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Interviews

川原礫先生(小説家)・三木一馬様(電撃文庫編集者)取材

ウェブ小説が熱い!何本ものウェブ小説が出版社の目にとまり、商業出版されている。
でも、ふと思う。
一体ウェブ小説とは何なのだろうか?
インターネット時代の、新しい形の小説なのか?
それとも、紙媒体と電子媒体の違いしかないのか?
それを知りたい!

今回は、ウェブ小説出身で人気小説家の川原礫先生、そして担当編集者の三木一馬様にウェブ小説をもっと知るために取材をお願いしたところ、快諾していただいた。


1.出版不況

<商業作家という立場からは出版不況と呼ばれる状況をどのようにお考えでしょうか?>

川原先生(川):私にとってはまず自分が生き残っていけるのかどうかが切実な問題なので、業界全体のことはなかなか考えられませんね(笑)。そういうことはむしろ、担当さんのほうが考えておられると思います。

三木様(三):今の日本は少子化ですので、読者さんの総数は減少していくことは確かです。ですから他に興味を持っている人たちをどうやってこっちに興味を持ってもらうか、という話だと思っています。物語を作るという点では、チャンネルはゲームだったりアニメだったり、たくさんありますが、その中で僕たちがやっているのは本が媒体であるというだけ。電子出版が紙媒体を駆逐するという人もいますが、個人的には電子出版も1つのメディアミックスであって、例えば『ソードアート・オンライン』という物語をどう見せていくか、どういう媒体で見せていくか、ということでしかないです。

川:これは個人的な印象ですけど、ライトノベルは発売直後の売り上げがかなり大きなウェイトを占めると思っています。なので、どうすれば新刊に注目して頂けるか、手に取って、レジまで持っていって頂けるかを工夫するのが重要なのかな、と。私の場合は、デビュー前からネット小説時代のことに絡んで色々噂が流れて、結果として話題性がついてきてくれたと、そういう面もありました。今後もできるかぎりサイトでの活動は続けて、商業小説とネット小説の相乗効果を模索していければと考えています。


<先日ある作家さんの声を聞く機会がありまして,その方が言うには、この出版不況を生き残るためには「絶対に五千人の信者を味方につけろ」と。そういうことを川原さんも感じられることはありますか?>

川:作品だけでなく、私という書き手を応援してくださる方々の存在はとても心強いですね。でもそういう読者さんほど、私が期待を裏切った時には、より大きな失望を感じてしまわれるだろうなとも思います。電撃小説大賞の<大賞>受賞後に、長らくネットで連載していた『ソードアート・オンライン』シリーズをサイトから取り下げた時はかなり迷いました。公開停止したことに否定的なご意見もたくさん頂いたんですが、そういう昔からの読者さんも満足して下さるような本を今後も作っていきたいです。


三:『ソードアート・オンライン』に関して言うなら、僕はこの作品を「電撃文庫でノベライズしている」と考えています。ノベライズ担当編集者として大事なのは、元々ある、ウェブに掲載されていたオリジナルコンテンツをどのように電撃文庫版に造り直していくか、というところです。忠実に編集するのは当然ですが、時には大胆なアレンジを既存のファンの皆様の空気を読んで行う、という冒険も必要だと思っています。

<近年商業化されたネット小説の多くは商業化以降もウェブ上に作品が掲載されているが、そのことをどう思われますか?>

川:商業小説はもちろん有料なので、いかに付加価値をつけるかが大事なのかな、と思います。手直しをしてクオリティを上げたり、新パートを書き下ろしたり。イラストレーションもとても大切な要素ですね。『ソードアート・オンライン』に関しては、担当さんが凄くがんばってabec先生を口説き落としてくださったということです(笑)。そういうふうにウェブ版と書籍版を強く差別化できれば、オリジナルをネットに掲載したままでも大丈夫なのかなと、最近は思います。

三:さきほども言及しましたが、元々あるコンテンツをリブートするときは必ずなにかしらのエクストラが無いといけないと思っています。そういうものをつくらないと、既存ファンに「じゃあ元々あるものを楽しむだけでいいじゃん」という風になってしまいますので。それは、そのファン達に新しい可能性を見せることができない、ということで、ビジネスとしても新規ユーザーになっていただくチャンスを潰している行為になってしまいます。ですから、できるだけ気をつけて編集しています。


2.ウェブ小説と商業小説

<小説を書く際は、編集者からの言葉がモチベーションにつながるとのお話でしたが、編集者がいないウェブ小説を書く際のモチベーションはどのようなものだったのでしょうか?>

川:読者さんから頂ける感想が、唯一にして最大のモチベーションでしたね。商業小説の場合、初稿を書いてから、それが印刷・製本されて書店に並んで、読んでくださった方の感想を頂けるまで何ヶ月もかかるんです。でも、ウェブ小説は読者さんの感想をリアルタイム、それこそアップして数分後とかには頂けることもあって、それがとても励みになりました。『アクセル・ワールド』の原型をウェブ上で連載していた時も、「こんなに読んでくださっている方がいるんだから完結させなきゃ」と思えたからこそ最後まで書けたんでしょうね。

<ウェブ小説と商業小説には本質的な違いがあると思われますか?>

川:営利か非営利かということは、結構大きいですよね。ウェブ小説は書いても原則的にお金は貰えませんから、作者さんがそれぞれのモチベーションを見つけて保てないとなかなか書き続けられない。でも、裏返せば作者が何でも自分の思うがままに書けるということでもありますよね。そういう媒体だからこそ、『SAO』という作品をあれほど長く書き続けられたんだと思います。ただ、今はウェブ小説から商業小説として出版されるケースがかなり増えてきたので、今後は両者の境界も曖昧になっていくのかもしれませんが。

三:その縛りのない世界で書いた小説を、縛りのある業界でパッケージングして商品として市場に送り出す……というのがなかなか大変でして、たとえば人気が出なかったら、そこで打ち切りになるという現実も存在します。仮にそうなったとき、最後まで商業で描ききってもらえると思っていた既存読者さんたちにたいして申し開きが出来ません。それを如何に回避して、商業ベースでも成功させるかが自分の課題です。

<商業デビューの際にペンネームを変えているが…?>

川:商業デビューに当たってペンネームを変えたことには、さして大きな理由はありません。強いて言えば、《九里史生》名義で『アクセル・ワールド』を電撃小説大賞に応募して、仮に一次審査を通過して、でも二次審査でいなくなってたらイヤだなあ、と(笑)。なので、最初から賞を頂けるとわかっていたら九里のままだったかもしれません。ただ最近は、川原名義で書く商業小説と、九里名義のウェブ小説では多少意識が違ってきているかもしれませんね。

<『ソードアート・オンライン』では、医療や自衛隊など、ライトノベルでは珍しい、社会問題を扱っていらっしゃるが、これはどのような考えに基づくのでしょうか?>

川:これもウェブ小説だったからこそ取り入れられた要素だったのかなと思います。最初から商業小説だったら、読者さんがライトノベルにそういう要素を求めておられるのかどうか、どうしても考えてしまいますから。『SAO』でそういったテーマに触れたのは、お話のネタが枯渇したがゆえの苦肉の策でもあったんですが(笑)、未来世界に於けるVR技術の利用法を考えた時、必然的にクローズアップされるものでもあると思います。現実にも、ブレイン・マシン・インタフェースの研究はかなりハイペースで進んでいるようですので……。私が生きている間にフルダイブ技術が実用化されれば、老後はVRネットゲーム廃人になりたいです(笑)。


三:『アクセル・ワールド』、『ソードアート・オンライン』ともに原作最新刊付近では、仮想世界と現実世界のリンクの限界や起こりうる技術的なテーマや課題を描いていますから、非常に骨太な作品になっていると思います。是非未読の方はこれを機に読んでみてください!


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2時間にも及ぶ長時間の取材、受けていただいて本当にありがとうございました!
上記以外にも興味深いことをたくさん伺うことが出来ましたが、企画目的と掲載ページの都合上、このような形になりました。
今後とも、川原先生と電撃文庫編集部様のご活躍をお祈り申し上げます。




・『アクセル・ワールド』:川原先生のデビュー作。第15回電撃小説大賞<大賞>受賞作。電撃文庫より出版。
・『ソードアート・オンライン』:川原先生がホームページに掲載していた作品で、デビュー後、電撃文庫より出版。
・『ログ・ホライズン』:「小説家になろう」に掲載されていた、橙乃ままれ先生の作品。後に商業出版。

インタビュー・文章統括:柳本
インタビュワー・文字おこし:山崎・後藤・李