情報学環のコモンズというスペースを使って徹夜で勉強してみた。
普段駒場で毎日過ごしている身としては、本郷というだけで珍しい。深夜の本郷となればなおさらだ。
夜中二時ぐらいに休憩しようと思って部屋を出て、赤門から外に出ようとしてビックリした。門が閉まっている。出る事ができない。
なんと本郷キャンパスは夜になると竜岡門という門を除いてすべて閉鎖されるらしい。いつでも空きっぱなしの駒場キャンパスに
慣れていたので、「夜に門が閉まる」というのに激しく違和感を覚えた。
一旦部屋に戻ってネットで検索したところ、本郷キャンパス内にあるローソン(安田講堂のすぐ近く)は24時間開いているとのこと。
門を締めている以上、外部の人がわざわざこのローソンに買いにくることはまずないだろう。つまりこのローソンは、夜中に勉強したり
研究したりする学生専用に24時間オープンしていることになる。「がんばって勉強・研究しなさいよ。」という東大の声が聞こえてくるようだ。
しかも「夜中に勉強・研究する学生用」だからだろうか、夜9時以降はお酒を販売してくれないらしい。ビールでも飲みながら勉強の続きを
やろうと思っていたので、ちょっとアテが外れて残念。
気を取り直して「野菜生活」のペットボトルを購入した。KAGOMEの100%のやつである。
闇夜にそびえる安田講堂を見上げながら、これを一気飲みする。健康なんだか不健康なんだかよく分からない。
なんとなくやってみたかっただけだ。安田講堂に背を向け、飲み終えたペットボトルをぶらさげて講堂から続くまっすぐな道を
歩きながら、東大での生活にいつの間にか自分がすっかり馴染んでいることを実感した。もう三年生になってしまった。
時間が経つのは本当に早い。
わざと遠回りして深夜の本郷キャンパスを散策する。
午前三時。人の気配はほとんどない。駒場キャンパスと違って、暗いところは容赦なく暗い。
総合図書館の近くなど、足元がまったく見えない。「誰もいないように見えるけど、実は横の暗がりに沢山の人間が息を潜めていたら・・・」
などと考えてちょっと怖くなる。「闇は想像力を掻き立てる」というセリフをどこかで聞いた気がして、何だったかなと考えながらしばらく
闇の中を歩いた。文学部棟をくぐり、医学部棟の前でぼんやりと佇んでいるうち、唐突に思い出した。『オペラ座の怪人』だ。
この映画の中で歌われるThe Music of the Nightという曲の冒頭に
Night-time sharpens, heightens each sensation. (夜はあらゆる感性を高め、研ぎ澄ませる。)
Darkeness stirs and wakes imagination. (闇は想像力を掻き立て、目覚めさせる。)
という一節があるのだった。部屋に帰ったら作曲者のアンドリュー・ロイド・ウェーバーのCDを聞きながら勉強することにしよう。
ひとしきり歩くと一時間ぐらい経っていた。
目はだいぶん暗闇に慣れ、夜風が肌に気持ちいい。春の夜は不思議な力に満ちている。冬とは明らかに違う何かがある。
目にとびこんでくる電燈の光は、キラキラと鋭く輝いていた冬と違ってどこか鈍い。昼間の陽光はすっかり姿を潜め仄寒いが、冷たさという
よりは「涼しさ」といったほうがしっくり来る。朧げな空気、だがその中に、明日の暖かさへと繋がる「何か」が息づいているのを感じる。
冬は終わった。春は確かにそこにある。
また一つ季節が変わったことを知り、深いブルーブラックの空を見上げながら大きく伸びをして、元いた場所へゆっくりと歩きだす。
僕の22歳は、もうすぐ終わる。