KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Interviews > インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)

Interviews

インタビュー・遠山雄亮さん(将棋棋士)


人生は何をやっても一局


仮にもしプロになれなかったとしたら何をしようと考えていらっしゃいましたか。

あー、そこまで具体的には考えてなかったけど、「何をしてもいいや」と思っていました。というのは、すごく苦しんでいた時期だったんだけど、その時期にやってきたことや苦しんだことが無駄になることはないだろうなと思ったんです。かといって、大学の同期の友達はほとんどサラリーマンとかになっていて、彼らみたいになることはいまいち想像できなかった。もしかしたら今よりも稼いでいたかもしれないけど、まあそれはそれだから。人生は将棋と一緒で、何をやっても一局なんです。

一本のことをずっとやっている人ってすごく美しいけど、普通の人は早い段階でリタイアしたり、違う世界に行ったりする。ずっと続けている人は実はごくまれで、それが取り上げられるからそう感じるんですよね。どうしても一本の人が美化されやすいし、難しいところだよね。サッカーで言えばカズとかもかっこいいけども、カズがいる分一人若手が席奪われているから、それが本当に良いことなのかどうかちょっと思わなくもなかったりする。僕なんかはそういうタイプなので、だからどれが良いというのは人それぞれだし、いい加減に言えばどれでも良いんじゃないかなという感じですね。

それでは、プロになられて、奨励会時代の頃と比べて周りの雰囲気は変わりましたか。

あーあ、それはやっぱり変わりましたね。そこで人生が一変するんです。わかりやすいたとえでは「くんが先生になる」ってうちらがよく言うんですけど。奨励会の間は要するに養成学校の生徒だから、連盟の職員さんに「〇〇くん」って呼ばれるんだけど、プロになった瞬間に「〇〇先生」って呼ばれるんですね。貰えるお金もそりゃ全然違うし。だけど責任の重さが急激に変わるので、それを履き違えると危ないですよね。

うちの世界に入って良かったなと思うのは、トップの人たちの人間力の素晴らしさ。今の羽生さんとか渡辺さん(*17)とか佐藤さん(*18)とか、他の世界でもこんなに素晴らしい人はなかなかいないなと思えるので、 そういう人たちと一緒に仕事ができるのはすごく幸せに思っています。

プロになった瞬間のお気持ちはどうでしたか。

嬉しかったというよりは、ほっとしました、終わった時は。

よく云われる、「自分が昇段したことよりも、みんなが喜んでくれて嬉しかった」というのは本当のことで、そういう思わぬ感情になる。どうだろう、みなさん受験で合格して大学に入ったわけじゃないですか。それもきっと自分が受かって嬉しいというのもあるけど、たとえばその一報に両親が喜んでくれたことに対する喜びってあるじゃないですか。きっとそれと一緒です。僕も親に連絡した時が一番嬉しかったかな。あと、師匠(*19)に連絡したときも嬉しかったですね。
——–
  1. 渡辺明三冠(竜王・王将・棋王)。
  2. 佐藤康光九段。
  3. 加瀬純一六段。

師匠に教わるのは将棋以外のことだった

itv_toyama_3
加瀬六段に入門されたのはどういう経緯でしたか。

奨励会に入るときにはプロ棋士の師匠につかなくてはいけないんです。加瀬門下にいた、仲の良い将棋仲間の子に勧められたから、じゃあ俺も行ってみようかな、と。まだ何しろ小学生とか中学生とかなので。でもその子は奨励会に入れずに辞めちゃって、僕が残ってずっとやって、現在に至ります。

師匠とはよく会います。師匠がやっている将棋教室へ毎月一回は指導に行っています。うちは結構仲が良いですね。師匠はまだ50ちょっとで若いので、結構可愛いメールがきたりして、可愛いなと思いながら返したり(笑)、パソコンの操作教えたり、だからちょっと友達みたいな師匠ですけど、もう少し年が離れていたら違った感じになると思いますけどね。

「友達のような師匠」とおっしゃいましたが、奨励会時代も今も、遠山さんにとって師匠とはどういう存在でしょうか。一生続く関係でもありますし、昔は師匠の家に住み込んで内弟子となることもあったそうですが。

半分位は親みたいな気持ちもあるし、どっちかといえば濃いかな。それはちょっと人によるからなんとも言えない。今はどちらかというと薄くなる一方という感じですね。

そういう流れですか。

これは将棋が強くなる過程と関係があると思っているんですけど、将棋は教えてもプロにならないんです。教えれば強くはなるんだけど、誰かに教わるのは良くて勉強法ぐらい。あとはもう自分で鍛錬していかないといけない。アマチュア初段ぐらいのレベルだったら、教えればいくらでも強くなるけど、そこからプロになるにはもうとにかく自分でひたすら打ち込まないといけないから、師匠が教えることがないんですね。僕自身、師匠に将棋を指してもらったことは三回くらいしかなくて。

そうなんですか。

入門したての時にちょっと指してもらって。指せば見込みがあるかだいたいわかるから、「じゃあうちに来ても良いよ」みたいな、そういう程度。師匠には酒は教わったけど将棋は教わってないかな、きっと(笑)。将棋界は基本的にはそんな感じ。師匠が教えることはほぼない。って言うか、「師匠に教わって強くなりたい」みたいな人じゃ、100%プロにはなれない。将棋を指すこと以外のことを師匠に教わりますけど。将棋を指すことは教われないんですよね。残念ながらね。本人がいかに頑張るかということだけなんです。

弟子をとりたいというお気持ちはありますか。

今は全くないですね。将来的にはあるかもしれないけど。今は編集長の仕事が第一なので、これと対局をやっていると、他のことはなかなかできないという状況ですね。

あと、さっきちょっと言いそこねたんだけど、ずっと捧げていくんじゃなくて、この先何があるかわからないという時にこそ、今を大事にできるんですよ。今、僕が大事にしているのはこれ(編集長)だから、これはすごく大事にしています。