技術、コミュニケーション能力だけでは不十分
―仕事が得られるかどうかはどういったところに起因するのでしょうか。ある一定のレベルに達した後は、コミュニケーションできる能力が大事なんですよね。例えばバンドで音楽を作るという作業で、あるメンバーに対して、「ねえねえ、そのフレーズいまいちじゃない?」って言った時に、「俺はこれ最高だと思ってるからさ。」って言われたら、非常に気まずい雰囲気になりますよね。その時「ああ、そうかもしれない。じゃあ別のフレーズ考えてみようか……」っていう風に会話がつなげられる人だったら、またその音楽は変わっていきますよね。「俺が俺が」を常に出しちゃう人はダメ。だけど、それがない人もダメなんですよね。「俺が俺が」でいってほしい場面って特にギターでよくあるんです。だから場ごとに上手く空気を読める人じゃないとやっていけないんですよね。もちろん極度の天才にはあてはまらないかもしれないですけど。
―破天荒なイメージのあるロックスターもいまや空気を読むことが必要なんですね。
性格の悪いアーティストは、スタッフがついてこなくなって自然淘汰されちゃってますからね。でも、空気も読めてなおかつ良い人だったら仕事があるかというと、そうとも限らないですね。それは、ミュージシャンになりたい人があまりにも多いからです。だから、僕はプロを目指してる人に、腕前も十分で人間的にも良い人なのに仕事がないっていう現実のケースを提示しますね。で、厳しいんだなってことをその資料によって分かってもらう。そして、現に僕も食えてなかったかもしれないですからって言うんですよね。僕が食えてるのはなんでかっていったらCD付の教則本が始まるところにいたっていう、偶然のところなんです。だから、他の仕事でも何でもそうなんですけど、ミュージシャンとして重要なのは1番目にいるかどうかなんですよね。
第一人者以外に価値はない
―結局は第一人者が成功するということですね。はい。その市場が開拓される第一番目にいない限り、あまり価値はないんです。つまり、何かしらのモデルケースがあってそれを後追いする状態で始めたものはビジネスとしても絶対無理で。たとえばサザンオールスターズってもう完全に定着していますよね。でも、サザンオールスターズそっくりに歌える人ってほぼ絶対に売れないですよね。もの真似芸人という仕事としてはあり得ても、少なくともサザン的な売れ方とは異なります。ですから、ポピュラリティを獲得した第一人者であるかどうかで、その後の仕事が決まるという感じ。これは全部の世界でそうですよね。
僕はバンドをやっているプロ志向の人にそのことを伝えるときiPhoneとAndroidの話をよくするんです。iPhoneはすごく良いとか周りからよく聞きますよね。でも、他よりも絶対的に性能が優れているかっていうとそうでもないですよね。お財布機能がついていたりとかAndroidのスマホの方がずっと優れているところもある。でもiPhoneの良さってありますよね。それ、どういうところだと思いますか?
―どこでしょうかね……。デザインがシンプルなんですよね。それがいいなと。
そう。iPhone は精悍というかバランスが良いというか、きちっとしてるでしょ? これは、iPhoneを開発したときにiPhoneのようなスマホはなかったからなんですよね。市場もなかった。だから好きに形を決められて、最高と思うものを純粋にやればそれで良かったんですよね。そしてiPhoneが市場を獲得したらマーケティング的にそのビジネスがあると認識し、後追いでみんなやりだしたわけですよね。そうするとAppleから訴えられないために、丸じゃなくて四角いボタンにしたり、ちょっと変な縦横比にしたりするわけですよ。けれども、すでに本物が念頭にある中で生み出したものは必ずどっかでバランスがおかしいんですよ。
バンドもビートルズが出たときは、あんな風にスタジアムを回るバンドは皆無だったわけですよね。で、ビートルズはそこでポピュラリティを獲得したので、ずっと残ったわけです。もちろんビートルズ自身のクォリティに依るところも大きいと思いますが。それでビートルズの後に、ビートルズのようなバンドって、ホントはむちゃくちゃいっぱいデビューしてるんです。でも、普通の人は一つも知らないですよね。残ってないんです。だから、芸術的な方面では特にそうなんですけど、その道の第一人者にならない限り、ポピュラリティを得るという意味ではダメなんですよね。
そういう意味で言うと、たまたま僕は教則本をCDつきで売り出そうという始めの頃にいたんですよ。これはもう実力とかではなくてタイミング的にはまっただけです。それでブワーっとそういう教則本を出しちゃった。で、DVDも23本出したんですよね。そのあと多くの人が教則本を売り出し始めたわけです。その時に「宮脇さんが全部書いちゃってるから書くことなくて困るんだけど。」とか言われたんですよね。だから先行逃げ切りみたいな(笑)。
―現代であらゆるジャンルがやり尽くされて第一人者になるのは難しいような気もするんですが、その中で第一人者になるためにはどうしたらいいのでしょうか。
一つのポイントは、ポピュラリティを獲得して、音楽に詳しくない人にも知ってもらえるかどうかだと思うんですよね。メディアに全く出ないでも変な事をしている人はたくさんいるし。でもポピュラリティを獲得していなかったとしたら、先に売れたほうが第一人者になる可能性もあるんですよね。
あとは時代の潮目っていうやつでしょうか。どんなにすごいクォリティのあるものができたとしても、時代が移り変わるときに必要とされているもの、もしくは欲しかったんだと時代が気付いてくれるものじゃないとダメなんですよね。「醤油顔、ソース顔」の流行りってありましたよね。時代によって求められる顔が違うと。醤油顔全盛の時代だったとしたら、いくらソース顔の人がいたとしても、仕事はないわけです。つまり時代が求めているものっていうのは変わるわけなんですね。80年代の女の人の眉って今見るとなんか変ですよね。だって太いでしょ。でもあのときはみんなそれで正しいと思ってた。だから当時、薄い眉は逆に変だったんですよ。
つまり世間全体が非常に流動的なんですよね。その流動的な中で必要とされているものがどれなのか、本当は誰も分かっていないから、レコード会社は9割失敗するんです。その中で、1割がラッキーにも引っかかってヒットできるから、残りの9割の赤字をカバーできるんですよね。方程式も何もないですよね。だって「今でしょ!」ってなんで流行ったのか分かんないし、ダンディ坂野の「ゲッツ」だって流行らなかった可能性はいっぱいありますよね。だから、音楽だってプロフェッショナルな演奏レベルでないともちろん仕事はできないけど、うまいからといって仕事があるというわけではない。