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地中海の庭

 

 UN JARDIN EN MEDITERRANEE.

エルメスの名香、「地中海の庭」である。大幅な値引きをあまりしないので有名なのだが、半年ほど前に特価で販売されているのに

遭遇したので、思わず買ってしまった。まず、ボトルからして溜息が出るほど綺麗である。太陽が差し込んだ海を思わせるような青、

陽射しの気紛れで海が時々見せる透き通ったエメラルドグリーン。そして陽に照らされた海辺の空気みたいな薄い黄色。

このグラデーションがボトルを彩っており、見る角度ごとにその表情を変える。あまり目には止まらないかもしれないが

このグラデーションの上に載せる文字色として、立体感を持たせつつも透明感を失わない水色が選択されている点も天才的だ。

 

 調香はジャン・クロード・エレナ。エルメスの専属調香師だが、ブルガリのオパフメ オーデブランなども手掛けており、

強烈な香りというよりはむしろ、控え目だが独特の空気感を持った上品な香りを作風としているように思う。

(オパフメオーデブランは冬場に活躍頻度が上がる香水の一つで、ホワイトティーの香りに毎冬癒される。これを付けている人に街で

すれ違うとついつい振り返ってしまう香水の一つでもある。空気が乾いている時につけると、凛としつつも繊細で温かい香りになる。)

この「地中海の庭」は、トップノートにイチジク・乳香、ミドルにレッドシダー、ベルガモット、オレンジブロッサム、

ラストにホワイトフローラルとセイヨウキョウチクトウが調香されており、エルメスの香水に特徴的な「香りの変化」をはっきりと

感じられる香水になっている。つけはじめの香りは独特なので苦手な人もいるだろうが、ミドル以降でベルガモットが前に出てきてからの

柔らかい香りに拒否反応を示す人はかなり少ないと思う。うっすらとしか香らないのに、なんとなく癖になる。

実際に入った事がないから良く知らないけれども、一時期のエルメスのブティック内ではこの香水が随所に吹き付けられていたと聞く。

客からの反応も上々で、「店内の香りは何ですか?」と聞いてこの「地中海の庭」を買っていく人も多かったらしい。

 

 この話を聞いてから、気分転換したいときには家の中にこの香水を吹きつけている。

ジャン・クロード・エレナが聞いたら怒るかも知れないが、クーラーの吹出し口にワンプッシュすると至福の香りが室内にふわっと広がる。

今日みたいに親戚の訃報に接して眠れぬ夜にはちょうどいい。叔父さんが最期にくれた言葉が忘れられず目が冴えてしまっていたが、

布団に寝転がって、暗闇の中でこの柔らかい香りがどんどん変化していくのを感じているうちに、いつか眠りに落ちれそうな気がする。

 

KENZO POWER インプレッション

 

 香水、とくにボトルのデザインを見るのが好きで、香りとボトルの両方を気に入ったものは出来る限り買うようにしている。

香りという「目に見えないもの」を「見る事も手で触ることも出来るもの」としての容器、密封されたボトルに閉じ込める。

香りを組み立て作り出すという芸術、それから香りのイメージをボトルで表現するという芸術、その二つの芸術が合わさることによって

一つの香水が生まれる。まさに、調香師とボトルデザイナーという二人の芸術家による自己表現と他者理解の結晶ではないだろうか。

言葉をデザインにしたり、デザインを音楽にしたり、音楽を絵画にしたり・・・

そんなふうに形態をメタモルフォーゼンさせて生まれる芸術は、僕にとっていつも大変魅力的に映る。

 

  さて、先日注文していた香水が届いたので、それについて書くことにしよう。

ケンゾーのパワーと、シャネルのアリュールオム エディシオンブランシェの二つである。

Powerの調香師はオリヴィエ・ポルジュ、ボトルデザインは原研哉。(原研哉の著書『白』は、今年の東大の現代文で出題された。)

Edition Blancheの調香師はジャック・ポルジュ、ボトルデザインは故ジャック・エリュの作ったものを継承。

二つ見比べて「ポルジュ」が共通していることに気付いた人がいるかもしれない。

実はこの二人は親子である!(親がジャック、子がオリヴィエ。ちなみにジャック・ポルジュはシャネルの専属調香師。)

親子の作品を同時に買って比べてみる事で、何か面白いものが見えてくるかも、と考えてこのような組み合わせで購入した。

 

 まずはPowerから。作り手の側のインタビューやコンセプトは香水名をGoogleに打ち込めばすぐに出るから、

ここに書く事はしない。それよりも自分のインプレッションを書くことにする。

この香水からまず最初に感じるのは、花と木の香りである。柔らかくて密度のある、温かい香り。

何の花なのかは分からない。靄がかかった森の中のような、よく見えないけれど周りに確かな木や花の存在を感じる光景。

徐々にベルガモットらしき香りが前に出てくる。靄の中に朝日が差し込んだような感じだ。

しばらくすると、「何か分からないが、明らかに花」な香りが場を支配するようになる。名前の分からない花、しかしどこかデジャヴ。

夢の中で流れていた香りを、朝目覚めてから思い出そうとした時のようだ。

むせるような花の匂いではなく、何重にも薄いフィルターがかかったような花の香りは、しばらくすると徐々に

フェードアウトしていく。フィルターが外されていくのではなく、透明度を30パーセントぐらいまで下げていくイメージ。

そのうちに、柔らかい木の香りが次第に強く感じられてくる。心地よい温かさと、重すぎない重さと甘さがある。

とても安心感を抱かせてくれるラストノートだ。しかしそれゆえに、ミドルノートの抽象的なイメージが頭に残る。

「あれは何の花だったのだろう?」と気になってしまう。ミドルとラストで繋ぎ目は全く見せないのに、コントラストが効いている。

最後に残るものは安心感なのに、とても独創的。これは本当に凄い香りだ。

 

 その香りを包むボトルも斬新なものである。本来は日本酒のためにデザインされたボトルをここで使っている!

KENZO POWER

鏡面仕上げからは軽さと重量感の双方を感じるし、それだけではなく、

自分の顔や手が円柱状の鏡に映って歪んで抽象的になる様子がとても不思議。

下部に控え目に配されたロゴが素晴らしい。ここに紫色を使ってくるのが天才だ。

ここが黒なら物足りないものになってしまっていただろう。

紫色の字に加えて、原が描いた「架空の花」のイラストが印象的にボトル全体の

見かけを締めている。何度見ても感動してしまう、素晴らしいバランス。

ここに詳しくは書かないが、このボトルを包む箱にも凄まじい拘りがある。

同じく原の作品である「冬季長野オリンピック パンフレット」を思わせるシンプルな

デザインに、たくさんの遊び心が詰まっている。