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【映画企画】矢田部吉彦さんインタビュー




3.映画業界のコト 「もしかしたらこれからヨーロッパの映画祭はよりヨーロッパの映画を重視して、アジアの映画祭はよりアジアの映画を重視していくことになっていくかもしれないですね」


――僕たちの「映画企画」の最初の問題意識が「ミニシアターの閉館が続いており、アート映画が縮小してしまっているのではないか」というものだったのですが、矢田部さんは以前インタビュー(9)で「アート映画は上向きな感がする」と仰っていました。ソフト面では確かにそうですが、実感としては、今年もシネマライズ(10)が閉館するなど、ハード面ではまだまだ厳しいように思います。

「マシになった」というのは、本当にどん底の、2000年代後半から2010年ぐらいにかけてと比べてですね。それこそカンヌで受賞しても日本では公開されなかった。そのマーケットの状況がここ2,3年で少しマシになって、めぼしい作品が次から次へと売れていく。ただ一方で、僕らも出口がどんどんなくなっているのに、「こんなに買ってどうするんだろう?」という思いもあって、バイヤーの人たちも「よそが買っているからうちも焦って買うというところがある」と言っているぐらいで、買ったはいいけどお蔵入りという作品ももしかしたらあるんじゃないかと思っています。
ミニシアターの減少というのは、本当に悲しい問題で、「なんとか食い止めなきゃいけないな」とは僕も真剣に思いますし、無くなることが決まってから悲しむんじゃなくて、今、映画ファンの人が同じ意識を持って周りの人を啓蒙しながらミニシアターに行くっていうような意識を持って臨まないと本当に無くなっていってしまうなあ、と思います。理想論を言えば、シネコンがこんだけ増えているんだから、シネコンの小さいスクリーンでも少しアートハウス系映画に割いてくれればいいな、と思いますけど、シネコンは完全に資本の論理で動いているのでなかなか難しいなと。バルト9(10)が少しだけそういう努力をしてはいると思いますが。ミニシアターを大事にするために、映画祭もたくさんやらなければいけないことがあるなとは思いますし、ミニシアター系の作品の魅力を一番伝えやすいのは映画祭だと思うので、そこは僕も大きな危機感を持って臨んでいます。

――不勉強で申し訳ないのですが、フランスでは、、カンヌで賞を取ったらどこかのアートハウスで公開することが決まる、というスキームが既にできているんですかね?

いや、そういうシステムがあるわけではないです。大抵カンヌで賞をとった作品は、ある程度配給会社がつくので公開されることが多いですが、それは何かしら政府の助成がそこに回っているわけではないです。すごくざっくり言うとフランスは興行収入の一定割合が映画業界に還元される仕組みになっているんですね。要は、興行収入が100あったら5とか10を政府の映画機関に税金的に納めて、それがインディペンデントの映画製作に還元されたりするんですよ。だから業界全体でお金が回る仕組みが政府を巻き込んでできています。日本の場合、「受賞した作品がなんで公開されないのか」と聞かれるんですけど、映画会社の人がマーケットを分析して買うか買わないかを決める判断と、審査員のその映画の良し悪しの判断、当然ものさしが違う。審査員がいいと思って賞をあげた作品が日本の市場に乗るかどうかは全く関係ない話だから、「受賞したのに公開されないのはおかしい」というコメント自体がおかしい。ただ、それでもやっぱり、受賞したんだから公開されてほしいし、公開されるにふさわしいとも思うんですよね。そこの間をつなぐのが配給会社ということになるんですけれども、「買いやすくなるようなシステムを作ることはできないだろうか?」とか、そういうことは検討していきたいと思っていますね。

――ハリウッドだとプロデューサーが強いな、と感覚として思うのですが、日本だと「国際的に活躍できるプロデューサーにまずどうやってなるのか」の道筋がない気がしますが、そのあたり、海外とはかなり違うのですか?

違いますね。まず日本映画の場合は、極端な話をすると、大手の東宝とか松竹の社員には、とても優れた仕事をしているプロデューサーがたくさんいますけれども、彼らがあんまり国際的な活躍をする必要がない。良くも悪くも国内で魅力的な原作をみつけて国内でしっかり映画化して国内で回収するということで、日本の中で完結できるわけです。たとえば韓国だと、良い韓国映画を作っても国内のマーケットが小さいので国内では回収しきれないので、当然海外で商売していかなきゃいけない。なので、海外向けの作品作りになるし、海外のプロデューサーと一緒に共同制作をしようというような流れにもなっていく。そういう必然性みたいなところの元が違う、というのがありますね。日本でも、共同制作を行なっているインディペンデントのプロデューサーがいるんですけれども、一千万円の予算を三千万円にしたりとか、せいぜい五千万円を一億円にしたりとかそういうレベルでの話なので、大きく羽ばたくにはすごく時間がかかる。もう一つは法整備の問題があって、プロデューサーが目立って、海外の共同制作を引っ張って来る。それを大きな予算でやって、大々的な国際共同制作を成立させようということなのですが、合作協定というのがあって、それはお互い合作協定を結ぶと租税が優遇されるとか、そういった法を根拠に二国間で合作協定を結ぶんですけれども、日本はその受入がまだ出来てなくて、合作協定を結べていない。なので、他の国に比べて国際共同制作というのがいま進めにくい環境にあります。全くそういう努力がないわけではないのですが、ちょっと他国のスピードと比べて追いついていないので、法整備を進めるということも必要ですし、もちろんプロデューサーを育成する機関ということも必要だと思います。けれども、もしその法整備がもっと進めば、たとえば東宝とか松竹のプロデューサーがより大規模な資金で大規模な国際共同制作を推進して、その中から国際的なスケールのプロデューサーというのが育っていくのだろうなというふうに思っています。

――矢田部さんが考えるプログラミングディレクター、あるいはプロデューサーの魅力や役割とはどのようなものですか?

まずは東京国際映画祭というものがどういうイベントでどういうものなんだというものをもっと広く知ってもらいたいということが先に立ちますね。学生の人と話しても、例えば、ロックフェスと聞いたらみんな行けるものだと伝わっている。しかし、映画祭ってなると「自分が参加できるイベントではない」と思われていて、このギャップをどうやって解消すればいいだろうか、というのがまずあります。
海外においてディレクターが代わるからそれがニュースになる、というのは極めて限定的な映画業界内での話で、海外で常にそれが大きなニュースになるということはちょっとないと思います。ただ業界内ではたとえばヴェネツィア映画祭のマルコ・ミュラーという名物ディレクターが辞めてローマに行ったというのや、ローマを辞めて北京に行ったというのは、内輪ネタですね。とはいえ、マルコ・ミュラーっていう存在はアジア映画にとても強かったんですね。中国語を喋れるし日本映画にもとても造詣が深いので、彼がヴェネツィアでコンペのディレクターだったときはアジア映画がとても多かったです。しかし、彼がディレクターから離れた時には、もう目に見えてアジア映画の数が減った。なので、そういう意味では映画祭全体の趨勢に影響があります。ただ、そのような意味で影響を与えられるというのはそんなに世界でも数が多い訳ではないです。
ただし、映画祭のカラーを決めるのは僕の立場にある人だと思うんですね。それは映画を選ぶ人だから。その映画祭のカラーを変えたいと思ったら、トップの人がその映画祭のカラーを決めている人を変えるっていうことが一番健全だと思います。なので、映画祭のトップとアーティスティック・ディレクターというかプログラムディレクターの関係であるべきで、僕もいまはこうやって選んでいますけど、上の人から「カラーを変えたいから君を代える」と言われたらいつでも代わる用意と覚悟はありますし、海外でもそれはそういうものだと思いますね。プログラムディレクターとかアーティスティック・ディレクターというのはその人の個性がある程度選ぶ作品に反映されるはずなので、僕はそういう映画祭のほうが良いと思っていますね。合議で決めるっていうやり方ももちろんあると思うんですけど、結局誰かこだわりのある人が責任をもって選んでいくほうが僕は良いと思うんですね。その人がダメだったら代えればいいので。合議でみんなの最大公約数的な意見で選んでいくというのはあんまり面白くないなと思います。
やっぱりプロデューサーが名前を利かせるというのは相当専門的な映画業界内での話であって、より映画を外の人に知ってもらったり楽しんでもらったりっていうのは監督や俳優たちが前面に出ていくということで良いんじゃないかなと思いますね。

――プログラムディレクターをなさっていて、よかったこととはなんでしょうか?

自分がいいなと思ったことを人に勧められるっていうのは、僕にとってはこれほど気持ちいいことはないですよね。合議は良くないとは言いましたけど、僕もさんざん人と相談しますし、ディスカッションしますし、僕が好きじゃなくても他の人が良いと言う理由が納得できれば選ぶこともあります。それでもやっぱり僕のワガママで選んでいる作品が何本かはあって、それがお客さんに「面白い」と言われたときは嬉しいですね。あんまり「好きな監督に会いたい」とか、「好きな俳優に会いたい」という欲求はなくて、良い作品があって、それがお客さんに伝わったときは一番嬉しいですね。

――これは僕個人の意見ですが、最近だとかなりアジア映画が勃興してきて、いろんな映画祭でアジア映画が出てきている気がするのですが、そうした風潮は感じますか?

ヨーロッパの映画祭でいまアジア映画のプレゼンスはまだかなり低いですね。もちろんホウ・シャオシェン(12)とかジャ・ジャンクー(13)など数少ない例外はいますけれども。黒沢清(14)さんの『岸辺の旅』も残念ながら「ある視点」部門(最高賞であるパルム・ドールを争うコンペティション部門と並行して行われる、「独自で特異」な作品を集めた部門)でした。韓国映画もなかなか最近はカンヌのコンペに入っていないですし、ヴェネツィアでもそうですよね。入ったとしても塚本さん(15)や黒沢さんと限定的で、全体としてみてもなかなかプレゼンスは高くないと思います。いま特に世界の映画祭でのトレンドというのはラテンですね。中南米がやはりとても強くて、カンヌ映画祭でもコロンビア映画が結構話題になっていましたし、ヴェネツィアでもベネズエラ映画がグランプリ、そしてアルゼンチンの監督が監督賞を受賞しましたし、TIFFもブラジル映画がグランプリでした。意識しなかったんですけれども、TIFFのコンペにラテンの映画が2本入ったのって本当に初めてに近いぐらいで、そのうち1本が賞をとったっていうのは今年の全体的な流れに実は乗っていたんだ、という気がしますね。だからいまラテンが映画祭の中で注目を集めている、という強い感じはします。
ただ、アジア映画に勢いがあることは確かです。各国ですごく盛り上がっていますし、制作本数もすごく増えていますし。いろんな国でいろんな波が起きているというのは否定できないと思うのですけれども、いわゆるカンヌ・ヴェネツィア・ベルリンぐらいの一級の映画祭のコンペティション部門に選ばれるにはまだ少しおそらく予算とかスケールとかが足りていないということだと思います。

――今はまだプレゼンスが低い状態なのですか。

難しいところですよね。プレゼンスが低いのか、欧米の映画祭がアジアに関心を失っているのか、売り込み方が悪いのか、どこに原因があるのかわからないですけれども。ただ、言えるのは、やはりここ数年で日本を含め、世界中で製作本数が爆発的に増えてきている。僕がこのポジションについたとき、TIFFの応募数は300~400本だったのですが、今は1300?1400本で。各国の同業者と話していても、「全部観きれないので埋もれてしまうのが怖い」と。勿論チームとしては全部観るのですけれども、自分の目を通さない作品がたくさんあって、「あの観てない中に宝があったらどうしよう」と思います。
それだけある中で、その映画祭が行われている地域から何百何千と寄せられてきているでしょうから、もしかしたらこれからヨーロッパの映画祭はよりヨーロッパの映画を重視して、アジアの映画祭はよりアジアの映画を重視していくことになっていくかもしれないですね。ヨーロッパの映画祭が、自国や周辺の国を押さえて、「いや、カンボジアの映画を先に観よう」とはなかなかならないじゃないですか。これからは、もっとそういう住み分けができてくるかもしれないですね。

――今後、矢田部さんご自身はどういうヴィジョンをお持ちなのでしょうか。

今やっていることというのが、本当はもっと紆余曲折を経た末にたどり着くはずだったのですが、意外に早くこういうポジションに就けてしまったので。今一番やりたいことをやっているという気持ちはどこかであるのですが、本当は自分の「俺映画祭」みたいなのをやりたいですよね(一同笑)。そうはいっても、東京国際映画祭という規模があるからこそできることもあるので、この中でもっと面白いことができるようにチャレンジしていきたいと今は思っています。その先のヴィジョンはないですね。やはり映画祭を通じてアート映画、ミニシアター系の映画の魅力を伝える、アート映画のファンを一人でも増やすということが一番やりたいことというか、やらなければならないことで、それを東京国際映画祭という場でやることが本当に重要だと思います。おそらくそのことは、「これで達成」ということはないので、たぶんずっとそれをトライし続けることになると思います。まあ、映画館のオヤジをやりたいとか色々そういうのはありますけどね(笑)。

(9) http://news.livedoor.com/article/detail/5182621/?p=4 (C)ライブドアニュース
(10)シネマライズは渋谷スペイン坂にあるミニシアター。1990年代のミニシアターブームを代表する映画館であり、『アメリ』『トレイン・スポッティング』『さらばわが愛、覇王別姫』など多くの話題作を上映した。2016年1月末に、30年の歴史に幕を閉じる。
(11)バルト9は、新宿の映画館。大規模なシネマ・コンプレックスであるが、ミニシアター系の索引もしばしば上映する。
(12)中国の映画監督。中国映画の「第六世代」を代表する映画監督であり、ヴェネツィア国際映画祭やカンヌ国際映画祭でも数多くの賞を受賞している。代表作に『長江哀歌』『罪の手ざわり』。
(13)台湾の映画監督。現代の台湾を代表する監督であり、1980年代の台湾ニューシネマを担った代表的な監督の一人である。代表作に『悲情城市』『戯夢人生』『黒衣の刺客』。
(14)黒沢清(くろさわ・きよし)は日本の映画監督。現代日本において、最も海外で評価されている映画監督の一人である。代表作に『トウキョウソナタ』『アカルイミライ』。
(15)塚本晋也(つかもと・しんや)は日本の映画監督。『鉄男』で海外から注目を浴び、日本映画新世代の旗手となる。代表作に『鉄男』『ヴィタール』。

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