KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Interviews > 【観劇企画取材】福井健策先生(弁護士)

Interviews

【観劇企画取材】福井健策先生(弁護士)


【演劇との出会い・弁護士としての演劇】

――最後に、福井さんの演劇との出会いと、何故エンターテイメント・ロイヤーという役割をお選びになったのかについて教えてください。

 

今ちょうど『ロイヤーズマガジン』という雑誌の巻頭インタビューに私の生い立ちが載っていますが、そこには書いてない話をします。

大学受験で浪人している間は鬱屈したものがあるわけですね。大学に行ったら何をしようかなと考える。私は中学高校と水泳部だったので、水泳は大学では絶対にやらないと決めてました。勉強もやはりやらない(笑)。やはり、格好良いこと・面白いことをしようと思うわけです。当時の学生は今以上に勉強しませんでした。兄弟がやっていた芝居には興味がありました。また高校の体育祭で行っていたイベントがいわば全学ミュージカルだったこともあります。

二度目の東大の受験が終わった日、その足で姉に付き合わせて、新宿のシアターアプルという700席くらいの劇場でやっている芝居を観に行きました。ミュージカルだけど当時らしい先鋭的なもので、吉田日出子さんという素晴らしい女優が主役を務めた『星の王子様』でした。初めてそういった、本当に力のある舞台を見た。それで、吉田さんの声が朗々と劇場に響いて、一年の浪人生活が終わったその足で来ている私は魔法にかかったように魅せられてしまって、夢のようだなと思いました。試験が終わったという解放感が見せた幻かもしれません。試験は通るだろうと楽観して、その先のことばかり考えていて、夢心地で芝居のことを考えていました。発表の日を迎え、幸い合格していたので、ますます夢の中にいるような気持ちになって、大学に行ったらとにかく芝居だけをやろうと決めていましたね。ですから、この舞台との出会いが自分にとって決定的でした。私はファーストコンタクトに成功した、逆にそれで道を誤ったとも言えますが(笑)。

私は芝居を大学六年生までやったのですが、後半は司法試験を受けながら、ということになります。動機は不純なもので、要は就職がしたくなかったということです。ともあれ役者だけで生計を立てていく自信もなかったので、「弁護士なら自由業で収入も良いから役者と両立できる」と馬鹿げたことを考えていました。ところが実際に大学を出て司法修習所へ行ってみるととんでもない心得違いに気付きまして、「片手間に弁護士などやれば、弁護士としても役者としても二流になるだけだ」と悟りました。

そこで、ひとかどの弁護士になれるように頑張ってみようと決意したところ、周囲からエンターテイメント・ロイヤーになったらどうだと勧められました。エンターテインメント業界を支える弁護士は誰にもは出来ない気がするし、自分なら出来る気がしました。それから以後やってきたのは、先ほども申し上げたように、エンターテインメントの現場の人たちの相談に乗り、支える、時には代理して喧嘩してあげる、ということです。その際にいつでも考えてきたことは、法律を上に置かない、ということに尽きます。著作権法でこうなっているからそれをやってはいけません、などと言うだけの存在には、ほとんど何の値打もない。法律のほうが現実の人々の社会より上位概念のはずがありません。そうではなくて、著作権法は、豊かな文化を紡ぎだすためのツールとして利用されることが、本当の目的です。

そのためには、複雑な作業や片付けなければいけない課題が沢山ありますが、それによって豊かな作品が生まれて、人々がアクセスできるようになる。そのために、法律をツールとして頑張ろう。こういうことを考えながら、仕事をしています。

 

 

あとがき

 

情報化時代を迎え芸術・文化の世界には大きな地殻変動が起きている。映画や小説が大きくその基盤を揺るがされる一方でライブ芸術たる演劇はその価値を増しているともいえるだろう。だがそれは一回限りの消費でしかないという演劇の危うさの上に成り立っている価値でもある。いかに演劇を一回限りの消費で終わらせないか=アーカイブ構想、そしていかに文化を消費の摩耗から防ぐか=著作権制度は、同じ問題に対する二つのアプローチなのだろう。福井先生の「豊かな文化を紡ぎだすためのツールとして利用することが本来の目的である」という言葉は著作権だけでなく文化政策全体に対してもあてはまるだろう。