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この上ないファンタジーとリアリティのバランス―『放課後の不純』梶ヶ谷ミチル

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こんにちは。見聞伝HP更新に貢献せよ!ということでBLの感想書きを始めました。BLT駒場ではお世話になりました。植田です。

早速第一回ですが、梶ヶ谷ミチル著『放課後の不純』を選びました。

実はこれ表紙買いしてしまったんです。表紙買いは昨年何度も失敗したからもうやめようと思ったのに!でもレーダーが反応してしまったのだ。

お年玉と暇をいいことに入れまくったバイトのおかげでほくほくになってこれぞ好機とジュンク堂へ…不思議だね、ジュンク堂に行くと、気が付いたら両手にBLを抱えつつ、今日財布にいくら入ってるのかを計算してるんだから。

穏やかな青い空、階段を駆け下りて呼びかけるわんこっぽいキャラ、イヤホンを片耳だけつけて振り返るメガネ、高校生!なんかカップリングは王道かもしれないけど、この舞台は好きかも。しかも表紙にも物語がつまってる。

通学途中、イヤホンをはめようとしたら、坂の上からあいつの声が…ふと気がついて振り返る!

「これはアタリなのではないか…」

この本と三ツ井崇先生著の『朝鮮植民地支配と言語』のどちらを買おうか激しく悶々としたのちこっちを選んでしまった…

主人公は陸上部のわんこキャラ沢木と帰宅部っぽいそんなに明るくない水谷。交友関係も趣味も違って、一見住む世界が全く異なるように見える二人が、沢木の突然の告白とともに関係を深めていく。

冒頭の沢木の告白のシーンの言葉の具合がたまらない。冗談かと思い、沢木の言葉をむげに否定する水谷と、自分の告白が真実であることを必死に伝えようとする沢木。でもこのシーン、シリアスそうに見えてそうでもない。かと言って、ギャグっぽく告白劇が終了するのではない。本当の高校生の会話のようなのだ。話題を少し逸らしてみたり、戻してみたり。「ここで『な?』と言わせるか!!」と梶ヶ谷先生の言葉のリズムに飢えだは大興奮である。

そこはBLのお約束だから、沢木は本気だということは読者はとっくにわかっているのだが、確かに、一見した沢木の雰囲気とか発言内容は、読者からとしてももからかっていると思われても仕方がないんじゃないかという感じがする。沢木を警戒する水谷は、沢木の言葉を受け流そうとする。せまる沢木に辟易して言う「調子狂う」という言葉がまた、水谷と沢木の違いを伝えている。表面には現れない、戸惑いがセリフや表情にうっすらと現れている。こんなにみずみずしくってリアリティある告白のシーンは久々に見たかもしれない。

沢木は水谷に言う。

「近寄りがたい…っつーか何だろ。うーん、空気が違う感じ?」

「…空気が違うなんてありえないよ。同じO2だ」

「ははっ、それもそうか。いいな―その反応、新鮮で」

O2!!水谷くん!!「同じO2」と言ってしまう水谷とそのリアクションを楽しむ沢木という構図がなんとも愛らしい。

冒頭の告白からの展開がいささか早すぎはしないか、と飢えだも思ったが、最後まで読み通すとこれでいいんじゃないかと思う。恋愛なんてわからない、今までロクに話したことのないクラスメイトの言うことなんてもっとわかんない、みずみずしい水谷と、特に考えもせず気持ち赴くまま生きているけど、一生懸命な沢木の二人の関係を描くにはこの勢いがあったほうがいいと思う。

だって高校生の精神レベルってそんなもんだよね。確かに、当時飢えだの発想レベルもこんなもんだったかも。学園物の何が素敵って、恋愛初心者でお互いに相手の気持ちを手探りで察したり、時には自分の感情が行き過ぎてしまったりする。そんな中で成長していく青臭いくらいの二人の姿がいいんだよなぁって思う。こんな感覚をもう成長してしまった私たちが抱くことはないんだし。ファンタジックな設定の学園物ではない『放課後の不純』は、私たちのノスタルジーを喚起するくらい現実感がある学園物だ。

告白シーン以外にもカーテン引っ張ってぐいっとキスするシーンや王道なライバルの登場、南禅寺の水路閣で寄り添う二人の姿とか見どころたっぷり。

こんな恋愛してる人がいるんだろーか、とまで思って、BLはファンタジーだということを忘れていたことに気がついた…ファンタジーであることを忘れてしまうくらい、リアリティにあふれてるんです!しかし、現実感あふれすぎてても辛いからなぁ、この匙加減は非常に難しい。ファンタジーの中のリアリティ、その桜の見ごろみたいな歯がゆさが、またたまらないのかな。