「生命とは何か?」
この問いを思い浮かべるとき、私たちは無意識のうちに生命を限定的に捉えていないだろうか?「生命」とは「地球上の生命」のことである、と。しかしこの限定は、生物学における「天動説」とも例えることができる。生命を巡る問いは、地球中心主義を捨て去り「地動説」へと移行すべきなのかもしれない。
2012年9月25研究者である横浜国立大学の小林憲正先生の研究室を訪ねた。
小林先生はアストロバイオロジーの研究者である。
アストロバイオロジーとは「地球および地球外での生命の起源・進化・分布・未来」を研究する学問領域のこと。小林先生も宇宙に目を向けて生命の起源を解き明かそうとしており、その著書『アストロバイオロジー―宇宙が語る〈生命の起源〉』(岩波書店、2008年)には、宇宙の生命探査のフロンティアと、生命誕生の起源に関する新たな仮説が述べられている。先生の探求する、「地球上で進化してきた」という限定を取り去った生命の在り方は、私たちの持つ生命観を更新させる力を持つものであった。
小林先生に、生命の起源研究と宇宙探査の関係、生命と非生命の境界、地球外生命の可能性などについて語って頂きました。
小林憲正
1954年生。横浜国立大学大学院工学研究院教授。
専門は分析化学、アストロバイオロジー。
著書に『アストロバイオロジー―宇宙が語る〈生命の起源〉』(岩波書店、2008年)『地球外生命 9の論点』(共著者:立花隆、佐藤勝彦ほか8名)(講談社、2012年)などがある。
※記事中では敬称を略させて頂きました。
※記事作成にあたっては小林先生のご著書『アストロバイオロジー―宇宙が語る〈生命の起源〉』参考にさせていただきました。
1. 生命の起源と宇宙探査
生命の起源研究と地球外生命探査は裏表
――『アストロバイオロジー―宇宙が語る〈生命の起源〉』(2008年 岩波書店)の出版以降、生命の起源を巡る研究と宇宙探査においてどのような進展があったのでしょうか?
小林憲正先生 私の興味は生命の起源を知ることです。それを知るための手段として、宇宙の生命探査、というのを行なっている。生命の起源研究と地球外生命探査、これは本当に裏表ですから、人によってどちらが表(目的)でどちらが裏(手段)かというのは違うと思います。私の場合は、生命の起源が最初だったわけですね。
(生命の起源の探求において)何が問題かというと、生命の起源というのは一番根本的なことがほとんど何もわかっていないということ。生命の誕生には有機物が必要なのは間違いない。だからこの有機物がどこからきたのかという研究はいっぱいあるわけですね。でも、集まってきた有機物と生命との間には、依然としてすごく距離がある。それから逆に、古生物を研究している人は、化石などを手がかりにして昔の生物に迫っていくというやり方を採っている。そのやり方で辿っていくと、共通の祖先がいたらしいというのはわかっている。でもその共通の祖先は今はもう残っていないから、その近傍の生物で今も残っているもの、そこまでは迫れる。でも、その近傍の生物と最初の祖先との間には、小さいようですごいギャップがあるのではないかと私は思っています。
ですから、二つのすごいギャップ(有機物の集合と生命との間/共通祖先とその近傍の生物との間)に挟まれて、結局生命の起源はよくわかっていない。その間を埋めようとしたときに何が一番問題になるかというと、生命ができた当初の地球が残っていないこと。できたての生命も残っていないし、できたての生命が使っていた有機物も残っていない。だから、それ(昔の地球)をどこかで探してくることができれば、一番いいんです。だから最近は少なくとも太陽系では惑星探査が可能になったので、そういうところで昔の地球を類推させるような環境を探す。そこが徐々に進みつつあるというふうな認識です。
たんぽぽ計画 地球から飛び立つ生命の種?
――宇宙探査では現在どのようなことが行われているのですか?地球外生命がいるか、生命の起源がどういうものだったか、ということに対する比較的直接的な証拠を探すというのが、太陽系の惑星探査でできるようになったというのが、ここ20年くらいの大きな進歩だと思っています。
例えば、一つが「たんぽぽ」計画(※1)もう一つが火星探査ですね。
たんぽぽのほうがお陰様で来年打ち上げの予定になって来ました。このプロジェクトには主に2つの目的があります。前提として生命が地球で誕生したというのがあるんですけども、ひょっとしたら「最初の生命は宇宙から飛んできた」という可能性も否定できない。それを検証する、というのがたんぽぽの一つの目的。の目的は、もう少しオーソドックスに「生命の材料が宇宙から降ってきた」というのを検証する。その主に2つの面から生命の起源に関する証拠を集めていきたい。それが来年早くて6月に打ち上げられて、だいたい一年後に帰ってくるとなると、新たな材料が再来年になれば入ってくるということになります。
――パンスペルミア説(※2)の証明につながる材料になるのでしょうか?
「たんぽぽ」は、地球から生命体が宇宙まで飛んでいくことができるか、ということなどを探ろうとしています。
――雲のレベルなどで生きている生物はいるのですか?
成層圏(数十キロ上空)でも生物はいました。活動はしていないんですが地上で培養するときちんと増えた。実際、計算上は地球の生物が宇宙まで飛ぶのは結構厳しい。でも隕石がぶつかった時や、巨大な噴火が起こった時などは、何百キロのところまで飛ぶ可能性はある。
――ではもし地球から生物が飛んでいっているとしたら、地球が他の惑星に生命の種をばらまいているということになりますよね。そうすると、もし火星で地球とすごく似た生物が発見されたら、その生物が地球と火星のどっち由来かわかりませんよね。
そうですね、わかりませんね。40億年前のことをかんがえるとむしろ火星の方が地球より環境が良かったという人もいるくらいですから。
※1 たんぽぽ計画
国際宇宙ステーション上での微生物や宇宙塵、有機物の採集を目的とする計画。2013年に打ち上げ予定。
小林先生を始め、東京薬科大学の山岸明彦教授など多くの大学・機関にまたがる研究者によって進められている。
※2 パンスペルミア説
生命の地球外起源説のこと。
もしも最初の生命が地球上で誕生できないならば、地球外で誕生した生命を地球に持ち込めばよい。
パンスペルミアとは生命の胚種(スペルマ)が宇宙に満ちていることを表す言葉。
地球外で生命がどのように誕生したかを説明していない、などの批判もある。
火星に生命を探る
それから、太陽系の他の惑星にも生命がいるかもしれないということで、この本(『アストロバイオロジー』)にも候補を4つほど挙げたのですけど、やっぱり本命としては火星です。ちょうどキュリオシティ―(NASAの火星探査機。2012年8月に火星に着陸した。)が火星に行って、分析を行なっているところです。今回アメリカは探査の軸足を「火星に水を探す」ということから「有機物を探す」というところに動かした。まだ直接生命というところにはいっていないんですね。だから、あれはあくまでヴァイキング計画(※3)の延長であると私たちは思ってます。ですから、なにか有機物が出るという可能性はあって、そうなると生命の発見に一歩近づいたという事にはなる。ですが生命そのものの存在を証明するものではない。「二の丸」を攻めている感じですね。それからもうひとつ、ヨーロッパのエグゾマーズ(ESA(欧州宇宙機関)が2011年に打ち上げを予定していた)というプロジェクトがあります。でも延期になってしまったようで、残念なんですけど……。このプロジェクトは、火星の地面を掘ってかなりいろんなことをやるということで、少し期待をしていたのですけどね。あれもやはり、地球型の生命の材料というものを考えてそれを捕まえるというところがメインなんですね。ですから、とんでもない格好の生物がいたとしたら捕まらないだろうと私たちは思っています。とんでもない格好というのは……例えば「地球の生物はこういうアミノ酸とこういうDNAとRNAを使っている」というので、もし火星にいるかもしれない生命がそれとほぼ同じセットを使っていればヨーロッパグループのやり方で捕まるのでしょうけども、ちょっと違った組み合わせで使っていたりすると見つからない可能性もある。
※3 ヴァイキング計画
アメリカが行った大規模な火星探査計画。1975年に打ち上げ、1976年に火星着陸した。最大の目的は火星の生命探査であった。
物理学・地質学的調査に加え、有機物の熱分解実験などが行われた。
日本のアストロバイオロジー
日本では、東京薬科大学の山岸先生を中心にいろいろと装置を作ったりしているところです。これ本当に飛ぶかどうかわからないのですけど、飛べば、いきなり本丸に攻めようということでやっています。我々の意図としては、分子ではなくて、生命の持っている特質をそのまま顕微鏡下で探すと、いうやり方なんです。
――具体的には顕微鏡で何を見るのでしょうか?
まずひとつは核酸。確かに地球外の生命がDNAそのものを持っている可能性は少ないですが、遺伝物質としてDNA類似のものを持っている可能性がある。そこで、DNA類似のものがあったときに蛍光を出すような物質を選定しています。
それからもう一つが酵素。酵素は、タンパク質を使おうが何を使おうがやっていることは化学反応を起こす、触媒するということなので、そういう化学反応を起こすものが袋の中に詰まっているかどうか調べる色素を調べています。
もう一つが、生物の袋に皮があるかどうか。生きているものは、(生きている間は)その皮である程度ものをブロックしたり通したりする、もし死んでしまったら素通りになる。その違いを利用して、生きているものがいるかを調べる。
その3つを考えて、そういった特徴の組み合わせで生命らしい格好のものがいるか調べるという方向で今装置を作りつつありますね。
――今は集まったデータを分析するというよりも、装置を作る段階ということですか?
そうですね、こういうものができたので、ぜひ次の探査に持って行ってください、ということを提案する、まだその段階です。うまくいったとして(次の探査は)2020年、ひょっとしたらもう少し遅れるかな、という見通しでやってます。でも2020年といっても、今の段階でこういう装置がありますよ、といっておかないと乗せてくれないので、早く作ってしまおうということで今グループを立ちあげてやっています。
――日本でも宇宙探査の目的に生命の発見が入っているのですね。
「宇宙探査する上で生命を探そう」というのはアメリカとヨーロッパでは比較的早くからありました。
ただ日本は残念ながら、(宇宙に関わる研究の)出発が東大宇宙航空研究所というところで、そこには生物や化学の講座がなかったんです。とりあえず工学と物理。そこから繋がって、宇宙物理――月に言ったら地震、火星とか木星行ったら電磁気――というのがすごく大きなテーマなんですよね。
宇宙の研究というなかでアストロバイオロジーをつっこんでやろうというのが結構しんどかった。今もまだ胡散臭そうな目で見られます(笑)一応今は生物の方にいっても笑われなくなったけれど昔はちょっと冷淡だったこともありました(笑)
面白いのは、これは昔からなんですけど、生命の起源とかの研究は日本でははっきりいってお金がつかない。だから若い人がこれだけをやってるというのはあんまりないんです。だからじっと堪えて(他の分野で)功を上げて少々何を言われても大丈夫、何をやっても怒られれないという人がやってるんですよ(笑)