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雑誌企画 無期限無責任連載 第3回 「雑誌不況への分析」

無期限無責任連載ということで、前回から随分と執筆が遅れたが、その間PCが壊れるなどの惨事に見舞われたという言い訳を、まずはさせて頂きたい。そして、遅れている間に副ゼミ長になった執筆者の責務として、ますます本連載を書きあげなければならなくなった。閑話休題、では連載再開いたします。

 

「今、雑誌は流行らないよ」

この連載の冒頭にも書いた、雑誌企画を立ち上げた当初、幾度か言われた言葉である。雑誌をよく知り、雑誌を愛する人々の言葉だった。一人は大手出版社で書籍発行を主導した人間で、一人は零細出版社に出入りして雑誌作成に関わった人間だった。

 

今世紀に入ってから慢性的に叫ばれている出版業界の不振、中でも雑誌媒体は最早「雑誌不況」という言葉が定着しつつある。有名な例だけでも、1915年以来の歴史を誇った「主婦の友」が2008年に、日本きっての国際情報誌として知られた「外交フォーラム」が2010年に、それぞれ廃刊している。アメリカでは、「TIME」に並ぶ大手総合雑誌と言われていた「NEWSWEEK」誌が、所有者であるワシントンポスト社が売却を検討するほどの経営危機に陥っている。これらの大手雑誌の陰では、無数の中小雑誌が泡沫のように潰れている。今年有名になった映画「ソラニン」の原作漫画が連載されていた「週刊ヤングサンデー」は、2008年に廃刊した。

 

この理由づけに、活字離れという言葉が世間では一般的に使われることもある。また、ネット媒体の発達による紙媒体の衰弱を指摘する声もある。しかし本当にそうなのだろうか、ということで、実際に調査して見た。

総務省統計局の統計データ(日本統計年鑑第23章10節、日本の統計第23章6節)によると、雑誌の出版点数は、05年の4581部をピークに減少し、09年には4215部となっている。この数字では8%減で、そこまで悲惨には見えないが、『FACTA』オンライン2007年8月号に載せられた日本ABC協会の資料はより深刻だ。この記事によると、2001年から05年の5年間で、主要50誌の売上総数は01年の1325万部から05年には1012万部に減少、なんと4年間で24%減である。

そして雑誌全体を見ても、公正取引委員会の資料(公正取引委員会平成20年度報道発表資料 著作物再販協議会第8回会合 資料1『書籍・雑誌の流通・取引慣行の現状』 08年6月19日作成)によると、雑誌全体の発行部数は1997年に、発売部数は95年にピークを迎え、07年までに販売部数は30%以上の、市場規模では、25%近くの大幅縮小である。一方で、返品率は年々上昇傾向にあり、07年には35%を突破している。

一方で書籍の総発行部数は、同じく公取委の資料によると、販売部数は1988年にピークの9億4千万部を記録して以降穏やかな減少を続けているものの、99年からは7億冊台を保ち続け、03年から07年にかけては微増傾向にすらある。新聞媒体も、新聞協会経営業務部HPによると、2001年の5368万部から2009年には5035万部と、発行部数全体では9割ほどに減少したが、雑誌ほどではない。紙全体を見通しても、活字媒体自体はどこも雑誌ほど衰えていないし、そもそも電子媒体の活字に関してどれだけ読まれているかと言う統計はないため、活字離れという言葉自体が実態を把握しきれていない。

結果として分かったことは、事態は雑誌にとってはより深刻、つまり「出版不況」以上に「雑誌不況」であるという残酷な事実であった。

 

何故、活字媒体の中で雑誌だけが、こうも危機に陥っているのだろうか。

日経BPなど雑誌業界に長く身を置いた高橋文夫氏の著書『雑誌よ甦れ』(晶文社 09年)において、著者は従来の中産階級をターゲットとした総花色的な内容が時代に合わなくなっている、と主張する。現代の雑誌、特に週刊誌が発達した背景には、戦後の高度経済成長に伴い中産サラリーマン階層が成長し、国民総中流と言われる均質な政治的、文化的な情報を求めるようになったことがある、と氏は分析する。そして、その社会的背景が、近年の多様な趣味嗜好の発達や格差拡大によって崩壊しつつあり、国民全体で均一の情報を要求する風潮が薄れているため、従来型の雑誌構成では成立しがたくなっている、と主張する。

そして、高橋氏の説を補強すべく、そこで述べられている趣味嗜好の多様化には、現代のインターネットの発達が不可欠だと僕は分析する。従来は制限されていた情報供給手段が、ネット社会到来によって爆発的に拡大し、情報量の飛躍的増大を促し、情報消費者の側に選択の可能性を広げたのだ。それは、相対的にも絶対的にも出版業界全体の地位を低下させたが、それ以上に趣向の多様化と言う面から従来型雑誌への打撃となったのだ。

 

本記事に関する調査を行い、それを実際に文字にするだけでも、雑誌の未来はますます暗く見えてくる。

だが、雑誌企画を立ち上げたものとして、ここで終わる訳にはいかない。

この現状を打開するには、そもそも雑誌とはどういう媒体なのかを、より詳しく分析する必要がある。雑誌の本質を見極めてこそ、現在の低迷を乗り越えられるものと考えて、次の記事では、そもそもの雑誌の本質に迫ろうと思う。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

17.基本は教師で意地が悪くて結構いい人

X 先生はご自身をどういった存在だと思われていますか? つまり難しいんですけど、最初にご専門はとお伺いした時、専門はフランス現代思想であり文学であり、でも興味の方向は色んなことにあり、それで考えていることは哲学のことであったり思想であったり。では、その、枠決めすることはお嫌いだとは思いますが、あえて枠決めをすると自分は何なんだろうとお思いますか? 哲学者ということですか?

内田 いやいや、基本は教師だよ。今の自分の様々の特性を規定しているのは大学教師という今の職業だよ。

X では、それを今年1年で辞めてしまうと、アイデンティティとかが…

内田 どうなっちゃうんだろうね。アイデンティティの危機だよ。その後も武道の先生をやるから教師ということには変わりないんだけどさ。

L 先生の本を読んでいると哲学の話と武道の話と能の話と映画の話が、一つになっててすごいなと思います。やっぱり一つのスキームじゃあ捉えられない大きなものを捉えているというか…

内田 さっきも言ったけど、全部詰め込んでいるからね。腐らないように順番に出して、なるべく使うというか出来るだけ使い回しをする。一度でも経験したことはなるべく使う。どんなにつまらない映画を見て、ああつまらなかったなあって思っても、このつまらなさというのはここまでつまらないとある種の哲学的知見をもたらすんだよ。なぜ人はここまでつまらない映画を作れるんだろうって考えているとけっこう面白くなってくる。僕は無駄な時間がない人なんですよ。絶対無駄なことをしているという時間がない。全部ネタ。だから、僕はここで質問されているけれど、こっちは最近の学生さんはこういうことを考えているんだ、こういうことを心配がって不安に思っているんだということをネタとして仕込んで、いずれ使うわけですよ(笑)

X 最近の興味はどういった方向ですか?

内田 そうだね、経済だね。経済の話を今書いているところですね。次出る本はメディア論ですね。

L 先生は全く興味のない分野とかはあるのですか?

内田 何だろうなあ…全く興味のない分野はないですね。

X 意識化されないということですか? そういうわけではなくて…

内田 たいていの分野は興味ある。およそ人間の営みで私の興味を引かないものはない。

X 先生はブログを長いことおやりになったり、ツイッターをやったりiPadを買ったり時代の先端のものをやられていますね。

内田 ガジェットね。すごい好きなの、ミーハーなの。やっぱり一番大きいのは僕が理数系じゃないというかメカにすごく弱いこと。メカに強い人って理解しようとするでしょう。それで完全に我がものにするというところまで頑張ってやっちゃう。そうすると愛着が出来ちゃうんだよね。そうすると次々と新しいバージョンが出てきた時にさ、古いものにしがみついて新しいものに行こうとしないんだよね。僕みたいに全く分からないけどバンザイっていうのはさ、「設定して」とか「買ってきて」っていう人間で次々とキャベツを買うようにガジェットを買い替えるから、何のこだわりもない。物神がない、フェティッシュがない、車やメカとか、時計とか電子的ガジェットとかに。それを物神化して愛着持つ人っているじゃない。でもそういうのは何にもない。

X 特にこれをというのもないですか?

内田 うん、iPadって言うけど、すぐ忘れちゃうの(笑)。物に対する愛着がないの。だからコレクションをしたこともないの、一回もない。

L iPadを買おうと思ったのは興味があったからですか?

内田 何これ何これっていうね。その、人の話を聴いて理解するのがおっくうなのでとりあえず現場に行っちゃったり本人に会っちゃったりする。iPadって言われた時も、知ってるよそれは、でも読むのが面倒なのでとりあえずブツを渡せ、ってなる。それでああなるほどね、分かった分かったって言うの。やっぱり現物が大事なのね。現物、現場、本が基本なわけね。

X それはその、研究の一次資料でも同じようなのですか?

内田 そうね、レヴィナスなんて会わなきゃ分からないもの。あれやっぱしね、会わなかったら随分理解が届かなかったと思うな。会えば、ああこういう人なのかなるほどなるほどってなる。それまで分からなかった人が会っただけで分かるということはあるものね。

L 僕たちまさに今回ね、内田先生に出会って…

内田 会えば分かるでしょう。どういう風に(僕のことを)思っていたの? よく言われるのはでかいですね、ってこと。みんなもっと小さい人だと思っていたみたい。

L 本の中では、自分は意地が悪いとか…

内田 意地は悪いよ。

L どんないじめ方をするのか…

(一同笑)

内田 よく言われるんだよ。けっこういい人ですね、って。

(一同笑)

内田 けっこういい人なんだよ…こんなところでよろしいでしょうか。遠いところからご苦労様です。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

16.「まぁ、そのうちわかります」―哲学自体が“装置”

X 『愛の現象学』は読んでみたんですけど、やっぱり途中から…何と言うか…

内田 まあ、それはそのうち分かります。

L やっぱり何度も何度も読めば少しずつ深まっていくものですか?

X ある程度時間的な差は必要なのですか?

内田 めちゃくちゃ時間がいる。読んで、全然分かんなかったって思って終わって、何年か経って読むと、はっとなる。それでね、分かんないんだけど、分かりたいってずっと思ってるわけ。だから少しでも分かるきっかけとなるような情報というのも入れておくわけね。もうほとんどこの難解な書物を分かるためだけに生きていくようなものなのね。そうすると開くんだよ。あ、これとこれとこれが使えるって。だからけっこうインターバルって必要。2年くらいはね。最初に翻訳した時なんて、自分が訳した訳文読んでも全然意味が分からない。しょうがないからあきらめて原稿用紙を全部押し入れに突っ込んで、2年間何もしなかったんだよ。それで2年目に取り出して訳してみたら、今度は少し訳せた。その2年間何してたかっていうと、育児をしてたんだけどさ。育児なんてものをやってみると見方とか全然変わってくるよ。恐れ入りました。

やっぱり大きく変わったのは子供を育てたときと、離婚したときと、親父が死んだとき。意外に大きかったのは父親が死んだこと。あ、人間って死んでも生きてるというのが分かったね。「存在するのとは別のやり方で」って言ってるけど、あ、人間って死んでも確かにいるもんなってことがリアルに分かって、なるほどこのことを言ってたのかってなってね。だから親父が死なないと分からなかったというのもあるんだよね。そういう風にしてああいう哲学者というのは、人間の成熟していく階梯で経験することというものを全部順番に踏んでみなきゃ分からないように作ってるんだよね。だから哲学自体がビルドゥングス…”装置”なんだよね。

L じゃあ焦っても仕方がないですか?

内田 そうそう。だからゆっくりゆっくり。20代くらいの人のレヴィナス論なんて読むに堪えないんだよ。分からないところはカットして、ここだけは分かりましたって言ってる。それで分かったところからレヴィナスはこうなんだって断定するようなものもあるけどさ、そういう風に読むものじゃないんだよ。成長するために読む、あるいは自分の成長を時々点検するために読むものだからさ。今はここまで分かりました、この辺は不明です、くらいの方がいいと思うんだよ。

L いまでも分からないところってあるんですか?

内田 ほとんど分からないね。3割は分からないね。前は3割くらいしか分からなかったからね。7割は分からなかったところが7割は分かるようになった。

L 本を書くのは分からなかったところが分かるようになったということを伝えたいからですか?

内田 そうそう、ちゃんと生きていればいいんだよっていうことをね。何も哲学書を読まなくても日々の暮らしの中で経験することをちゃんとまっすぐ生きていれば、それが哲学するということだから。だからその、在日韓国人として二つの愛国心に引き裂かれるなんてそれこそ特権的経緯のあることだからね。そういう居心地の悪さみたいなものをどういう風に言語化していくかなんてことを考えたら、ある日突然様々な哲学者達の言ってたことが分かるようになるよ。そういうものなのよ。病気になって下半身が動かなくなってしまって、下半身が動かないままでどうやって楽しく生きていこうかって考えたら、ある日気がついたら難解の書を読んでも全部分かるようになったなんてね。面白いものでね、上手くいかない事があって、その上手くいかない事を飲み込んでなんとか生きていこうと思うと、きわめて汎用性の高い道具が手に入る。調子がいい、絶好調で暮らしている人ってね、いくらやっても成長しないのよ。いろんな不調に遭遇して、これをどうやって気分良く乗り切っていくのかということをあれこれ工夫していくうちにね、成長する。

L スランプも大事ですか?

内田 大事大事。だって何と言うか子供が生まれるなんてある意味ものすごい苦役なわけじゃない。それまで静かな暮らしをしていたのにビャーって泣いて、うんこは漏らすし、おしっこは垂れるし、げろは吐くしね。その状態とか、親の介護してて死ぬとかね。欠落感大きいし。離婚しちゃうとかね。そういう経験をしないと見えてこない真実というものも多々あるわけでさ、そういう経験している時に自分自身をモニターするというのはすごくいい経験なわけ。まあ、いろいろ苦労してください。努力しなくても苦労すると思うけどさ、貧乏でも全然厭わない、俺が貧乏でいいものか、ってね(笑)

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

15.若い頃読む本、年をとってから読む本、生涯読める本

S 何か変な話なんですけど、僕は本を読むと気が滅入ったりするんですけど、それは本を読まないほうがいいということですか?

内田 読む本によるんじゃないの? 気が滅入る本ってあるよ、たくさん。出てる本の8割くらいは気の滅入る本だから。気が滅入る本は読んじゃ駄目だよ。読んでチアアップされる本を読まなきゃ。それはわかるよ、この本はいける、この本は駄目だとか。どんな立派な人が書いてても、気が滅入る本ってあるんだよ。それは読んじゃ駄目、若い時は。

S 時期が来たら読めということですか?

内田 時期が来て、毒性に対して強くなったら読めばいいと思うけど。若い時に読むとね、特に頭のいい人が書いた本なんかみんなを巻き込んで地獄に堕ちる本とかあるからね。

G たとえばどういう本がありますか?

内田 うーん、どうだろう。急には思いつかないけど、今に残っている古典は大丈夫。岩波文庫に入ってるやつは大丈夫。百年くらいの風雪に耐えているから。昨日、今日のベストセラーの中にはすごく危険なものもあるからさ。歴史的風雪というのはすごく良いですよ。やっぱりね、それに耐えて生き残っている本はどこかで人をして立たしめるみたいなとこがあるからね。どんな本を読んでる時に暗くなったりするの?

S 中学、高校の時に小林秀雄の本にはまって…

内田 暗くなるわ、それは。

(一同笑)

S なんか、初期のころのものをけっこう読んでて、ああ、もうだめだな…みたいな。

内田 やっぱりね。感化力が強いからね、小林秀雄は。中学生くらいで読むもんじゃないよ。何で読んだの、だいたい?

S 最初『考えるヒント』あたりから入ったんですけど、それからわりと初期の方へ行ってしまって、スパイラル的にはまりこんで…

内田 小林秀雄なんて、もっとジジイになってから読めばいいのに。若い時はさ、太宰治とか三島由紀夫とかさ。

S 太宰治は大丈夫ですか?

内田 太宰治は大丈夫、いつ読んでも大丈夫。

L 先生、これ読んどけみたいなのは無いですか? これ面白いぞとか。僕たちくらいの年齢で。

内田 君たちくらいの年齢で…いやあ一人一人違うからなあ。

L 先生は現時点で、今生きている中で…

内田 こないだ出した本は、『若者よマルクスを読め』という本で、それはあまりにもみんなマルクスを読まないから。マルクスを読まないとだめだよというか読んで、という本は出しましたけどね。まあマルクス、フロイトとかですかね。

X ニーチェとかは?

内田 ニーチェはいいんじゃない?

(一同笑)

内田 でも、なんというか人間勉強だよね。こういう人もいるんだなあっていう。でも(ニーチェは)あんまり若い時に読む本ではない気がするな。40越してからでいいんじゃないですか? その頃読むとさ、なるほどなるほどというか、(ニーチェも)辛かったんだねという…

(一同笑)

X ニーチェ自身が書いているのは20代後半で…

内田 20代から40代くらいで…けっこう考えていることが若造なんだよね。

G やっぱりマルクスやフロイトとかを読んだ学生とそうでない学生に先生は違いとか感じられますか?

内田 どうだろうなあ…昔だってみんな読んでたからね。読んでてもバカがいっぱいだったからね。

(一同笑)

内田 ただ、生涯読める本だからね、マルクスもフロイトも。20の時も30の時も読めて、そのたびにため息が違って、そういうものは面白いよね。60になって読んだら面白いけど、高校生の時に読んでもつまらない。そういう本もあるけど、高校生が読んでも面白い、それがマルクス。いつ読んでも面白い、味わい深いです。

X 最近先生は、再発見したという本はございますか?

内田 やっぱり最近再発見したのはマルクス。高校生にもマルクスを読んでほしいという本を出すために改めて読み返してみてやっぱり深いなあって思ったね。

L そこまで人生に影響を与えた本を読んだことはないです。マルクスはけっこう来ますか?

内田 マルクスは来るよ。あとレヴィナスもけっこう来たね。レヴィナスとレヴィ=ストロース、あとラカンは来たねえ。あ、カミュ。カミュも来たよ。いちばん来たのはレヴィナスかな。来るというのは意味分からないかもね。来たんですよ。足元が震えるような感じ。何言っているか全然わからないけどすげえこれ、っていう。

L それは決して難解だからというそれだけの理由ではなくて…

内田 難解なんだけど、その難解の理由が難しい言葉を使っているだけではなくて、俺がガキだからっていうのもあるんだよ。この人と経験したこととは質が違う、だから分からないんだっていうのは分かるんだよ。子供だと分からない。大人にならないと分からない。きわめて教化力の強いテキストなんですよ、大人になれよっていう。大人になってからまた来いっていうことだね。

X 先生はそのようなテキストはお書きになるつもりはありますか?

内田 時々書いていると思うんだよな。その、この辺は自力で何とか頑張ってねというところを残した書き方はすることがあるからね。そこまで階段を出しちゃうと足腰が弱っちゃうと思うから、この辺の階段は自分で上がって来いよって思って抜きとっちゃうことはあります。

V ユダヤ文化論の後半あたりは階段をとってしまった感じですか?

内田 あれはね、俺が息切れしているの。

(一同笑)

内田 さすがに難しい、この辺になっちゃうと。でもレヴィナス論としてはずいぶん分かりやすい、他の先生方が書いているものよりは。まあそのうちレヴィナス論も文庫化されますのでぜひ読んでみてください。『レヴィナスと愛の現象学』と『他者と死者』というのが来年文庫化されます。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

14.「もっと貧乏すればいいのに」

S ちょっと別の話に移らせてもらいますが…ブログで内田先生の大学時代に関しての記事を読んだのですが、個人的にはああいうものに憧れみたいなものを抱いていて。ああいう大学時代の過ごし方というのは今でも必要だと思われますか?

内田 そうだなあ…中進国の大学生だから(笑)、とにかくみんな貧乏だったから。お金が無い中でどうやって工夫して楽しく暮らすかと。「じゃあキャンプでもするか」という感じですよね。他にあまり楽しみがなかったんだよ。今みたいにみんなお金を持っていて楽しいことがいっぱいあればそれは改めて…でも共同生活というのは本当に「お金がない」に尽きる。前提条件として。とにかくみんなで限られた資源を共有するしかない。どうやって愉快に共有するかというように考える。もしいま僕がもっと若くて、豊かな国に生まれていたら、「別に一人でいいよ、一人が好きなんだよ、来んな来んな」と言ったかもしれないしね。それはわかりませんよ。社会の前提条件が違うから。でも楽しかったけどね、キャンプ生活は。結構もちろんつらいわけですよ、その、5人で共同生活するというのは。「俺のラーメン誰が食ったんだよ!」が年がら年中だから。

S お金があるとそういうのはできませんかね?

内田 そうだね。共同生活するエクスキューズが無いからね。

L 今の若者もみんなお金無いと思いますが、昔は次元が違うくらいお金が無かったんですか?

内田 そうだねえ、文化的にあまり子供のころから「お金が無い」ことに訓練されていないんじゃないかな。「金が無いなりに楽しもう」ではなくて、どうやって金を稼ぐかという方向に頭が働いている。僕らの頃は「どこに行っても金が無い」という感じだから。今だったら学生で起業したりするけど、僕らの頃はやってもやっても金は無いし、所詮知れてるわけで、そのわずかな金をみんなでどうやってやりくりして面白おかしく暮らそうかという風に考えざるを得なかった。

X 今の話に続けてなんですけど、今の大学生を教える側の立場からご覧になって、昔と変わって、こういうことすればいいのになあと思うことは有りますか?

内田 もっと貧乏すればいいのになあと。(笑) 資源の乏しい環境に置かれた時に人間は持っている本来の資質が開花するというか。たとえばトマトでもさ、お水あげないでカラカラなとこに置いとくとワーッと実がなるのと同じで。みんな生来のすごく豊かな資源を持っているけど、環境が緩いと発現しない。環境が厳しくなると生き延びるために必要な様々な力が出てくるわけで。だから基本的に環境の関数なので人間主体の側が努力してどうこうというのはなかなかできない。頑張って欲しいなあとは思うけどさ。でも進んで貧乏になるっていうのは…(笑) だけど僕は「貧乏は怖くない、恐れるな」と言っているけどね。貧乏になったらなったなりにいいことがあるよというか。必ずそれを埋め合わせるための能力が出てくるからね。こっちの方がおもしろい。おもしろいと言ったら変だけども。結局お金とか社会的地位というのは外付けでしょう。無くなっちゃう。自分の中に発現してきた人間的な資源、能力…危機管理センサーとか何でも食えるとかどこでも寝られるとかすぐ友達ができるとか、そういう能力は無くならないからね。

X やはり内田先生は身体的な方だと…

内田 持ち歩けるものは頭の中につめこんだ知識と身体資源だけだからね。後のものは全部なくなるからさ。基本的には諸行無常で祇園精舎の鐘の声だからね。ユダヤ人と同じで、自分に投資するなら絶対無くならないもの…頭の中に入っているものと体の中に身につけた技術。これは絶対無くならないから。「どこに行ってもそれで食える」ものを作るのが必要で。今の豊かな世界で若い人たちが一番遠ざけられているのは「ここで無一物になったときどう食っていくか?」という問いだよね。そういう問いを発したことが無い。「全部なくなっちゃいました。裸一貫です。どうやって食っていきますか?」と言われたとき、「あ、俺はここにきちっと知識入ってるし、体にはしっかり色々な技術があって、どこに行っても食えるから」というのが無い。そういうことのために時間使ったりしないでしょう? ほとんどの人が投資しているクラスの勉強とかは、今の社会システムの中でしか価値を持たないような種類の知識や情報だよね。このシステムが瓦解した時にも使えるものに若い時は投資しないと。

V では、このシステムはもう長くないということですか?

内田 いや、結構良くできたシステムだから持つとは思うけど、でもあちこち破綻してくるとは思うし、機能不全であるということがローカルにはあると思う。まあ、大きなカタストロフとか大破局は来ないと思うからそんなに心配しなくてもいいと思うけど、細かいカタストロフなんかは何度もある。そこに巻き込まれる可能性があるからそこで生きのびる基礎的な知力と体力、生きる知恵と力を身につけないとね。言わないものね、生きる知恵と力なんか、学校教育では。それは生きることがあまりにも簡単になっているから。例外的な歴史的状況のなかのことであっていつまでも続くわけではないからね。

G でも、どれが今のシステムが崩壊したときに役に立つ知識かを見極める力が今の人には不足していると僕は思うのですが、先生はどうお思いですか?

内田 うーん、だからカタストロフというのは予見不能、未知で何が起こるか分からないということだから、何が起きるかわからないことがここで起きますからこれをやっておきましょうということはあるわけないのだからね。何が起きるかわからないからとりあえず自分だけは一番やりたいことをやっておきましょう。これが一番正しいですよ。これがしたいんだけど、こっちをやったほうがいいらしいぞということはやる必要ないわけね。これやってもし死んでこれが使えなかったら本当に無駄なわけでしょう。したいことやった分にはとりあえずね、後で使えなくてもああ面白かった、ってなるわけじゃないですか(笑)。

G 自分の体のシグナルに従うということですか?

内田 これやりたいなあという、何というか生きる知恵と力が一番のびのびと最大化するような生き方を考える。それを知っていると、こういう時にこういうことをしているといいらしいぞ、微妙な変化だけど、生きる意欲とアイデアが湧いてくるぞ、っていうのがあるわけね。こういう生活をしていると(自分が)全部閉じていく、どういう時に閉じてどういう時に開くかにはいろんな条件があるんだよね。それこそ食生活とか睡眠時間とか健康管理とか対人関係とか、している仕事とか住んでいる場所とか。あるアパートに暮らしている時は暗くて、引っ越したら開くということがあるからね。そういうことを重ねていくうちに、自分がいい状態で意欲があって、センサーの感度がよく、基本的に上機嫌でいられるのはどういう条件が整っている時なのかということが分かってきて、それをずっと引っ張っていくと危機体制が非常に強くなっていく。早くから分かるから、あっち行きたくないって。

G 私事なんですけど、いま僕はオーケストラに入ってて、どちらかというと学校の勉強より音楽のほうを優先させているんですけど、でもそれは自分でやりたいと思っているので、それはそれで自分の声に従っているということですか?

内田 やりたくて、それに従っている自分の調子が良ければね。オーケストラばっかりやってて、やってる俺は駄目だと言って落ち込むとかいうのではあまり意味がない。その、何をやるかではなくて、何をしたら機嫌が良くなるか。上機嫌というのが本当に大事なんですよ。危機は機嫌が良くないと乗りきれないの。あの、暗い顔したやつが大体すぐ死んじゃうんだよ。陽気な人とか、にこにこしている人が死活的危機を乗り切れるというのが経験則なんだよ。どうやって機嫌を良くしていくか。

G それはやっぱり自分がやりたいことをするわけですか?

内田 やりたいことっていうのかなあ? 変な話だけどやりたいことを我慢して義務を果たすことで結果的に機嫌が良くなるということもあるからね。だからここら辺のさじ加減は難しいのよ。だからバランスでね、例えば勉強6のオーケストラ4、5の5、5.5の4.5、という風にやっていくうちにこれが一番バランスいいということにある日気がつくわけよ。その一番バランスがいいところでやればいいわけ。10、0とか絶対バランスが良くないから。それはね、外形的なアウトラインがなくて自分の感覚で決めるしかないわけよ。これが一番安定しているって。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

13.愛国心の定型は作るな

L すごく個人的なことを聞いていいですか?

内田 どうぞどうぞ。

L 愛国心についてですが…僕は在日の韓国人なんですけど、全く韓国に対する愛国心を持っていなくて、ただ僕は日本で生まれたけど韓国の血を継いでいるので韓国のことを勉強しなさいよと強制されるわけです。けど僕としては韓国にほとんど縁もゆかりもないし日本ですくすく育ってきたわけですから、特に韓国のことを勉強する必要があるのかよくわかりません。内田先生は著作を見る限り愛国者ですよね? その愛国者というのは、例えば日本からいろいろな恩恵を受けているというクールな計量のもとで愛国しているのか、それとも、ここで育ってきたという愛着があるから愛しているのか、内田先生はどちらですか?

内田 いや、もちろん両方です。公的な政治システムの中でずっと60年間生きてきて、投獄もされず弾圧もされず拷問にもあわず(笑)生きてきた以上は今の政治体制に関しては基本的には僕を投獄しなかった点でありがとうという感じで。いいシステムだなと思いますね。

L 僕としては韓国の恩恵を受けているわけでもなく、しかも日本に生まれ育ったので、「おまえは韓国人だから韓国の勉強しろよ」といわれたときに非常に納得できないんです。

内田 それは「日本人だから日の丸に敬礼しろ、国歌を歌え」というのと同じでさ、「何人だから何すべきだ」という文型は愛国心とは最も縁遠いと思うね。愛国心はもっと内発的なものだから。

L たとえば内田先生が僕と似たような境遇だとしたら、韓国に興味を持たれるかもしれませんが…

内田 もしそうだったら、「日本もいいし韓国もいいねえ」といった感じで「ダブル愛国心」とかなるかな(笑) わりと僕は二股かけるというかブリッジするのがすごく好きな人間で。日本に生まれた在日韓国人で韓国と日本の橋渡しをするとかすごく楽しそう。

L もう「韓国と日本の橋渡し」というのが「在日韓国人なら」みたいな定型化された言われ方なんですよ、もはや僕たちの社会では。僕はそういう定型化されたものに触れるのがあまり…

内田 定型が嫌いなの。いいと思いますよ(笑)。とにかく愛国心は強制するものじゃないし、僕だって「結構日本っていい国だな」と思いはじめたのが40代くらいからだから。それまでは「自分自身に与えられた場所だから、この環境でベストを尽くすしかない。「よそへいって楽しく暮らそう」ではなくて、今自分が生まれ育ったこの場所を自分にとって居心地のいい場所にする。そのために努力するしかないだろう」と思っていて。それで、ある段階から、そういう風に考えるのが愛国心だと思うようになって。

X でも「愛国者だから○○」しろと言われるのは―

内田 命令されるのは大嫌い。「おまえは○○なんだから○○しろ」は大嫌いだから(笑)。愛国心の発現の仕方は無限にあると思う。みんなちがうわけであって。「「こういう風にふるまうのが愛国的である」という定型は作るな」が年来の主張だからさ。

L それこそ通知表にそういう評価欄を作るのは…

内田 評価しようがないからね。だってそうでしょう、突き詰めていったらさ、自分がいる場所をよりよい場所にしたいというような気持ちのことでしょう。自分のいるところは滅びればいいとかもっと邪悪な人がはびこればいいとか思っていたらそれは愛国心じゃないと思うけど、もうちょっといい国になってもらいたいなと思ったらそれはもう愛国心だよね。そのために何かする…空き缶拾うとか、席を譲るとかからはじまって。既にそこから愛国心。住みよい社会にしていく。自分の住む社会が気持ちのいいところになってもらいたいという自然な願いというか。

X そういう意味では愛国心を持った人が増えてくれればいいと…

内田 そう。「俺だけ良ければいい」人よりは「みんなが住みやすくなればいい」と思う人が増えた方がいい。

L 意外と「日本はこういうところがダメだ」と言う人の方が愛国心を持っているということですか?

内田 いやあ、そうでもないと思うな。そんなこと言う暇あったら缶でも拾えよというか。結構「日本はだからダメだ」って言う人は何にもしてないよ。

L 口だけということですか?

内田 うん。やっぱり額に汗してやっている人はあまり言わない。言いにくい、というか言えないもの。ずっと60年間日本に暮らしてきて、40年間選挙権を持ってきた人間が「日本という国はよくない」なんて言えるわけがないじゃない、「俺の国」なんだからさ。この不出来なシステム含めて自分がコミットして、こういうものにしてしまったわけだから。この責任は有るわけで。「誰が日本をこんなにした」とか言えるわけがないじゃない。よくいるでしょう、「こんな日本に誰がした」っていう人。「おまえだよ」と(笑)。

X 『こんな日本でよかったね』というわけですね。

内田 そうそう。「いいじゃないのこれで、こんなもんだよ」という感じで。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

12.昔はわりと決めつけてました

X 先生の先ほどのお話の中で、「先進国だから、中進国だから」という話がありましたが、先生の「判断を保留するもの言い」はすごく特徴的なような気がするんですが。バシッと何かを言うことは無くどちらかというと「こういう事実があります。私はそれに対して評価をしていません」というような…それは何かから影響を受けてそうなったのですか、それとももとからですか?

内田 いや、割と昔は決めつける人だったけど(笑) 決めつけると面白くないんだよね。「これはこうだ!」と言うと絶対それでは説明しきれない部分が残って、その部分は切って捨てるわけだよね。この部分がもったいない気がしてきて。結局、「スパッと断言する」というのは人に向かってショウオフしているわけで。「おれは切れ味のいい知性を持ってるぞ」ということを誇示するために「○○だ!」と言い切っているわけで。人にどう思われようと関係なくて本当に世界の成り立ちを知りたいと思ったら、決めつけるより「ああでもないこうでもない」としていたほうが結局いい。物を観察する時はなるべく中立的な視点から見た方がいいでしょう、先入観を持たずに。対象に対する関心があれば断定的なことは言わない。

X 内田先生の文章を読んでいて思ったのですが、「内田節」というか文章に不思議なリズムがあって。それは書いているうちに洗練されてきたものですか?

内田 だんだん自分の社会的なポジションというかね、何のために本を書いているかというのがわかってきて。若い時に書いたもの、例えば研究論文だったら、研究者たちに見せる。特に年上の人、自分の成績を査定する人に向けて「いかに自分は勉強しているか」をアピールするものを書いていて。だんだんそういうことが無くなってきて、自分にも友達にもわかるように書くようになっていった。ある年齢から、若い人たち―自分より経験も少ないしまだ知識も足りないような人たちが主な読者というようになってくると全然書き方が変わってくる。

X 宛先の違いで―

内田 うん。やっぱり誰に向けて書くかということで。どんどん宛先が、年上から同年代そして年下という感じになってきて。昔だったら「専門的な権威」に向けてだったのが「同業者」、その次は「市井の皆さん」となると語り口が違ってくる。扱っている材料も分析の方法も基本は一緒だけど宛先が違う。すごくコロキアルな(口語会話的な)形になってくる。学術論文では絶対許されない語り口というのがあってその方が好きだったけど(笑)。それが昔は禁止されていたけどもう使っていいよという大義名分がある。ややこしい話を分かりやすくするのが昔からすごく好きなんだよ。

X それは感じます(笑) ブログとかで…

内田 ややこしければややこしいほど燃えるわけで。

X ユダヤ文化論なんかは…

内田 あれはねえ~…

X それでも難しかったんですけど(笑)

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

11.中進国の子供として育つ

L 著作の中で、ハンカチ落としだったか、気配を感じる能力を養う遊びをしなくなって、子どもがどんどん身体的なシグナルを感じなくなっていると書かれていたんですが、やはり昔の子どもと今の子どもは全然違うと感じられているんですか?

内田 それはもう全然違うと思うけど。でもそれは社会の違いだよね。関川さん風に言ったら僕たちは中進国の子どもで君たちは先進国の子どもだからさ、全く社会状況が違うじゃない。中進国はもっとワイルドだからね(笑) すごくリスクが高くて、将来の見通しだって本当に暗かったわけだから。何か今の人たちのを読むと、昔は明るかったとか昔は希望があったとかいうけどさ、希望なんかないよ。全くわからないわけだよ、未来のことなんて。それって「ええーっ」と思うけど、僕が子供の頃はとにかく二言目には「日本は戦争に負けたんだから」と。「何か買って」とか「チョコ買って」と言うと「ダメ」と言われて、「なんで?」(と聞けば)「負けたから」(笑)。 ずっとだからね、「負けたから」っていうのが。すべての不如意は「敗戦国だから」という。だから貧乏なんだということをずっと言われ続けて。

だから子供の頃は本当に、例えば「飛行機に乗る」なんてことは自分には絶対ないと思っていたし「外国に行く」なんてことは多分絶対ないだろうと。それで今みたいな暮らしをしていって…六畳一間で暮らしていて七輪でごはん。これがまあもう少し、家がこの三倍くらいになるとかご飯のおかずがもう二品増えるとか、それぐらいの変化はあるだろうと。けれど海外旅行とかアメリカ人の生活―テレビを見ているとか冷蔵庫があって車が二台あって―こんなの火星人の暮らし、みたいな感じでさ。そういう所を目指していこうなんて発想は全くなかった。なれるわけがないと。実は非常に暗かったんだよ、(将来への)展望というのはね。こんな感じの生活がちょろちょろ続いて行くだろうなと。それを「希望に満ちた」と言われてもさあ、違うだろう全然、というか。

X 先生の感覚ではいつごろそういう転機が訪れましたか? 徐々に変わっていったとは思いますが…

内田 60年代だから、東京オリンピックくらいからかな、急速に変わっていったのは。

L でも子供はその時代に即した育ち方をした結果、そういう身体的な―

内田 うん、中進国だったら子供なんか構っていられないっていうのがあったしね。とにかくまあ基本貧乏というか。貧乏だから、貧乏な生活に耐えていけるような子供になりなさいということだよね、一番の基本は。貧しくても大丈夫というか。何でも食えるとかどこでも寝られるとか。遊ぶ能力というのが大切。お金が無くても楽しめるのを考えろと。だから表に出て、お金が無くてもできる遊び―相撲とか、三角ベースをやる。もうちょっと大きくなってくると野球とかね。でも野球はグローブとかバットとかいるわけだからかなりお金がないとできない。あとは本を読む。本はまあ結構その頃でも潤沢にあったので。本を読む趣味を持っているとお金がかからない。あとは絵を描くとか漫画を描くとか。とにかくだいたいあれだよね、虫を捕るとかね、金かからないやつ。とにかく工夫第一で金は無いよという。その中でみんな工夫する。ベーシックな条件は貧乏。貧乏で先の展望が無い、というのが大体50年代、60年代の日本の子供たちの状況。その中でどうやって遊ぼうかなと考えるわけだから、例えばかくれんぼとかハンカチ落としとか缶けりとか身体感覚を敏感にするような遊びは結構おもしろい。どきどきする。

L やっぱり(今の)子供たちにそれが足りないというのは、マイナスですよね。

内田 うーん、先進国だからね。安全な社会だからさ、僕らの頃は実際にもっと危険だったからね。今の環境とは全然違うんだよ、やっぱり。「昔はすごく安全で最近は危険が多い」というのも嘘ではるかに昔の方が危険だった。犯罪発生率も比較にならないし。まず親が子供のことなんか見ていなかったから、食うのに忙しくて。基本的に放置だから。子供は全部放り出されて路上に出てざわざわ遊んでいるわけだから、防空壕に入ったり池にはまったり川で泳いだりとか。今だったら考えられないよね、小学校に入る前の子供が多摩川でワーッと泳いでいるとか。大人なんか誰もいないのに橋から飛び降りたり、今だったらヒステリックにキーッてなって「何やってんのアンタ!」「どうすんの流されたら!」―泳げないんだからさ、「わああああ」ってなる(溺れながら泳ぐ真似)(笑)。でも結構死なないものだよね。(当時の遊び場は)工場跡地ばかりだから、全部空襲されて焼跡のまま十年間放置されていたところで。鉄のくぎとかコンクリートの破片とかガラスの破片とかがジャーッとあるところでワーッと遊んでいるわけだからさ、転んだりとかしたら… あと穴に落ちる奴もいた。走っていたらいきなり地下室にドーンと落ちて上がれないとかね。タイル張りで上がれなくて「上げてください」って泣いて、大人が来て梯子をかけて子供を救いだすとかさ。そういうふうに極めてデンジャラスな原っぱで遊んでいたわけだから、やっぱり危険に対するセンサーというのはある程度持っていないと怪我しちゃう。大人が見ていてくれない場所は危険とか、犯罪も多いし。窃盗とかそういうのの多さは今の比じゃないからね。少年犯罪―「子供たちが危険だ」とか「今は少年犯罪が多い」とか言われるけど今の少年犯罪の発生率なんて1950年代の5%くらい。つまり当時の少年犯罪発生率は今の20倍くらい。警察がまだちゃんと機能していない時期の少年犯罪の数が(今の)20倍ぐらいだから、実際は(警察が気づいてないものも含めると)多分100倍ぐらいだと思う。すぐに物を盗むしさ…盗む、壊す、殴る、蹴る。コントロールする大人がいない状況で育ったわけだから。体罰なんかね、ありまくり。殴ったりけったりとか。高校生が喧嘩してチェーン巻いたり、竹槍で突いたりとか、そういう時代だったからね。要するに昔は危険な時代であったので(笑)、体感の練磨が必要だったと。今は安全なので犯罪も全く発生しないし。車とかは危ないけど知れてるしね。

G でも昔は良かったと主張されている方の多くは年をとった方なので、その当時は子供だった人ですよね?

内田 それは記憶を捏造しているからだよ。

V 先生がそういうことをちゃんと覚えていられるのはどうしてですか?

内田 それは「そんなわけないじゃん」って思っているから(笑)

G 他の方は自分が記憶をねつ造していることに気づいてないということですか?

内田 リアルタイムというのはね、後から来るとわからなくなってしまうんだ、ここ(現在)から見るとね。50年代というのは、2010年から見ると、「このあと高度成長があって、バブルがあって、色々あって、その結果こうなった」というルートをたどって見てしまうから。そのときのリアルタイムはわからない。リアルタイムは「ここからここは全部抜いて、この後何が起こるかは全くわからない」状態にして、はじめてわかるわけで。1958、59年というのは僕にとっては黄金時代なんだけど…すごく楽しかったし、日本も明るかった記憶があるけど、自殺率最高だからね。戦後最高、今より高いんだから。

X そういうのは後からデータを見て「そうだったんだ」と…

内田 結構わからないものなんですよ。実は50年代は見通しが暗かったんだよね。子供だから楽しかったけど、大人たちはどうしていいかわからなかったんだね。

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

10.中等教育までは型なんです

X それは大学であるとか、一生涯をかけて、ということであって、例えば、中学や高校の先生の場合には?

内田 微妙に違うよね。それは違う。

X 『先生はえらい』っていう本を読んだときに、本当に中高生はこういうことでやる気になるのかな、と疑問に思ったところがあって。

内田 中高の先生方はあれを読んでずいぶんうれしがってくれたみたいだけどね(笑) でもエライと思ったほうがいいと思うけどね。小学校から高校までは、先生を偉いと思って失望することを繰り返すのがいいんじゃないかな。

X 失望してしまったら、もう勉強のほうはいいや、ってなってしまうのではないか、という気がして。

内田 んー、でもしょうがないんじゃない? 小学校中学校の先生っていうのは、そんなに指導力無くてもいいと思う。たまたま先生になりましたっていう人が先生やればいいんじゃないかなぁ。普通の町のおじさん、おばさんたちがやるのがいいんじゃないかという気がするんだけどね。

一同 うーん。

内田 高校までの先生は教員免許がいるじゃないですか、つまり試験を受けてさ。それはメソッドがあるということなんだよね。大学教員はメソッドが無いわけで、僕らだって何も試験を受けなくて授業しているわけだから。つまり、ここまではメソッドが欲しい、ここからは人間が教えるっていう両方が絶対に必要なんだよね。前、松田さんというお相撲さんと話したんだけどね、あの人は相撲は凄い、って言うわけですよ。何が凄いかっていうと、素質がいらない。デブでありゃいいんだからって(笑) でかくてデブだったら大体いけるって言ってね。運動神経なんて全く関係ないって。他のサッカーとか野球とかラグビーだったら、まず生得的な素質があって、才能が無かったら伸びないと言うけど、相撲はデブならいいって言ってて。それだけ技術が体系立っていて、個人の資質に依存していない。技術を段階的に覚えていったらある段階で凄く強くなると。それで、その技術を会得した人たち同士が戦う。ちょっと番付が違うと全く相手にならないってくらいに技術が違って、個人の腕力とか運動能力は使い物にならない。極めて精緻な体系があるわけです。彼に言われたのは、生まれ持った脚力とか腕力で勝負が決まるようなものはつまらないでしょ、と。

それと似たようなもので、生まれ持った教育力や指導力はおそらく中等教育まで僕は要らないと思う。メソッドでいい。大学を出ていて、教員免許を持った人は、みんな学校に入っていく。そこでは、自然に先生らしく振舞うっていうある程度のパターンがあって、その型にカチッとはまると先生は上手く機能するんですよ。そうじゃないと公教育は成立しないもん。情熱があって、技術のある人しか教えてはいけないという教育議論はあるけれど、それは嘘であって、基本的に誰でも教えられる。型にさえはまれば誰でも教えられるようじゃないと、国民全体が18歳まで教育を受けるわけだし、公教育は成り立たない。教員の数も足りない。今の中学高校までの先生の中で生まれ持った指導力のある人なんてほとんどいなくて、ものの弾みでなっちゃったって人が長く先生やって、みんなから素晴らしい先生とよばれることもあるわけだし。中等教育までは型なんです。高等教育からは型とは少し違う工夫がいるんです(笑) 高等教育の場合は、知的なイノベーションを担う人たちを作っていくものだから、中等教育までのある程度基本的な知力とか体力とか道徳心とかを身につけるための教育とは目的が違っている。

L 型、型で問題ない…?

内田 型、型にはめていく。教員自身が型の有効性の生きる見本なわけだよね。日本の中等教育の先生っていうのは6種類しかいないんだよね。それは狸と赤シャツと野だいこと坊っちゃんとヤマアラシとうらなりなんだけどさ(笑)本当にこの6種類しかいないんだよ。坊ちゃんは明治38年の作品なんだけどさ、その時から100年以上、日本の中等教育の先生はこの6種類で足りてるわけだよね(笑) 日本の学制が始まった直後に漱石が松山中学校に赴任した時、6種類の教師がいれば大体できるな、と思ったわけ。(身振りを付けながら)赤シャツと坊っちゃんが両極にいて、真ん中に狸がいて、あと野だいことヤマアラシとうらなりがいる構造なの。

それで僕も感じたことなんだけれど、僕もこの大学に来たときは坊っちゃんだったのね(笑) 「ふざけるんじゃない!」とか言いながらいろいろしてたんだけど、そのうち気が付いたら赤シャツだったんだよ。「何も分かってないな」とか「アメリカでは」なんて(笑) 教員評価制度を導入しようとか、ISO9000をいれようとか、新しい経営方法を導入しよう、っていう赤シャツになっていった。それではっと気が付いたらいま狸なんだよね。「まぁまぁ、いろいろあるでしょうけども」って(笑) それはつまり中等教育が人格の問題じゃなくて役割分担の問題で、自分が教員組織に入った時の年齢とか立場によって6種類のどれかを選択して、しかもその選択したものも動いていくものなの。そういう学校文化が日本の場合百数十年続いていて、その中に入ると、金八先生でさえ坊っちゃんから狸になっていると思うんだけど、そういう風に遍歴を経ていくわけですよ。中等教育はある種のパッケージになっていて、惰性の強い、ある意味有効性が歴史的に検証されたシステムなのでちょっと高等教育とは違う。同日には論じられない。今日話したのは、高等教育における、研究者養成のための教育の教師像だから。

X 先生は大阪市の市長特別顧問なんですよね。そこでは高等教育ではなく中等教育の話をされてらっしゃるんですか?

内田 初等、中等教育をね。

X 先生は中等教育の現場をご存知で顧問をやってらっしゃるのですか?

内田 割と知っていますよ。先生の友達も多いし。

X ご自身の経験としては?

内田 それは無いね。塾とかで中学生をおしえたことはたくさんあるけど。僕の大阪市長に対するアドバイスは非常にシンプルだから。行政は教育に口を出すなと(笑)。僕はこの惰性の強い学校文化に対してまわりからあまり口を突っ込まないほうがいいという意見なんです。一番口を突っ込んでくるのは、政治家とメディアと、あとマーケットね。ただマーケットは直じゃなくて、親がそれに反応して、これこれの知識を身につけないと金にならないんじゃないか、金になることを教えろ、というプレッシャーがあるんだけど。あとメディアは学校に対して変われって。政治家は政治家で国旗を掲げて愛国心を持たせろとか、学力上げろとか言ってくるわけですよ。外部からの干渉は本当に何もいいことをもたらさないので、僕は市長に、教育の独立性を守ってくれ、学校に任せてくれと言っています。初等、中等教育のパッケージは長い年月をかけて練成されてきたある種の文化なのだから、四年任期の市長が自分の政治的信念に従って、教育に手をつっこんで引っ掻き回す、それで次の人がきて引っ掻き回す、そういうことはしてはいけませんと。市長を後ろから羽交い絞めにして、手を出さないでくださいとね(笑)

内田樹さんに会ってきた 2011.3.18 | by shuntaroamano

9.師匠の機能

L さっきの話と関係するんですが、権威のある人のところに人が集まってしまうという話なんですが、その方たちはいうなれば偉大な師匠なわけですよね? 先生の著作の中ではその偉大な師匠と出会うということが非常に大事な経験であると書かれていたと思うんです。例えば僕も東大で野矢茂樹先生という人に感銘を受けて学科を選んだりしたんです。その、権威のある人のところに集まるというのも、師匠に出会いに行くという意味では肯定的に捉えることが…

内田 もちろんですよ。師弟関係にしても、どんなものにもいい面と悪い面があるわけでね。

L その人だけを見ていく、ということでもかまわないんですか?

内田 もちろんですよ。なんというか、師匠の機能というのはこちらにやる気を起こさせることで、全然追いつくことのできないとてつもない学識があると思わせることができれば師匠の勝ちなんだよね。やってもやってもおいつけねぇや、と思わせるのが師匠の機能なわけで。基本的には自学自習だから、師匠は本当は何も教えてくれないんだよ。前途遼遠、きみはまだまだだねと(笑) それだけ言われて、ああでもない、こうでもないと自分自身の思いがけない研究スタイルが出来てきて、気が付けば、自分の後に業績ができているということなんですよ。先生がまだまだっていうからやっていたら、気づいたらずいぶん高くまできちゃったな、ということですよ。上昇を誘っていくというか、欲望の最遠点がどんどん遠ざかっていくというのが師匠の機能なんだからさ。

L 抜けない抜けない、という気持ちが

内田 そうそう。だから師匠を追い越したなんて言っちゃったら絶対にいけないんですよ(笑)

L 追い越したいという気持ちがあってのことでは…?

内田 追い越したいなんて普通思わないよね。逆立ちしても追い越せない、というのが極めて健全な弟子のポジションなわけで。師匠も、師匠の師匠に対してそう思っていた。ずっと何十代もそうなんだから、誰も抜けなかったら全員痴呆化してるはずなんだけど、なってないということはある意味全部幻想なんだよね。

X 客観的に見れば。

内田 客観的に見れば、弟子も結構いってるという感じなんだよね。はたから見れば、弟子のほうが凄いということもあるわけ。でもその師弟関係というのはダイナミックに作用しているわけ。先生にはとても追いつけないと。学問の世界でも武道の世界でもよくある話なんだけど、あなたの師匠よりあなたのほうが全然上だよ、と周りは思っても、本人は「先生は凄い」って。その結果はそこからきてるわけで、はたから否定することは無いわけですよ。

G 師匠が弟子に、どう頑張っても追い越せない、と思わせる最大の素質は何だと思われますか?

内田 やっぱり弟子を育てるのが上手い先生というのはいてさ、そういう先生はあまり弟子に関心が無いの。潰し屋先生っていうのがいて、そういう人は弟子に関心があって、ここがだめだとか細かく言って、いつも言ってるだろうと襟首掴んでギャーギャー叫んだりする。本人は指導しているつもりなんだろうけど、大体潰してしまう。

G むしろ放任という感じですか?

内田 放任というか、興味が無いというか。時々、「君、誰だっけ?」って(笑) 「先生、もう三年もいるんですけど。」っていうね(笑) でもそういう先生が結局一番指導力があるよね。自分のしていることに興味があるから、周りの人たちはどうでもいいというか、「それでいいんじゃないの?」というか(笑)この投げやりさが一番いいんじゃないかな。大体見てたらわかるけど、いっぱい人がついてきている先生っていうのは弟子に興味が無い。育てることに興味が無い。「なんだよこいつら、うるさいな」って(笑) 冗談だけどそんな感じなんだよね。弟子が来るのは仕方ないと諦めていて、金貸してくれって言われたら貸すとか、呑ましてくれっていったら呑ますとかそういうことはするけども、細かい面倒は割りと見ないね。

L 弟子は、師匠が格闘している姿を見て、ということですよね。

内田 そうだね、師匠は自分自身の目標が高すぎるので、弟子たちの先輩後輩なんか見たところで、みんな同じで、査定なんかしないもの。弟子たちを見て細かく査定していって、君はここがいい、君はここがだめだ、とか60点だとか90点だとかで点数をつけるような先生はだめだ。先生だったらみんな同じに見えるくらいじゃないとだめだよね。弟子の点数を5点刻みでつけられる先生っていうのは、目線が低いんだよ。上にいる人は、弟子はみんなランクが真っ平らだから分からないの。そういう先生が真についていくに足る先生なんだよ。

日本の知、世界の知の最先端 自然科学研究機構(旧国立研究所)の科学者たちが語る
「科学的発見とはなにか」
いま明かされる、一個の人間としての研究者の姿
立花ゼミも今年でグランドフィナーレ。
この一年の活動を追う。
東大生の親は平均年収1000万円!
東大に入るにはいっぱいお金がいるのかな?
でも、お金がなくても頑張って東大に入った。そんな人もけっこう居るようです。
「見聞伝」を掲げる僕たちにとって、「伝わるように伝える」というのは乗り越えなければならない大きな課題だ 立花隆『僕はこんな本を読んできた』に倣い、立花ゼミに集った学生たちがいま何を読み、 何を考えているのかを紹介する。理系から文系、マンガから純文学まで、幅広い本が紹介されるはずです。 「地球は生きている」という世界観はどこから来ているのか。
環境保護の思想に影響を与え続けている、ある地球システム論の展開を追いかけてみた。