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インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)


今はこだわりを持つと将棋に勝てなくなる


遠山さんは振り飛車(*23)を多く指されている、振り飛車党でいらっしゃいますが、そのきっかけはありますか?

あー、何でなんですかね。 もう小さいころからずっと振り飛車ばっかりです。

将棋には、居飛車と振り飛車っていう2つの指し方があるんです。プロでは居飛車が8割、9割で、振り飛車が1割、2割くらい。ちなみに加瀬門下は3人プロがいるんですけれども、なぜか師匠含めて4人全員振り飛車党なんです。でもたまたまうちの門下は振り飛車の人が強くなっただけで、なんでかはわからないですね。性格的なものもあったのかもしれない。

振り飛車へのこだわりはありますか?

昔はありましたけど、今はそういうのはなくしていますね。最近の将棋界はそういうこだわりを持っているほど勝ちにくくなってきているので。なるべく、いろんなことができるという方が良いですね。

振り飛車党の方でも居飛車を指されることもありますよね。

将棋は駆け引きなので、得意戦法を見せておいて、それを避けさせることによって、相手が得意じゃない形に持っていくということがプロ同士では結構あるんです。将棋がすごくデータを重視するようになってから、棋士の側がこだわりを捨てざるを得なくなってきていると思います。データで「この人はこういう状況になると勝率が悪い」とかがわかれば、それは誰だって勝率の悪いほうに誘導するじゃないですか。
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  1. 対局開始時の位置(先手なら2筋、後手なら8筋)から飛車を動かさずに駒組みを進める指し方を「居飛車」、他の筋に飛車を動かしてから戦う指し方を「振り飛車」と呼ぶ。

人間同士の勝負はカオスだ


アマチュアとプロ間での定跡 の最新型は、どれぐらいの開きがありますか。

縮まってきているんじゃないですか、昔に比べると。アマチュアの人が手に入れられるデータも増えたのかな。だから、アマチュアのトップの人たちとプロとではデータに関してはあんまり差がないはずだと思いますよ。アマチュアの人たちの将棋を見ても、「ああ、こういう手もあるんだ」と思わされることは最近多いです。ただ、それが良い手かどうかを自分できちっと吟味しなくちゃいけないのが難しいところですね。
プロでも定跡本を書いている若手の棋士はすごい先を行っている人たちです。自分の専門分野の本でも参考になります。

参考にされますか。

うん、します、します。逆に「この手はどうかな」と思うこともあります。やっぱり自分の専門分野だから。
でもはっきり言ってね、そういうのってあんまりうちらの勝ち負けには関係ないんですよ。

定跡はそこまで影響しない。

うん、しないです。

一番影響するのは、どういうところですか。

うーん……。プロ同士で最後に勝敗がつくのは、普段の姿勢とか、僕はそっちに起因してくるかなと思うんです。定跡を知っているのは、もうプロでは当然のことなんで。勝負になると、もっと混沌とした感じになります。勝負って、戦いってカオスなんです。その中でも、普段一生懸命に将棋やってるかなとか、あるいはたとえば、ちょっと家庭に不安があるとか、独身の人だったらこないだ女に振られたとか、人間だから精神的な面でいろんなことがあるじゃないですか。

その辺りの人間模様の面白さは、コンピュータにはないところですね。

コンピュータはそういうこと一切ないんで、すごい強みですよね。プレイヤー側からしたらうらやましすぎて。「ちょっとおなか壊しちゃった」とかがないし(笑)。
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  1. 「この局面ではこう指す」といった、古くから研究されてきた指し手の最善手のこと。

対局と普及がプロ棋士の二本柱


ブログやTwitterで色々な棋士の方が自分のプライベートについても語るようになり、今までの棋士の方へ抱いていたイメージとはちょっと違うことがわかって新鮮でした。

ああいうのって今まで出てなかったからね、そういうのを出すのは良いことだと思います。みんなあんまり自分のことを書くことに抵抗がないんですよね。あれが直接なにかにつながるわけじゃないけど、僕もブログを書いていたことによってファンの方に知られるようになったので。

遠山さんは同年代や他の棋士の方々の中でも普及にかなり積極的に活動されていると思うのですが、そのきっかけはありましたか。

ああ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、わりと僕は表に出る機会が多いのでとくべつ飛び抜けているように見えるだけで、みんな普及にかけては同じぐらい情熱を持っていると思います。昔から、将棋の棋士は対局と普及が二本柱なんです。

あと、応援してもらうのはやっぱりすごく力になるんです。普及で訪れた地方の人とかに急に連絡もらって、「こないだの将棋勝って良かったですね」とか言ってもらえるのは嬉しいです。しばらく会ってない人とでも、毎年年賀状やり取りしていて「いつも成績見ています」とか言ってもらえたら嬉しいし、「頑張ろう」って思うじゃないですか。

ひとつにこだわりすぎないこと


最後に、この記事を見てくださる方には将棋をまだあまり知らない方もいると思うのですが、その方々にメッセージをお願いします。

メッセージ(笑)、難しいですね、そうかあ。うーんなんだろうなあ。どういうことが良いんでしょうかねえ。

まあ今日ちょっと皆さんに言いたいなと思っていたことは、その先を見過ぎないというか、ひとつにこだわりすぎない、ということ。先がわからない世の中だから、今を大事に生きるのが大切ではないかと。僕はそういう風に思っています。就活とか悩みすぎないでやってほしいなというか、今を大事にして欲しい、ってことですね。

今日はお忙しい中非常に楽しいお話をいただけて、ありがとうございました。

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(2013年7月5日、千駄ヶ谷・将棋会館にて。)

編集後記

「よろしくお願いします」に始まり「ありがとうございました」で終わった今回の取材では、慎重に言葉を選びつつ、終始朗らかな語り口で僕たちに話してくださる遠山さんの姿が印象的だった。
「将棋はこだわりを持つほど勝てない」「なかなか勝てない時期に1歩引いた視点からものを考えるようになった」とおっしゃる遠山さんの言葉には、勝負の世界に生きる人の生の声が持つ重み、シビアな一面を感じた。しかしそれ以上に、遠山さんの将棋に対する愛情を強く感じた。

編集 大野択生  撮影 吉川裕嗣