せっかく少しずつ開花してきた桜が暴風にさらされるという悲しみに襲われていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。飢えだの住む辺りでは咲きはじめの桜が暴風で散らんとしている中で桜祭りが始まりました。悲しいですね!ちなみに去年は桜が散ったあとに桜祭りが始まりました。世の中ってうまく行かないものですね!
というわけでまた更新停滞にかこつけて、BLレビューをアップすることにしました。「BLレビューの更新は月1回にしろ!」とのお達しがあったので、その通りに。世の中って世知辛いですね。
というわけで、世知辛い世の中人の中で、明るく生きる二人+αを描いたBL、ありいめめこ先生の『半端なKOIならヤメにしろ!』を今回は紹介しようと思います。
※現在文苑堂のものは在庫切れでAmazonの価格が原価の4倍近くになっていますが、今夏一迅社から新装版が出るらしいため、そちらをお買い求めになると良いかと思います。
飢えだは文苑堂版をすでに持っているのだけど、まさかこんな価格になるなんて…想像だにしなかったなあ。これも一重にめめこお姉様のお力なのだろうか。
(2012年8月20日追記)
『半端なKOIならヤメにしろ!』新装版が一迅社から『闘う!!ラブリーエプロン』として発売されました。内容は概ね文苑堂版と同じですので、お買い求めの際はご注意ください。
舞台は保育園。保育士の一瀬直樹は園児に「なおき!」と呼び捨てにされてしまうような情けないお馬鹿キャラ。園児にはなつかれる(というより同レベルに見られている?)も、他の仕事はさっぱり駄目で、保護者のクレーム対応は大の苦手である。そんな直樹とは対照的な大学生のアルバイト事務員が万城目凌。クールでかっこよくて切れ者で、しかも厭味ったらしい性格で…直樹は凌に対して強いライバル意識を抱いていく。しかし、ある日思いっきり濃厚なキスをいきなり凌にかまされてしまい…というのがあらすじ。
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フヘヘヘヘ、すいません、あらすじを読んでいると笑いが止まらなくなってしまう。こうゆう年下攻め物大好きなんです。
攻めが年下であるという若さを武器に攻めていって、受けが年上とは思えないかわいらしさ!っていうのはそんなに好きではない…
年上の受けは、年下の攻めにコンプレックスを抱いていて、攻められることにプライドが許さない。一方、攻めは受けの前では普段の余裕を失ってしまう。受けは攻めに迫られて、プライドが瓦解してしまう、でもたまに年上としての意地を発揮する、というシチュエーションが飢えだの萌ポイントなのだ。
この『半端な?』はまさにこの通りで、普段はクールな凌も若さ故か直樹の前では余裕を失ってしまう。しかし、直樹も負けているだけではなく、プライドを発揮することもある。事後、また厭味ったらしく接してくる凌に、直樹は
「俺でイッたくせに」
とか言ってしまうのだ。
めめこお姉様が描く受けは黙って攻められているだけではなく、たまに反撃をかます。その二人の関係が恋愛において対等であるのが読んでいてすごく素敵だと思う。
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めめこお姉様の魅力として濃厚なキャラを持った登場人物たちがあげられる。
直樹がお馬鹿なのは言うまでもないんだが、更に天才的なアーチスティックスキルが加わる。そのアーチストっぷりたるや、直樹が作った「フェミニン」な雪だるまや「ウルトラキュ?ト」な絵を見て園児が泣き出すほどである。
欠点なしと見える凌も、実は重度のコミュニケーション天然ちゃんなのだ。直樹にキスをした時、「まさか、コイツ、オレのことが…!?」とどぎまぎする直樹を尻目に、
「あまりにもおもしろすぎて つい」
といってしまったり(凌にとって「おもしろい」とは「かわいい」という意味なのである)、愛の伝え方がわからず悶々としてしまってすれ違ったり、物語のキーポイントとなっている。かっこいいのに、グルグルしている頭の中がかわいらしい。他にも、真顔で「オレは顔以外も好きなのに不公平だろ」と言うこともあり、凌の言動は読んでいてとても面白い。
直樹の友人や園児、同僚の保育士などの脇役のキャラも濃い。また、直樹の妹たちも粒ぞろいだ。めめこお姉様が描く女の子はみなとてもかわいいのだが、どの子も行動が残念で非常にシュールである。重度のブラコンである3番目の妹、未央は、
「農場の人に見つかっちゃってとっさにヤギのマネしてさー」
「お兄ちゃんがどこぞのセクスィー悪女の貢ぐ君(古)に!!!!!!!」
などと発言しており、かわいらしい見た目とのギャップが激しくて、めめこお姉様の秀逸なギャグセンスに脱帽である。BLはどうしても恋に落ちた二人のみに焦点を当てがちで、あたかも二人だけで世界が完結しているように見えてしまうのだが、めめこお姉様の作品はそうではない。ごちゃごちゃな世界だからこそのリアリティや温かみがあるのではないか。
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またストーリーの緩急の付け方がとてもいい。ギャグは弾むように進み、シリアスな場面はそれまでのテンポの良さとは一転してゆったりと進む。その書き分けが巧みで、読んでいて笑う所では笑い、感じいる所ではしっとりと物語に浸ることができる。
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そして何より楽しいのがごちゃごちゃとした世界である。表紙のカバーもそうなんだが(一迅社の『ひとりじめボーイフレンド』の表紙のほうがこの傾向は高い)、一枚の絵がとてもごちゃごちゃしている。カバーには主人公の二人のみならず、ロディーやら熊やらやたら書きこんであり、裏表紙には直樹の妹達や園児達、同僚の先生たちまで描いてあり、とても賑やかである。それは表紙に限らず、直樹が激怒するときに、一緒に堪忍袋も描いてあったり、直樹と凌のキスの効果音が『がっちゅん』だったり(確実に前歯がぶつかっていそう)して、細かく絵を見ていく楽しさもめめこお姉様の作品にはある。
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ごちゃごちゃとした舞台に、一癖も二癖もあるキャラクターが花を添え、緩急豊かなストーリーに読者は引き込まれていく。このキュートでポップな「めめこワールド」が飢えだは大好きなんです。
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印象的なシーンがあるため、一つ紹介しておこう。
凌が就職活動のため欠勤したある日、直樹は凌の分も自分がこなせる!と意気込んで仕事に打ちこむ。しかし、案の定ダメダメで、何もばっちり決まらない。意気消沈していたら、凌が帰ってきて、二人でこたつを買って、俗に言う「おこたデート」をすることに。
凌はこたつに入ったことがなかった。凌の家庭は書き下ろしで明らかになるのだが、大きな家で、親子団欒という雰囲気ではなかったらしい。
しかし、ここで描かれているのは温かい家庭で育った直樹と、寂しい家庭で育った凌という二項対立ではなく、二人を中心とした全く新しい世界である。凌は孤独な世界から、直樹はうるさすぎるほどにぎやかな世界から、二人の世界に移った。凌は直樹の家の暖かさに憧れているのではなく、直樹も自分の家のうるささを忌み嫌っているわけではなく、自分の故郷は変わらない。
このこたつに入る二人の姿は、新しく生まれた愛すべき空間なのだ。
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直樹は言う。
「毎日みたいに誰かと誰かが喧嘩してた…だから…なんか こんな感じに静かに誰かと過ごすなんてなかった かも」
「オレもだ」
そして凌はこう続ける。
「お前がいてくれてよかった」
その後に「感動したか?」と言ってしまうのが凌らしい。自分が必要とされ、自分でいいという承認が直樹の心に染み入る。世間的には自分はダメダメでも、誰かの癒しとなる。それは一方的なものではなくて、双方向的なのだ。
直樹の存在が凌を支え、凌の存在がまた直樹を支える。この関係は一見二人の世界で完結しているように見えるがそうではない。社会とつながりなくしてこの関係は成立しない。『半端な?』はその二人の関係をうまく描いていると思う。
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一人だけで物語は成立せず、他者との関わりを避けることはできない。他者と交われば、いいことも悪いこともあるだろう。
それでも寄り添って生きていく人々が、何より美しいのではなかろうか。
【感想】