「もじもじカフェ」に行ってきました。
もじもじカフェ(http://moji.gr.jp/cafe/)とは文字や印刷について一般市民と専門家がお茶でもまあ飲みながら気軽におしゃべりする会で、何より「成果をもとめない」ことをコンセプトにしている。情熱にあふれながら、ほどよいゆるさも持ったイベントである。
僕が行った時のゲストはヒンディー語学者の町田和彦先生で「インド系文字、その華麗なる系譜」という題でインド系文字の特徴とその発達の仕方についてお話してくださった。
町田和彦先生の著作は『華麗なるインド系文字』や『世界の文字とことば』、『周縁アラビア文字文化の世界』などで読んだことがあり、おぉ、これは参加せねば!と無謀にも単身で切り込んでみた。
会場は阿佐ヶ谷駅からちょっと歩いたバルトというベルギービールのお店。
中に入った途端吃驚!!狭い店内に人がびっしり!!真ん中に長めのテーブル一台と、その周りに所狭しと椅子が並んでいる。開始10分前くらいに着いたのだが、もう大半の席が埋まっている。
寒暖の差で曇ってしまった眼鏡をこすりながら参加料1000円を支払い、「すみませんすみません」と言いながら椅子に座った。
けっこう遅く到着した方だったのだが、まだまだ人はやってくる。開始時間にはもうぎゅうぎゅうづめ。これはインドの風土を体感するということ!?
スタッフの方が言っていたが、普段はキャンセルがけっこうあるため、いつも多めに参加受付をするのだが、この会は異例の混みようで、キャンセル0だったという。いやはや、町田先生の吸引力たるやおそろしや
今回は二部構成で、第一部は町田先生が30分ほどお話をし、第二部では会場と掛け合いをしながら進めていく。
第一部の内容は正直なところインド系文字の基礎を知っている人たちにとっては既に知っているものだったが、「グラマニメーション」http://www.aa.tufs.ac.jp/i-moji/guramani/index.htmlは非常に面白かった。グラマニメーションは町田先生が実行委員長を務めた「アジア文字曼荼羅、インド系文字の旅」で公開されたもので、インド系文字が装飾により複雑化することで分岐していく様子を推定して動画で追っていくものである。
十字型の非常にシンプルなブラーフミー文字の頭からひげが出たり、曲がったりして、デーヴァナガリー文字やタミル文字、クメール文字に変化していく様子は大変興味深い。他にもチベット文字の必要以上に複雑なスペリングへの鋭い洞察などがあった。さらに第二部では会場からの質問もあり、どんどん活気が出てくる。
インド系文字には書道は存在しない。しかし、先生が手紙のやり取りをしていると確かに達筆な人、悪筆な人がいると言う。漢字の書道がお手本を先ずは真似る、という先人の技術の継承から始まる一方で、インド系文字にはその技術の継承がないらしい。美しく文字を書く人はいても、その技術が後世に伝わっていかないし、伝えようともしていない。これは厳格な免状制があるアラビア書道と大きく異なっている。
先生は言った。
「往々にしてインド人は文字を馬鹿にしている。むしろこれほど文字に愛着を持つ民族は日本人ぐらいではないでしょうか」
文字は商人や役人が統治や日々の生活に使うもので、バラモンなど聖職者は文字を信用していなかった。リグ=ヴェーダなどの聖典の継承は全て口承で行われていた。本質は文字にあるのではなく、我々の発する音声にある、と彼らは喝破していたらしい。
う?ん、面白い。やっぱりいろんな人の体験や先生の分析が重なるとどんどん面白くなっていきますね。
僭越ながら、飢えだも文字情報学について質問させていただいた。文字情報学とはより合理的な文字の印刷プログラムを開発することで、文字を介在して言語をつかまんとする学問のような。
会場には大修館書店や東京外国語大学出版会、白水社のかたがいらっしゃって、町田先生の書籍を特別価格で販売してくれた。
飢えだも休憩時間の間に、『世界の文字を楽しむ小事典』(町田和彦編、大修館書店2011)、『Field+』のvol.5を購入。『世界の文字を?』は言語学者や考古学者、情報学者、宗教学者など様々な学問領域の学者がが文字について語っていて、文字のシステムについてというより、さらに文字使用や歴史について書かれている。どの項もたいへん刺激的で、有る程度文字に関する知識がある人にもおすすめの一冊。
『Field+』は東京外国語大学のアジア・アフリカ研究所が編集していてフィールドワーカーの体験談やその巻ごと個性あふれる特集がされていて、読み応えがある。この内容でオールカラーで500円って、大丈夫なのだろーか…
その後勇気を出して懇親会にも参加してみた。
印刷、組版系のお仕事をしている方が多いし、しかもみなさん知らない人だったため、「果たして大丈夫だろうか…」と激しく悶々としていたのだが、「文字」という共通の話題で想像以上に盛り上がって、とてもいい会だった。ご飯もおいしくて、インドを意識したタンドリーチキンやエビのマンゴーソース、ついついお酒が進んでしまう。
飢えだは言語文化からしか文字を見たことがなかった。そのため文字入力に関しては、新しいことを知識ばかりで大興奮。ノーマリゼーションについてとか、アラビア文字の入力でなぜ語頭形語中形語末形独立系がぱっぱと出てくるのか、とかについて教えてもらったのだが、やはり大学の情報の授業でちょっとかじった程度の知識では、やはり完璧には理解できないようだ。
普段かちゃかちゃとキーボードを打っているが、その陰には技術者の努力がにじんでいるのか…う?ん、感慨深い
主催者の方の「成果を求めない」や「そのことを知らない人が、この会を通じて新たに知識を得る」というコンセプトがとても反映されている。文字初心者でも、有る程度知っている人でも、新たな出会いがあってとても楽しい場である。
次回は、設立後初めて大阪でやるそうです。テーマは「人の名づけに使える字」だそうです。詳細はHPで。
植田裕基