KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Interviews > インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)

Interviews

インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)


駒を一つ一つ並べながら、だんだん気持ちを高めていく

itv_toyama_4
今日対局を見学させていただいて一番印象的だったのが、棋士の方は対局前に駒を並べる際に、1枚1枚交互に並べるのですね。自分のタイミングでポンポンやるのではなく、最初に一方が王将を並べたら相手もまた、という風にやるのだなぁ、と思いました。

別にどっちでも良いんですけど、追随していく方が多いですね。相手が先輩だとなるべく追随したいなって思いますね。一つ一つ並べながら、相手に追随しながら、交互にやりながら、だんだん気持ちを高めていくっていうのが一つの儀式。あれはなかなか僕も好きです。ネット将棋だと…

最初から並んでいるんですよね。

あれだと若干味気ないですよね。やっぱり自分で並べる事で、気持ちが高まっていくってことはありますよね。

験担ぎなどはされますか。

多少ですけどねぇ。あと、行動を決めておくっていうのは結構ありますね。対局が長いときは昼と夜に食べるんですけど、そこで迷わないようにしたりとか、そういうことは多少……

そこで迷いが生まれてしまう、と。

それが勝負に直接影響するわけじゃないけど、なんとなく「今日、昼と夜にこれを食べると対局だ」というリズムを作ったり、「前回カツ丼食べて勝ったからまたカツ丼にしようかな」というのは少しあるかもしれない。験担ぐとしたらご飯かなぁ。でも結構ご飯は気を遣うんですよ。あんまり重たいもの食べてお腹でも壊したら嫌だし、かといって全然食べないで指してエネルギー切れちゃうのも困るし、結構難しい。

食事は千駄ヶ谷近辺のお店でとられるのですか。

そうですね。出前を取る方もいます。出前は自分で代金を払うんですよ。結構アレ面白がられるんですけど、出前持って職員さんが来てくれて、「じゃあ、カツ丼」って言って1000円渡して、「じゃあ100円のお釣りです」みたいな。そうやって自分で頼んで、控室で食べて、自分で片付けて、って感じです。

「将棋は『負けました』って言うから良いのかもしれない」


『3月のライオン』や『ハチワンダイバー』(*20)、昔だと『月下の棋士』(*21)といった、将棋を題材にした漫画のなかで描かれる、一局の勝負を巡る風景や情念と、実際の将棋界に近いと感じるところや共感されるところはありますか?違ったところもあると思うのですが。

まあ、一個の勝負という意味では間違ってないと思います。
将棋の勝負は人間力の部分がすごく大きいので、 それは目の前に座っている相手がどなたであってもこっちも必死に戦うわけで、 そりゃもう歯を食いしばって、ご飯何食べようかってことも悩んでまで、 その一局に勝とうとして頑張る。そういうところは間違ってないと思います。 ただそれが盤の外にまで及ぶことが、最近はすごく薄れたのかな。

今はスポーツの世界もそうだと思う。皆さんテニスの試合は観ますか?

ウィンブルドンは。(取材当時はウィンブルドン大会が行われていた)

ウィンブルドンの決勝が終わると表彰式があって、 その時に対戦した両者がスピーチするんです。 まず負けた方からスピーチして。 たとえばフェデラーとナダルがやって、 フェデラーが「今日はおめでとう、今日の君は素晴らしかった」みたいなスピーチをして、戦いが終わればスッとそうやって祝福する。ナダルの方も「今日良い試合ができたのはフェデラー、あなたのおかげです」 みたいなことを言ったりする。 そういうのが素晴らしい世界だと僕は思っています。戦いは戦い、終わったら称え合う、というのが良いと思っていますね。

タイトル戦のあとの打ち上げのパーティでも、両対局者が壇上に立って皆さんの前でお話をされますよね。

壇上に出てきた瞬間に切り替わっているんじゃないですかね。
将棋はやっぱり「負けました」って言うから良いのかもしれないですね。

ああ。

「負けました」って言ったところで気持ちが切り替わる。自分で「負けた」と言うのはものすごく嫌なんだけど、負けましたって認めちゃえばおしまいなので。だからそれが切り替えやすいのかもしれないですね。

遠山さんの場合は、対局に負けた際の夜はどう過ごされますか。

将棋の対局って長いんです。とくに順位戦(*22)は持ち時間6時間で、それだと終わるのがもう深夜2時とかなんですね。若い頃はそこから飲みに行って騒いだりもできたんだけど(笑)、最近はもうとにかく疲れちゃって。勝っても負けても、家に帰ってちょっと一杯飲んだら寝る、っていうことが多いです。

うちらの勝負の世界は一回の負けですべてを失うことはあまり無くて。勝ったり負けたり、っていうのは日常なんです。強い人でも勝率7割だから、10回で3回負けるんだよね。だから一回の負けにとらわれすぎると次につながらなくなっちゃうんで。「きょうは負けてしょうがないけど、また次頑張ろう」みたいなね。

切り替えていく、と。

学生将棋みたいに、一年に一回の大会とかだとちょっと微妙に違うと思うんだけど。プロの世界はスパンが長いので。負けても勝っても変わらない生活を送るようにしています。まあでも僕も、皆さんぐらいの年のときはしょっちゅう徹夜ばかりで(笑)、いろんなことをやった経験があって今があるので。だから皆さん別に今は飲んだくれてても良いんじゃないんですか。却って大人になってからそういうのやり始めるととんでもないことになっちゃうので(笑)。

ブログでも、「編集長業も忙しくて、切り替えが大変」とおっしゃっていましたが。

棋士じゃなくても気持ちの切り替え、どうモチベーションをあげていくかは誰もが抱える悩みですよね。僕はそれが下手な方じゃないとは思うけど、まだまだね。この方(資料の羽生三冠の写真を指して)に比べたら、ふっふっふ……いや、すごい切り替え力なんで、この方は。

たとえば、タイトル戦に同行することがあるんですけど、タイトル戦の前の日までの羽生さんはすごく朗らかなんです。「明日ほんとに大勝負控えてるの?」っていうくらいほんわかしてるのに、当日の朝になるとすごい顔で対局場に入ってくる。でも対局が終わった後の打ち上げの席では「今日負けたんだよなー」みたいな顔をしてる。それで家に帰るとパパなわけだし、すごい切り替え力ですよ。まあちょっとこの方は特別ですけどね(笑)。
——–
  1. 柴田ヨクサル作。2006年より週刊ヤングジャンプ(集英社)にて連載中。
  2. 能條純一作。1993-2001年にかけてビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載。
  3. ほぼすべての棋士が参加する棋戦。A級からC級2組までの5組に分かれて1年間かけてリーグ戦を行い、A級の優勝者はタイトルを懸けて名人との7番勝負に挑戦する。