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Interviews

太田克史さん(編集者)**文学企画

太田克史さん×立花ゼミ文学企画

2009.12.10

@講談社BOX編集部


参加ゼミ生:岡田空馬、廣瀬暁春、廣安ゆきみ

『ファウスト』編集長として有名な太田克史さんに取材をさせていただいた。
いわゆる「ノベルス」・「ライトノベル」を世に送り出し、ヒットさせ続けている編集者太田さん。質問するのは不しつけだが、やっぱり気になる、「世の中に本が増えすぎているのではないか」という疑問に、余すところなく答えていただきました。
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【目次】
1.「流れ」を作れる編集者
2.作家を鳴らすのが編集者
3.ラノベのアプローチを使った文学作品
4.教科書には、載るよね
5.編集者は、強いんです。

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(1)「流れ」を作れる編集者
廣瀬
早速ですが、出版点数が膨大になってきていることについてどう感じていますか?
太田さん(以下、敬称略)
日本の出版界には「取次」という制度、会社があって、そこが問屋&商社的な役割を果たしていて、お金的の流れ的にはそこが出版業界の心臓なんですよ。そして、これはぜひ廣瀬さんにも勉強してほしいんだけど、「委託制度」の性質上、出版社はとにかく本を出しさえすれば、時期をおいて、取次からある程度のお金が入ってくるわけです。で、そうやってお金が入ってくれば、また本が出せる。その中の何冊かに一冊が当たればまた次の本が出せる……、っていう感じの自転車操業が出版点数の増大を招いているという指摘が世間にはあって、それは僕もおおむね正しいんじゃないかと思っています、個人的には。これが、まず一点。出版社の経営上の問題からくる原因ですね。
で、ある時期までは読者のみなさんもそういった出版社の自転車操業に喜んでついてきてくれていたわけなんだけど、最近はそうでもなくなってきている。以前はサイクリングみたいに楽しい自転車操業だったんだけど(だって、たくさんの本がこの世に生まれてくるのは基本的には楽しいことじゃない?)、今はただただ苦しいばかりの自転車操業になってきているというきらいがあるんだと思いますよ。何しろ、この十数年で日本の出版物の刊行点数はおよそ倍になっているそうですからね。読者もさすがについていけなくなってきているんじゃあないかな。
そして、もう一点の原因は、本作りの環境の進化によって、本を作るための実作業がすごく楽になってきたことが挙げられると思う。『ファウスト』を作るにあたって僕も積極的に取り入れてきたわけだけど、DTP(※1)みたいな新しい技術が浸透してきて、「本を作る」ってことは以前はハードルがめちゃめちゃ高かったのに、今は必ずしもそうではなくなってきている。(これも本来は別に悪いことではないよね?)
昔だと、例えば活版時代の出版界では、植字工さんがいて、棚にばーっと並んだ活字を一個一個拾って版を作っていたわけですよ。岩波書店さんが版元で、精興舎さんという印刷会社の活字で本を出すというのが学術系では最高の名誉とされていたりした時代ね。それが写植時代になって、今はDTP時代になった。印刷までの全行程は、もうぜんぶパソコン上でできちゃうんだ。

(※1)Desktop Publishingの略。書籍、新聞などの編集に際して、そのレイアウトをパソコンで行い、データだけを印刷所にもちこんで印刷すること。たとえばフォントを細かく指定したりだとか、編集者や作家が自分の思うとおりのデザインの本を作ることができる。

廣瀬
確かに、執筆もワープロで楽になったし、本を出すことのハードルはすごく下がったと思います。やはりハードルが下がったことによって高品質ではない本も増えましたか。
太田
二極化したね。楽になって手を抜いた本と、楽になったぶん、手をかけた本と。いい編集者だと思われるためのスキルも変わったしね。僕が書籍の編集部に入った十何年か前までは「誤植が少ない本を作れる」っていうのが、いい編集者とされる価値基準のかなり上位の位置にあったんですよ。でも今は、きちんとした校閲ときちんとした仕事をしさえすれば、編集者の誰もが同じようにかなりミスのない本を作れるようになったと思う。
廣瀬
では、今はどういうことがいい編集者の基準になっているのですか?
太田
それは、人それぞれじゃない? 僕の場合は、「流れ」を作れる人がいい編集者だなぁ、と思っているけどね。例えば、かつてミステリ界には「新本格ミステリ・ムーブメント」っていう「流れ」があったんですよ、80年代の後半からね。その「流れ」を起こしたとされている編集者の宇山日出臣さんのように、「流れ」を作れる編集者がいい編集者だなと僕は感じています。けど、それは優れた編集者だからできるというものではないかもしれないし……。うーん、難しいね。複数の作家が実際に同じ方向を向いているか、あるいは、同じ方向を向いているかのように思わせないといけないわけだし、時代の要請も必要だろうからね。
廣瀬
その、流れを作っていくというのは、太田さんで言えば、『ファウスト』創刊ですか?
太田
そうかもしれないけど、それは他の人が決めることだからね。起こそうと思って起こせるものでもないだろうし。
廣瀬
ちなみに、太田さんの場合は起こそうと思ったのですか?
太田
うん、起こそうというか、起きるべきだと思ったよ。あの頃の僕は活動家だったからね(笑)。それに何より、読者が「流れ」を待っていた。そして、僕にはそれが分かっていた。『ファウスト』の成立のきっかけについては既にいろんなところで話しているけど、講談社がそろそろ創業100周年になるからということで、それを記念した「新雑誌企画賞」というコンテストを社内で開いたんです。そのコンテストで僕の『ファウスト』の企画が最優秀賞をいただいたので、僕が講談社の役員会と交渉して、どんなに一冊目の数字的な結果が悪くても、二冊目だけは必ず出させてもらう約束をして『ファウスト』を始めたの。その二冊でたまった原稿に、書き下ろしてもらった原稿を加えれば一冊の本として世に出せて、トータルで黒字に持ち込んで三冊目を出させてもらうこともできるだろう……という大人の計算もあったりしてね。そうそう、その二冊包括契約の締結は京極夏彦さんにも褒められた。京極さんには僕、今までの全生涯で二回くらいしか褒められたことがないんだけど、そのうちの一回はそれだった!(笑)
廣瀬
なるほど! 『ファウスト』はなぜ、この方向性なのかも教えていただけますか?
太田
『ファウスト』の企画書で僕が書いた方針は三つあって、一つは「イラストーリー」。ライトノベルの文法で作られた文学・文芸を振興させようっていうこと。
それから、「一人編集」。さっき話したような時代の移り変わりもあって、雑誌の編集は、もうかなりの部分が一人でできる時代になっていた。それに、一人でやれば、人件費がかからないしね(笑)。そうだ、『ファウスト』成立の前段としては笙野頼子さんと大塚英志さんの論争が『群像』であったことを忘れちゃいけない。「不良債権としての『文学』」という大塚さんの文章、ウェブでググったらきっと出てきます(※2)。非常に面白いので読んでみるといいですよ。
僕はその大塚さんの文章に現実の側から反論するために、黒字の文芸雑誌を誰かが、というか僕が作らなきゃだめなんだ、と決意したわけ。文学も経済的に自立できるんだ、ってことを証明しなければならないんだと。で、そういう器を作るにはどうしたらいいんだろうって僕が考えた答えが、「一人編集」だった。コスト削減と、できるだけクイックな編集者的意志決定をするためにね。
で、その一人で編集をやるための、三つ目の柱が「本物のDTP」。ちょうど2001年あたりからDTPの世界では技術面での大きなブレイクスルーがあったんだけど、まだまだ出版社が積極的に使っていこうっていう感じにはなっていなかったんだよね。でもその頃、僕が担当させていただいていた京極夏彦さんがそういった最新のDTP技術の導入に対してすごく熱心だったから、僕は凸版印刷の紺野慎一さんの助けを借りて必死でDTPを勉強して、その勉強を通じて、「このDTP技術を使ったら単なるコストダウンだけじゃなくって、小説の一編一編でフォントを自由に変えたりもできるし、今よりももっと面白い、スリリングな文芸誌が作れるんじゃないだろうか?」と感じて、『ファウスト』の企画書を書いたんだ。

(※2)ググってみました。http://www.bungaku.net/furima/fremafryou.htm
是非通読してみてください。