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北山猛邦先生取材


「探偵」と言われた時にどんなキャラクターを想像するだろうか。あくまでも私の主観ではあるが、大抵の人は事件に巻き込まると、その灰色の脳細胞を用いて、華麗にその謎を暴き、犯人を追いつめる。そんな完璧な人間の姿を想像するのではないだろうか。
そうした「王道」の探偵像に対抗するかのように、変化球的な探偵像も次々と生み出されてきている。犯人である探偵、謎を解くことに乗り気でない探偵、間違いを犯してしまう探偵……「探偵」としての特性だけでなく、キャラクター造形などの要素を組み合わせれば、探偵の表現方法は無数にあるとも言える。そして今の時代に求められているのは、果たしてどのような「探偵」の姿なのだろうか。
探偵企画取材第二弾として、ミステリ作家として数多くの個性的な探偵キャラを生みだしてきた北山猛邦先生に、ミステリにおける「探偵」の存在意義、これからの展望について伺うことが出来た。また、物理トリックの名手である先生は、ミステリにおけるトリックの在り方についても、実に興味深いお話を頂いた。


北山猛邦
1979年、岩手県生まれ。2002年、『『クロック城』殺人事件』でメフィスト賞を受賞しデビュー。物理トリックに重点を置いた作品の他、終末的かつ叙情的な世界観を作りだした作品を多く発表されている。作中に登場する「探偵」も、音野順を始めとして個性的なキャラクターが多い。代表作は『城』シリーズや「音野順シリーズ」、『少年検閲官』『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』など。

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1 「探偵」観について
―企画の趣旨である「探偵」について質問させていただきます。北山先生の作品には音野順を始めとして、様々な「探偵」が登場します。それらは「事件を解決する存在」という役割は変わらないながらも、その在り方に関しては実に多様なものを提示されています。
そうした探偵を作りだした北山先生に、「探偵」について抱かれている思いを、お聞かせいただければと思います。

新本格(※1)、あるいは本格ミステリにおける探偵というのは「特別」であってはならない、という考え方が基本にあります。探偵も他の登場人物と同じように、死ぬこともあるし犯人になることもある。それでこそ美しい本格ミステリであると考えています。たとえばシリーズものであれば、生き残ることが最初から分かってる探偵も多いですよね。探偵であるがゆえに、ミステリのロジックの中から除外されてるという「特権」。そんな「特権」さえ許されない形が本格ミステリとしては美しいだろうなと考えています。
「城」シリーズ(※2)は、そういう意識を元に書いているという感じですね。だから探偵もいつ死ぬか分からないし、犯人になることもあり得るんです。

―「探偵」が、人物の存在に関して「特権」となってしまっているんですね。
そうですね。本来「探偵」は登場人物の一人でしかないんです。
ただ一方で、パーフェクトなヒーローでなくてはいけないという、理想的な探偵の姿も僕の中ではあるんです。つまり、探偵は完全無欠のヒーロー、何でも解いてしまう存在でなくてはならないということですね。ただそれは、登場人物全員が容疑者であるべき本格ミステリにおいては特別すぎます。そこはちょっと難しいところです。
例えば音野順のシリーズ(※3)はシリーズものとして書いているので、彼は確実に生き残るし、犯人になったりすることが無いことが保証されている存在です。ただし彼はヒーローとしては描かれていません。探偵としての能力は他人の運命を左右するほどの強い力だと思いますが、その強い力に対して音野はビビっているというか、解決することに一歩引いてしまうというか。だからちょっとナイーブになってしまうんですね。

―ある意味、犯人にもならず死にもしないという「特権」を与えられる代わりに、弱気キャラにされているということですね。
器というか、そこまでの度量が無い人間が、特別な力を持ってしまっているという感じですね。
我々にしたって、名探偵としての能力を手に入れたとして、果たしてどこまでそれを発揮できるのか……

―「探偵の言うことは絶対」という、間違いを犯さない存在として探偵の姿も数多くの作品で提示されてきました。しかし先生の作品は基本的に「間違えない」探偵が多いように感じますが……

「探偵」という役割はブレないんです。事件の正否であるとか、証拠の正しさという点で悩むというよりは、むしろ探偵としての存在、アイデンティティーという点で悩んでいるというパターンは多いかもしれません。
だから後期クイーン問題(※4)に対してさほど意識することはなく、探偵は正しいという前提のもとで、その正しさに翻弄される探偵本人の姿を描くというやり方をしていますね。

―力を与えられて、そこから生まれる悩みなんですね。

探偵としての能力は特別なものであり、それがどのような形で、誰に与えられているのかというのが、僕の書いている中では一つのテーマになっているんです。「間違えない探偵」という特権を与えられた人間達、それが探偵であるということについて、たとえば『猫柳十一弦の後悔〜不可能犯罪定数』(※5)の中では特に意識的に書いています。猫柳という探偵は基本的に間違えない特別な存在。そんな力を持っているから、どうにかして使わなければならないと本人が思ってるんです。音野順とネガティブな面が似ているのですが、事件に対しては正反対で、能力を持っているから使わなければいけない、誰かを助けなければいけないという前向きさを持っています。
音野は逆で、自分が持つその能力は大きすぎて、恐ろしいとさえ思ってるんです。だから事件に対しては後ろ向きです。

―「探偵」という役割を与えられた人間がどうなるか、ということですね。

探偵としての能力を何のためらいもなく振り回す人物っていうのは、今後も主人公にはしないんじゃないかと思います。脇役でそういうキャラクターが出てきたりはしますが、例えば『『アリス・ミラー城』殺人事件』(※6)でいえば観月であるとか。探偵としての能力に対して躊躇いの無い人。それは世間的にいえば「名探偵」なのかもしれないですね。音野順シリーズの琴宮(※7)も、探偵としての能力にためらいをもつどころか、むしろ誇っている。でもそういうのはギャグでしか書けないと思っています。

―そうした「探偵」像自体について、北山先生自身の中で原典とされているような作品はあるのでしょうか。

理想の探偵は明智小五郎ですね。彼の何が凄いかといえば、例えば犯人から銃を向けられた時、その銃の弾をあらかじめ抜き取っていて既に手の中に持っている、そういう超人的な推理能力と身体能力を兼ね備えたヒーローだということなんです。
ただそういうヒーロー像を現代において何の問題提起もせずに出したら、かなり古臭いし、今の時代にはギャグにしかならないと思います。明智も昭和の戦中戦後ならヒーローだったかもしれないですけど、現代で彼が通用するのかは難しいですね。現代ではむしろパソコンを使えるような人の方が探偵の能力は優れているのかもしれないですし。

―探偵に限らず、最近のヒーローものもそんな傾向が強いですよね。アンチヒーローというか。

ヒーローを扱った映画でも漫画でもアニメでも、わりとメタフィクションというか、「ヒーロー」像そのものに対するアプローチがありますね。僕も
「名探偵」という、一つの偶像に対してのメタ的な視点をよく用います。そのまま探偵を書くことはもう出来ない、俯瞰の位置からでないと描けないというためらいもあります。

―本格ミステリは、昔あったものを投影している要素が多いですね。

本格ミステリは伝統芸能に近いものがあります。伝統芸能である以上、守らなければいけないルールはあったりして。けれど現代との齟齬というか、ゆがみがちょっとずつ生じている部分もありますので、名探偵を創造していくための、現代なりのやり方が必要になるんじゃないかと思います。
たとえば舞台を少し前の時代にして書く。名探偵が生きている時代を描くことで名探偵を生かすというやり方もあります。しかし僕はもっと別の大胆なやり方でもいいと思っています。現代で「探偵」がどう生きるのか、それは僕の今後のテーマにもなっていくと思います。

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※以下の注説明にて触れる作品において、特に作者名について記していない物は、北山先生の作品です。

※1 綾辻行人『十角館の殺人』から起こった、本格ミステリ再興のムーブメント。有栖川有栖、笠井潔など。

※2 城を舞台として書かれた本格ミステリ四部作(作品間につながりは無い)。『『クロック城』殺人事件』(2002年3月) 『『瑠璃城』殺人事件』(2002年7月)『『アリス・ミラー城』殺人事件』(2003年5月)『『ギロチン城』殺人事件』(2005年2月) いずれも講談社より刊行。

※3 気弱な探偵音野順と、それを支える推理小説作家白瀬のコンビが、難事件に挑む。現在東京創元社から『踊るジョーカー』(2008年11月)『密室から猫を取りだす方法』(2009年8月)が刊行。

※4 推理作家エラリィ・クイーンの後期作品群の中で抽出された二つの問題の総称。「作中で探偵が最終的に提示した解決が、本当に真の解決であるかどうか作中では証明できない」「作中で探偵が神のように振る舞い、登場人物の運命を決定することについての是非」

※5 2011年12月、講談社より刊行。探偵が教員として探偵助手を育成する「探偵助手学部」に入学した月々は、学内一の変わり者教員とされる女性教員、猫柳十一弦のゼミに所属することになる。有名ゼミとの合同ゼミ合宿に呼ばれ、そこで事件が起こる。

※6 「城」シリーズ第三弾。東北地方の日本海側に浮かぶ孤島に建てられた「アリス・ミラー城」城主に招かれた八人の探偵が、城に眠る秘宝「アリス・ミラー」を探しだすが、探偵たちは不可能犯罪によって次々と殺害されていく。観月は登場キャラの一人。少年のような外見であるが、自分の推理に絶対の自信を持ち、事件の真相に挑んでいく。

※7 「クローズド・キャンドル」(『密室から猫を取り出す方法』収録)に登場する探偵。音野と異なり、探偵としての自身の力に、限りない自信を抱いている。

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2 物理トリックについて

―物理トリックについての質問に移ります。物理トリックの発想というのはどこから来るんでしょうか

僕の場合はノートを広げて図面的な物を書くなど、図から入ることが多いですね。たとえば見取り図であるとか、ちょっと不思議な形のものを書くとか。そういうところから物理トリックは出来ます。
僕が物理トリックをやり続けることで、新しい作家志望の人達が、どんどん物理トリックを使い始めて、物理トリックブームが始まるという夢を抱いていたんですけれども、なかなかそうはならないですね。

―物理トリックは使い果たされていくと「トリック悲観主義」(※8)にて述べていらっしゃいました。

物理トリックにしても新本格にしても、それらはすでにエンディングを迎えているというか、すでに完成されたと思うんです。我々はそのエンディング後、思い出すようにそれをやっているにすぎないと思うんです。その中でやれることを模索していくという。やりつくされたことについてどうこう言うのも過ぎた話で、終わった物に対して、何がまだ出来るかを常に考え、そしてそれをやらなければいけないという、非常にやりづらい世界だなぁと思うんです。
一部の作家さんは、現代性を取り入れつつ、ちょっとしたどんでん返しだったり、叙述トリックにおける人物の誤認であったり、そうしたテクニックを使って、上手く現代のエンターテインメントに合わせて作品を書かれています。例えば辻村深月さん(※9)は、本格ミステリという要素が中心にあって、その上で上手く現代的な物語を書いている作家さんの一人ですね。
そういうやり方もありますけど、伝統芸能であるところの本格ミステリを書こうとすると、もうネタも探偵像というものも無い、という中でやっていかなければならないんです。

―物理トリックを小説、文字という媒体で表現することについて、難しさというものはあるんでしょうか

物理トリックは絵や図にした方が分かりやすいでしょうね。視覚的に見ることで「こういうことだったのか」と分かるので。
それでも文章にすることで、「実現」の可能性が増すことではないかと思います。というのも、ハッキリと絵にされないことで、読者の頭の中では実現可能性が生まれるのではないでしょうか。絵にしたら絶対こんなの無理だと思われるトリックでも、文章でうまく描くことで、「いや、出来るんじゃないか!?」と思わせることが出来ると思います。
音野順シリーズでは、各短編に最低一つは物理トリックを出すようにしていますが、どれも実際にやるとすれば難しいものですね。難しいけれども、文章だと……いや文章でもこれは無いだろっていうのはありますが(笑)

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※8 『本格ミステリこれがベストだ! 2003』(探偵小説研究会/編・著)収録

※9 作家(1980?) 2004年に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。2012年、『鍵のない夢を見る』にて直木賞を受賞。

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3 その他、作品作りに関して

―以前お話されたことによれば、まずトリックを考え、そこから話やキャラクターを作っていかれるとのことですが。

完全にトリックありきですね。トリックが中心にあって、それをめぐる世界観や人物を配置していきます。

―それは、探偵キャラの作り方に関してもですか?

そうですね。探偵は後の方に考えます。同心円でいうと、トリックが中心にあり、その周りに世界観であったり探偵であったりというのがあるんですが、人物に関しては結構外の円になりますね。だから探偵について今までいろいろ言ってきましたが、わりと僕の中ではそこまで重要視はしていないというか。もちろん謎に合わせた探偵役というのが必要になりますが、逆にこういう探偵を描きたいというところから発想する小説はあまりありません。

―人物についてもう少し伺います。トリックから人物を作りだしていくとおっしゃいましたが、性格などの人物造形はどのように行っていくんでしょうか。

まぁ探偵以外はわりと適当なんです(笑)。探偵に関してはやっぱり毎回どこか違う「探偵としての意識」を持っているようにしています。単に同じ探偵ばかり書いていたら飽きるっていうのはありますが、やはり新しい探偵像を書いてみたいんですね。

―探偵がシリーズを通して成長していくという場合もありますね。

例えば成長っていうことでいうと、『少年検閲官』(※10)は成長をあえて一つのテーマとしていて、検閲官として本やミステリの存在を否定していく少年が、本やミステリが好きな少年と出会うことで、少しずつ意識を変えていくというテーマがあります。

―トリックの場合は映像的に考える場合が多いと伺いましたが、人物や世界観の場合は、ビジュアル的な製作というのは行われるのでしょうか。

僕は作中で登場人物の外見描写をあえてほとんど書きません。作者である僕の頭の中では、ぼんやりとビジュアルは存在していますが、読者の方々には、その人物の属性であるとか、しぐさや行動から自由に想像してもらいたいと思っています。

―実際に本になった後、片山若子さん(※11)によるイラストが付されますが、それに関して先生から何かおっしゃっていくということはありましたか?

完全におまかせですね。こちらから何かを言うことはほぼないです。イラストだけではなく、本づくりのパッケージに関しても完全に編集側にお任せしています。

―音野シリーズは漫画化(※12)もされていましたね。

再限度が結構高いので、小説を読んで意味が分からない部分については漫画を読めば、こういうトリックなんだというのが分かると思いますね。物凄く原作に忠実に描いていただいたので……
しかしあのトリックをよく絵にしていただけたなと、我ながら思います。

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※10 2007年1月、東京創元社より刊行。世の中で書物という書物が失われた世界。ある村を舞台に「探偵」と呼ばれる存在が起こす連続殺人に、推理小説を知らない少年検閲官エノが挑む。

※11 イラストレーター。東京創元社から刊行された北山先生の作品について、表紙のイラストを担当。

※12 『名探偵 音野順の事件簿』として、幻冬社よりコミック化された(絵:山本小鉄子)。単行本全4巻が発売中。

(続く)