前章ではアンケートで得られたデータを紹介した。
この章では、このデータを用いて比較考察を行っていく。
まずは、経済力の最も簡単で顕著な指標である親の年収を考えてみよう。東大の平均年収は約1000万円となっているのに対して、今回のアンケート結果は平均年収430万である。どれぐらいの年収の人が多く分布しているのかを見てみると、東大全体では950万円から1050万円が最も多いのに対して、三鷹宿舎では200万円台、300万円台が最も多いという結果になった。三鷹宿舎の学生は、平均的な東大生と比べて半分以下の経済力しかもたないということである。最も多くの学生が分布しているところを見れば、3分の1程度またはそれ以下と言うこともできる。
また、「東大生は金持ち」のイメージについて考えてみよう。20歳前後の大学生の親は、およそ50歳前後と考えることができるだろう。学生が第二子以降ならば親の年齢はさらに上がることも容易に予想できる。ここでは、東大生の親の年齢として50代を仮定する。では、日本全体で50代の平均年収とはいかほどだろうか。内閣府統計局の家計調査によれば、50代の平均年収は700万円である。この値は東大全体と三鷹宿舎の中間の数字である。確かに「東大生」というくくりで見てみれば日本全体と比べて高収入であるが、一方で、日本全体で見ても低収入である層が少なからず存在することがこの今回の結果からいえる。
次に、アンケート結果を詳しく見てみよう。三鷹宿舎で親の平均年収が430万と出ているが,図を見ればわかるように、かなりの低所得者からある程度の高所得者までばらけている。これは、三鷹宿舎への入居申請に対して、大学は家族の人数や年齢などを総合的に評価して入居者を決定していることを伺わせる。授業料免除の項で後述するが、東京大学では家庭の経済状況を評価する公式を持っており、これには家族の人数や学校に通う兄弟の人数なども考慮に入れられる。
では、実際に学生が自分の経済力をどのように評価しているのかを考えてみよう。今回のアンケートでは、「現在お金に困っているか」という問を「はい」「いいえ」の二択で聞いている。結果は困っている34% 困っていない65%であった。アンケートの対象に親の年収が低い学生が多く含まれていることを考えると、これは一見奇妙に見える。しかし、これを説明する非常に重要な事実がある。
三鷹宿舎では家賃が1万円で済むため、アパートを借りている多くの学生と比べて、毎月6万円程度負担が小さい。毎月6万円としても、1年で72万円である。これは国立大学1年間の授業料よりも高額である。このおかげで、三鷹宿舎に住む学生は生活を維持するための支出を非常に小さく抑えることができ、ある程度の余裕を持った学生生活を送ることができる。
他の要因としては、親の年収が少ない学生は、授業料免除や奨学金の支援対象となっていることが考えられる。これは約7割の学生が奨学金を利用し、半数の学生が授業料免除を申請していることから推測できる。(授業料免除は基準が公表されているため、通る見込みがない学生は普通申請しない。)今回のアンケートを行ったのが、授業料免除の通知が届く期日(7月上旬)より前だったので、ここでは授業料免除の申請を行ったか、という設問になっている。
申請した学生のうち、どれほどの学生が実際に授業料免除を受けられるのだろうか。アンケートの回答に昨年度の結果を回答してくれた、2年生以上と考えられる学生は30人おり、そのうち13人が授業料免除を申請していた。この中で9人は全額免除、3人は半額免除、1人は免除を受けられなかったと回答している。東京大学新聞(2008年9月2日号)によれば、「給与所得のみで年収400万円未満の世帯は全額免除」という制度が始まった2008年度夏学期の授業料免除申請とその結果は次の様になっている。
大学院生に比べて学部学生の申請者数が少ないのは、東京大学の場合大学院の方が定員が多いことや親の退職などが関係していると考えられる。
資料では、08年度から始まった学部学生の「400万円以下」に該当するケースについても取り上げられている。申請621件に対して全額免除576件、半額免除0件とあり、申請の9割以上が承認されている。半額免除がないことを考えると、承認されなかった申請は学力水準などの基準ではじかれたと考えられる。
資料から学部学生については、全額免除634件、半額免除178件をあわせて申請963件のうち84%が授業料免除を受けていることがわかる。比較として07年度前期比が紹介されている。学部学生の申請422件、全額免除269件、半額免除140件とあり、申請の92%が授業料免除になっている。新制度の下では授業料免除の通過率がやや下がっているが、申請数、全額免除ともに大幅に増加していることがわかる。
08年度前期の学部学生の授業料免除申請数は07年度のそれに対して2倍以上に増加している。この授業料免除申請の大幅な増加には、大学側が授業料免除の新制度を新聞などを通して広報したことが影響していると考えられる。
ここで、アンケートの結果に戻って、授業料免除を申請する学生について詳しく調べてみよう。次のグラフは親の収入に対して、授業料免除の申請および現在の生活が経済的に苦しいと感じるかという問いへの答えをプロットしたものである。親の収入が上がるにつれて、授業料免除を申請した割合が減少することが見て取れる。また、授業料免除を申請した割合が50%を切るあたりで、現在生活に困っているという回答した割合が最大になることがわかる。
このグラフおよび前述の資料を総合すると、学生は大学が公表している免除基準に従って、免除の見込みがある場合に授業料免除を申請していることがわかる。また、アンケートでは授業料免除を申請していない学生に対して、申請しなかった理由を尋ねているが、「基準を見たいしていないから」「必要ないから」という回答が多かった。
ただし、現在生活に困っているかという問いに対する答えは、親の収入が非常に多いわけではないが、授業料免除の対象にもならないという層に困っているという回答が多かった。理由としては、授業料の支払いが負担となってはいるが免除の対象とならない学生が厳しい経済状況におかれているという可能性、収入が低い家庭の学生は元々の生活水準が低く困っている感じないという可能性が考えられる。
(収支)
更に学生の大学生活を詳しく見てみよう。アンケートでは、大学での勉強はうまくいっているか、自分の将来は明るいと思うか、希望通りの大学生活か、大学生活は充実しているか、という設問に対して5段階評価をしてもらった。回答は総じてポジティブであり、特に最後の大学生活は充実しているかという問いには8割が「充実している」「やや充実している」と答えている。また、全体の8割の学生は何かしらのサークル活動に参加しており、そのうちの7割程度はサークル活動に対して特別な支出が発生しているということだった。
ここで、学生の入学以前の環境について見てみよう。
まず、親の学歴は両親とも高卒以上がほとんどであった。そのうち、大学卒以上は父親が6割、母親が3割だった。1970年代、80年代の大学進学率を考えると、同世代の大人全員の平均よりも大学進学率が高いといえるだろう。
親の職業形態としては給与所得者8割に対して、自営業1割強であった。
家族の人数は平均が4人で標準的な家族像が多く認められたが、一方で父子家庭母子家庭が2割程度存在した。
学生の出身高校は公立が9割以上であり、東京大学で一般的な私立中高一貫校出身者は1件のみだった。
大学進学の現役:浪人比は現役が6割だった。予備校での成績優秀者に対する学費免除制度などが活用されたと考えられる。また、低所得(年収400万円以下)な家庭出身の学生について現役で東大に合格した割合を調べてみると6割強であった。
経済状況を把握した時期・実家で経済的に困っていたか