。ということはこのレーンで十五ゲーム

投げてアベレージ200(プロテストの合格ライン)を維持できれば中々のものだ。ということで、この一年で一番気合いを入れて

十五ゲーム投げることにした。一ゲームごとのレーン移動で十五ゲームというのは人生初体験なので、どうなるか全く予想が出来ない。

 

1G.240スタート。外に壁を感じてそこにぶつければ戻ってくる、非常にやりやすいレーン。左右差もあまりない。

2G.223。五枚目より外に左右差が少し感じられるが、中を絞って投げてやれば問題なかった。

3G.186。左のレーンだけ中が伸びているのに気付くのが遅れ、イージーミスを二発。

4G.156。頭から四発連続で割れて真っ青。最後までよくわからないまま終わる。大量にあった貯金(200ベース)が+5まで落ちる。

5G.231!左右とも途中から完璧に把握できて六発連続のオールウェイ。さきほどのローゲームの分を何とか取り戻す。

6G.181。何とも微妙なまま終了。後から考えてみれば右のレーンのラインを間違えていた気がする。

7G.173。右レーンはほぼパーフェクト、しかし左がタップの嵐。しかも7ピンを二回ミス。ちょっと心が折れかける。

8G. 199。悪くはないが200に乗らずちょっとストレス。この時点でトータルマイナス11。やばい。

9G.203。スペアスペアで辛抱のボウリング。マイナス8まで挽回。雀の涙程度。

10G.168。今までと全く違うレーンにビビる。ピン前の動きがダルい。タップの嵐。ボールチェンジも功を奏さず撃沈。マイナス40。

11G.216。ちょっとホッとする。左右でボールを使い分けた、セル・パールの薄めぶち当て作戦が成功。マイナス24。

12G.200。途中までダッチマン(ストライクとスペアが交互に出ること。)だったが途中で崩れた。でも200ジャスト。マイナス24のまま。

13G.196。ちょっと焦り始める。なかなか貯金を作れない。悪くはないのだが・・・。マイナス28。

14G.192。暗雲が漂い始める。マイナス36。スプリット以外はかっちりカバーしているが、いかんせんストライクがこない。流石にやばい。

15G.232。つまりトータルマイナス4。最終ゲーム、気合いでラスト五発持ってきたものの僅かに及ばず・・・。

 

 結果、15ゲームトータルアベレージ199.8。プロテスト合格点には0.2ピン足りない・・・カバーミスが効いた。

普段215ぐらいあるアベレージが200切るぐらいまでに落ちてしまうのだから、レーン移動というのは本当に難しい。

読みの早さと対応の早さをもっと鍛えねばならないなあと痛感した。かなり苦しかったが、今までで一番頭を使って投げた気がする。

2009年投げ納めにふさわしい練習になった。スタッフの方々に心から感謝したいと思う。また来年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

『医学と芸術展』@森美術館

 

 森ビルで開かれている『医学と芸術展』へ行ってきた。感想は「おすすめ!」の一言に尽きる。

展覧会の正式タイトルは「医学と芸術展 生命と愛の未来をさぐる -ダヴィンチ・応挙、デミアン・ハースト」

(MEDICINE AND ART  Imaging a future for Life and Love  -Leonard da Vinci,Okyo,Damien Hirst) 

というもの。森美術館のホームページから企画概要を引用しておこう。

・・・・・

人間の身体は我々にとって、もっとも身近でまたもっとも未知の世界です。人間は太古の時代からその身体のメカニズムを探求し、

死を克服するためのさまざまな医療技術を開発してきました。また一方で、みずからの姿を、理想の美を表現する場の一つと位置づけ、

美しい身体を描くことを続けてきました。より正確な人間表現のために自ら解剖を行ったレオナルド・ダ・ヴィンチは科学と芸術の統合を

体現する業績を残した象徴的なクリエーターと言えます。本展は、「科学(医学)と芸術が出会う場所としての身体」をテーマに、

医学・薬学の研究に対し世界最大の助成を行っているウエルカム財団(英国)の協力を得て、そのコレクションから借用する約150点の

貴重な医学資料や美術作品に約30 点の現代美術や日本の古美術作品を加えて、医学と芸術、科学と美を総合的なヴィジョンの中で

捉え、人間の生と死の意味をもう一度問い直そうというユニークな試みです。また、英国ロイヤルコレクション(エリザベス女王陛下所蔵)

のダ・ヴィンチ作解剖図3点も公開します。

第一部 身体の発見

人間がどのように身体のメカニズムとその内部に広がる世界を発見してきたのか、その科学的探究の軌跡と成果を多数の

歴史的遺物によってたどり、紹介します。

第二部 病と死との戦い

人間が老いや病、そして死をどのようなものと捉え、またそれに対して、いかに抗ってきたのかを紹介します。

医学、薬学、生命科学の発展の歴史だけでなく、老いや病、生と死についての様々なイメージが登場します。

第三部 永遠の生と愛に向かって

最先端のバイオテクノロジーやサイバネティクス、そして脳科学などに基づき、人間はなぜ生と死の反復である生殖を続けるのか、

人間の生きる目的や未来を読み解くことは可能なのか、そして生命とは何であるのかを、医学資料やアート作品を通して考察します。

・・・・・

(以上、http://www.mori.art.museum/contents/medicine/exhibition/index.htmlより)

 

医学と芸術を併置させたその構成は『十六世紀文化革命』(山本義隆)で描かれた世界を彷彿とさせる。

それが現代のバイオエシックスの諸問題と接続されたような展覧会なのだから面白くないわけがない。

必死にノートを取りながら見て回った。展示数も相当なものなので最後まで飽きずに楽しむことが出来るだろう。

ただし、デートにはあまり適さない展覧会なので要注意である。(実際、会場でかなり微妙な空気になっているカップルに多々遭遇した)

 

 中でも、円山応挙の「波上白骨座禅図」は衝撃的。

大きく描かれた座禅を組む骸骨に一瞬ギョッとするが、見ているうちに不思議な落ち着きを感じる。

円山応挙「波上白骨座禅図」(1787年) 兵庫県大乗寺 蔵

円山応挙「波上白骨座禅図」(1787年) 兵庫県大乗寺 蔵

 

会場でもいくつかの解釈が示されていたが、僕はそれらとちょっと違って、

この絵から「からっぽ」を感じた。

座禅をやったことのある人なら納得してもらえると思うのだが、座禅が上手く組める

ときには頭の中がからっぽになったような感覚を覚える。

座禅はひたすら自分を無に近づけていく試みなのである。

そしてこの絵で描かれているのは骸骨(=肉体のない、からっぽの人間)であって、

彼は座禅を組むことによって、自己の存在を限りなく消去しつつある。

そして同時に、彼は波の上にいる。

これもまた波乗りを経験したことのある人には納得してもらえると思うのだが、

海に浮かんで波に揺られているとどこまでが自分でどこまでが海なのか段々

分からなくなる。不規則なように見えて、「寄せては帰す」という基本的なリズムを

持っている波の性質がそうさせるのだろうか。波のリズムに揺られているうちに

頭の中はからっぽになる。体が無くなったような錯覚を覚える。

波の上にいる骸骨はこの感覚を表現しているのではないだろうか。

そう考えて見てみると、「奥に描かれた波に対して手前に 大きく描かれた骸骨」

というこの構図の意味が見えてくる。

波に揺られて頭がからっぽになると身体が海に溶ける。境界線がはっきりしなくなる。

最初に感じていた、海と自己との大小関係が曖昧になってくる。

無理やり現代風に表現するならば、海というレイヤーを背景に

敷いて、その上に透明度20パーセントぐらいで「じぶん」という

レイヤーを縮尺を無視して海全体に重ねた感じだ。

この絵は、そのような自己の存在を滅却してゆく簡素さ、「からっぽ」を表現しているように思う。

 

 触れたい作品は他にもたくさんあって、Alvin Zafra のArgument from Nowhere には度肝を抜かれたし、

Walter Schels のLife Before Death の持つ、静かで厳かな迫力は忘れられない。とりわけAnnie Catrell の Sense は、

いま集中的に取り組んでいる論考に大きな刺激を与えてくれた。詳しくは足を運んで見てみて頂きたい。行って損はしない。

学生なら1000円で入ることができるので、冬休みにいかがでしょう。