KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Reports > Dieu réunit ceux qui s’aiment…-「図書館で会いたい」今市子、「僕の初恋について」高永ひなこ

Reports

Dieu réunit ceux qui s’aiment…-「図書館で会いたい」今市子、「僕の初恋について」高永ひなこ



結ばれない商業BLって探しても探してもなかなか見つからない。

今までもなかなかバッドエンドのBLって読んだことない。十中八九ハッピーエンドで終わる。確かに、BLは最終的に結ばれてくれないと物語は成立しにくいし、ただでさえ悲劇性を帯びやすい主題だから、そこに失恋なんて加わったら見るのも恐ろしいという読者のニーズがあるのかもしれない。でも、結ばれる恋あれば敗れる恋もあり。

だって、よくあるノンケのA君がこれまたノンケのB君が好きになっちゃって、A君は葛藤を経てB君に思いを打ち明け、B君も悩みながら思いを受け入れるって、いやそれありえないでしょう、よくよく考えると。セクシャリティの壁を乗り越えるのってそう簡単ではないと思うんだけど。でも、日々そんなお話を読んで「俺はホモなんかじゃない!お前のことだけが好きなんだ!」とかっていうセリフを「なーに言ってんだか」とか鼻で笑いながら内心萌えて、当たり前だと思っている自分にたまには日曜の朝ばりに喝を入れてみようと思う。

そう思い立ったのがバイト帰りの電車の中で、喉が渇いたので大切にとっておいたBLじゃなかったビールを開け(気がついたらshiftキーを押していた自分が怖い)、夜中にごそごそと自宅の本棚を漁ってみた。感想書いてない比較的自由度の高い短篇集とかだったら収録されてるかもしれないと探してみたら、ありました。少しだけだけど。

 

一作目は今市子の『五つの箱の物語』(2005、朝日ソノラマ)という短篇集に収録されている「図書館で会いたい」という作品だ。この作品、正確に言うとその後に続く「花曇り」のプロローグ的な存在だから厳密には失恋ものではないけれど、えーいままよ。

(作品の短さ故以下完全にネタバレになってしまいますが、ご容赦下さい)

.

就職が決定し、大学を卒業した宇佐美一成は、勤務が始まる6月まで母校の大学の図書館で気楽なバイトを始めた。そこで出会った上司高屋は「黒イモリ」とあだ名が付くだいぶセンスが独特(言うまでもなく性格も)で、宇佐美は最初辟易してしまう。ある日、高屋が恋人の小林と図書館でキスをしているのを目撃する。しかし、高屋は恩師の娘と婚約してしまう。宇佐美は望まない結婚をし、自分をごまかす人生を高屋には送ってほしくないと、宇佐美は思い始める。

最終的に高屋は婚約を破棄して小林と駆け落ちしてしまう。突如消えた高屋の埋め合わせに追われる図書館に、宇佐美宛の電話がかかってくる。相手は高屋だった。高屋は礼を宇佐美に述べるとともに、こう言う。

「だっておまえオレのこと好きだろ?」

何いってんですか!と動揺する宇佐美の言葉を高屋は「そーゆー意味じゃないって」と笑いながら否定する。高屋の言った「好き」は最初自分のことを辟易していた宇佐美が次第になついてくれて、婚約のことで悩んでいた時に心の支えになってくれて、最終的には自分の人生を慮るまで親しくなってくれた、というレベル止まりで、高屋の考えていた二人の関係はあくまでもバイト先の上司と部下というものだ。決して小林との関係のようなものではない。

電話が切れた後、宇佐美の心にふと疑問が浮かぶ。

「結婚させたくなかったのは 高屋さんのためじゃなく 自分のため・・・?」

もう高屋に会うことが出来ない書架の間で、宇佐美は喪失感に打ちひしがれる。この構成がとてもうまい。高屋は宇佐美の隠れた恋心に気づかず小林とともに駆け落ちをして、メッセージを残す。宇佐美はメッセージを聞いて初めて自分の中で育まれていた感情に気づき、それと同時に自分の恋が一瞬で終わってしまったことにも気づくのだ。

今市子特有のテンポの速さに釣られ、読者にも主人公が感じたような悲しみがチクリと胸に刺さる。短編の軽やかさのせいか、沈鬱な気持ちにまでは至らないのだが、確かな悲しみが最後の書架に寄りかかる宇佐美の姿から感じられる。

この主人公の気持ちが恋まで発展しているか親愛の情止まりなのかは飢えだにはわからないのだけど(詳しい方教えて下さい)、一応主人公はしっかり「失恋した」って言っているし、主人公目線で物語は語られているから問題無いだろう。

.

.

もう片方の作品は高永ひなこ先生の『CROQUIS』(幻冬舎、2004)に収録されている「僕の初恋について」である。

(こちらも同様に完全なネタバレとなりますので、ご注意下さい)

.

高校生の鳥居はクラスに一人はいる真面目で地味な優等生タイプで、本の趣味が合うという理由で正反対の社交的でスポーツが好きな加茂田と親しくなる。高2の夏にクラスでキャンプに行った。明け方寝苦しくて鳥居が目を覚ますと隣で寝ていた加茂田の姿が見えない。テントの外に出ると、海岸でクラスの女子と寄り添う加茂田の姿が見えた。その瞬間、鳥居は自分が失恋していることに気がつく。加茂田はその女子(芝田)と付き合い始め、二人は自然と疎遠になってしまう。実は、これには裏があるのだ。数年後社会人になった鳥居は同窓会で加茂田と芝田に再会する。そこで鳥居がその話をすると、芝田は、実は加茂田がこっそり持ち込んだビールを飲んで気持ち悪くなって嘔吐していたところを、彼女が介抱していただけだったという。自分の失恋があっけない笑い話だったことに気づき、鳥居は長年の悲しみが和らぎ、むしろすがすがしい思いになる。

これも「図書館で会いたい」と同じく、気づいたと同時に恋が終わるパターンだ。しかし、「僕の初恋について」の方が少し希望を持たせた終わり方になっている。長らく断絶していた鳥居と加茂田の交流が再会することを暗示する終わり方になっているし、加茂田と芝田の結びつきの強さに鳥居は納得して、少し救われる。

ここまでは、偶然失恋した鳥居がかわいそうだな…と思わずにいられないが、「僕の初恋について」には加茂田サイドで描いた続きがある。実は加茂田も鳥居のことが好きだったのだ。あのキャンプの晩加茂田は意を決して鳥居に思いを伝えようと思い、景気づけにビールを飲み、あんな結果になってしまった。

加茂田は後悔を覚えながらも芝田の告白に応じ、自分の気持ちがバレてしまわないように鳥居を避けがちになる。

「もしかしてオレの気持ちに気付いていたのか・・・? ・・・違うよな・・・? オレは友人としてのお前まで失ってはいないだろ?」

と同窓会の晩、加茂田は心のなかでつぶやく。

でも仮に加茂田が鳥居と友人として付き合いを再会したとしても、鳥居にとっては幸せなのかなぁ。鳥居もうあの失恋をあくまでも思い出として終わらせようとしているけど、どっちがいいのだろうか。

.

.

改めて読んでみて、やっぱり失恋物は辛いなーという気がしてしまった。薦めておいて恐縮だが…

でも恋愛において選択や愛の不平等は避ける事はできないし、その暴力性を誰も責めることは出来ない。惚れた腫れたの結果は、選ばれ、選ばれなかったという単なる事実であり、その選択を非難する権利は宇佐美にも鳥居にも、誰にもないからだ。それゆえ鳥居は静かに加茂田の前から去っていこうとした。でも、選択をすることは容易なことではない。選択をすることで愛を代償にして他の人に嫌われるかもしれないし、逆に全てをぶち壊してしまうかもしれない。そういったリスクに飛び込んでいかなくてはならないから、怯える気持ちもよく分かる。鷺沢萠の『バイバイ』(角川書店、2000)で描かれる男はまさにその類の人間で、同時に3人の女性と付き合うことになってしまう。読んでいて最初は「ったくしょうもない男だなぁ」と思っていたが、読み進めていくうちに男の背景などを知り、自分が彼の立場だったらと思ったら(この仮定が反実仮想なのは置いといて)、そう簡単に文句を言えなくなってきた。

BLでは避けられてばかりの失恋物だが、飢えだはぜひ書いて欲しいと思う。折角読むBLだからわざわざ悲しい物語を読みたくない、という理由も十分理解できるのだが、恋愛という主題を扱うのならば、失恋に終わる物語もあっていいし、男同士という成立しにくい状況ならば描く対象はたくさんあると思う。自分の思いへの葛藤や拒絶、今までの関係が変化してしまうのではないかという不安。そのような感情を今までのBLのキャラクターは良くも悪くも力強く乗り越えてしまっていた。そうではない、乗り越えられず生まれる悲しみや後悔も人間の大切な側面だと思う。

 

ふと時計を見たら夜中の3時。明日は一限…こんなレビューを秋の夜長にビールをお供にして書いてしまった自分にどうか幸あれ…どころではなく、幸あって下さい。mayじゃなくてmustくらいの確実性を持ってさーMon Dieu, mon Dieu, la vie est là?

(現在二冊とも絶版となっており、中古でしか手に入りませんが、ぜひ手にとって見て下さい。短篇集なので今回紹介した作品以外にも優れた作品が掲載されています)【感想】