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Interviews

北山猛邦先生取材



4個々の作品について

―『私が星座を盗んだ理由』(※13)では物理トリックはあまり使われてないですね。

物理トリックや本格ミステリについてのこだわりをとりあえず捨てて、ミステリの別の面白さを考えながら書きました。たとえばミステリの面白さの一つに「読者への挑戦状」があります。これは結末の手前で一度本を閉じて、その小説について頭を悩ませるという、ミステリ特有の楽しみ方の一つです。でも実際に本を閉じて考えてくれる人はどれくらいいるのかっていえば、多分ほぼいないと思います。ではどうしたら実際にこの「小説について頭を悩ませる」楽しみを知ってもらえるだろうか、という事を考えた時に生まれた短編集なんです。

―紹介文にて「全てはラストで覆る」と書かれている通りですね。
 
 本当のことをいってしまえば、いずれの短編も本来なら書かれているべきラスト一行が存在しないんです。書かれていない結末を考える楽しみを味わってもらえたらいいなと思います。

―短編と長編はどちらが書きやすいですか? 
 
短編の方が色々できて、挑戦的なことも出来るので好きですが、労力でいうと長編一個と短編一個でそんなに差は無いんです。短編一本でも、そこに使うエネルギーっていうのは、長編一個に使うエネルギーとそんなに変わらない。とちらがいいとも言い難いところですが……

―登場人物の年齢についてもお聞きします。『少年検閲官』を除けば、大抵の作品では二十代くらいが多い印象を受けますが……

大学生を登場人物にすると本格ミステリは書きやすいです。老人とかは主人公にしづらいですね。あと少年検閲官とかはそうですけど、成長を書きたい場合には「少年」は一つのテーマになると思います。

―テーマに合わせてということですか。ちなみに音野と白瀬は何歳なんでしょうか?
 何歳なんでしょうね?(笑) 大学は出てるけど30にはなっていない、大体22から30の間、まあ25、6くらいじゃないですかね?でも白瀬は、その若さで仕事場を持っていて、音野一人を住まわせている。かなり売れている感じはしますよね。

―白瀬は推理小説作家ですよね。推理作家が書いていて、探偵を観測しているという形式ですね。
 それもまぁ一種の伝統芸能というか、作家である助手が探偵を描くというパターンの一つですよね。探偵と助手の関係の一つの王道ですね。

―『猫柳』も助手が主人公で、探偵を見ているという視点の書き方ですよね。

『猫柳』に登場する君橋は助手としての意識が高く、かなり真面目な記述者として行動しています。でも白瀬はそこまで意識は高くなくて、記述者ではあるけれど、パートナー、あるいは仲間としての意識がありますので……助手としては気安い部分があります。まぁ白瀬に関しては、音野に対するリスペクトもあり、パトロン?としての立場というのもあり、記述者、観察者としての側面もあり。でもその根本にあるのは友人としての関係だと思いますけどもね。
来年の一月(当時)かな、『猫柳』の続編(※14)が出ます。ここ最近は探偵助手について結構考えていたわけですけど、もし探偵について考えるなら、助手の存在はかなり欠かせないと思うんです。これを話し始めると二、三時間かかってしまいそうなので(笑)、かいつまんで言うと、探偵はもちろん一個として存在できるんですけど、助手がいることで、より探偵の存在が確固としたものになる。ほぼそのパターンだと思います。それが無いと成り立たないっていう探偵までいて、例えばワトソンがいなければホームズの活躍は記録できない。もちろんワトソンの無いホームズ物もあるけれど……ポアロにしたってヘイスティングスがいなければ、ポアロの活躍は記録されなかった可能性もあります。

―さらには「超人」に対する「一般人」の視点もありますね。

それらが助手の役割ですね。

―音野順の場合、白瀬がいなかったら音野は探偵として存在できませんよね

そうなんです。白瀬が意識的に音野を指さして「キミは探偵だ」ということで、探偵としてのアイデンティティーが保たれてるっていう面はありますよね。白瀬は単なる記述者ではなく、探偵を探偵たらしめてる存在なんです。そういう助手論を、「猫柳」シリーズではちょくちょくやっています。

―先生の作品は一人称作品が多いように感じますが…… 

「城」シリーズは全て三人称ですね。ぱっと見一人称に見えるんですけれども、三人称で書いていて……本格ミステリでより美しいのは、一人称より三人称だと思います。なぜならば一人称より三人称の、個人の思想や視点が入らない文章で書く本格ミステリの方がフェアだと、僕は思っているので。本格ミステリをやるにはちゃんと三人称を使うべきだと思っています。一人称は一人称で、登場人物の内面とかが入ってくるので、そこはそこで何か意味が無いといけないかなとは思っています。白瀬の記述なんかはコメディ要素としての役割がありますね。少年検閲官でいえば少年の成長であるといったものを書きたかったので。一人称、三人称を意図的に使い分けて、意味のある物にしていますね。書きやすいからとかではなく、それぞれの意図に合わせて選んでいますね。

―最近、電子雑誌に連載を始められたそうですが(※15)、何か気にかけたことなどはありますか?

書く上では全然気にしてないですね。デバイスが電子であるかどうかよりも、対象となる読者を気にしました。その電子雑誌は女子が主たる読者のようだったので、読みきりの時にはそういうイメージで書いたんですけど、隔月連載になった後は、ほぼ気にせずに書くようになりました。一応恋愛がテーマになっているのですが……僕の中ではミステリを意識せずに書いています。

―北山先生の恋愛観、女性像についても伺いたいのですが。 

テーマとして好きなのは、「手が届きそうで届かない」というか、「指先で触れあっているのか、触れ合ってないのか」っていうような恋愛ですかね。

―「城」シリーズもそんな感じですね。 

指先が触れ合ってるか触れ合ってないかと思ったら、触れ合った瞬間に台無しになってしまう、もしくは触れ合うことが出来ずに終わってしまう。そういうのが大体僕の書いてる恋愛テーマになりますね。手を取り合ってハッピーというのはそうそう無いんじゃないですかね。

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※13 2011年3月、 講談社から刊行された短編集。

※14 『猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条』2013年1月、講談社より発売。

※15 角川書店発行の電子雑誌『小説屋sari-sari』2012年4月、6月、9月号に北山先生の作品が掲載された。

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5北山先生ご自身について

―先生は盛岡のご出身と伺いましたが、作品の中で密室を描く際に影響を受けていたりされてるんでしょうか。

そうですね。もし東北出身でなかったら、雪の描写とかそんなに出来なかっただろうし、多くもなかったと思います。やっぱり雪が降った夜の空気は、住んでる人じゃないと分かりづらいと思うので。東京でも雪はたまに積もったりしますけど、向こうの感じとは少し違いますよね。すぐに溶けちゃいますからね。

―身近にないと、小説の中で書く上ではやはり厳しいんでしょうか。

たとえば僕が沖縄生まれだったら、雪なんか多分使ってなかったでしょうね。もっと浜辺とか海とか……

―他に何か地元から影響を受けたものってありますか?

地元っていうか、地元で引きこもってたっていうのは、かなり影響が大きいです。外に出るっていったら本屋さんくらいしか無くて。大学卒業した後は実家で暮らしてましたが、全然外に出ないので、周りの家からは「あそこの息子さん何やってるのかしら?」っていつも思われていたと思います(笑)。一人ぼっちっていうのはかなり影響あるでしょうねぇ……

―他の作家さんとの交流というのはありますか?

まぁ正直あんまりないんですが……一番仲がいいと思ってるのは辻村深月さんですね。

―お互いに解説を書かれ合ったりされていますよね。

あれ(『瑠璃城』)は僕がお願いしたというよりも、編集者さんがお願いしたものです。逆に『ふちなしのかがみ』(※16)の方は辻村さんから直接依頼がありました。

―作品の中ではヨーロッパ風の建築物などが多く登場しますが、ヨーロッパはお好きですなんですか?

特別好きというわけではないですね……まぁ普通です。要素的なものは多いですけどね、「城」シリーズとか。

―『アルファベット荘事件』(※17)の最初はドイツっぽい国でしたね。
 
雰囲気が何となくいいんじゃないですかね……小説の舞台として外国は、現実ではあるけど、日常からは離れた場所であり、そこにファンタジー的要素があると思います。

―「1941年のモーゼル」(※18)ではロシアを舞台とされてましたね。

あれは戦争の話なんで……近代、とくに第一次大戦くらいからの世界史が好きなので、そのあたりを舞台にしました。

―近代の歴史がお好きなんですか?

そうですね。たとえばイギリスなら、華やかなヴィクトリア時代が終わり、戦争に向かっていく世界観に興味を覚えます。それこそ「城」シリーズでは、「終わっていく」感じというか、何かが終わる世界観を描きました。戦争というのもその一つとしてあると思うんですよ。『瑠璃城』(※19)なんかはまさに戦争の真っ只中ですね。終末というテーマを描く手段としての戦争ですね。

―書く際に、読者の存在はどのくらい意識されるんでしょうか。

うーん、どれくらいかといえば……凄く一杯ですね。90?100%は読者を意識して書いてます。読者に楽しんでもらいたいとか、読者にミステリを楽しんでもらいたいとかいう感じですね。残り10%は自分が書きたいことであるとか、書くことで楽しいことを狙っています。

―先生は「終末観測所」 (http://trickhazard.blog87.fc2.com/) というブログをお持ちですよね。

放置気味なんですが……宣伝というか、公式な告知の場所として、一応存続させています。実際のところ、プライベートなことは書くことが全然無いんですよ。作家さんでブログやTwitterをやってる方は多いですけど、「どうしてそんなに書くことがあるのかなぁ」と思ってしまいます。その呟きを小説のネタとして温存しないのかな、とも思ってしまうんです。

―SNSにはあまり関心をお持ちではないんでしょうか。
やったとしても書くことが無いので……放置状態になりそうです。みんな楽しそうにやってますけど……いいですよね。でも実際、普通の読者から見て、作家さんの生々しい日常的な呟きを読むのって、どうなんでしょうね?

―TLに有名人たちの言葉が集まることで、相手が少し身近に感じられますね……。あと面白いツイートをしている方に返事を返すこともできるので、コミュニケーションツールとしても使えますね。

何かうらやましい感じですよね。僕が学生だったら確実にやっていますね。

―小説で影響を受けた作品はインタビューでも割と語っていらっしゃいますが、小説以外で何か影響を受けた作品はありますか?

映画もいろいろありますが、たとえばテレビだと「世にも奇妙な物語」ですね。かつて木曜の夜のレギュラー番組として、一時間の中で三本のドラマを、タモリさんが紹介する形でやっていたんです。それが好きで……これに関しては毎週見ていたので、影響はあるでしょうね。それ以外ではゲームもですね。

―ボーカロイドに関心がおありとも伺いました。

僕がもし学生時代にミクと出会ってたら間違いなくやってますね、そっちの道に進んでますよ(笑)

―ソフトはお持ちなんですか?もしくは購入を検討されているとか?

ソフトがあっても打ち込みの道具とか揃えるのにお金が必要で、ある程度の知識も必要らしいので、なかなか手は出ないですね。鏡音リン・レンなんかを使って、ニコニコに曲を上げてみたいですが……道は長いですね。

―ペンギンがお好きと伺っていますが、単行本の著者紹介の写真には毎回ペンギンのぬいぐるみが登場してますね。

これ実はストーリーになってるんですよね。

―サイン本にもペンギンを書かれていますよね。

振り返ってみると、自分でもこんなサイン書いてたんだと呆れますね……いくつかのパターンがありますが、基本的には一冊一冊違うペンギン書いてるんですよ。

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※16 2012年6月 角川文庫より刊行された辻村深月氏の小説。

※17 2002年、白泉社My文庫より刊行。雪の山荘「アルファベット荘」を舞台に、「創生の箱」を巡る不可能殺人の幕が開く。(※現在絶版)

※18 「ミステリーズ!extra」(東京創元社 2004年11月)収録。

※19 『『瑠璃城』殺人事件』。「城」シリーズ第2作。1243年フランスの「瑠璃城」、1916年のヴェルダン要塞、1989年日本の「最果ての図書館」三つの時空で起きた殺人事件が、探偵・スノウウィの存在により、奇妙な繋がりを見せていく。(※28)の箇所で触れられている、辻村深月氏が解説を担当した文庫版は、2008年3月、講談社より刊行。


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6おわりに

―ここで、ゼミのテーマでもある「二十歳」へのメッセージをお願い致します

特に友達がいなくて、一人寂しくしてる人に言いたいですね……そういう状態を拗らせることで、何かを生み出すきっかけになるんじゃないかと思います。孤独について、悩むのは当然でしょうけど、まぁ一過性のものだと信じて、そのありあまる時間を創作にでも使ってみるのはいかがでしょうか。
……でも出来る事なら仲間を見つけた方がいい。ミス研なんかに入ってる人もいるかと思いますけど、そういうの羨ましいなぁと思います。人から羨ましいと思われるようなことをするチャンスなので、すべきだと思います。

―最後に読者の方々にメッセージをお願いします

最近は音野順シリーズをはじめとして「軽い」感じのミステリーを書いてはいますが、今後そっちに専門的にシフトしていくということはありません。本格ミステリマニアしか喜ばない物だったり、逆にミステリマニアが喜ばないものであったり、色々なパターンで書いていこうと思います。様々なパターンの小説を出すと思うので、それぞれ色々な楽しみ方をしてほしいと思います。

―これからも「探偵」の姿を追い求めていかれるんでしょうか

悩む探偵というか、探偵としての意識に苛まれている人たちを今後も書いていこうと思います。

―ありがとうございました。

(2012年11月29日 ルノワール池袋東口店にて)

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話の中でヒーローについて触れる場面があったが、まさに近年のヒーロー作品には、絶対的なヒーローが存在しないのだ。例え元々悪であったヒーローなど、一般的に想像される「ヒーロー」の姿とはややかけ離れた存在となっている。いやむしろ、今はそうした正統派でない存在こそが真の「ヒーロー」とされるのだろうか。
「探偵」も、普通の人にはない特別な力を持ち、普通の人には解くことのできない謎を見事に解決していく。「ヒーロー」に近い、むしろ同義な存在である。果たして探偵は王道、邪道、どちらが求められていくだろうか。企画を続けていく中で考え続けていきたい。
北山先生、本当にありがとうございました。



※以下、『『瑠璃城』殺人事件』ネタバレ注意













ペンギン描いてもらいました