3「ジャンルがテレビや商業映画になることで壊れてしまう作家性なんて、そんなものはハナから作家性じゃないよ」
――現在は製作委員会のもとでの映画制作が中心で、そこでは監督のプレゼンスが薄まっている状況が問題だと思うのですが。
うん。わかるけどね。その価値観を否定はしないけど。たしかに、映画が「監督」で観られなくなっている時代が来ているからね。製作委員会方式(4)の弱点があるとすると、「コレ誰が作りたかったの?」、「これ誰のモチベーションで作ったんだ?」という作品が作られていること。言いたいことが明快かどうかは置いといて、「これをやりたい」というパッションは大事なんだよね。監督が企画を立ち上げて監督主導でキャスティングが進み、作品が出来上がっていくというのが、映画の成り立ちとして一番正しいと思う。
だけど、たとえば1950・60年代に映画館へ通った人たちは、別に小津安二郎(5)の映画を観たかったのではなく、原節子(6)や高峰秀子(7)といったスターを観たかったんじゃないのかな。
――なるほど。
映画はもともと娯楽であって、今みたいに映画がアートとして扱われるようになったのは僕も含めみんながアートハウスに通うようになった80・90年代以降だと思う。僕は、自分の作る映画がアートだとは思っていない。映画は純粋なアートではなくて、ビジネスや芸能といった要素があって成り立っているところが面白い。でも、そこで勝新太郎(8)や市川雷蔵(9)を巧く魅せることができた映画監督が今も高く評価されている。黒澤明(10)だってたぶん最初はハリウッドに負けない娯楽映画を作ろうとしていたはずだと僕は思う。だから商業映画というジャンルが悪いわけではないと思う。商業映画の枠の中で勝負している面白い作品はたくさんあるし、商業映画でも発揮できる作家性を軽んじてはいけないなとも思っている。今アート映画と商業映画の二極化が進んでいる理由は、マーケット重視の姿勢だけではなく、アート映画を作っている連中がアート映画の文法の中に閉じてしまっていることもあると思う。
――「アート映画の文法に閉じこもっている」とは、アート映画の作り手が、商業映画の形態で製作しようとしない、ということでしょうか。
映像系の学校に呼ばれて講師をやると、そこで学んでいる生徒の多くは「別に多くの人に自分の作品をわかってもらえなくても良い」とか、「映画製作からテレビ番組の製作に転向して、自分の作家性が歪むのは嫌だ」とか言うんだよ。でも、「ジャンルがテレビや商業映画になることで壊れてしまう作家性なんて、そんなものはハナから作家性じゃないよ」と思います。たとえば相米慎二(11)は角川映画の『翔んだカップル』のようなアイドル映画の中で自分の作家性を発揮した。それを観させられると、作家性がインディーズの中でしか発揮できないのは繊細すぎるなという気がする。
僕はここ3本くらい製作委員会方式で映画を作っているけれど、企画は自分の方から発信している。そこに放送局や広告代理店を巻き込んで、どのくらい今までと変わらない、いわゆる作家性を発揮できる映画ができるかということをやろうとしている。僕は、わかりにくいことが美学だとは思わない。「自分の作品をたくさんの人に分かってもらえなくてもいい」と言うのはカッコ悪いと思う。分かってもらえた方がいいし、人に話をする時に、「え、それで!?」って聞いてもらいたいじゃん。「どこから話し始めたら興味を持ってもらえるだろう」とか「どういう話し方をしたら楽しんでもらえるだろう」とかを考えないと、自分の言いたいことが相手に伝わらないでしょ。そう考えて作品を作るのは、自分にテレビ番組を作った経験があるからかもしれない。
――今までの取材で、「日本の映画界で勝負することはやめて、海外の映画界に行くしかないだろう」と仰る監督もいました。それも「閉じこもっている」ということなのだろうかと思いました。日本の中でも成功する、という考えにならないといけないのでしょうか。
いや、そんなことはないよ。戦い方は色々あるからね。海外に出て日本の興行システムとは無縁なところで勝負する戦い方もあるし、ハリウッドに渡って徹底的に商業主義の中で作っていく戦い方もあるだろう。僕は「国内で興行を確保しながら、自分の作りたいものがどのくらいできるか」という自分なりの戦いを今はしているけど、この先どう戦っていくかはわからない。
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(4) テレビ局や映画会社・出版社など、いくつかの企業が横並びで出資を行い、映画を製作する費用を捻出する方式。複数の企業の資金で一つの作品を作ることにより、興行不振による負債リスクを分散・回避させることができる。
(5)日本の映画監督(1903~1963)。世界的にも非常に評価の高い映画監督である。代表作に『東京物語』、『晩春』。
(6)(7)原節子(1920-) 高峰秀子(1924-2010) ともに、日本の女優。戦前・戦後を通じて日本映画界で活躍し、成瀬巳喜男や小津安二郎など日本映画界を彩る巨匠監督の名作に数多く出演した。
(8)(9)勝新太郎(1931-1997) 市川雷蔵(1931-1969) ともに、日本の俳優。大映の「二枚看板」として活躍した。
(10)日本の映画監督(1910~1998)。日本映画史を代表する映画監督であり、国内外の作家らへ大きな影響を及ぼしている。代表作に、『羅生門』『乱』『七人の侍』。
(11)日本の映画監督(1948~2001)。薬師丸ひろ子主演の『翔んだカップル』で監督デビューした。代表作に『セーラー服と機関銃』『台風クラブ』。