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Interviews

シリーズ「生命とは何か?」 1. 金子邦彦先生


1複雑系生命科学とは何か

「生きている」という状態に対して成り立つ一般的な法則があるんじゃないか

――先生の研究していらっしゃる複雑系生命科学というのは何なのか、少しまとめて頂けますか?

物理の立場で生物をどうやって理解したいかという時に、一つはやっぱり生きてる状態というもの、それはある種一つの普遍的な状態の一つであると。「生きている」という状態に対してたまたま地球上で進化したものに限らず成り立つ一般的な法則があるんじゃないかと。それに対する理解をしたい。例えば、熱力学では、平衡状態というふうに制限することで色んな一般的な法則が得られる。さらに熱力学っていうのは、結局分子がどうだということによらないマクロな性質なわけですよね。それと同じように、別にDNAがどうしてるからだとかいうことによらないで、生きてるという状態があったら必ず満たさなければならない性質があるんじゃないかと。そうすると、熱力学とかと同じように分子なんかを考えなくてもいいのかという話になるわけなんだけれど、やっぱり生きてる状態はそう一筋縄ではいかないかもしれない。生物には階層性があるわけですよね。生態系があって、個体があって、細胞があって、分子があって。しかも多くの場合階層性の各要素というものは一定ではなくて増えたり減ったりダイナミックに変化する。ふつう階層性があると、下のレベルがわかれば上のレベルが分かるだろうと考えがちなんだけれど、それはたぶん物理学としても正しくない。分子が分かったら分子が集まったものとして細胞を分かる、だから分子だけ必死に調べればあとは集めるだけじゃないか、というのはたぶん間違いで、集まったシステムがどういう風な集まり方をしているかによって各分子の性質が違うということが起こりうる。
細胞と組織の場合だと、どういう組織の中に置かれてるかによって個々の細胞の性質が変わってくるわけで、そういう意味で、上のレベルのことが下のレベルを決めるための条件設定みたいなことをするわけですよね。それによって下のレベルの性質が変わるということがどんどん起こってくる。

そういうことの帰結として、普段我々が持っている、生きているものだったらこれくらいは満たしてほしいなという性質――生物だったら「増えていける」とか、「外界に適応する」だとか、「進化する」とか――そういう性質がダイナミックな階層システムの一般的な性質として出てくるんじゃないか。

 

――大学で生命の基本として習う「増殖する」「進化する」などの性質よりもっと上の「階層性」が、本質的なところだと考えている?

生きているシステムでは「増えちゃう」っていうのがある程度あって、増えちゃうとそれが集まるから一個上のレベルが当然できちゃう。そういう意味で、階層的なシステムを結局考慮せざるをえなくなってしまう。で、そういう階層性が生まれたときに、じゃあ一般的な性質としてどういうことがあるかと。例えば、熱力学って基本は安定性ですね。平衡状態は安定で、ちょっと揺らしてもそこに戻ってくるということがあります。戻ってくるということを通して熱力学の不可逆性とかいうのも出てくるから、やっぱりシステムの安定性というのは基本なわけですよね。生きているものは、それとはまたちょっと違った意味での安定性がある。階層の中でちょっと変化しつつ、どんどん増えたりしつつ、でも安定であると。それは多分平衡状態の安定性よりもうちょっと難しい話なんですよね。

複雑系というのもいろんな立場の人がいるんだけど、僕はやっぱり、階層性を持って、各要素とそれが集まった全体がお互いに関係しあってそれで安定して進むとか、変化するとか、そういうのを理解するのが複雑系というものだと思ってるので、その立場で生命現象を理解しようというのをやろうとしている。

 

――今の生物学だと上(の階層)と下(の階層)との間で、一方通行なのを、先生はその相互作用を考えようとしているということですか?

生物学側でも、分子生物学がこれだけ進んだ後に、今はその反動で「システム生物学」ということを言ってる人がかなりいるんだけど、多くの場合システム生物学というのが、多くの情報――例えば全ての化学反応――を入れたシュミレーションをすればシステム生物学だ、みたいな風潮があって、それとは違う。
ある意味で、システムとして理解するという意味では共通なんだけど、普通言われてるシステム生物学とはちょっと違う。ごちゃごちゃたくさん全部入れた膨大なモデルを作るとかいうのではなく、もう少しそこにあるシステムの安定性とかを理解するための一般的な性質をどこまで導けるか、という。

――分子生物学は上から下にどんどん細かくなる研究で、システム生物学というのは細かいほうから上に突き上げていく研究というイメージでいいんでしょうか?

いわゆるシステム生物学で「下から上に」というときに、下の情報がたくさん集まったときに、それを全部列挙したモデルを作って、やればいいという考えがあって、それはちょっと…という。だから上と下の両方の関係をちゃんと理解するという意味でのシステムとしての生物学なんだけど、いわゆる「システム生物学」はあまりにも枚挙方向に走っている気がして、一般的な性質を求める方向にはいっていないんですよね。

  1. 0シュレディンガー『生命とは何か?』について
    1. シュレディンガーの答えは不十分
  2. 1複雑系生命科学とは何か
    1. 「生きている」という状態に対して成り立つ一般的な法則があるんじゃないか
  3. 2複雑系生命研究からわかったこと
    1. 「ゆらいでいる」ことが生きていることに積極的な意味を持つんじゃないか
    2. 成長していくような系で、中がゆらいでいるような系だったら、そこそこ適応できちゃうんじゃないか
    3. ゆらぎが大きいものは進化しやすい
    4. 統計力学で進んだ考え方をある程度ベースにして、一般的な理論が作れるんじゃないか
    5. 細胞は、時間的に変動している状態だと、自分以外のものを作れる
    6. 少数コントロール
  4. 3理論を検証する段階へ
    1. ここ10年くらいで生物学のやり方はとても進歩した
    2. 膨大なデータをいかに処理するかが問題
  5. 4生物と物理との乖離、その違い
    1. 物理や数学が好きな人と生物が好きな人が分離しているのは不幸なこと
    2. 物理の理論を生命に落としこむ困難――非平衡系に「生きている」という制限をかける
    3. 生物は平均化できない――物理学が今まで直面していない問題
  6. 5生命の話は人間社会に当てはまる点もある
    1. 生命の話は人間社会に当てはまる点もある
    2. 生命の起源と資本主義の起源は似ている
    3. 荘子が言ったことをいかに自然科学の立場に載せるか、ということをずっとやってきた気がする
  7. 終わりに