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老体にフェンス越えはきついです…-『あっちとこっち』腰乃

あっちとこっち

見聞伝更新停滞にかこつけて毎回更新しているBLレビュー、気が付いたらもう第5弾…

いやはや、恐ろしいものですね。もう少ししたらまた一つ歳を重ねてしまう…ああ、嫌だなぁ…

「若さへの嫉妬は永遠のテーマよね」と中村明日美子先生の『空と原』(茜新社、2012)でこまっちゃんも言っていましたけど、嫉妬しますよ!誰だって歳はとりたくないもの!

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確かに最近は肩と首筋が痛くてサロンパス貼ってるし、こないだ自転車乗ったらこけて腿を強打してそこにもサロンパスが貼ってある。はがす、貼る、寝るが恒常化している。あとふくらはぎがだるい。ちなみに喫茶店で長居してこのレビューを書いているのだけれど、椅子が固くて腰が痛くなってきた。この疲れは明日に繰り越し。疲れが取れないこの悲しみ!

ああもう悲しみでもうお腹いっぱいだから幸せをください!幸せはどこ!?

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というわけで(このよくわからない前置きのパターンも飽きてきましたね)、「ガラスの向こうに幸せがある」と歌った曲はありますが、フェンスの向こうにも幸せはあるのでしょうか。

今回紹介するのは腰乃先生の『あっちとこっち』(リブレ出版、2011)です。



腰乃先生の代表的な作品は『鮫島君と笹原君』(東京漫画社、2011)や『隣の』(東京漫画社、2008)など。

物語はギャグメインで、飢えだが腹筋崩壊状態に陥ることが多々ある。そのため、笑いたい場合は腰乃先生の作品を読むのを常にお勧めしている。

話自体は軽いことが多いため、BL初心者でも読みやすいけれど、描写がけっこうハードなので、ある程度BLを読みこなしてから読むのがよろしいかと思う。かく言う飢えだも、初めて腰乃先生の作品を読んだときは若干衝撃を受けた。

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『あっちとこっち』は高校生の中島君とサラリーマンの松坂さんのお話で、中島君目線で物語は進んでいく。

中島君は終業式の日にたばこを落としたところを運悪く先生に目撃されてしまい、校舎裏の荒れ果てた花壇の世話を命じられる。校舎の裏にはフェンスを隔てて会社があり、ひょんなことからその会社に勤める松坂さんと中島君の交流が始まるのだ。

中島君は茶髪+たばこというプチ不良なのだけれど、松坂さんにからかわれて興奮し、誤って花を踏んでしまうと花に向かって「ごめんよごめんよ!」と言ってしまうし、ぶーぶー文句をたれながらも結構しっかりお花のお世話をしているのだ(しかも見事に花壇は再生し、これでもかというほど花は満開になる)。意外にまじめで不良になりきれなくて、とても魅力的なキャラクターだ。

このような独特なキャラメイキングは腰乃先生の魅力の一つである。腰乃先生の描くキャラって、みんな愛嬌があって忘れられない。

同様に松坂さんも、飄々と中島君をからかっているように見えるのだが、実は臆病で、しかも驚異的なほど難解なツンデレなのである。

夏に中島君が告白した後、冬(冬まで何も進展がないのだ!!)になってやっとこさ頑張って中島君が松坂さんにキスをする。そしたらなんと松坂さんは吃驚してしまってその場から立ち去ってしまうのだ。でもそれから暫くしたのち、今度は逆に松坂さんからキスをしてくる。なんともまぁ理解し難いツンデレ。そしてまたある時は積極的に中島君を抱きしめることもあり、読者からしても行動が予測不能である。読んでいて一番ハラハラさせられる人物かもしれない。帯に「からかう⇔デレるの合わせ技が得意」と書いてあるのだが、まさにその通りの人である。また、松坂さんに翻弄されつつも、思いをわかってもらおうとする中島君がこれまたかわいらしい。

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腰乃先生の描くセリフは全然臭くなく、二人は等身大の言葉で必死に愛を伝えようとする。

中島君の告白の言葉が個人的に気に入っている。

「わっかんねーよ俺だってッ 多分口説いてんだよ」

恋愛経験乏しいし、しかも好きになっちゃった相手は男だし、あんな変な人なのに好きになっちゃうし。中島君の戸惑いがこのセリフに凝縮されている。

その翌日、中島君はこう言う。

「あんたのお世話も俺にさせてみませんか? 一日の大半我慢してがんばるとかきついっしょ 今よりはもっといい環境をご用意しますよ」

このセリフの背景にはこのような事実がある。

実を言うと、松坂さんはただ中島君をからかうためだけに昼休み会社の庭にいたわけではないのだ。松坂さんは親しい同僚が好きになってしまった。しかし、同僚はそんな彼の気持ちはつゆ知らず社内に彼女を作るし、その二人と松坂さんは席が近いし。そんな状態が辛くていたたまれず、庭に出て来ていたのだ。そしたらたまたま花壇の世話をする中島君がそこにいた。

この言葉を聞いて、松坂さんはいつもの飄々とした態度とは打って変わって、涙をこらえてギュッと差し出された中島君の手を握り締める。しゃれた言葉も使えないけれど、頑張って思いを伝えようとする。そんな言葉が、松坂さんの心にどれほど響いたことであろうか。

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また、『あっちとこっち』で鍵となるのがフェンスである。

まず物理的な壁として中島君の高校と松坂さんの会社の間にフェンスが存在する。

中島君がせっせと花壇のお手入れに精を出す傍ら、松坂さんは呑気に食事をしたり、セミ取りに興じたりしている。松坂さんは数センチ先にいるのに、中島君はにっくきフェンスに阻まれて悶々とするしかない。

めでたく結ばれて、フェンスを隔てずにプライベートで会うことができるようになっても、今度は心理的な壁として二人の間にフェンスが現れる。ホテルなりカラオケなり松坂さんのお家なり、場所は選ばず、二人の心に距離が生まれるとフェンスが生じる。

フェンスは二人を阻む空間的な壁でもあるし、高校生と会社員という絶対的な壁でもあり、心理的な壁でもあるのだ。

二人を阻む障壁というちょっぴりシリアスな主題だが、腰乃先生はフェンスを挟んで対峙する二人の掛け合いをギャグ満載で描くのだ。描き方によってはとても暗くなってしまいそうだが、フェンスというとてもわかりやすいメタファーとそれに挟まれた二人を可愛らしく描き、作品を難解にするどころかむしろより読者を登場人物に寄り添わせてくれる。その表現がとても秀逸である。

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しかし、二人を見ていてフェンスの向こうに必ずしも幸せがあるわけではないのかもしれないと思った。

フェンスを越えても、まだその先にフェンスはあるし、越えても越えても越えきれない。

乗り越えることは、とっても難しいことで、勇気がいることである。なのに、一つフェンスを越えても終わりではなく、また別のフェンスが中島君を阻む。

でも一緒にいたいから、頑張ってフェンスを乗り越えていく。そんな二人の姿を見ていると、彼らの幸せを祈らずにはいられない。

まあ、きっと彼らならどんなにたくさんフェンスが現れても、慌てたり落ち込んだりしながら、がしがしと越えていくことでしょう。だからきっと大丈夫。

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でも、さすがに2○歳の老体の我が身にフェンス越えはもうきついから、誰か、フェンスを越えてきてくれないかしら…なんて。

まぁ…無理だな…

【感想】