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シンポジウムのお手伝い

 

今日は「教育から学びへ:大学教育改革の国際的潮流」というシンポジウムの手伝いをしていた。

シンポジウムの内容は手伝いをしていたために十分に聞くことは出来なかったが、なかなか盛況だったようだ。

昨日の夜に急遽作った会場スクリーン用の壁紙も好評だったようで一安心。来場者は大人の方が比較的多かったように思ったが、

それなりに学生も見える。教育心理学に進学が内定している学生や、教育に興味がある一年生がしっかりと参加していたのには

純粋に凄いなあと思った。

 

終わってからはレセプション。普段は開放されることのない生協食堂三階でルヴェソンヴェールの美味しいご飯を頂きつつ、

来場者の方と懇談。キャラメルケーキ(これにバニラソースをかけて食べる)が異常に美味しくて、友達と大量に食べてしまった。

レセプションが終わってからは片づけをし、機構の部屋に帰る。そこで教授や友達と、東京大学の現状や東京大学の行く末などを

真剣に語り合ったりしたが、これがとても面白くて、ついつい12時前まで話し込んでしまう。先生方は教養学部という組織に

誇りと自信を持っていらっしゃるし、それに見合うだけの教育を日々試行錯誤していらっしゃるということが分かり、教養学部に四年間

所属することになる僕としては何だかとても嬉しいものがあった。一年生の後輩が、「次の学期からはもっと勉強しようって気になれました。」

と言っていたのが印象的。僕も来学期はもっともっとやらなければな、と改めて身の引き締まる思いがした。

 

教養学部は縛られない学部だからこそ、可能性を無限に持っている。文理のジャンルを超えて学ぶことが出来るのはもちろん、

組織も理念もフレキシブルなだけに、アイデアを形に移しやすい学部だと思う。あと二年間で何が出来るのか、色々と考えてみたい。

L’analyse de la pub de CHANEL N°5

 

シャネルのNo.5のCMで一つレポートを書きあげました。(http://www.chaneln5.com/en-ww/#/the-film)

オドレイ・トトゥ演ずるこのCMは、CMという枠を超えた内容を持っています。台詞はほとんど存在せず、ナレーションも最後の一言のみ。

商品の内容や性能は一切説明されることがありません。ですが、見る者にシャネルの五番を強烈に印象付けます。

それは、このCMの狙いが「空間に漂う香り」そのもの、あるいは「香りがもたらすストーリー」を表現したものだからです。

 

シナリオは二つの対称的なテーマ群によって構成されています。

一つは、〈開放〉と〈閉鎖〉の切り替わり。駅へと走るシーンは鳥が青空へと飛んで行くのを見ても感じるように開放的ですが、

夜行列車に乗ってしまえばそこは閉鎖空間。人の気配をすぐ近くに感じる空間であり、窓を開けてもその外に出る事は出来ません。

ですが、いったん目的地(イスタンブール)について降りると、そこには開放的な空間が再び広がっています。

閉鎖空間ならではの「すぐ近くに相手がいる感覚」は霧散し、開放空間ならではの「相手がどこか遠くへ行ってしまった」感覚が

場を支配します。

 

もう一つの軸は、〈偶然の擦れ違い〉と〈運命的な出会い〉。そしてそこに生じる〈視線〉の特異。

男と女は徹底的に擦れ違います。夜行列車の中で、ボスフォラス海峡を渡る船の甲板で。

そして、二人の視線はほとんど交わることがありません。夜行列車のガラスを通して、あるいはカメラのモニター(とファインダー)を

通してのみであって、直接的に交わることはほとんどないのです。夜行列車で扉一枚隔てて男と女が反対方向を見つめあうショットは

その最たるものであって、間違いなくお互いがお互いの事を考えているのに、視線は正反対へと向いています。

ラストシーンで運命的に男と女が巡り合っても、男と女の視線は交錯せず、男は女を後ろから抱きしめ、首(香水をつけている場所)に

唇を寄せるにとどまります。女に惹かれているというよりはむしろ、女の香り(=シャネルの五番)に惹かれている様に見えます。

 

このようにして、広告対象そのものが押し出されることはなく、広告対象が引き起こす出会いを美しい映像の中で描くことで

この香りそのものの空気感を表現していると言えるでしょう。本当によく計算されたCMだと思います。このCMでは途中にビリー・ホリディの

I’M A FOOL TO WANT YOU (恋は愚かというけれど)が流れるのですが、歌詞が

I’m a fool to want you. I’m a fool to want you.

To want a love that can’t be true.  A love that’s there for others too.

I’m a fool to hold you. Such a fool to hold you…

と流れる中で、歌い手がブレスを入れる場所を狙いすましたように汽笛の音が挟まれます。歌い手の声色と汽笛の音色の相性、

そしてこのタイミングが素晴らしいため、汽笛の音が合いの手のように聞こえます。巧すぎる構成!とにかく一度見てみてください。

2004年のニコール・キッドマンを登用したNo.5のCMも素敵な出来なので、ぜひこちらもどうぞ。youtubeで検索すればヒットします。

 

さて、それでは以前書いたように今日から2月の2日まで志賀高原へスキーに行ってきます。久しぶりのスキーなので、

71リフト全制覇するぐらいの心意気で滑り倒してくるつもりです。しばらく更新は出来ませんが、帰ってきたら旅行記と写真をアップします。

なお、先日からTwitterを始めており、Artificier_nuitで検索してもらえば引っかかるはずです。良かったらフォローしてやって下さい。

Twitterのほうは旅行中も稀に更新するかもしれません。では行ってきます。

 

 

三木清『語られざる哲学』(講談社学術文庫,1977)

 

なんとなく三木清を読んでいる。

西田幾太郎の弟子にしてドイツ語とフランス語を自在に操り、横断的な思索を巡らせ続けた三木清。

暗い時代に生きた彼は、48歳という若さで獄中にして非業の死を遂げる。

彼がじっくりと読むべき日本の偉大な哲学者のひとりである事は間違いないだろう。

 

全集を読み始めたばかりの僕が三木清の哲学についてあれこれと語ることは出来ない。

だが、三木清の文章はどれも美しく、強い言葉であって、漫然と生きている自分に強く刺さってくる。強靭な意志の力を感じずには

いられない。以下に三木清自身の文章を『語られざる哲学』(講談社学術文庫)より、四つほど引いておく。

 

 

「真の懐疑は柔弱ではなくて剛健な心、自分自身をも否定して恐れない心、ヘーゲルの言葉を用いるならば真理の勇気

(Der Mut der Wahrheit)をもった心において可能である。それは戦士のような心のことであって掏摸(すり)のような心のことではない。」

 

「私は樹から落ちる林檎を見て驚異を感ずる心よりも空に輝く星を眺めて畏敬の情を催す心をもって生まれた。

幸福なことには、私は美しき芸術を感じ、正しき真実に驚きよき行為を畏れる心を恵まれていた。私の哲学はこの心から出発するであろう。

そしてこの心が私をして子供のような無邪気さをもって闇の空にではなく大きな青空に夢み出させた。

また私の純粋さはこの夢において保たれて来た。」

 

 

「私はかつてニュートンの言葉から思い出して人生を砂浜にあって貝を拾うことに譬えた。

凡ての人は銘々に与えられた小さい籠を持ちながら一生懸命に貝を拾っ てその中へ投げ込んでいる。

その中のある者は無意識的に拾い上げ、ある者は意識的に選びつつ拾い上げる。ある者は習慣的に無気力にはたらき、

ある者は活快 に活溌にはたらく。ある者は歌いながらある者は泣きながら、ある者は戯れるようにある者は真面目に集めておる。

彼らが群れつつはたらいておる砂浜の彼方に 限りもなく拡って大きな音を響かせている暗い海には、彼らのある者は

気づいておるようであり、ある者は全く無頓著であるらしい。けれど彼らの持っておる籠 が次第に満ちて来るのを感じたとき、

もしくは籠の重みが意識されずにはおられないほどに達したとき、もしくは何かの機会が彼らを思い立たせずにはおかな かったとき、

彼らは自分の籠の中を顧みて集めた貝の一々を気遣わしげに検べ始める。検べて行くに従って彼らは、彼らがかつて美しいものと

思って拾い上げた ものが醜いものであり、輝いて感ぜられたものが光沢のないものであり、もしくは貝と思ったものがただの石であることを

発見して、一つとして取るに足るもの のないのに絶望する。しかしもうそのときには彼らの傍に横たわり拡っていた海が、

破壊的な大波をもって襲い寄せて彼らをひとたまりもなく深い闇の中に浚っ て 行くときは来ておる のである。

ただ永遠なるものと一時的なるものとを確に区別する秀れた魂を持っている人のみは、一瞬の時をもってしても永遠の光輝ある貝を

見出して拾い上げ ることができて、彼自ら永遠の世界にまで高められることができるのである。

私たちはこの広い砂浜を社会と呼び、小さい籠を寿命と呼び、大きな海を運命と呼 び、強い波を死と呼び慣わしておる。」

 

 

「個性の根柢は普遍的なるものにある。

しかして普遍的なるものは己れ自身に具えた力によって内面的に発展して特殊の形をとるのである。」

 

 

LANGAGE ET PARENTÉ 完読!

 

ようやくレヴィ・ストロースの『構造人類学』に収められたLANGAGE ET PARENTÉ (言語と親族)を原典で読み終えた。

かなり丁寧に読んでいったので相当な時間がかかったけれども、文法事項から表現、そして内容に至るまで、得たものは大きい。

この達成感と徹夜明けの妙なテンションが自分の中で偶然の出会いを果たし、昼には一人で駒場東大前近くの蕎麦屋で上天ざる

1100円を頼んでしまった。徹夜明けの身体に食後の蕎麦湯がしみる。満足だ。財布の中身は見て見ぬふりをするのがコツである。

 

ここ数日間は毎日何かしらのレポートや小論に追われている。既に書き終わったものだけでも生命倫理、メディア論、映像分析、

身体論、音楽と詩などがある。これから書くものは広告論、科学技術倫理、ヨーロッパの心性史、ディルタイの哲学などがある。

そこに加えて比較法学のテストがあったりドイツ語のテスト勉強をしたり、指揮のために楽譜を読み込んだりしているので、毎日が

大変なことになってしまっている。にもかかわらず、30日の夜から2日の夜までは志賀高原へスキーに行くことにした(笑)

 

ゼミ旅行と銘打ったこの旅行、志賀高原を力の限り攻める予定である。

71のリフトを乗り継ぎまくって初級コースから上級コースまで幅広く制覇したいと思う。志賀高原全山のスキーコース中で最も手強い

丸池の一部のコースと焼額山の「熊落とし」と呼ばれる急斜面+コブだらけのコースをどう乗り切るかがポイントになるだろう。

スキー旅行記については写真とともに後日ここで公開するつもりなので、どうぞお楽しみに。

選抜通過

 

とあるプログラムの選抜を通過しました。一週間前に出したペーパーが運良く審査を通ったようです。

どれくらいの人数が審査を受けたのか分かりませんが、選抜されたのは学部生・院生合わせて九人でしたから、もしかすると結構な倍率

だったのかもしれません。選抜されるとどうなるかと言うと、なんと三月の中ごろに中国(南京)へタダで行って勉強することができます。

具体的には、南京で身体論に関する集中講義を聴講したのち、南京大学の学生たちとディスカッションをやったりする予定だそうです。

中国語はほとんど分からないのでちょっと日和そうにもなりましたが、こんな機会は滅多にないと思って飛び込んでみる事にしました。

 

飛び込んだ、と言っても、身体論という分野は以前から僕にとっては非常に興味を惹かれる分野でした。

そもそも自分の主要な興味のフィールドがフランス現代思想、生命倫理、表象文化論、社会学あたりである以上、「身体」という問題は

絶対に外すことができませんし、むしろこれらのフィールドの全てに横たわる問題だと言ってもよいでしょう。ましてや指揮法を学んでいる

ので、「身体」への意識は否でも日々高まらざるを得ません。(マルク・リシールの用語を使えば「透明な身体」と「不透明な身体」の間を

日々行ったり来たりしているのです。僕はこの状況を「明滅する身体」と表現し、今回のペーパーを書いてみました。)

また、A氏に連れられてdialog in the darkを経験してから、五感と身体の関係性について色々と考えさせられ

折にふれては小論をちょこちょこ書いたりもしていたので、実際問題としていま最も興味を持っているのは、まさにこの

「身体論」なのかもしれません。無秩序に広がりがちな自分の興味が「身体」という言葉でスッと纏まりそうな気がしています。

 

南京へ行くのは3月中旬。フレッシュスタートの準備が慌ただしくなる頃ですが、パソコンさえ持っていけばスカイプなり何なりで

いくらでも作業やデザインの仕事は出来るのできっと大丈夫でしょう。フレッシュスターとでのグループワークの内容もいっそ

「身体」を切り口にした何かをやってみようかなと企んでいます。

 

ともあれ、タダで中国に行ける、というのは要するに税金で勉強させてもらってくるわけなので、有意義に色々と学べるよう

出来るだけの準備をして出発せねばなりません。ドイツ語とフランス語で手いっぱいの状況なので中国語まではさすがに手が

回りませんが、まずは身体論に関連する本をこの一カ月で読みまくりたいと思います。

 

というわけで手始めに、一年ぐらい前に購入した『ディスポジション 配置としての世界』(現代企画社)から

「馬に乗るように、ボールに触れ、音を奏でるように、人と関わる」という文章、それから「世界・環境・装置」と題された

対談、そして「心身の再配置のために デカルト哲学における意志の発生と権能」という論考を再読。二つ目に挙げた対談の中で

フーコーを引きながら「身体に作用するのが暴力、行為に作用するのが権力」と定義しているところが印象に残りました。

 

疾風怒濤の日々

 

 数日間、怒涛の日々を過ごしていた。

指揮法の門下生で新年コンパ→翌日一限プレゼン(フランス語)→五限プレゼン(英語)→レッスン(夜十一時まで)

→翌日五限プレゼン→六限フレスタ説明会+ゼミ→レッスン(夜十一時まで)→翌日二限プレゼン(いまここ)

→レポート締切×2→吞み会→二限テスト(比較法学)→レッスン(フルート)

という、殺人的なスケジュールである。しかもその合間に授業や指揮法の予習、バイトや仕事が入ってくる。これは結構キツイ。

 

 とはいえ、一番準備が進んでいなかった言語情報文化論のプレゼンを、アドリブ的な喋りに任せて上手くこなすことが

出来たので一安心である。この授業はLignes de tempというソフトを用いて映像分析をやる授業なのだが、発表の時期を考えて

僕の班はウィーンフィルのニューイヤーコンサートについて映像分析を行った。25年分ぐらいの映像を見ながらその変遷を

追って行った結果、ウィーンフィルのこのコンサートの映像は三つの時代に大きく区分できる変遷を見せていることが分かった。

 

1.「人」の時代・・・指揮者や演奏者を中心に映した時代。1987年のカラヤンまで。

 

2.「音」の時代・・・1989年(指揮者クライバー)以降。1987年同様に指揮者をしっかりと映しながらも、音楽を「聞かせる」ために

           映像が協力する時代。具体的には、「ソロを吹いている楽器を見せる」「楽曲上の動機となる低音部を映す」

           「指揮者の意識が向いている楽器を映す」などの傾向が挙げられる。実演を聞くだけでは接しえない、

           「指揮者と奏者とのコンタクト」を映像として捉えたのは画期であろう。

 

3.「映像」の時代・・・2004年(指揮者ムーティ)以降。ちょうどこの2004年にハイビジョン放送が開始された。

            圧倒的に高精細に表現することが可能になったのと対応するかのように、この年度から音楽と直接に関係のない、

            花、ホール、天井画、柱、大理石、風景などが映像に占める割合が増え始める。この時期以降、細かい「小ネタ」が

            目につくようになる。

 

このようにして変遷を区切った後で、2010年の位置づけを考えてみた。詳しい説明は割愛するが、僕の考えでは、2010年はこの

いずれにも当てはまりながら、いずれにもピッタリおさまるものではない。曲、人に加えて、上からの映像を多用することでコンサートが

行われている場所を全体性とともに映し出すその構成は、「場」の時代とでも呼ぶべきものの到来を予期させる。

(「それはつまるところ、コンサートのバーチャル・リアリティー化に近いのではないか」と発表の後で教授がおっしゃっていた)

そんな感じの内容でプレゼンを行った。

 

 音楽絡みで書いておきたいのが、最初に触れた、指揮法の門下生で行った新年コンパ。これは本当に面白かった。

門下生の多くは何らかの形で音楽に専門的に従事していて中にはプロの指揮者として活躍されている方も何人かいらっしゃる。

そんな中に僕がいるのも変な感じではあるが、一番の若手ということで大量にお酒を飲ませて頂きつつ

(紹興酒がとても美味しかった。しかし一番感動したのは、先生がシャンパンを二本持ってきて下さったこと。一本はモエシャンドン、

もう一本はなんとWiener Symphoniker というラベルだった!)

夜を徹して音楽談義を繰り広げていた。誰かが「さっき指揮者のスウィトナーが無くなったらしい」なんてニュースを呟けば

そこからスウィトナーの録音について熱い話が展開される。そうかと思うと「ジュピターの四楽章は何拍子で振るか」みたいな

議論になったり、「ちょっと君、あの曲のあの部分振ってみて」みたいな突然の無茶ぶりがあったりもする。

(しかし、そんな無茶ぶりに対しても、「え、あのホルン入ってくるとこですか?えーっとこうですよね。」としっかりとお振りになっていた。)

 

皆さんいくらお酒が入っていても、先生がぼそっと話しだされると一斉に静かになって先生の言葉を一言一句漏らさぬように聞いている。

それもそのはず、先生が呟かれる話はどれも大変にインスピレーションに富んでいる。先生の音楽観や音楽性が凝縮されている。

最長老の門下生の方などはもう30年以上も先生に習っているそうなので、このような機会を何度も得ていらっしゃるのが本当に

うらやましい限りである。長老さんによれば、先生の全盛期は「それはそれは怖かった」とのこと。

僕から見れば今でも十分怖いので、昔はどれほどだったのか想像するのも怖いぐらいだ。

とにかく少しでも先輩方に追いつけるように気合いを入れて練習しよう、と珍しくちょっとお酒の回った頭で決心した。

その甲斐あってか、先入と半先入、分割先入を駆使するエチュードNo.3はなんと二回のレッスンで終了。多くの人がここで止まると

言われていたので、無事に通過することが出来てホッとした。今週からは、いよいよNo.4のHaydnのAllegroへ突入する。

叩きの練習の成果が出るか楽しみだ。

 

 そういえば先日の記事で東大の日本史・世界史の問題を「ゼロ年次教育プログラム」と表現したところ、結構好評だったようで

(塚原先生のページ、1.13日の記事に言及があります。)ちょっと嬉しい。

「これは入試問題ではなくて東大の教育プログラムの一環なのだ」と考えれば、受験勉強に対する意識が少しは変わるかもな、とふと

思った。「東大の問題に真剣に向かい合う」というのは、「既に東大の教育プログラムを受けている」こととほぼ同義なのかもしれない。

 

 なお、本日は上村忠男『ヴィーコ 学問の起源へ』(中公新書,2009)を読了。次は熊野純彦『日本哲学小史』(中公新書,2009)に

入ります。どちらも生協書籍部の新書フェアで買ったもの。生協書籍部では「東大出版会20%オフ」フェアを現在やっているので

近いうちにまた大量に散財することが予想されます(笑)

 

受験で日本史を学ぶことの意義

 

 リンクさせて頂いている恩師の塚原先生のページを読んでいると、1月7日の記事に先生のご友人の方の言葉として

「大学受験で日本史を選択している生徒のほとんどが大学で日本史を専門的にやらない」という言葉が紹介されていました。

そして「受験生のほとんどは受験で必要だから,仕方なく日本史を選択し勉強している」のかもしれないこと、そして

日本史の知識は(受験生・大学生にとっては)「雑学的な小ネタ」にとどまるものなのか?という疑問が書かれていました。

 

 以下は僕の狭い経験に基づくものでしかありませんが、元受験生・現大学生として、自分の思うところを少し書いてみたいと思います。

端的に言ってしまえば、「先生、そんなことはないですよ。」ということです。

日本史を選択している生徒の多くが日本史を専門的に学ばない、という指摘は、(「専門的」という言葉の定義にもよるとは思いますが)

確かかもしれません。東大の例で見ても、進振りで日本史を専門的に学ぶ必要のある学部(例えば教養学部の比較日本文化論や

地域研究科アジア分科、本郷の学部では文学部の国史や国文学、考古学などが挙げられるでしょう。)に行く学生は

人数的に多くはないでしょう。全部合わせて50人ぐらいでしょうか。東大で日本史を選択して受験する受験生が何人いるかは

分かりませんが、50人というこの数字を日本史選択の受験生の割合にと比べてみれば「そう多くない」比率になってしまうはずです。

 

 それは進路の多様性を考えると当然の結果なのですが、かといって我々大学生の中で、日本史の知識が雑学的な小ネタ程度に

留まっているという感触は持っていません。これは僕に限ったことではなく、日本史を選択した受験生にとって、受験で学んだ

日本史の知識は自分が様々な論を進めていくうえでの土台の一つになっているでしょうし、それはまた、人の議論を聴き・理解するため

の共通の土壌にもなっているのではないでしょうか。なぜそんなことを言うかというと、「基礎演習」という授業を思い出したからです。

一年生時に履修していた必修の授業で「基礎演習」というのがあって、そこではクラスメイトが思い思いのテーマを設定して発表します。

発表を聞いているクラスメイトはそれに対して意見を様々に加えていくわけです。僕はテーマに「スーツの表象」を設定して、スーツを例に

取り上げてモードの表象文化論を展開したのですが、日本におけるスーツ受容の理由を考える際に受験で学んだ日本史の知識を

まず参考にし、そこから発展させていった記憶があります。また、あるクラスメイトは「沖縄戦の集団自決」というテーマで論じて

いましたし、別のクラスメイトは「五・四運動に見る学生のエネルギー」というテーマで発表をしていました。

そして、発表のあとには聞き手のクラスメイトと発表者の間で大変活発な議論が交わされていました。これらの発表はいずれも

日本史の知識に立脚したものであったし、発表を聞いている学生たちにとって、発表を理解し、また適切なコメントを挟んでいくことは、

聴き手側にある程度の日本史の知識が無ければ出来ないものであったでしょう。その意味で、(とりあえず本学の学生にとっては)

日本史の知識は、議論に参加する上での共通の土壌として有意義に働いているように思います。

 

 それだけではなく、(たとえ受験レベルであっても)「日本史を学んだ」ことによって、「日本史に関する本が抵抗なく読める」という

恩恵にも預かっていますね。読むか読まないかはひとまず置いておいて、「読める」のです。読むか読まないかは単にやる気や興味の

問題ですが、読めるか読めないかは能力の問題なので、この差は大きいのではないでしょうか。

受験生時代には「仕方なく」日本史を勉強していたとしても、それは大学に入ってから、「土壌として地下深くで輝く」

(奇妙な表現ですが、これが一番良く状況を表している気がします)ことになるのだと思います。

離れて初めて気づく親のありがたさのように、入ってから初めて気づくありがたさを日本史の受験勉強は持っています。

(逆に言えば、そのありがたさや面白さを受験生時代に気づかせてやれるように教えることが大切なんじゃないかと思います。)

 

 

 二年間大学生をやってみて、「日本史・世界史を一通り学んでおいて良かった!」と思ったことは数知れません。

特に東大の日本史・世界史に対応するために学んだ事項は本当に今も役立っています。基本的な用語の内容や文脈にはじまって

歴史の持つ通時的な軸と共時的な軸を学び、政策・施策の意図や背景を知り、史料から読み取る能力を磨き、そして自分の思考を

相手の要求に沿って文章化する技術と、日本史・世界史自体の「面白さ」を東大の日本史・世界史の勉強の中から学びました。

今、僕は何を研究するにしても、抵抗なく日本史の領域を参照することが出来ますし、世界史の領域へも横断することが出来ます。

マルク・ブロックを読みながら並行して網野善彦が読めるのです。(そして、読むうちに網野とアナール学派の手法の親和性にふと

気付いたりして、遠く離れているように見えた両者が一本の糸で繋がるような、刺激的な経験をしたりするのです。)

 

 以上の理由から、僕の知る範囲においては、受験で学んだ日本史の知識は「雑学的な小ネタ」にとどまるものではありません。

大学生にとって日本史の知識は、論を立てるための土台であって、人の議論を聞く上での土壌です。

そしてそれは言うなれば、諸学の入口の扉に差し込むためのカギのようなものだと思います。

カギを開けるか開けないかは人それぞれ。でも、確かに、扉を開けることが「できる」カギを持っているのです。

 

 だから決して無駄にはなりません。受験生の皆さん、安心して日本史や世界史の勉強を進めて下さい。

そして塚原先生、受験生の頃以上に先生には感謝しています。上に書いたように、先生から学んだことは今もしっかりと活きています。

先生のおかげで僕は日本史を、入試問題という「大学への招待状・大学からの挑戦状」を、目一杯楽しむことが出来ました。

  

 

今年を送る。

 

 12月31日です。

一年があと数時間で終わります。「せっかくなので何かやらねば!」と思い立ち、(意味もなく)手元にある万年筆のインクをすべて

入れ替えたりしてみました。それで、ブルーブラックを入れたWATERMANのエキスパートという万年筆で今年にやったことを

思いつく限り書き出してみたのですが、いざ書いてみると結構思い出せるもので、B5のルーズリーフ二枚分ぐらいになりました。

 

 進振りの決定に代表される大学二年の出来事だけでなく、立花ゼミ、ボウリング、ビリヤード、サーフィン、指揮、フルート、デザインの

仕事をやり、本を読み(数えてみたらこの一年で270冊ぐらい購入していました。まだ10冊ぐらいは未読のものがありますが)

映画を楽しみ、友達としばしば呑み、そしてこのブログを始めたりと、息をつく暇のない生活を楽しみつつ色々なものに飛び込んでいった

一年だったなあと感じます。やりたかったことはもっともっとありますが、きっとどれだけやってもその思いは変わらないと思うので、

自分が過ごした一年間に今はひとまず満足しています。

 

 2010年には大学三年生になります。就職活動をするか大学院へ進学するかで、再び人生の大きな岐路に立つことに

なるかもしれません。未来がどうなるかはわかりませんが、とにかく、立花先生に倣って「好奇心」と「反射神経」を常に研ぎ澄まし、

時間をフルに活用して体力の限界まで日々活動していきたいと思っています。大学生という身分は適当に毎日を送ろうと思えば

いくらでも可能な立場であるだけに、Live as if you are to die tomorrow. Learn as if you are to live forever. というガンディーの

言葉をしっかりと心に刻まねばなりません。

 

 こんなふうに雑多なことしか書いていない当ブログですが、Google先生によれば一日に200件ほどのアクセスがあるとのこと。

拙い文章を我慢して読んで下さってありがとうございます。アドレスを公開していることもあって時々受験生の皆様や社会人の方々から

メールを頂きますが、これからも答えられる限りは返信いたしますので、受験相談から仕事依頼までどうぞお気軽にお送りくださいね。

 

 それでは、一年間ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。良いお年を!

 

 

『医学と芸術展』@森美術館

 

 森ビルで開かれている『医学と芸術展』へ行ってきた。感想は「おすすめ!」の一言に尽きる。

展覧会の正式タイトルは「医学と芸術展 生命と愛の未来をさぐる -ダヴィンチ・応挙、デミアン・ハースト」

(MEDICINE AND ART  Imaging a future for Life and Love  -Leonard da Vinci,Okyo,Damien Hirst) 

というもの。森美術館のホームページから企画概要を引用しておこう。

・・・・・

人間の身体は我々にとって、もっとも身近でまたもっとも未知の世界です。人間は太古の時代からその身体のメカニズムを探求し、

死を克服するためのさまざまな医療技術を開発してきました。また一方で、みずからの姿を、理想の美を表現する場の一つと位置づけ、

美しい身体を描くことを続けてきました。より正確な人間表現のために自ら解剖を行ったレオナルド・ダ・ヴィンチは科学と芸術の統合を

体現する業績を残した象徴的なクリエーターと言えます。本展は、「科学(医学)と芸術が出会う場所としての身体」をテーマに、

医学・薬学の研究に対し世界最大の助成を行っているウエルカム財団(英国)の協力を得て、そのコレクションから借用する約150点の

貴重な医学資料や美術作品に約30 点の現代美術や日本の古美術作品を加えて、医学と芸術、科学と美を総合的なヴィジョンの中で

捉え、人間の生と死の意味をもう一度問い直そうというユニークな試みです。また、英国ロイヤルコレクション(エリザベス女王陛下所蔵)

のダ・ヴィンチ作解剖図3点も公開します。

第一部 身体の発見

人間がどのように身体のメカニズムとその内部に広がる世界を発見してきたのか、その科学的探究の軌跡と成果を多数の

歴史的遺物によってたどり、紹介します。

第二部 病と死との戦い

人間が老いや病、そして死をどのようなものと捉え、またそれに対して、いかに抗ってきたのかを紹介します。

医学、薬学、生命科学の発展の歴史だけでなく、老いや病、生と死についての様々なイメージが登場します。

第三部 永遠の生と愛に向かって

最先端のバイオテクノロジーやサイバネティクス、そして脳科学などに基づき、人間はなぜ生と死の反復である生殖を続けるのか、

人間の生きる目的や未来を読み解くことは可能なのか、そして生命とは何であるのかを、医学資料やアート作品を通して考察します。

・・・・・

(以上、http://www.mori.art.museum/contents/medicine/exhibition/index.htmlより)

 

医学と芸術を併置させたその構成は『十六世紀文化革命』(山本義隆)で描かれた世界を彷彿とさせる。

それが現代のバイオエシックスの諸問題と接続されたような展覧会なのだから面白くないわけがない。

必死にノートを取りながら見て回った。展示数も相当なものなので最後まで飽きずに楽しむことが出来るだろう。

ただし、デートにはあまり適さない展覧会なので要注意である。(実際、会場でかなり微妙な空気になっているカップルに多々遭遇した)

 

 中でも、円山応挙の「波上白骨座禅図」は衝撃的。

大きく描かれた座禅を組む骸骨に一瞬ギョッとするが、見ているうちに不思議な落ち着きを感じる。

円山応挙「波上白骨座禅図」(1787年) 兵庫県大乗寺 蔵

 

会場でもいくつかの解釈が示されていたが、僕はそれらとちょっと違って、

この絵から「からっぽ」を感じた。

座禅をやったことのある人なら納得してもらえると思うのだが、座禅が上手く組める

ときには頭の中がからっぽになったような感覚を覚える。

座禅はひたすら自分を無に近づけていく試みなのである。

そしてこの絵で描かれているのは骸骨(=肉体のない、からっぽの人間)であって、

彼は座禅を組むことによって、自己の存在を限りなく消去しつつある。

そして同時に、彼は波の上にいる。

これもまた波乗りを経験したことのある人には納得してもらえると思うのだが、

海に浮かんで波に揺られているとどこまでが自分でどこまでが海なのか段々

分からなくなる。不規則なように見えて、「寄せては帰す」という基本的なリズムを

持っている波の性質がそうさせるのだろうか。波のリズムに揺られているうちに

頭の中はからっぽになる。体が無くなったような錯覚を覚える。

波の上にいる骸骨はこの感覚を表現しているのではないだろうか。

そう考えて見てみると、「奥に描かれた波に対して手前に 大きく描かれた骸骨」

というこの構図の意味が見えてくる。

波に揺られて頭がからっぽになると身体が海に溶ける。境界線がはっきりしなくなる。

最初に感じていた、海と自己との大小関係が曖昧になってくる。

無理やり現代風に表現するならば、海というレイヤーを背景に

敷いて、その上に透明度20パーセントぐらいで「じぶん」という

レイヤーを縮尺を無視して海全体に重ねた感じだ。

この絵は、そのような自己の存在を滅却してゆく簡素さ、「からっぽ」を表現しているように思う。

 

 触れたい作品は他にもたくさんあって、Alvin Zafra のArgument from Nowhere には度肝を抜かれたし、

Walter Schels のLife Before Death の持つ、静かで厳かな迫力は忘れられない。とりわけAnnie Catrell の Sense は、

いま集中的に取り組んでいる論考に大きな刺激を与えてくれた。詳しくは足を運んで見てみて頂きたい。行って損はしない。

学生なら1000円で入ることができるので、冬休みにいかがでしょう。

 

 

 

近況です。

 

いつものように近況を。相変わらずハードな毎日が続いています。

 

・能鑑賞

ここに時々コメントをくれる水際のカナヅチ氏のお誘いで能を見に行ってきました。

野村萬/野村万歳による狂言「箕被」、そして友枝昭世/宝生閑による能「葵上」の二本立てという

豪華なプログラム。何より、出演者の方々が日本トップの能楽師の方々です。

「学生のための特別公演」ということで、これがS席3000円で聞けるとは・・・学生でよかったと思います。

能は二回ほど見に行ったことがあるだけなので何も的確な感想は言えませんが、とくに「葵上」のおどろおどろ

しさは尋常ではありませんでした。変拍子チックな太鼓と笛と地謡に乗って展開される

六条御息所の霊Vs行者の激しい戦い。行者の法力が勝ったかと思うといきなり六条御息所が振返り、

その鬼のような形相を見せて逆に行者を追い詰めます。この迫力はすごい。ぞっとします。

妖しげな光を放つ青色とくすんだ赤色で、舞台が明滅しているような錯覚を覚えました。

 

 帰り際、客席を見回すとAIKOMの留学生の友達や高校時代の友達、それから上クラなど、10人ぐらいの

知り合いを発見してこれまたびっくり。ついでに、ホール出口のところで、浪人時代の友達で

しばらく音信不通だった人にばったり遭遇して、眼が合うなり「あーっ!!」と叫ばれました。

世界は狭いですね。まあとにかく、良いものを見て聞いてすることができました。カナヅチ氏ありがとう。

 

・指揮

能を見た後にそのまま指揮法レッスンへ。「葵上」の衝撃が残っていたのか、師匠に

「今日の君のピアニッシモはなんか冷たいね。もうちょっと柔らかく出したら?」と言われてしまいました。

それ以外の問題点は無かったようなので、合格を頂いて一つ曲を終えました。今週から新しい曲に入ります。

しっかり譜読みせねば。

 

 

・Fresh Start

というイベントがあるのですが、このイベントにJr.TAとして関わっています。

肩書きは「クリエイティブディレクター」なる大層なものなのですが、まあいつものようにデザインやら司会やら

色々と担当する感じになるでしょう。大きなイベントなので、色々案を出して盛り上げていきたいと思います。

さっそくFresh Start Jr.TA説明会の司会を一部やらせて貰いましたが、ずっと立ちっぱなしで三時間弱は

流石に疲れますね。「むくまないストッキング」なるものがバカ売れするのも納得です。

 

・ボウリング

8ゲーム投げて209アベ。目標にあと1ピン足りません。スペアミスが効いていますね。

練習を終えた後、スタッフをやっている後輩に投げ方のアドバイスを求められたので

一歩目の出し方からダウンスイングの下ろし方など、様々な「コツ」を伝えました。

彼にとってこのアドバイスが壁を超えるきっかけになってくれれば嬉しいです。

 

・本

ベルナール・スティグレール『技術と時間 第一巻』を読了。明日、スティグレールが来日して本郷で

シンポジウムが開かれるのでその予習の意味を兼ねて。ちなみに明日は午前中に駒場でシンポジウム

午後に本郷でシンポジウムというダブルヘッダーなので。かなり忙しくなりそうです。