春の気配が少しずつ忍び寄る二月の夜。
ひとりで街を歩いていたら、辛棄疾の「青玉案 元夕」という漢詩を思い出した。
東風夜放花千樹
更吹落星如雨
寳馬雕車香滿路
風簫聲動
玉壺光轉
一夜魚龍舞
蛾兒雪柳黃金縷,
笑語盈盈暗香去。
衆裏尋他千百度,
驀然回首
那人却在
燈火闌珊處
「春風が夜に限りなき光の花を咲かす。風はさらに吹き散らす。夜空の星を雨のように。」と灯籠を描写した冒頭、
「白粉の香りが道に溢れる」と続け、「密かな香りとともに去って行った多くの美女のうち、或る一人を追いかけて何度無く大通りを行き交う」
という心の揺れ動きが示されたあと、「でも見失ってしまった。がっかりして振り向く。するとその人は静かにそこに佇んでいた。灯火の届きにくい、目立たぬ暗闇に。」
スビト・ピアノ。こうして陰影と静寂へと一気に情景を変える。
暗闇に息を呑む。遠ざかって行った白粉の香りが、途端に鼻元に立ちこめる。
風の肌触り、揺れる灯籠の光、聞こえる喧噪、流れてくる女性の香り…。
想像力に溢れ、五感を刺激する。何という世界の豊かさ。その鮮やかな静寂に絶句する。