吉浦康裕さん×立花ゼミクリエーター企画
人気のアニメ映画『劇場版 イヴの時間』の監督である吉浦康裕さんに、取材させていただいた。
大学時代個人制作から始め、アニメを作り続け、現在国内外でその作品が評価されている吉浦さん。
少し失礼だけれど気になる「プロのクリーエーターって一体何なの?」、「こんなコンテンツだらけの時代に埋もれない作品って何なの?」などといった疑問も含め、幅広い話題について話していただきました。
2011.6.28
@都内某ファミレス
参加ゼミ生:福井康介,鳥居萌
◆吉浦康裕さんのご紹介
1980年生まれ。故郷は北海道、育ちは福岡。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)にて芸術工学を専攻。平成15年3月、同大学卒業。
大学時代に自主制作でアニメーション制作を開始し、作品を国内外で発表。卒業後は福岡にてアニメーション制作を請け負いつつも、本格的な次回作OVA『ペイル・コクーン』を制作。その後、東京に移住。アニメ業界の仕事をそこそこ請けつつも、シリーズアニメ『イヴの時間』全6話をウェブで発表し、さらにその後『劇場版 イヴの時間』を全国公開。現在はアニメ業界の仕事を色々請けつつも、新作アニメを準備中。
◆参考リンク
スタジオ六花
1◆「CGによるバックグラウンドが好き」
2◆「納期を守るのがプロ」
3◆「伝えたいことってあんまりないんですよ」
4◆「キャラと役者は全然別物だよ」
5◆「娯楽が増えてアニメが減った」
6◆「突出したものを作ればいい」
7◆「ゴールデンエイジで引きこもるな」
1◆「CGによるバックグラウンドが好き」
福井「そもそも、吉浦さんがアニメ業界に進んだきっかけは。」
吉浦さん(以下、敬称略)「大学に入ったときは、漠然とCGをやる方向に進みたいと考えていたのですが、当時アニメにもCGがガンガン入ってきた時期だったんです。押井守監督や、スタジオ4℃のPVや。これらの作品って、CGの背景に違和感なく手描きのキャラが融合しているんですよ。自分はCGによるバックグラウンドは好きだけど、CGキャラクターが好きなわけではなかったから、これが自分が一番やりたい方向だなとぴんと来て。真似事でつくりはじめたのが、最初ですね。」
福井「当時からYouTubeとかニコニコ動画のような簡単に発表出来る環境というのはあったのでしょうか。」
吉浦「あの頃は、まずネットで映像出すインフラがありませんでした。自分の作品を発表する場といえば、学内のそういう映像上映会とかテレビ番組とかですね。NHKのデジスタとか。大学の掲示板にポスターが貼ってあったので、それを見て、出してみようと。
福井「どの辺りから、学生ではなくプロとして作っていると自覚し始めましたか?」
吉浦「実はそれは割と早い段階からですね。一番最初にPVみたいなものを作ったときに、それをデジスタに出してもあんまりいいこと言われなくて。もともと学内でワーと騒がれればいいなと思って趣味として作ったものだったので、次はちゃんと作ろうと思ったんです。最低でも、全国放送に流れても、遜色の無いようなのをつくろうと。」
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2◆「納期を守るのがプロ」
福井「学生時代、何かつくらなければ、発信しなければ、という強迫意識はありましたか?」
吉浦「ああーあったかな。それは。なんだろう。受験の時に、大学入ったらなにかしようって思ってた決意はなんだったんだーみたいな。直接的に、これ作っとけば就職に有利だなとは考えてなかったんですが。逆に今の世代には、学生の間になにか作るというのは、後々必ず有利だから、絶対作ったほうがいいよとは言えますね。」
福井「お金をもらう立場になると、学生時代とはまた違うプレッシャーを感じるようになったと思うのですが。」
吉浦「そうですね、ただ自分は、自主制作のときから客目線で作っていた部分はあったので、そんなに変わってないかなあと思います。単純に作品を自分で見たときに、これは面白いって思えなかったらだめじゃないですか。自分は素直に考えたら、やっぱり楽しい物が作りたかった。考えぬかれたエンターテインメントってすごい好きで。だから、自分もそういうの作らなきゃなと。それに、自意識とか作家性とかは、別に意図しなくても入ってくるものだから考えなくてもいいやみたいな。
ただ、お金を貰う立場としては、何よりいろんな人に見てもらえるような絵柄にしたいなとは思いました。ほんとに自分の趣味で行くと、ちょっとコアな物になってしまうので。」
福井「アニメに限らず、もう少しクリエーターというものを大きく見た場合、プロとアマチュアの違いってどこにあると思いますか。」
吉浦「単純に言えば、納期を守って仕事するのがプロかな。映像作品自体のクオリティに関しては、最近は大差無い場合も多いですし。「アマチュアこそすごい作品が作れる」って断言しているプロもいます。そりゃ、時間いくらでもかけれるし、好きなことできるから。」
福井「アニメ業界というのはキャリアを積み上げて有名になっていくものなのでしょうか?」
吉浦「最初は僕もそう思っていたんですが、そんなにアニメ業界は一枚板ではないみたいですよ。ネットですごい動画を作って、それで有名アニメのアニメーターに抜擢されたりというのもあったり、若くして活躍されてる方も多いですし。要は完全に実力主義だと思います。」
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3◆「伝えたいことってあんまりないんですよ」
福井「吉浦さんの作品はすごく会話が多いなと感じたんですが、そこは意識されてるんですか。」
吉浦「自分は演劇が好きだったものですから。演劇というか、ぶっちゃけ三谷幸喜が好きなんですけどね(笑)。面白いキャラクターが出て笑わせるんじゃなくて、本人たちは真面目なんだけど、状況が面白い、会話がコメディというか。『イヴの時間』に関しては、それがもろ出てますね。意識して三谷幸喜のアニメ版を作った感じ。実際、芝居も見に行ってますし、一昨日も見たばっかなんですよ。」
鳥居「作品自体に満足はしますか?」
吉浦「作った直後はいつも悶々とします(笑)。でもそれは、どんな方も同じだと思います、きっと(笑)。」
福井「自分の伝えたいことが伝えられていないなと思うことはあるんでしょうか? 『イヴの時間』では、かなり思想というかメッセージ性を感じましたが。」
吉浦「伝えたい事ってあんまりないんですよ。しいて言えば、見てくれた人が作ったとおりに面白がってもらえるといいかなと。確かに、思想とかテーマとか、よく言われるのですが、そういう事は全く無くて。ロボットが大好きで、それもあの、漫画とかで悪役みたいに描かれるロボットではなくて、アシモフが提唱したような、論理的なロボットがすごい好きで。それをアニメでやりたいという欲求だけで作ったんですよ。その結果、人間とアンドロイドの関係性とか社会性に対して色々盛り込まれていると言われましたし。だから、テーマって意識しなくてもあとから付いてくるものなのかなと思いました。」
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4◆「キャラと役者は全然別物」
福井「表現する上で、アニメーションの限界を感じる部分はありますか?」
吉浦「当然のことながら、演劇での役者の演技とアニメとは全然別物だと気付いて。実写だと顔の演技だけで、複雑な感情が出せたりするんですが、アニメだとそのキャラの顔だけじゃそこまで表現できないんですね。顔が記号的なように、感情もちょっと記号的になってしまう。繊細な感情をアニメで描こうとすると、実写における役者の演技力に比べて、いろんな手練手管が必要になるんですね。顔正面だけじゃなくて、アングルだったり、カットインサートだったり、声の韻だったり。代わりの方法はあるわけですから、デメリットとは感じませんが。」
福井「カメラがぐいっと動いたりするのも、CGならではの演出ですよね。吉浦さんの作品では一人称的なカメラの目線が印象的だなと感じましたが。」
吉浦「作画でグリグリ動かすと、枚数描かなければいけないので、お金がかかりますが、CGだとそんなに大変でもないですからね。ただ、3Dでカメラいじるときも、リアルで実現できないようなカメラワークは変だっていう人もいるんですよ。たとえばPIXARのアニメでも、カメラは実写で成立するようにしか配置しないというやり方もありますからね。」
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5◆「娯楽が増えてアニメが減った」
福井「昔は朝にもアニメの再放送があったものですが、今ないですよね。どうしてアニメの本数が減ってしまったのでしょうか。」
吉浦「単純に娯楽が増えたんだと思いますね。僕は作る側の人ですし、業界の人もそちら側の人でないと答えにくいとは思いますが、昔はアニメにスポンサーがいたわけですよね。ロボものだと玩具メーカーだったり。でもいま物販が売れないから、あまり付きませんね。一時期はDVDが売上の一部で、コンテンツそのものが売れていましたが、いまはそれも売れなくて、アニメの本数も減っていると言われています。
僕は、昔みたいにアニメから付随した商品を売るという方法が、また復活しないかなと思っています。例えば、『ブラックロックシューター』なんかは、フィギュアがまずあって、アニメ自体は無料ですよね。そうすることで、フィギュアが売れて、フィギュアメーカーはアニメにお金を出す。これって昔のやり方に近いんですよ。データではなく、また現物の商品に価値が戻って行く流れだと思います。それから、いま劇場アニメが増えてきているというのも同じ理由だと思います。アレは劇場に足を運ぶという商品価値がある。
まあ一年後には全然違う状況になっているかもしれませんが。」
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6◆「突出したものを作ればいい」
鳥居「関連して、最近は、ニコニコ動画やYouTubeなどで、たくさんの人が自分の作品を発表するようになりましたよね。そんな中で、自分の作品を発表しても、埋もれてしまうのではないかという恐れはありませんか。」
吉浦「自分はそういう波に乗っていない人なので、あまり意識はしていませんね。うーん、でも、どんなに数が多くても、突出した物を作ったら、絶対目立つじゃないですか。だから、話は単純で、すごいものを作ればいいんじゃないですかね。「突出具合」がすぐにわかるものの方が強いですよね。10分付き合わないと凄さがわからないものは、少しきついんじゃないかなと思います。実際自主制作って、尺が短い方が有利だと思うんですよ。ニコニコで20分とか動画が上がってても、見る人は少なそうですし。」
福井「そうした短編が多い現状では、連作の場合人気を維持していくのは難しいと思うのですが、作品を作っていく上でペースは意識されるんですか。」
吉浦「どれだけのスパンで作っていくかなどの、大きな意味でのペースは意識しています。特に、『イヴの時間』を作った今だからこそ言えるんですが、みんながこの作品を覚えてくれているうちに新しいものを発表した方がいいなと。単純に、アニメを作るには、お金を出す人や、一緒に作ってくれる現場が必要なんですけど、お客さんが覚えてくれているうちでなければ、企画が通らないですね。だから、どんな環境でもとにかく定期的に作品を作っていかなければならないなとは思いますね。」
福井「では現在のコンテンツ過多の状態の中で、今後の映像産業はどのようなものになっていくと思われますか。」
吉浦「趣味嗜好じゃなくて、単純に映像っていうのはデジタルデータで流通しちゃう。映像それ以外の部分のところに、価値を見いだすものが生き残っていくんじゃないかと思いますね。
ただ不思議なことに、映像単体作品でも突き詰めると、映像のみでは買えない体験に昇華されるんですよね。例えば、『となりのトトロ』って未だに売れ続けてるんですよ。親が子供ができたら子供に買い与える。『となりのトトロ』って、デジタルデータですから、いくらでも無料で流通する危険性はあるわけですよ。それでも売れてるっていうのは、『となりのトトロ』がそれだけエネルギーを持った作品であるのだということでしょうね。身も蓋もない言い方になりますけど、めちゃくちゃすごい作品を作ったら、それは確実に売れるんですよ。だからそういうのを本気で作っていかなければならないんじゃないかと思う。今までみたいに、何となく作ったら何となく見てもらえるようなものを削ぎ落とされていって、本当に本気でいいものを作らなくてはならない時代。だから今テレビでやってるアニメって妙にクオリティ高いんですよね、本当に。
自分が目標にしているのは、いわゆる「世界標準」的なエンターテイメント。まあ何が世界標準かって言われると難しいですが…。たとえば自分が「こういうのが世界標準だ」って熱弁すると、「それってハリウッドじゃないか」と言われたこともあるんですよ。「そうだな」って思ったんですが。でも、僕PIXAR大好きなんですが、例えばあそこって、あれだけの大規模なスタッフを抱えても、社員の平均収入が高いらしいですね。要は、世界をターゲットにしてるからなんですよね。だから世界進出に関しては、真面目に考えていきたいと思います。ただこれは、単純に「海外向けに作る」という意味ではなく、「日本の作り方でかつ企画の骨格を鍛える」という意味合いです。」
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7◆「ゴールデンエイジで引きこもるな」
福井「最後に、20歳の頃の自分に宛てるとしたらどんな言葉を送りますか。」
吉浦「そのまま進めとしか言えないですね(笑)。これは定番ですけど、学生の時間って黄金期ですよ、ゴールデンエイジですよ。超もったいないですよ、無駄に過ごすのは。自分はやりたいことが決まっていてそれに突進していっただけの学生生活だったので、幸せだったと思います。今何やるか迷っている人もいると思いますが、その解決策は、とにかく誰彼と構わず関わっているうちに自然に生まれてくるものだと思います。とにかく人と関わるってことが大事です。僕だって、一本目作ってもどんなに満足してても、周りに無視されてたらそれ以上作ってないですからね。結局全ての動機は人との関わりなんだな、と思います。」
鳥居「迷って引きこもっている暇があったら外に出ろ、と。」
吉浦「でも、僕ひきこもった経験が無いから、そこで得られるものってあるのかな。無いかな(笑)。あ、制作中は引きこもりですが(笑)。身の回りでエネルギッシュで何でもやっている人が一人はいると思うので、そういう人に近づいてみるっていうのも一つの手かなと思っています。」
福井「 お忙しい中、長い間ありがとうございました。」
吉浦「いえいえ。ありがとうございました。」
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【編集後記】
とても気さくな方で、少し失礼かと思われる質問にも丁寧に答えてくださりました。
大好きなアニメ作品の監督のお話が聞けるなんてこんなに嬉しい事はありません。
アニメを見るとき、作品の裏に込められたメッセージを考察しがちですが、「面白いって思ってもらえるものを作りたい」という気持ち先行で作られているのには純粋に驚きました。
泣く泣く削った部分も多く、取材記事とはそういうものとは分かりながらもちょっぴり歯がゆいです。
記事:福井康介/写真提供:鳥居萌