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Interviews

シリーズ「生命とは何か?」3. 小林憲正先生


2. 最初の生命はどのようにして誕生したのか

リン脂質でできた細胞膜がなくてもアミノ酸や核酸の材料が集まってくる環境はないのか?―ガラクタ分子

――例えば「地球上のアミノ酸には左手型の過剰が見られる」(※4)というのは生命の起源を探る上で何らかのメッセージ、暗号を含んでいると思います。アミノ酸以外にもそういう鍵になるような手がかりはあるのでしょうか?

生命の起源の研究のスタートは殆どの場合アミノ酸なんです。私もアミノ酸がどうしたらできるのかという研究から始めて、10年くらい前から左手型・右手型の話にもかなり注目して研究をしている。それから核酸の材料ができるかどうか……これはほんとに辛いところなんですね。地球型の核酸をつくるのはかなりしんどい。

最近注目してるのは「できた有機物が集まってくれないといけない」ということ。例えば海の中に全部広がってしまったら生命にはならない。それがいかに集まってきたかという観点の実験を、『アストロバイオロジー』の出版以後、始めました。

今の細胞を見てみると、リン脂質でできた細胞膜を持っている。でもこんな複雑な膜がいきなりできたとはとても思えないのです。だから細胞膜のようなものは生命の誕生からかなり進んでから作ったのではないか。そういうものがなくてもアミノ酸や核酸の材料が集まってくるという環境がないかな、ということでやっています。
そういう原子細胞モデルというのは、オパーリン(※5)の頃からあるわけですが、彼はアラビアゴムという完全な生体分子を作って実験をしているので、じゃあそのアラビアゴムはどっからきたの、という話になります。その後は、いろんな人が、アミノ酸を煮てやるとけっこうそういう(膜のような)ものができる、というのを実験しています。それはひとつの考え方だと確かに思うのだけど、それもアミノ酸のすごく濃い溶液でないとできないのですね。

それでその代わりに私がやっているのが、ガラクタ分子(※6)。これをうまく調理したら何かできないかということを最近やっています。
ガラクタ分子とは何か。私のやってきた実験を元に言いますと、まず宇宙空間のどこか、まあ暗黒星雲あたりで、最初の有機物ができる。そしてそれが太陽系ができた時に、彗星や隕石に取り込まれ、そのままの形かあるいは宇宙塵というかたちで原始地球の海に降ってくる。これらの有機物には、アミノ酸やRNA構成分子は含まれていたとしてもごく一部に過ぎず、全体としてはガラクタ(=ガラクタ分子)です。このガラクタ分子が、例えば海底熱水噴出孔付近などに集まって、そこで何かができてほしい。そういう流れを考えてます。こういう風に考えたときに何か問題かというと、宇宙空間でできるガラクタ分子は、水に溶けやすいものしかなかった。それは隕石や彗星の中にある分子ともちょっと違う。それを直接使って細胞のようなものをつくるというのは、かなり難しいだろうな、という感じがあります。ところが、少しそれを料理してやると、結構ちゃんと材料になりそうだ、ということがすこしずつ分かってきまして。それには2つあって、ひとつは宇宙空間でX線を当てると水に溶けなくなるような変化が起こる。いい具合にX線でこんがり焼いてやると、ミディアムくらいで(笑)ちょうどいいものができるのではないかと。そういうのが今の彗星の中にはあるんじゃないかと考えています。もう一つは、彗星とか隕石でやってきた有機物から膜を作るとしたら、その有機物が最初から水に溶けないものだとそのまま海の底に沈殿して終わり。なので、一旦海に溶けた後でそれらがもう一度集まって塊を作るということが必要だろう。「そういうことって起きないかな?」ということで、水に溶けやすいガラクタ分子を海底熱水噴出孔を模した装置に通してあげると、うまい具合に塊ができた。まだそんなきれいにコロコロっとしたものではないのだけれど、とりあえず集まってくれた。その中には、少なくともアミノ酸は死なないで残ってくれている。
こんなかんじで一旦海に溶けたものが集まってくれると、それが私の言う「ガラクタワールド」(※6)だし、ダイソンの言う「ゴミ袋」に成るんじゃないかなと思っています。

※4 左手型のアミノ酸
多くのアミノ酸では、1つの炭素と4つの異なる基の立体結合の仕方が二通りあり、それぞれ「左手型アミノ酸」(L-アミノ酸)と「右手型アミノ酸」(D-アミノ酸)。左手型アミノ酸と右手型アミノ酸は、鏡像異性体(一方を鏡に写すとぴったりと重なる)となっている。

※5 オパーリン
ソ連の生化学者。1920年代に生命の起源の「化学進化説」を提唱した。

化学進化説:原始地球上では、生成した有機物をを溶かし込んだ「原始スープ」ができる。有機物はこのスープの中で反応を繰り返し徐々に複雑化していき、他の有機物と相互作用する組織へと「進化」し、やがて生命となった、という考え。

※6 ガラクタ分子、ガラクタワールド
小林先生が提唱する、生命の起源に関する仮説。

※7 ダイソンの言う「ゴミ袋」
ダイソンはイギリス生まれの理論物理学者。素粒子論、宇宙物理学で大きな業績をあげる。一般向けの著作に『宇宙をかき乱すべきか』(ちくま学芸文庫)などがある。

「ゴミ袋ワールド説」:ダイソンは原始海洋中に雑多な分子を含む「ゴミ袋」が多数できたと考える。この中で様々な反応が進んでいき、一部のゴミ袋内では自己複製するものが生まれ、袋の分裂を起きるようになった。やがてRNAのような分子を持つゴミ袋ができて、現在の生物の祖先になったという説のこと。

 

アミノ酸に隠された謎

――地球の生命はすべて左手型のアミノ酸しか使っていないのはなぜなのでしょう?

左手右手の話で最近進展がありまして、隕石の段階で左手過剰というのができたという可能性が高まっています。アメリカのグループがいろいろな隕石のアミノ酸を丁寧に測っていくと、L型の過剰というのがたくさん見つかってきた。ですが、10%から20%くらいLが多いという状態から、そこから完全に左手型になるにはもう一歩いる。

――L型が多いというのは地球外生命を探す上でも鍵になったりするか?

L型の偏りを調査するのはヨーロッパのグループが昔から好きです。いまロゼッタという探査機が彗星に向かって飛んでいますが、あれはアミノ酸の偏りが彗星上にないかというのを探すのを目玉にしています。訳の分からないアミノ酸があった時に、左手右手の割合に大きな差があった場合、それは生命の証拠としてかなり使えるのではないかと思います。生命以外の仕組みで完全にLとか8割くらいLに偏らせるのは難しいですよね。

――地球の生物は数あるアミノ酸の中でも特定の20種類を用いています。なぜこれらのアミノ酸が選ばれたのでしょうか?

これはね、私達も色々と考えているのだけど、やっぱりわからない。まず選び方っていうのがかなり不思議です。宇宙にたくさんあるものを使うっていうのなら分かるんですけども、隕石の中にいっぱいあるのに使わないものがある。例えばアミノ酪酸っていうのがあって、これは大きさがアラニンとバリンの間なんですね。炭素3つがアラニンで、5つがバリン。だけど炭素がが4つのアミノ酪酸は殆ど全く使われていない。6個の炭素のロイシンも使われているし。2,3,5,6とあるのに4だけが抜けている。これが不思議で、もしこれ(炭素4)ができにくいなら納得できるんですが、実際宇宙にはごちゃごちゃあるんですよ。なぜ使わないのか?
それから、酸性のアミノ酸と塩基性のアミノ酸両方を私たちは使っているんです。まあこれらを使わないといろいろな機能が出てこないからなのですが、酸性のアミノ酸、例えばアスパラギン酸・グルタミン酸などは側鎖が比較的短い。ところが塩基性のもの、リジンってとっても長いでしょ。なんでそう(長くなる)なの?ってのもわからない。
あとは変わったもので、ヒスチジンとかトリプトファンとか、あれがどうやってできたのかもまともな説明がない。これらのアミノ酸があれば、非常に酵素の働きが良くなって、あればあってほしいんですけど、これらは隕石には全然見つかっていないんです。じゃあどっから持ってきたの?これもわからないです。

――こういったものはどうやって調べていけばよいのでしょうか?

遡っていくと、共通祖先は私達と同じ20種類のアミノ酸と4ないし5種類の核酸塩基を使った生物です。その(共通祖先の)前の、私にとって最初のなんとか生命と呼べるものと共通の祖先との間で、アミノ酸とか遺伝物質の組み換えが起こった。最初はできやすいもの、隕石に有りそうなもので組んでいって、とりあえず機能を持ってる。で、このとりあえず機能できるってのが重要だと思う。

生命と非生命の間

私にとって、生命と非生命の一番の境目はなにかというと、非生命(すなわち単なる有機物)はどうあがいても壊れる一方なんです。有機物は熱力学的に壊れる運命にあります。環境によってスピードは異なるかもしれないけど、最終的に二酸化炭素やメタンになってしまう。生命は何が違うかというと、壊れるより早く自分を作ることができる。だから、始めの生命を考えた時に、まずは壊れにくくするというのがひとつありますね。壊れにくいという段階からスタートすれば、より機能を上げるものを取り込んだもの、ダイソンの言葉で優れたゴミ袋が、進化していく。壊れにくくした上で、普通の意味では自己複製ができてくれれば嬉しいのですが、自己複製ができないまでも、擬似自己複製でもなんでもいいから、自分に似たものを減らさない工夫をすれば、完全に壊れていくという危険がなくなるわけです。まずは、見かけ上壊れない系が、できればしめたものですね。そういう場を一旦作っておいたらすこし遊びができます。ちょっと他のものに置き換えてみたり、別な反応でこんな物質ができてみたから使ってみよう、などという「実験」ができます。まあ、見かけ上壊れない系は生物屋さんが見ると「こんなの絶対生命じゃない」と言うと思います。ちゃんと立派なものを使ってないわけですから。でもそこが多分、生命のスタートじゃないかと思います。

RNAワールド(※8)という説がありますよね。どこかにそれ(RNA)らしい分子があった、という説には私は別に反対しないのですが、RNAが最初にできたと言われると、どうかなーと思ってしまうのです。RNAはあまりに複雑な物質だし、本当に脆いものなんです。すぐに壊れてしまう。それを最初に持ってくるというのは少し無理があるんじゃないかなと。だからまず「壊れにくい」という場を作った後で、RNAを取り込んで、そっちのほうが性能が良くなって進化したのではないか。

――つまり一度「壊れにくい場」ができてしまえば自ずと進化は起こってくると?

そう思います。まずは0から0.00000001でも進んでくれないとどうしようもない。そこで当然触媒がいるのですけども、結局タンパク質とか核酸を先に考えてしまうと、単にアミノ酸を適当につなげただけでは触媒にならない。すごい(触媒になる)割合が低いんですね。そうするとなんでもいいから、触媒になるもの、この本で言ったら鉄イオンでも、触媒機能のあるものがやってきて回してくれと。

※8 RNAワールド
生命の起源となったのは自己複製するRNAであるという仮説。

地球では、まず初めに遺伝情報を貯える核酸の役割と化学反応を触媒する「酵素」の役割の両方を担うRNAが誕生し、生命がそのRNAを出発点に進化していく中でタンパク質(酵素の役割を担う)やDNA(遺伝情報を貯える)が生まれた、と考える。
生命の起源についての仮説として広く支持されているが、「自己複製するRNAはどのように形成されたのか」という問いに十分な答えを与えていないという批判もある。