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内田樹さんに会ってきた


15.若い頃読む本、年をとってから読む本、生涯読める本

S 何か変な話なんですけど、僕は本を読むと気が滅入ったりするんですけど、それは本を読まないほうがいいということですか?

内田 読む本によるんじゃないの? 気が滅入る本ってあるよ、たくさん。出てる本の8割くらいは気の滅入る本だから。気が滅入る本は読んじゃ駄目だよ。読んでチアアップされる本を読まなきゃ。それはわかるよ、この本はいける、この本は駄目だとか。どんな立派な人が書いてても、気が滅入る本ってあるんだよ。それは読んじゃ駄目、若い時は。

S 時期が来たら読めということですか?

内田 時期が来て、毒性に対して強くなったら読めばいいと思うけど。若い時に読むとね、特に頭のいい人が書いた本なんかみんなを巻き込んで地獄に堕ちる本とかあるからね。

G たとえばどういう本がありますか?

内田 うーん、どうだろう。急には思いつかないけど、今に残っている古典は大丈夫。岩波文庫に入ってるやつは大丈夫。百年くらいの風雪に耐えているから。昨日、今日のベストセラーの中にはすごく危険なものもあるからさ。歴史的風雪というのはすごく良いですよ。やっぱりね、それに耐えて生き残っている本はどこかで人をして立たしめるみたいなとこがあるからね。どんな本を読んでる時に暗くなったりするの?

S 中学、高校の時に小林秀雄の本にはまって…

内田 暗くなるわ、それは。

(一同笑)

S なんか、初期のころのものをけっこう読んでて、ああ、もうだめだな…みたいな。

内田 やっぱりね。感化力が強いからね、小林秀雄は。中学生くらいで読むもんじゃないよ。何で読んだの、だいたい?

S 最初『考えるヒント』あたりから入ったんですけど、それからわりと初期の方へ行ってしまって、スパイラル的にはまりこんで…

内田 小林秀雄なんて、もっとジジイになってから読めばいいのに。若い時はさ、太宰治とか三島由紀夫とかさ。

S 太宰治は大丈夫ですか?

内田 太宰治は大丈夫、いつ読んでも大丈夫。

L 先生、これ読んどけみたいなのは無いですか? これ面白いぞとか。僕たちくらいの年齢で。

内田 君たちくらいの年齢で…いやあ一人一人違うからなあ。

L 先生は現時点で、今生きている中で…

内田 こないだ出した本は、『若者よマルクスを読め』という本で、それはあまりにもみんなマルクスを読まないから。マルクスを読まないとだめだよというか読んで、という本は出しましたけどね。まあマルクス、フロイトとかですかね。

X ニーチェとかは?

内田 ニーチェはいいんじゃない?

(一同笑)

内田 でも、なんというか人間勉強だよね。こういう人もいるんだなあっていう。でも(ニーチェは)あんまり若い時に読む本ではない気がするな。40越してからでいいんじゃないですか? その頃読むとさ、なるほどなるほどというか、(ニーチェも)辛かったんだねという…

(一同笑)

X ニーチェ自身が書いているのは20代後半で…

内田 20代から40代くらいで…けっこう考えていることが若造なんだよね。

G やっぱりマルクスやフロイトとかを読んだ学生とそうでない学生に先生は違いとか感じられますか?

内田 どうだろうなあ…昔だってみんな読んでたからね。読んでてもバカがいっぱいだったからね。

(一同笑)

内田 ただ、生涯読める本だからね、マルクスもフロイトも。20の時も30の時も読めて、そのたびにため息が違って、そういうものは面白いよね。60になって読んだら面白いけど、高校生の時に読んでもつまらない。そういう本もあるけど、高校生が読んでも面白い、それがマルクス。いつ読んでも面白い、味わい深いです。

X 最近先生は、再発見したという本はございますか?

内田 やっぱり最近再発見したのはマルクス。高校生にもマルクスを読んでほしいという本を出すために改めて読み返してみてやっぱり深いなあって思ったね。

L そこまで人生に影響を与えた本を読んだことはないです。マルクスはけっこう来ますか?

内田 マルクスは来るよ。あとレヴィナスもけっこう来たね。レヴィナスとレヴィ=ストロース、あとラカンは来たねえ。あ、カミュ。カミュも来たよ。いちばん来たのはレヴィナスかな。来るというのは意味分からないかもね。来たんですよ。足元が震えるような感じ。何言っているか全然わからないけどすげえこれ、っていう。

L それは決して難解だからというそれだけの理由ではなくて…

内田 難解なんだけど、その難解の理由が難しい言葉を使っているだけではなくて、俺がガキだからっていうのもあるんだよ。この人と経験したこととは質が違う、だから分からないんだっていうのは分かるんだよ。子供だと分からない。大人にならないと分からない。きわめて教化力の強いテキストなんですよ、大人になれよっていう。大人になってからまた来いっていうことだね。

X 先生はそのようなテキストはお書きになるつもりはありますか?

内田 時々書いていると思うんだよな。その、この辺は自力で何とか頑張ってねというところを残した書き方はすることがあるからね。そこまで階段を出しちゃうと足腰が弱っちゃうと思うから、この辺の階段は自分で上がって来いよって思って抜きとっちゃうことはあります。

V ユダヤ文化論の後半あたりは階段をとってしまった感じですか?

内田 あれはね、俺が息切れしているの。

(一同笑)

内田 さすがに難しい、この辺になっちゃうと。でもレヴィナス論としてはずいぶん分かりやすい、他の先生方が書いているものよりは。まあそのうちレヴィナス論も文庫化されますのでぜひ読んでみてください。『レヴィナスと愛の現象学』と『他者と死者』というのが来年文庫化されます。