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シリーズ「生命とは何か?」 1. 金子邦彦先生


4生物と物理との乖離、その違い

物理や数学が好きな人と生物が好きな人が分離しているのは不幸なこと

――では、これから実験と理論のフィードバックの方法もあって、どんどんすすんでいくんだ、ということですよね。

あとは、物理や数学が好きな人と生物が好きな人が、なんか分離しちゃっている。

これはやはり不幸なことで。

僕自身高校時代大学時代どうだったと言うと、生命現象は好きだったけど、教わる生物学はたくさん暗記しなきゃいけないとかがあってあまり好きじゃなかった。数学や物理が好きな人って、たいがいそういうの嫌いだから(笑)

だけど、今の生命(科学)の中には暗記しなきゃいけない、という話じゃない、楽しい謎の宝庫があって、それは数学や物理をもって理解するということができる話で、そこが分離しているというのはすごくもったいない。

欧米では物理や数学をもって生物をやりましょうというのがかなり進んでいる。日本でも研究レベルではだいぶそういう話になってきたんだけど、教育レベルではなかなかそうはいっていない。

――基礎教育ではシステム的な生物や数理的な生物はなかなか教わりませんよね。

だからこれは半分ぼやきなんだけど、うちの学科はそういうのを狙ってるんだけど、いまひとつ人気が出ない、なぜでしょうかね(笑)

――生物系からはじめて複雑系の方に来るという人はなかなかいないんですか?

一応、興味を持つ人は増えてきている。ただ、自分で研究しようというレベルにいこうとするとかなり数学や物理を勉強しなきゃいけなくなる。

そこは学問の質なのかもしれないけど、たとえば数学物理をやった人が生物を学ぼうとする方が、まだやりやすい.数学物理って、順番にまずこれをやる、その次これをやるというように段階があって、いきなり上の方だけ学ぼうというのはなかなか難しくてやっぱり敷居が高いっていうのがあるのかもしれない。

――では逆に物理系のほうから生物へ、というのは?

そっちの方がもう少し入りやすいんじゃないかなあ、とは思うけれど。

欧米でも物理系の人達が生命現象に入っていくという傾向があって、そっち側の方が流れとしては起こりやすい.例えばうちの学科には澤井さんという粘菌の研究をしている人がいるんだけど、彼は物理学科出身で、マスターまでは理論をやっていて、ドクターから実験をやっている。そういう人が少しずつ増えてきている。

物理の理論を生命に落としこむ困難――非平衡系に「生きている」という制限をかける

――先生は物理の理論を生物にどうやって落としこむか、生物の理論を物理のようにどうやって構築するか、考えていらっしゃると思うのですが、物理から生物に移るにあたって一番困難なことは何なのでしょうか?

そうねえ。何なんでしょうね……(笑)使えるのは統計力学的な「たくさんのものが集まったらどうなるか」という考え方なんだけど、でも統計力学は平衡系であることにかなり縛られている。統計力学の理論を拡張しようという試みはずっと行われているんだけど、完全にできたのは平衡のすごく近く。それ以外に関しては少しずつ進歩してるけどまだあまりよくわからない。

「非平衡」の理論を構築する試みもなされてるけど、非平衡と言うと平衡じゃないものは全て含まれてしまう。だから非平衡に何らかの制限をかけなくちゃいけない。制限の仕方という意味では、僕は「生きている」という制限の仕方が一番いいんじゃないかと思う。

 

生物は平均化できない――物理学が今まで直面していない問題

力学系の理論――いろんなものが時間的に変化するという理論――では、2つの成分が変化するんだったらそれらが二次元の中でどうやって動いていくかを見て理解する。3つの成分だったら3次元。だけど1万次元になるととたんに難しくなる。1万次元の力学系みたいなものから何か得られるのか、そこに対する理解がどれだけ得られるのか。力学系という考え方を拡張できるか、という問題がある。

1万次元になったら1万次元全部必要かって言ったら多分そうではない。あるいはもう1万個あったらそれを適当にならしちゃって考えればいいじゃないか。例えば統計力学では、ここに10の23乗個分子があったって、それらを1つずつ見る必要なんてなくて、全部平均化してその量を見ればいい。

だけどやっかいなのは、細胞内の分子はそれぞれの量はあまりたくさんなかったりするけど種類が多いこと。1万個じゃなくて1万種類のタンパクがいる。そこが物理学が今まで直面してない問題。でも1万種類は1万種類でたくさんあるんだから、全部見る必要はなくって、「1万種類から大まかにみた少数のもので考えればいいじゃないか」ということがある程度あっていいような気がする。1万種類全部のきちっとした決め方まで必要だったら、細胞なんかとても安定していられないわけですから。

――でもその1万個は平均化するにしても互いに相互作用しあってますよね。

そこなんですよ。我々が今まで持っていたのは熱力学的考え方や統計力学という、平均化できる部分とできない部分がきれいに分かれているもの。そこで安定性とか不可逆性とかいう見方をしてシステムの理論を作ろうとしてきた。

だけど生物は多分それだけではいけない。そのいけないところに生物のおもしろさもあるんだけど、そこが今後の理論の難しさ。だからそれが全然できなかったら、人類に生物はお手上げだということになるかもしれない。

――一番の困難というのは生物は平均化できないというところなのでしょうか?実際に平均化してみたところで、重要な相互作用をきっていたりするかもしれないというのが1万種類に対してあるんですよね。

――一番の困難というのは生物は平均化できないという点なのでしょうか。実際に平均化してみたところで、重要な相互作用を切っていたりするかもしれないというのが1万種類に対してあるんですよね。

 

細胞同士、個々の分子同士は互いに影響するけど、その影響度合いが小さければシステムの影響を理解した後で影響はちょっとした摂動であると言える。たくさんお互いに影響しあっているときに、「とりあえずあるものを切り離して考えましょう。その後で影響の度合いはちょっとした摂動で後から加えます。それはちっちゃい量なので計算できます」ということ。それが物理学が一番成功した点。

もちろん物理学でもそこを乗り越える試みがたくさんされていて、影響しあう度合いが大きい場合にどうするかというのが、ある種統計力学でいう相転移とかそういうところでこの30、40年くらいで進んだ分野。

そういう意味で相互作用が強い分野でも、そっちの考えがある程度は使えるかもしれない。

 

相互作用が強くなるのは生物の宿命なんですよね。

だからそこで今までの物理学とか数学で進んできたものを踏まえつつ、新しい考え方をどれだけ発展させられるかという。なかなか難しいですけどね。

そこら辺が若者に期待するところ(笑)

 

  1. 0シュレディンガー『生命とは何か?』について
    1. シュレディンガーの答えは不十分
  2. 1複雑系生命科学とは何か
    1. 「生きている」という状態に対して成り立つ一般的な法則があるんじゃないか
  3. 2複雑系生命研究からわかったこと
    1. 「ゆらいでいる」ことが生きていることに積極的な意味を持つんじゃないか
    2. 成長していくような系で、中がゆらいでいるような系だったら、そこそこ適応できちゃうんじゃないか
    3. ゆらぎが大きいものは進化しやすい
    4. 統計力学で進んだ考え方をある程度ベースにして、一般的な理論が作れるんじゃないか
    5. 細胞は、時間的に変動している状態だと、自分以外のものを作れる
    6. 少数コントロール
  4. 3理論を検証する段階へ
    1. ここ10年くらいで生物学のやり方はとても進歩した
    2. 膨大なデータをいかに処理するかが問題
  5. 4生物と物理との乖離、その違い
    1. 物理や数学が好きな人と生物が好きな人が分離しているのは不幸なこと
    2. 物理の理論を生命に落としこむ困難――非平衡系に「生きている」という制限をかける
    3. 生物は平均化できない――物理学が今まで直面していない問題
  6. 5生命の話は人間社会に当てはまる点もある
    1. 生命の話は人間社会に当てはまる点もある
    2. 生命の起源と資本主義の起源は似ている
    3. 荘子が言ったことをいかに自然科学の立場に載せるか、ということをずっとやってきた気がする
  7. 終わりに