3.若手に向けて
―――今は、藝大や映画美学校など、映画教育のシステムが整備されてきた時代で、黒沢監督も藝大大学院で教授を務めていらっしゃいますね。若手に対してはどういうことを期待していますか。
僕も随分前からいろいろ映画に携わる若い人たちをサポートしたりしてきたので、いまそういう人たちが学校を卒業していろいろなところで映画を撮るときに試行錯誤しているのを見るにつけですね、「皆さん僕の頃よりずっと作家的だなあ」と思います。それこそ自分のやりたいことをかなりはっきりと持っている方が多くて、もっと言うと、人間描写がやたら上手いんですよ。しかし、ドラマづくりはびっくりするぐらい上手いのに、ジャンルムービーの撮り方が抜けている。僕の知っている中で唯一ジャンルムービーの撮り方に長けていた、そっちの志向が強かったのは清水崇(13)ですね。最初から「これはどうやったら怖くなるか」をよく知っているなあ、と。彼はそれを活かしてハリウッドまで行った人ですから、立派です。学生の時には少なくとも内容に関しての制約はあまりないので、彼みたいにもっと色んな物を、勉強という意味じゃない、欲望としてやってみてもいいのに、と思ったんですが、みんなやりたくないんですね。例えば「サスペンス映画ってどうやって撮るんだろう」とか、コメディだったら「どうやったら観客が笑うだろうか」とか、僕は苦手なんですけど、「ラブストーリーで男女がぎりぎり許されるベッドシーンってどこまでなのか」とか(笑)。「日本の、色々規制がある中でどうやったら派手なガンアクションができるのだろうか」とか、そういうのが好きな人達がいなくもないんですが、「せっかく学校に来たんだからちょっと本気でやってみたい」と考える人達が本当に少ない。だから、それなりに力のある若手は商業映画を撮るチャンスに恵まれるんですけど、だいぶ困ってるんですね。原作を読んで、「このアクションシーンはどうやって撮ればいいんだろう」って頭を抱えていて。アクションじゃなくても、ホラーとかの企画でもそういう事態が結構あるわけですね。「ホラーをやれって言われてやってみたんですけどどうやったら怖くできるのか全然わからないです」って。これはとても困るし、勿体無いですよね。せっかく人がお金出して、それで映画を撮っているのに。企画を引き受けて、肝心の部分がまったく興味もなければどうやっていいかもわからない状態で、それをやらなければいけないっていうのは。ただ、それでもある程度やれてしまうというのがさっきから言っている日本映画の奇妙なところです。「観客が入れば、儲かればそれでいいんだよ」っていうことで日本映画が成立しているから出来ることなんですね。
―――今の若い人たちが敬遠するようなジャンル的な撮り方や技術っていうものを黒沢監督自身が身につけてきたのは、監督の中に「そういう商業映画を撮りたい」という気持ちががあったんですか。
そんな大げさなことではなくて、そういう映画が好きで、そういう映画を撮りたいな、ということです。ハリウッド映画が好きで、僕の時代は「映画を作る」と言ったらそういうものしかなかった、今みたいにデジタルで自主制作をつくるということはありえない時代でしたから、映画を将来作るというのは、商業映画で、どこかハリウッド映画を理想のものとしてつくり上げるのがごく素直にありました。割と意外だと思われるかもしれませんが、僕は様々な種類の映画を撮ってきましたし、ああだこうだ考えながらいろんな形式のやり方にチャレンジしてきましたけれども、若い頃から一貫してそうだったんですよ。やっぱり、ハリウッド映画のような面白い映画を撮りたいですよ。
―――なるほど。一方で、監督の作品はよくヨーロッパの映画祭に出品されますよね。映画製作の際、映画祭を意識したことは有りますか?
意識はしますね。ですが意識するだけで、では具体的にどうすればそうなるのかはわからない。すごく自分がやりたいと思うものと、製作委員会の人たちの細かく言ったことを実現しつつ、その中で自分がやりたいと言ったことをやっていく。それが結果として映画祭に行くかはよくわからない。
―――作り手にとって、映画祭はどういう良いことがあるんですか。
やはり独特の社交の場なので、その場に行って、人と出会うということは小さくないですね。『トウキョウソナタ』(14)も、ヴェネツィア国際映画祭へ『叫』(15)で行ったときに、香港のプロデューサーが『トウキョウソナタ』の企画を持っていて、東京の話なので日本人のディレクターを探していて、ちょうどそのときにたまたま前を僕が歩いていて、声を掛けられたというのが始まりですね。僕自身こういうのをやってみたかったというのがありましたし、もっと前にはベルリンかロッテルダムだったか、何かのパーティーで話が弾んで「何かやりましょうよ、次」って言ってくれたのがアップリンクの浅井さんだったですね。そこで出会わなかったら『アカルイミライ』はなかったです。日本にいると本当に狭い世界で、自分の作品に関わる人たち以外にはなかなか会わないですね。それは映画祭の非常に大きい役割です。
(13)清水崇(しみず・たかし)は日本の映画監督。代表作の『呪怨』は、アメリカのホラー映画監督、サム・ライミのプロデュースにより『THE JUON』としてセルフ・ハリウッドリメイクされた。『THE JUON』は日本人監督の実写作品として初めて全米興行成績No.1を記録。
(14)『トウキョウソナタ』(監督:黒沢清)は2008年公開の映画。どこにでもあるような家庭が父のリストラにより崩壊していく様が描かれる。第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞。
(15)『叫』(監督:黒沢清)は2007年公開の映画。連続殺人事件を追いかける刑事が、殺人事件の現場に自分の指紋やボタンが残っていることに気づき、混乱を深めていく。