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インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)

午前9時55分、東京・千駄ヶ谷。ここは将棋会館4階の特別対局室だ。将棋棋士の中でもトッププロと呼ばれる人たちだけが対局することを許され、過去数十年にわたって幾多の名勝負・ドラマが生まれた場所だ。今回の取材前に、僕たちはその対局前の「儀式」を特別に間近で見ることができた。
駒袋の紐が解かれ、40枚の駒たちが乾いた音を立てて盤上にうち開けられる。上座に着いた棋士が、その中から王将を手に取り、パチッと音を立てて自陣の中心に置く。それを確認したもう一方の棋士が、ひと呼吸置いてから同じように追随する。パチッ、パチッ。駒音は淡々と対局室に響く。他に聴こえるのは、観戦記者が抱えるカメラのシャッター音と、エアコンの室外機の低く鈍い音だけだ。

今回取材させていただいた遠山雄亮五段は、「日本将棋連盟モバイル」という、プロ棋戦のライブ中継サービスの編集長を務めている。このサービスでは、月額350円でほぼ毎日プロの将棋をスマートフォンを通じて解説付きで観戦できる。まさに生活の一部として将棋を楽しむことができるツールだ。インタビューでは、電王戦・女性棋士といったホットな話題から、遠山さんの将棋観・普及への思いまで、2時間近くに渡って興味深いお話を伺うことができた。棋士という職業の特殊性が漫画など多くのフィクション作品に取り上げられているが、「将棋に人生を捧げると決意した時期は?」という僕たちの質問に対する遠山さんの答えは意外なものだった。将棋が好きな方はもちろん、将棋を全く知らないという方にもこの記事を読んでいただけたら幸いだ。

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【プロフィール】
itv_toyama_1 遠山 雄亮 (とおやま ゆうすけ)
日本将棋連盟棋士・五段。
1979年、東京都生まれ。
1993年、奨励会入会。2005年、四段・プロ入り。
2010年より、「日本将棋連盟モバイル」の編集長を務める。
ブログ(http://chama258.seesaa.net/)やTwitter(@funnytoyama)では日々の雑感を綴っている。

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初心者の人はまず将棋の雰囲気を味わって欲しい


それでは、本日はよろしくお願いします。

お願いします。

モバイル編集長のお仕事はどのようなことですか?

内部的なことと外部的なことがあって。その日中継する対局を選んだり、掲載する棋譜(*1)・写真や、一手ごとに挿入するコメントなどを管理したりするのが内部的なことですね。外部的には、編集長という名前でいろんな媒体に出てモバイルサービスの宣伝や普及をしています。

毎日の対局から中継する対局を選定される際の基準のようなものはありますか。

基本的にはファンの人が観たいカード、っていうのがありますね。あとはスポンサーサイドからのリクエストがあれば常にお応えしています。

モバイルサービスを使っていると、過去の棋譜も解説付きで閲覧できて、将棋の勉強がしやすくなったという感じがします。

将棋が強い人だったら、バーッと棋譜だけ見て、駒の動きから何が起こっているかわかるけれども、棋譜の一手一手にコメントをつけることで、そういうことがわからない人にもわかりやすくするというのが大きなコンセプトです。 写真も見られるので、そういう将棋の内容以外からも楽しめます。

「初めて将棋を学ぼう」という方に一番初めに教えることはなんですか。

いきなり将棋のルールといっても難しいし取っ付きにくいですよね。だから今日皆さんを対局室にお連れしたように、最初は周りのことを感じて欲しいと思うんです。
将棋はもちろんゲームとしても面白いんだけども、人間と人間が将棋盤を挟んで戦う中で、そこにすごく良い雰囲気が醸し出されるわけですね。だから、将棋のルールや戦法をいきなりドンと教えるんじゃなくて、まずは雰囲気を味わってもらうってところが大事かな、と。このモバイルのやつもそうだし、初心者の人たちにはもっとライトなところから入って欲しい。

「将棋は難しい」っていうイメージがとてつもなくあるみたいで、実際そんなに易しくないというのが弱点でもあるんですけど(笑)。たとえばサッカーは、全然自分じゃプレーできないという人でも「長友のあの上がりが良かった」とかそういういい加減なことが言えますよね(笑)。それと同じような感じで将棋を楽しんで欲しいですね。
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  1. 指し手の記録。棋譜通りに駒を動かすことで、その将棋を再現できる。

「観る」だけでも将棋は楽しめる


ニコニコ生放送の棋戦中継(*2)もそうですね。

ニコニコ生放送の視聴者って初心者がすごく多いんです。アンケートをとったら、半分以上、60%ぐらいの人が初心者かそれに準じるぐらいだったんですね。それがいつもそうかはわからないけど、まあかなり比率としては高い。ネット以外の普通の将棋のイベントでは、逆にたぶん8:2ぐらいで将棋ができる人が来る。大会は10割そうだし。だからニコニコ生放送は今後の将棋界にすごく大事なものだなと思います。

いままで将棋を「指す」だけでしか楽しめなかったものが、「観る」ことだけでも楽しめるようになった?

そうですね。まあ棋士の人は面白い人が多いので(笑)、将棋界にとってはどんどん出していきたいことですね。

遠山さんはモバイル編集長としての立場から電王戦(*3)を間近で見ていらっしゃいましたが、棋士の方の間ではどういった感想が多かったですか?

これほどいろんな感想があったものはなくて、ちょっと一言では言いづらいですね。やっぱり他の棋戦とは全然違う。いろんな意見があってその振り幅が大きいからこそ、あれだけ面白かったということがあると思いますね。

将棋を知らない人から見ると、コンピュータの指し手を前にプロ棋士が頭を抱えて考え込む姿は新鮮で、心打たれたと思うのですが、やはりコンピュータとの対局を嫌がる方もいましたか。

勿論いますね。絶対やりたくないって人もいますし、逆に絶対やりたいって人もいるし。たとえば今回勝った阿部君(*4)は「強い人と将棋を指すことが自分は好きだから、やります」って、まだ17歳だから結構純粋な感じで出てくる訳ですよ。全然人それぞれ思惑も違うし、やっぱり思いも違いますよ。
ただ、電王戦でコンピュータ将棋が将棋界ではだいぶ浸透したと思いますね。昔は「何それ?」っていうのが多かったんですけど。

先日の電王戦でも、第4局で塚田九段(*5)が対局後に涙を流した姿も、中継を観ていてすごく印象に残りました。

構図がわかりやすくて、観ている人にとっても面白いですよね。中身は賛否両論あるけど、「ああいう姿が面白かった」と言ってくれるファンの人たちをこれからも大事にしていける時代になったな、と思いますね。
これは余談ですけど、この電王戦が始まる前から取材がすごくいっぱいあって。将棋を知らない一般の人に対するウケがすごい。それはもう、今までの将棋界とは違うイベントだっていう感じがしますね。

ニコニコ生放送では壮大な演出のついた電王戦のPVもできました。

だから周りの棋士からすると、あれだけ盛り上げてもらって羨ましいって見る人もいるし、なんでこいつがこんなに目立つんだとか言う人がいないわけでもないし、当然彼は負けるリスクを負うのだからしょうがないって思う人もいる。トップの人達はトップの人達で「自分が闘わなくちゃいけない」って気持ちもあるかもしれないです。僕なんかは自分が出る事はきっとないだろうと思うから、出るって気持ちでは見てないし、とかね。色々ありますね。
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  1. ニコニコ生放送では、将棋の7大タイトル戦を始め主要棋戦の様子を生中継している。
  2. 株式会社ドワンゴが主催し、2013年春にかけて開催された「第2回電王戦」のこと。直近の世界コンピュータ将棋選手権上位5ソフトとプロ棋士5人による団体戦。全5局がニコニコ生放送で中継され、大きな注目を集めた。なお先日記者会見において、2014年の第3回電王戦の開催が発表された。
  3. 阿部光瑠四段。第1局で、コンピュータ将棋「習甦」と対局し勝利した。
  4. 塚田泰明九段。第4局でコンピュータ将棋「Puella α」と対局、相入玉にもつれ込んだ戦いは塚田九段の執念の粘りにより230手目に持将棋(引き分け)となった。

「女性棋士」はいつ生まれるか


いま奨励会(*6)では里見香奈さん(*7)や加藤桃子さん(*8)が活躍されていますが、なかなか女性の棋士が生まれない(*9)ことの要因について、遠山さんはどうお考えですか。

それは単純に、環境的なものが大きいと思いますね。女性の奨励会員が圧倒的に少ないので、母数が少なければどうしても難しいですよね。僕が奨励会に入ったのは矢内理絵子さん(*10)と同期で、他に合わせて3人の女性がいっぺんに入ったんですけど、その3人だけで、あとは男が百十何人いる。それはやっぱりきついですよね。それは大変。うーん、やっぱり目の敵にされるまではいかないけど、どうしても男女比が違いすぎると、「女の子に負けたくない」とか、そういうのが出てきちゃうんですね。まあ、だからうーん、やっぱりそれは個人ではどうしようもないところがあるんじゃないかな。
ただ、奨励会には一回に20~30人くらい入るんだけども、これがたとえば女性で強い子たちがだーって15:15ぐらいで入るようになれば、絶対女性の棋士は生まれるでしょう。あとは歴史。女流棋界ができてまだ50年経ってないのかな、だからこれからですね。一人出てくると随分違うと思うんで、里見さんにはなってほしいな、っていう気持ちはありますね。

里見さんは才能で言ったらもうピカイチなんですけど、それでも奨励会で結構苦戦しているんですよね。周りの目とか、もちろん取材もいっぱいあって大変だし、まだなかなか環境が整ってないかな、と思います。

先日の『情熱大陸』でも里見さんが取り上げられていましたね(*11)。

いや彼女はすごいですよ。ほんとに。負けたあとにね、まだ将棋やろうとするんですね。あれはなかなかできないことで。タイトルを失ったり、タイトル戦で負けたりしたその日の夜に、誰かに「将棋を教えてください」って言って将棋を指すっていうのは、普通はなかなかできないです。
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  1. 棋士になるには、奨励会という棋士養成機関に他のプロ棋士の推薦を受けて入会し、勝ち上がっていく必要がある。
  2. 里見香奈女流四冠。2011年に編入試験を受けて奨励会へ1級で入会。2013年8月現在奨励会二段。
  3. 加藤桃子女流王座。2013年8月現在奨励会1級。奨励会に在籍しながら女流王座戦に出場し優勝、翌年も防衛を果たした。
  4. 棋士と女流棋士は制度が異なり、女性が奨励会を通過して棋士になった例は未だ無い。
  5. 矢内理絵子女流四段。現在、NHK杯テレビ将棋トーナメントの司会を務める。
  6. 2013年6月2日放送回。