指揮のレッスン、中級課題の最後の曲として置かれたのがこの「ミクロコスモス」。
「ミクロコスモス」はバルトークが書いた、全6巻153曲から成るピアノのための練習曲集で、後半になるにつれ
練習曲の範疇を遥に超えるような内容が盛り込まれています。その中の第4巻、第5巻、第6巻から10曲が指定されており、
それが指揮の課題として与えられています。「ミクロコスモス」=「小宇宙」の名の通り、一つ一つは2分以内がほとんどの
短い曲ばかりなのですが、これを指揮するとなるとめちゃくちゃ難しい!というのは4巻以降は特に変拍子の嵐だからです。
変拍子と言っても何かが変なのではなく、要は複合拍子のこと。そしてしばしば、曲中で拍子が変化していきます。
たとえば100番では、8分の5からはじまって、8分の3との間をころころと移動します。しかも8分の5の中にも2+3の5と3+2の5があって
これを正確に振り分けねばなりません。103番では8分の9(2-2-2-3)からはじまり、8分の8(しかも2-3-3と3-2-3のパターンが連続)に
なり、次に8分の3×2に変化したあと、8分の5(2+3)にチェンジ、そして8分の7、さらに8分の5(3+2)と変化し、それだけではなく
途中から猛烈にaccelerandoがかかって加速するなど、テンポまで変化していきます。
140番になるともう大変で、なんと一小節ごとに8分の3→4分の2→8分の3→8分の5→4分の2→8分の3→8分の6→8分の5
→8分の9→8分の7→8分の6→8分の3…というように、変化してきます。なおかつテンポもどんどんと変化していき、そのうちに
ゆるやかなテンポで3-3-2の8分の8と3-3-3の8分の9が入れ替わる部分がやってきたりするうえ、強弱記号やアクセントも
複雑につけられているので、これを単なる「運動」ではなく「音楽」にするためには相当な技術が要求されます。
レッスンを受けた時、この140番の前までは予習してあって無事通過したのですが、「じゃあ140、141もいまやってみなさい。」と
師匠に無茶ぶりをされ、まさかの初見でこれを振ることになってしまいました。「え…ちょっと読む時間を…。」と呟いてみたものの
師匠が悪魔のような笑顔で「ほら。はやく。」とせかしてきます。結局読む時間は全くなく、とりあえず振り始めました。
まるで真っ暗な高速道路を猛スピードで飛ばしているようなギリギリの感覚で、飛んでくる障害物や突然目の前に現れるガケを
必死によけながら、反射神経をフルに高めて指揮しましたが、途中まで耐えたものの、やっぱり途中で崖から落ちてしまいました(笑)
転落するのを見て「はっはっは、駄目だねえ。」と笑う師匠。「そんなに難しくないじゃない。変拍子だなんて思わず、音楽の流れを
感じてその都度対応すればいいんだよ。見てろよ。」とおもむろに振りだしたかと思うと、あっさりと最後まで振ってしまわれました。
何度も書きますが、師匠は85歳。僕のほうが反射神経も運動神経も絶対にいいはず。なのにあっさりとこの複雑な音楽を指揮してしまう。
しかも何が凄いって、師匠が振ると変拍子が「変」に聞こえず、自然な流れで聞こえてくるのです。何だかとても簡単そうに見えます。
僕のぎくしゃくした指揮と違って、これなら演奏者の立場に立ってみても演奏しやすいのは明らかです。指揮に合わせて弾けば
自然とバルトークの書いた世界=ミクロコスモスの中に入ることが出来ます。「参りました!」と兜を何枚脱いでも足りないぐらいです。
10曲を終えるのに4回のレッスンを費やし、ようやく今日になって終了。
門下の先輩方が「ミクロコスモスをやると、現代曲が怖くなくなるよ。」とおっしゃっていましたが、確かにその通りで、連日徹夜続きで
勉強する中で、変拍子というものの「楽しさ」が何だか少し分かった気がします。
変拍子を振っている時の頭の回転具合というか集中力は自分でも異常だと思えるぐらいで(東大入試本番なんて目じゃないです。)
頭と身体のトレーニングにも最適な気もしました。頭と身体の両方で反応できなければ絶対に上手くやることは出来ませんね。
これからも変拍子は事あるごとに練習して、苦労なく振れるようにしておきたいと思います。
次からはモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲に。 また改めて書きますが、5月4日にプロのオーケストラを指揮することに
なっていて、その時に自分が振る曲の一つです。(もう一曲はプロコフィエフの「古典交響曲」)
有名すぎるほど有名なこの曲、スコアを見ると仰天するぐらい緻密に作られた、モーツァルトの天才が良く分かる曲でもあります。
天才バルトークから、天才モーツァルトへ。本番で満足のいく演奏が出来るよう、しばらくはフィガロを集中的に勉強するつもりです。