KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Interviews > シリーズ「生命とは何か?」3. 小林憲正先生

Interviews

シリーズ「生命とは何か?」3. 小林憲正先生


4.“地球生物学”と“宇宙生物学”

生命はしぶとい

――地球にも極限環境で生きる生物、例えば海底の熱水噴出孔の近くの生物などがいますが、それらの生物の存在が地球外生命の探査の上で教えてくれることはあるのでしょうか?

まずは、地球の生命といえば「地表で植物が(太陽の光を利用して)有機物を作って、それを動物が利用して」という頭しかなかった。でも地底生物や、海底の熱水噴出孔の近くの生命は太陽がなくても十分生きていける。地底生物の方は生態系といっていいかわからないけど、熱水噴出孔の方は明らかに生態系を作っている。こういうのを見ると火星の地下なりエウロパなりタイタンの地下でも、十分に生命は可能である、そういった意味で生命探査の可能性が広がったと思います。

昨日、一昨日と、熱水噴出孔の会議に出てきたんです。おもしろいのは、地球の熱水噴出孔には寿命があること。実は100年くらいで枯れてしまう。そこにいた生物は、そのままいけば全滅してしまう。全滅してしまったら、今そこにいるわけがない。どこか離れた別の噴出孔になんとかしてたどり着いたはず。つまり、環境が劣悪になっても、なんとかしてきた。地球の生物はそういう意味で、しぶとい。だって、地球が何度スノーボールになってしまおうと、地球の生命は絶滅したことはない。人類が生き延びる、というのはすごくむずかしいけど、何らかの生物は生き残る、全部を全滅させるのはすごく難しい。

――そう考えると、他の惑星でも一度生命が立ち上がると意外と「しぶとい」?

そうですね、例えば火星でも今は水が豊富にあるわけではなくなったけれども、全部が全部死に絶えてるわけはないよね、とも考えられます。だから、生命の特徴、5つ目には「しぶとい」を加えてもいいかもしれません(笑)

生物学が天動説から地動説へ転換する

――アストロバイオロジーの進展によって生命の定義が拡張されていく印象を受けますが、先生はどうお考えですか?

定義はもともとないんです。人によって非常に細かく定義する人もいるし、エントロピーがどうのこうのと一言で説明しちゃう人もいる。だから誰もが納得する生命の定義というものはないので、定義の代わりに特徴という言い方をして、生命の特徴を4つくらいほとんどの人はあげてますよね。実はこの4つでほんとにいいの?というのもあるし、あるいは4つを満たさなくても生命と呼んでいいものが見つかる可能性もありますよね。ソラリスの海みたいに境界のない生命というのも絶対ないかと言われるとゼロではない。暗黒星雲の10K、20Kという非常に低い温度の中で、ゆっくりゆっくり動く生物もいるかもしれない。それは我々が見てすぐには「生命」と認識できないものなんです。生命をどう定義するかでその発見されたものが「生命」に入るか入らないかも変わってきますし。

――生命と非生命は連続的であるという話にもつながる?

連続的なんだけど、ある瞬間を取るとその時に存在する非生命と生命との境目というのがある。ただその境界が、その生命システムの進化とか淘汰に伴って徐々に動いていくというイメージです。

――アストロバイオロジーの成した発見によって今までの生命観はどこまで崩れていくと思われますか?

地球以外に生命がいるとわかるだけで、生物学が天動説から地動説に転換する。私たちは生命にはいろいろな可能性があるんだ、と思って研究しているのですが、中には「生命はこれ(地球生物)しかない!」と考えている人もいっぱいいるわけです。我々が宇宙で唯一であるわけではない、ということが言える、というのが一番重要だと思います。

――アストロバイオロジーが生命の研究において果たしている役割、ひいてはこの社会において果たしうる役割はどんなものなのでしょうか?

生物学に対しては、まさにユニバーサルバイオロジーですよね。物理学や化学っていうのはアンドロメダ星雲に行っても成り立つ学問なんだけど、地球の生物学というのは他の星に持って行って成り立つ保証はまるでないわけですよね。だから地球も地球外の環境も含めて「生命とは何か」というこをかんがえるときには、アストロバイオロジーの視点で生物学を広げていかないといけないなと思います。そういう視点で考えてくれる人を生物学の中でもある程度増やしていきたいとは思いますね。生物学における地動説から天動説へのシフトを推進しているような感じ。

人間はどうしても自分たちが中心だと思いたがるんですね。とはいっても、少なくとも地球は宇宙の中心じゃないということははっきりわかったんだけど、生命体として地球に色々生物がいて、人間は地球上のいろいろな生物の中でトップにいるんだ、と考える人もいる。これはある意味で正しいかもしれないけどひっくり返してみるとわからないわけですよね。それじゃあ宇宙でもほんとにトップなの?と考えると、トップじゃない可能性の方が高いわけですよね。一般の人に対しても、まずは自分を客観的に見る材料になるというところですね。

――今日は本当にどうもありがとうございました。


終わりに

私たちはともすれば、宇宙での生命探査にある種の熱狂を想像しようとする。そして宇宙探査の結果の持つ華々しさに気を取られ、その裏にある数多の研究にはあまり思いを致さない。

しかし「宇宙全体を見れば生命は当然いると思う」という小林先生の言葉は、そのような熱狂と共に発せられたものではなかった。小林先生は、宇宙に地球上の「一種類しかいない」生物(特定のアミノ酸・遺伝物質を使う)と同一の生物が見つかる可能性は極めて低いが、地球生物を生命の基準と捉える姿勢から脱却すればその可能性はずっと広がる、と言う。さらに、宇宙での生命の発見は翻って私たちを地球中心主義の克服へと促す。取材を通じて、小林先生の言葉を借りれば、生物学の「天動説」から「地動説」への転回、は多岐にわたる丹念で地道なアプローチによって導き出されるものだと再認識することができた。

小林 瑛美