5. 「世界概論」再論
僕は、「教養教育とは世界概論でなければならない」と思っていまして、先ほどの『東大生はバカになったか』の中でも、教養とはまずは世界概論から始めよ、というような提案をしているわけです。そういったものが今の東大にないのかといえば、実はあります。その一つは「学術俯瞰講義」です。これが一番最初に開かれたのが数年前なのですが、小宮山さんという今の東大総長(編注:小宮山総長の任期は2004年度から2008年度の4年間。)とか、ノーベル賞を受賞した小柴さんとか、そういう人が出てきて、それこそ先ほどの南原さんが言ったような「碩学」が、若い人たちに向けて非常に良い中身の話を直接語りかけるということが全学を対象にしてなされたのが学術俯瞰講義だったと思います。その後も、学術俯瞰講義は中身をいろいろと変えて、ずっと続いています。総論的な講義として、小宮山総長がやった最初の講義があるんですが、その小宮山総長の『知識の構造化』という本が、ただいま現在の世界の知の構造そのものを非常にユニークな形で図解して示すもので、これはまさに僕が言っている「世界概論」の一つのタイプと言えると思うんです。最初の学術俯瞰講義で小宮山さんがこの本の内容を使って話をしているはずなんですが、この本は駒場の生協でも一般の書店でも売っています。これは非常に良い本で、皆さんにもおすすめします。だけど、これを今の東大生が知っているかというと、ほとんど読まれていないんです。東大の教養教育の中でも実はいろんな試みが行われていて、その中身にはものすごく良いものがあります。この本をずっとめくると、プレゼンテーションの画面をそのまま並べたようなものですから、さらっと読めて、これ一冊を読むと、本当に今の知的世界の全体を捉えたというような気分になれると思うんですが、実際には学生の方はさっぱりそういうものに対応してくれないという状況なのです。
もう一つ言えば、最初の学術俯瞰講義の時は、世界概論的な内容を、小柴さんが自然科学の立場からやって下さった訳ですが、それに付け加えるとすれば、小宮山さんは工学系、小柴さんは理学系ですから、あの時、文化系の東大の代表者として、大江健三郎さんなんかを呼んで、世界概論をやらせれば、また全く違う角度からのものが生まれて、物凄く良いスタートになったと思うのですが、大江さんは東大の中でも結構嫌う人がいますので(笑)そういうことは行われていませんが。僕のゼミでは10年前に一度来ていろんなことを語って頂いたことがあります。