3理論を検証する段階へ
ここ10年くらいで生物学のやり方はとても進歩した
十数年前は誰も信じなかったけど、最近はいろんな人が検証したりし始めている。というのは本当にこの十年くらいで、生物学のやり方はとても進歩した。例えば何年か前のノーベル賞で有名になった蛍光タンパク。あれによって、あるタンパクを光らせて細胞の中でどのくらい光るか、ということでタンパクの量をはかることができるようになった。
一方で、いろんな技術によって一個の細胞だけを培養したりそれを調べる技術が進んでいくというのがあって、一個の細胞でそのタンパクの量だとかそういうのがどう変化するかとかがどんどん見えるようになる、そういうことがすごく大きいところ。
それとともに、細胞の中の何千何万種類のタンパクの量がどのくらいあるか、というのが測れるようになる。
初めに言った、いろんな種類のタンパクで量の多い物も少ない物も色々あるけれど、どう分布しているかとか、そういう性質も簡単に調べられる。
遺伝子があることの結果として中でタンパクの量をどれだけ作れるか、そういう性質が全部見られる。
それとともに、遺伝子の変化の仕方と細胞の中の表現型と呼ばれるタンパク組成がどのくらい対応してるか、ということがみれるようになる。進化による遺伝子の遅い変化と、タンパクの量といった速い変化がどういう風に関係しているのか。もちろん遅い変化が起こればそれに駆動された速いものが変わるんだけど、一方で速いものが変化しやすいと遅い物も変化しやすいみたいな、さっきいったような比例の関係みたいなことがあるかもしれない。そういうのが一気にこの十年くらいで見えるようになってきた。
理論だけでやっているとある意味何でも言えてしまうので、何が正しいか、実際に使われているかといったことはよくわからない。正しいか違っているかは実験で示されるということで、自然科学の醍醐味として非常に楽しい時期だろうと思いますね。
物理学の理論実験の関係は、理論的に考えたことを実験でやってみて正しいか確かめる。正しかったりそうでなかったりして、それでまた理論を考え直す、ということで進んできたんだけど、生命科学もそういう段階に達してきた。
膨大なデータをいかに処理するかが問題
――では、先生としては、自分の専門以外にはどの分野が進んで欲しいとお考えですか?例えばもっと良いコンピュータや測定法があればなあ、とか。測定法を言ったらきりがないけどね(笑)
例えば、さっき1細胞の中でいろんなタンパクの量を測れると言ったけど、さすがに1細胞の中にある1万種類のタンパクをすべて測る、ということはまだできない。その1万種類のタンパクが時々刻々とどう変化しているか、というのが分かればそれはすばらしいよね。ただ、実験でも計算機もどんどん膨大なデータを出せる訳で、逆にそれだけの膨大な情報の中からどういう風に何かが理解できるか、というのはむしろ理論の話なので、測定法や計算機の進歩も大事だけど、本当はやっぱり理論がいちばん大事かもしれない。
――どうやってそこから本質をとらえていくかということ?
例えば僕は力学系の研究をずっとやっていたわけなんだけど、たくさんのものを振動させるという研究があって、たいがい二成分や三成分の振動から始まるわけね。
じゃあ、一万種類の成分があって、それぞれがどんどん変化をする。それがお互いに影響しあったときにどういう変化の仕方をするのか。それが僕が昔やっていた「大自由度力学系」という話。
そこから色々わかったこともあったんだけど、とはいえ人間せいぜい三次元くらいをみるのが精一杯なので、1万次元を直感的にみるというのはすごく大変なわけです。だからそういうのにたいする洞察がどれだけ進むか、そういう理論を作れるかというのが常に必要で、それと(測定法の進歩とは)両輪なんですよ。
逆に人間の能力を測定法や計算機の進歩にどれだけマッチする所まで上げられていくのか。
一方で、科学の未来に関する絶望論っていうのが常にあって。
理解するっていうのは、たくさんのものから一般的なものに対する洞察を与えることなんだけれど、ひょっとすると人間の能力には限界があってそういうのはもう無理で後は有効にデータ処理するしかないんじゃないかと。いわゆるシステム生物学は割りとこういう考え方なんですよ。
まあ、そうかもしれないんだけど、僕としては、やっぱり生物にももっと一般的な法則みたいのがあって、きっとそれで理解できる部分てのがもっとあるだろうと。そう思ってやっていると(笑)