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太田克史さん(編集者)**文学企画


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(5)編集者は、強いんです。
廣瀬
出版点数が多くなっているのって、経済的な要因や技術的な要因も大きいと思っていたんですけれど、それと同時に、文学界が迷走状態に入っているというのもあると思うんですよ。
太田
迷走しているよね。迷走状態に入っているのは事実だろうけど、それが出版点数の増加に繋がっているかどうかはあんまりイコールにならないと思う。
廣瀬
太田さんは『ファウスト』で迷走状態から脱して時代を切り開こうとしているわけですか?
太田
そう、「ぼくのかんがえたぶんがくのせかい」じゃないけど(笑)、『ファウスト』に載っているような作品がもっとガンガン賞を取ってさ、そうすれば文学の興行的な経営はもうちょっとはうまくいくのになぁとは思う。ここから先は剣呑なのであんまり言えないけどさ。
けどね、舞城さんや佐藤さんがある程度賞を取るようになったしね、状況もずいぶん変わってきたと思いますよ。新聞でも西尾維新さんのインタビューが組まれたりとかさ。書評欄にも講談社ノベルスの本が出るようになったり。で、その、世の中が大きく変わる方向に歯車を回す側に僕もいたんだっていうのは編集者として大いに誇れると思う。10年前は書店に行ったらマンガやアニメのイラストが表紙の本なんて全然並んでいなかったのに、今は玉石混淆だけどかなりの数が並ぶようになったしね。
でも、僕は僕が信じている作家さんと、読者と一緒に生き残るために、無我夢中で必死に戦っていただけ。必死にやっていたら、何かを掴んじゃったわけさ。今から振り返るとかっこ良く聞こえるけど。
廣瀬
今の文学界には必死さが必要ですか?
太田
僕は、文学者は野生動物みたいな生き方がいいと思うよ。飛べなくなったら死ぬ、牙が折れたら餓えて死ぬ、みたいなね。
僕、作家さんはうらやましいですよ。作家をやって食べているご飯って、きっと超おいしいしね。僕も一回、佐藤さん、西尾さん、舞城さん、表紙のイラストレーターさんとして笹井一個さんを集めて文学フリマで同人誌を作って頒布したことがあってさ、僕もみんなと同じ分量の原稿を書いて。で、帰りに講談社前のロイヤルホストで売り上げを山分けしたの、外国マフィアみたいな感じで(笑)。そうしたら、そこにクシャクシャに丸まった千円札があったんだ。同人誌を買いに来て、行列していた読者の手のひらの中で、「本物の佐藤友哉に会える!」っていう緊張の汗で、丸まっちゃってるわけよ千円札が。いいよね、そういうのって。そんなお金を使ってそのとき食べたご飯は本当においしかったもんね。僕、「作家は毎日こんなうまい飯を食ってるのか!」って思った。他の職業では、良くも悪くも、そういう飯の食い方はできない。
余計な一言だけど、今の若い人たちで、嫌な本の読み方をしてるなと思うのは、作家や作品を「切る」ために読んでる人がいるでしょ。この作家を「もう追いかけない」と判断するためだけに新作を読んでるみたいな人。あれは気持ち悪いね。あと、僕がまったく分からないのは、よくみんなが「あのマンガがつまらなかった」とか「この小説がつまらなかった」って口々に言うじゃん。それが僕にはまったく分からない。だって僕、編集者の仕事をしてなかったら、つまらないマンガとか小説を一生読まないで過ごす自信があるもん。
廣安
読む前に嗅ぎ分けるっていうことですか?
太田
当たり前じゃん。言ってみれば本って、魂の食い物なわけじゃん。その魂の食い物を、これは食べられる、これは食べられないっていう見分けが自分でつかないなんて生き物としてナンセンスだよ。そんな奴はもうこれ以上食べなくていいから、精神的には死にながら生きていけ、と言いたい。だって、今、かつてないくらいたくさんの選択肢の中から作品を選べるんだよ? なんでそこでハズレを選ぶの! って。自分なりの、自分だけのアンテナさえあったらこんなにいい時代はないでしょ。情報もたくさんあるんだし。それに、本なんて値段はたいてい同じなんだからね。村上春樹の小説だから5万円てことはないんだし。だったら自分の判断、直感で面白いものを選ぼうよって思うよ。
廣安
これは日本語じゃないでしょ、みたいな小説も出ていいのですか?
太田
それでも、それがいいっていう人もいるんですよ。それに、歴史がそれを望んでいる場合だって大いにある。例えば二葉亭四迷が出てきたときだって「こんなの日本語じゃねえ」って言った人はたくさんいたし、『源氏物語』もさ、当時は「女子供が仮名みたいな嘘っぱちの文字でものを書いた気になりやがって。ものを書くなら漢字だろ。常(識的に)考(えて)!」って当時の大半の男は思っていたわけ。そんなふうに当時の知識人階級はそんな「低級」なものが後世に残るとは夢にも思っていなかったけど、事実、『浮雲』も『源氏物語』も残っているんだから。
廣安
確かに。太田さんがやっていることの意味は、読者にちゃんと伝わっていますか?
太田
どうだろうね。いや、でも、それは声高に言うことじゃない気もするしね。
ただ、そうね、儲かることを儲けるためだけにやろうと覚悟を決めたら、僕はもっとうまいと思いますよ。天才だとも思う(笑)。しかし僕は一貫して「0」から「1」を作る人が好きなわけ。尊敬しているわけ。そういう意味で言うと、例えばあらゆるメディアミックスはどこまでいっても蛇足だと思う。じゃあ、しょせん蛇足なんだから、せめて誠実に、最高の蛇足を作ろうよ! とはいつも思っているけれど。
そうそう、その文脈で言うと、日本の編集者って最強なんですよ。桜庭和志っていうプロレスラー知ってる? 「プロレスってシナリオあるんでしょ。本気じゃないんでしょ」ってプロレスが格闘技ファンから後ろ指を指されていた時代に、彼は総合格闘技の舞台に出て、連戦連勝するわけ。そこでの彼の発言が「プロレスラーは強いんです」っていう一言。
日本の編集者も強いんですよ。最強なんです、「0」から「1」を作る人を応援するプロデューサーとして。マンガはご存じの通り、世界で隆盛を極めているし、アニメは『エヴァンゲリオン』の大月俊倫さんやポケモンの久保雅一さん、ジブリの鈴木敏夫さんは全員もとは編集者ですよ。テレビだって、今再放送してるテレビ史上ナンバーワン視聴率ドラマの『HERO』の企画協力は誰がやったのって言ったら、『金田一少年の事件簿』『MMR』の編集者、樹林伸ですよ。日本の紙の編集者はすごいんです。一度やってみたら、本当に楽しいと思いますよ。




※この取材のあと、太田さんは星海社を立ち上げ、その副社長として現在ますます活躍されています。

記事:廣瀬暁春(、廣安ゆきみ)/写真:廣安ゆきみ