ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」の構造を、そしてサルトルの「Tourniquet 回転扉」を巡って楽しく議論した翌日、ひたすら修士論文の執筆に集中する。
蓄積したものを一気に形にする時がいよいよやってきたのだろう。どの切断軸で切るか。どの面を艶やかに見せるか。
ナイフが自然と落ちる瞬間はまだやってこない。ひたすらに待つ。歩く。引き絞る。
研究室に誰もいないのをいいことに、ささやかにスピーカーで音楽を流しながら書いていた。懐かしい旋律が聞こえてくる。
無言歌のOp.30-3「慰め」だ。時間というのは不思議なもので、これほどまでにグールドの弾く「慰め」が沁みたことはなかった。
そういえば、と唐突に思い出す。ピアノを習っていた時期の発表会で最後に弾いたのは、無言歌の中の「狩人の歌」だった。