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布団の国の王様

 

珍しく風邪を引いた。

38度という高熱を久しぶりに経験して、一日中ずっと家に籠っていた。

 

風邪を引いて布団に寝転んでいると、必ず思い出す小説がある。

「童謡」という小説がそれだ。これを初めて読んだのは確か小学二年生の頃だったと思う。

やることを全て放棄して寝転んでいると、作中に出てくる「高い熱はじき下がる。微熱はいいぞ。君は布団の国の王様になれる」

という一節が強烈に蘇るのだ。

 

この小説、しばらく後にはこう続く。

 

「布団の国は楽しくないぞ」「うんそうだろう。ずいぶん痩せたな」

少年の目には友人が若々しい生命力に溢れているように見えた。生きている人間の世界からずり落ちかけている自分を感じた。

(中略)

それから二十日ほど経って、少年はこの土地を離れた。少年の躯は以前の形に戻っていた。久しぶりに学校へ いった。

「すっかりよくなったね。今だから言えるけれど、見舞いに行ったときはびっくりしたよ。君とは思えなかった」「うん」

校庭の砂場では高く跳ぶ練習 をしていた。少年は、不意に勢いよく走り出し跳躍の姿勢にはいった。しかし、横木は、少年の腰にあたって、落ちた。

「前は高く跳べたのに」友人はささやい た。少年は「もう高く跳ぶことはできないだろう」と思った。

そして、自分の内部から欠落していったもの、そして新たに付け加わってまだはっきり形の分からぬもの。

そういうものがあるのを、少年は感じていた。

(「童謡」より抜粋)

 

簡潔にしてキレのある文章。鋭いながら豊かな余韻を失わぬ筆致。

この「童謡」という作品が僕の一番好きな作家、吉行淳之介によるものであったのを知ったのは、つい最近のことだった。