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「探偵」企画 米澤穂信先生取材



3 米澤作品(<古典部>シリーズ、<小市民>シリーズを始めとする個々の作品)について

──<古典部>シリーズと<小市民>シリーズでは、モブキャラの扱いであったり、親が出てこなかったり、登場人物の扱いがかなり絞られている、それはなにか意図があってのことなんでしょうか。

明確な狙いがあってのことではないかと思います。特にミステリにおいては登場人物が増えるにつれて容疑者が増えてしまうので(笑)。基本的には、「解決篇の前で読者が解決に至ることができる」というのがミステリですから、あまり登場人物を出し過ぎるのも、それはそれでよくないと思います。

──登場人物に愛を持つことはありますか。

それは、愛は全員に持っています。

──「幸せにしてやりたい」という愛なんでしょうか、それとも「物語の中で動かしてやりたい」という愛なんでしょうか。

そうですね、登場人物に対して愛は持っていますが、プロットの要請のほうがより重いんです(笑)。
まあ、可哀想だなと思いながら(全員爆笑)……可哀想なことになってしまうこともありますが……。投げ捨てているわけではない、とは思います。

──少し話は変わるんですが、日常の謎についての質問があるんですが、例えば若竹七海さんが『五十円玉二十枚の謎』(※33)のように、実際に自分の生活のなかで体験した不思議なことを日常の謎としてプロットにして、発表するってことは多いんでしょうか。

「おいしいココアの作り方」がまさにそうですね。それ以外にも、まあいくつかあることにはあるんですけれども、そんなに公言することでもないかなあ、と。

──「シャルロットは僕のもの」(※34)とか……。

「シャルロットは僕のもの」『夏期限定トロピカルパフェ事件』の最初の話……いや、二番目の話なんですが、具体的にああいうやりとりを誰かとしたわけではないんです。自分でケーキを買ってきたときに、食べてしまった箱の中をみて、「あ、これ、いくつ入っているかわかるね」って思ったのが発端でした。そういう日常からの気づきというかプロット構築というのは、割と日頃からやっています。

――『氷菓』と『愚者のエンドロール』でどちらも多重解決ものが使われていますが、これはやはり『毒入りチョコレート事件』の影響が大きかったんでしょうか。

そうですね。特に『氷菓』は解決シーンが、資料を出し合って意見を出し合っていくテキストクリティック(本文批評)の形になっています。あの形が『毒入りチョコレート事件』形式だというのはあまり言われないんですが、実はあれの方が『愚者のエンドロール』より先んじて『毒入り』形式を書いているんです。ただ「多重解決」じゃないんですね。「純粋にいろんな人がいろんな事を言って、そうした口論を繋ぐだけ」という形だったら、それは多重解決とは言わないと考えています。「ボクはこう思うんだけど」っていうのだったらワトソンだって言っています。『毒入りチョコレート事件』形式という場合には、Aがまず論じた場合、その論もしくは論拠にした物を下敷きにして、Bがそれを元に立案する。CがBの論を元に立論する。重なっていくところが無いと『毒入り』形式とはいえないと思うんです。自分はその点に関しては意識してるつもりです。

──ちなみに『毒入りチョコレート事件』はいつ頃読まれたんですか。

学生時代だというのは覚えているのですが、大学二年生くらいじゃないかと思います。

──『ボトルネック』(※36)は大学時代に考えついたとのことですが、「全能感」が底に流れる『氷菓』と、「無能感」が底に流れる『ボトルネック』では、どちらを先に考えついたのでしょうか?また、関連はあるんでしょうか。

着想は『ボトルネック』の方が先だと思います。実際に書いたのは『氷菓』の方が先ですが、これは「無能感」というものに対して直接アプローチすることが、当時の自分の力量では難しいと思ったので、まだ手が出なかったんです。小説家としてというか、小説というものを書くという経験を通じて、ある程度技術力を磨いてようやく書けるようになったのかなあと感じています。
「全能感」と「無能感」が通奏低音とおっしゃいましたけれども、あれは率直に言って『ボトルネック』だけの話だと思ってもらったほうがいいかと思いますね。『ボトルネック』が書けないから『氷菓』をこうしよう、といった具体的な考えはなかったと記憶しています。

──『ボトルネック』を書く際に、「友人」の役を一人封印された、という話を聴いたんですが。その「友人」役というのは一体どういうキャラクターだったんでしょうか。

いや、忘れましたね(笑)。もう6年ぐらい前ですかね、着想からは10年以上経っていますから……すいません。

──青春ミステリのことなんですが、古典部シリーズと小市民シリーズ以外の青春ミステリは書かない、とおっしゃっていましたが、「913」(※37)は青春ミステリではない、という位置づけでしょうか。

青春ミステリを書かない、と言ったから、もう二度と絶対書くつもりはない、っていう意味ではないですよ。そういうシリーズを3つも4つも増やすのはいかがなものかと思っている、という程度のものですから、断筆宣言とかそういうわけではないですから。(一同笑)
特に「913」については、集英社さんが集英社文庫のナツイチでまとめられた『いつか、君へ/Boys』『いつか、君へ/Girls』という、青春小説のアンソロジー、テーマアンソロジーのご依頼だったんです。


──『さよなら妖精』(※38)はもともと<古典部>のシリーズとして作られていたと伺ったんですが、<古典部>として作られていた場合、どこまで実際に作られた作品と同じであったり、違っている部分はあるのでしょうか。

そうですね、あれは、ほぼフルに同じでした。ただ、『さよなら妖精』では、主人公を引っ張る、謎に導いていく役が、大刀洗という女性と、マーヤという女性の二人に割り当てられました。一方で、マーヤの寄宿先として白河という登場人物がいまして、最終的にマーヤのことを心配しているのは白河です。古典部の場合はマーヤに宿を貸すのは千反田ですし、その行方を心配して主人公、探偵折木とやりとりするのもすべて千反田がやりますから。多少、誰と何を話したか、っていうのは入れ違っています。


──『氷菓』で最初の部室棟のミステリで「部室棟のドアは内側から鍵は絶対にかけられない」と書かれていましたが、でも、そのあとの「遠垣内さんが内側から鍵をかけた」っていうところがあるんですが(※38)、読んでいて違和感を覚えたのですが……

あれは「内側からは〈鍵がないと〉掛けられない」でした。内側からつまみでカチャッとすることができない、内側から施錠する場合も合鍵で錠前を掛けなければいけない、なので、正確には内側からじゃなくても、どうであれ施錠する場合は、うちからでもそとからでも鍵が必要だ、っていう程度の意味です。実際に自分の学校の仕掛けがそうでした。普通の鍵って、内側からならつまみで施錠できますよね? あれができないってことなんですよ。

──アニメでも気になってしまいました。

「鍵がないと」ってちゃんと言ってるし書いているんですけれど、みなさん、「あれ、掛からないんじゃなかったの?」って言われるんですよ。傍点でも振っとけばよかったかなと思います。


──最後に<小市民>シリーズでいくつか質問がございます。一つ目、「冬期限定」のスイーツは一体和風でしょうか、洋風でしょうか。

「作品内容及びタイトルに関する質問は、東京創元社からの公式発表を待ってください」
まぁ、大人なんで(笑)

──「冬期限定」の長さはどれくらいの量になりそうですか。

執筆完了した時点でアナウンスできると思いますんで……てかまだ何もやってないんで答えられるわけないじゃないですか!(爆笑)

──ではせめて、「冬期限定」を待っているファンの方々にメッセージをお願いします!

小説をそれぞれ出版社ごとの約束に基づいて、一つずつ順番に良い物を書いていこうと思います。「冬期限定」を書く順番が来たらその時は全力で書きますし、着手した段階で、今「冬期限定」を書きはじめました、くらいのことは言えれば思っていますが……出来あがった時点で刊行に値するかということは編集部が判断するので、僕が書いても編集部がこれはダメだといえばやり直さなくてはいけません。ですので、着手の報告は出来ませんけれども、刊行の目処が立ったら出来る限り早く皆様にご報告したいと思いますので、お楽しみにしていただければいいと思います。

──今のメッセージは<古典部>シリーズの続編を待っている方々へのメッセージと受け取ってもよろしいでしょうか。

そうですね。各社とお約束という物がありますので、なかなか順番が来なくて申し訳ないですけれども、雑誌掲載の機会を見つけて少しずつでも進めていきたいと考えております。

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おわりに

──最後に、先生が二十歳の頃に、何を考えていて、何をどんなことを思い悩んでいたか。そしていまの二十歳の人たちに向けてのメッセージを頂ければと思います。

僕が二十歳の頃というのは、ちょうどインターネットというツールが広まり始めて、自分の小説というものを書いてそれを発表する場所というのを始めて得た時期です。それで、習作も含めて、毎日ショートショート書いたり、昔書いた長編をリライトしてみたりしていました。小説を書くことが非常に楽しかった時期なので、それ以外になにがあったのかということは、実はあまり覚えていないですね。
今の二十歳の人たちになにかメッセージを、と言われますと、まあ、あんまりないですね(笑)。自分が言いたいこととか、言うほどのことであれば小説にしていますし、そうでなければ言うほどのことではないと思います。

──「小説の作品のなかに自分のメッセージをすべて詰め込んでいる」ということでよろしいでしょうか。
僕から誰かに対するメッセージではないですね。小説の中に、誰かから誰かが相手のメッセージをいれてしまうと、それは小説の中で明らかに説教になってしまいます。説教、もしくは、作者が顔を出すのは好みではありません。なにか思うことがあれば、それは表現に昇華させたいなあ、とは思っています。

――ありがとうございました。

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※33 推理小説家の若竹七海が学生時代に体験した、千円札を五十円玉二十枚に両替した老人に関する謎。『競作・五十円玉二十枚の謎』(1993年)にて、数多くの推理作家や一般公募による答えが発表された。

※34 <小市民>シリーズ第2作『夏期限定トロピカルパフェ事件』収録の一編。小佐内に頼まれシャルロットを買ってきた小鳩。あまりの美味しさに3つのうち2つを食べてしまった小鳩は、「シャルロットは最初から2個しかなかった」という事実を捏造するために策を巡らすが……。

※35 2006年、文藝春秋社より発行。東尋坊の崖から落ちてしまったはずの主人公・嵯峨野リョウは、「僕の生まれなかった世界」に辿りつく。

※36 「小説すばる」2012年1月号に掲載された短編。図書委員を務める二人の男子生徒が、先輩女子の依頼により、亡くなった祖父の金庫を開ける暗号の解読に挑む。

※37 2004年、東京創元社から発行された青春ミステリ作品。1991年?92年の日本を舞台に、ユーゴスラビアからやってきた少女・マーヤと高校生たちの交流を描く。

※38 『氷菓』冒頭にて、折木が千反田と出会ったときに遭遇する謎が、「なぜ千反田は部室に閉じ込められていたのか」である。

(2012年7月26日 吉祥寺、武蔵野珈琲店にて)
参加者:浦川・後藤・笹岡
協力:新月お茶の会(原田・御幡・笠原)
編集:浦川・後藤
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お話の中で特に印象に残ったのが、「プロットとキャラクターの関係」についてだ。先生が小説作りで重視しているのが、物語の設計図であるプロットであるという。キャラクターに対して愛は抱いているものの、プロットに従って動かしていくことが何より最優先事項であるという。
思えば「探偵」というキャラクターも、「不可解な事件に巻き込まれ、その真相及び犯人の究明に挑戦する」という鉄則は、どんなにキャラクターやスタンスの変化にも関わらず消えることはない。物語世界において「探偵」のあり方を与えられてしまったキャラクターには、その購えない運命に哀しさすら感じてしまう。
小説以外にも、漫画やアニメと様々なメディアへと活躍の場を広げていく「探偵」たちは、これからどのようにその役割を演じていくのか、心して見守っていきたい。

米澤先生、及び取材依頼の件でご尽力いただいた新潮社の小林さんに、厚くお礼申しあげます。本当にありがとうございました。