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2010年度《見聞伝 駒場祭特設ページ》
学長選考と大学の自治 2009.5.1 | by admin

実際の運用:東大と東北大の規定上の違いと実際

ここでは国立大学法人法の規定が各大学でどのように運用されているかを、東京大学と東北大学を例にしてみていきたい。

先に言っておけば、東京大学と東北大学の間では、国立大学法人法の運用に、「規定上は」大きな差がある。

それは主に意向調査をどう扱うか、という点に集約される。

それを念頭に置きつつ、まずは東京大学の方から見てみよう。

 

東京大学では、第一次候補者を決めるため、代議員会を招集する。代議員会は、各学部や各センターから、のちの総長予定者を決定するための選挙における投票権を有する者から4人、投票権を有さないものから1人を選出して構成される。

(※旧帝国大学はもともと学部制ではなく、「東京帝国大学法科大学」のようにそれぞれが大学の名を冠しており、それの長が学長とよばれ、それらを統べるのが総長と呼ばれた。その後各科の大学は学部となったが、旧帝大の長を総長と呼ぶ伝統は続いている。東京大学や京都大学、九州大学、東北大学、北海道大学などである。)

細かい説明は避けるが、この代議員会における投票で、10位以内になったものが第一次候補者(非公表)とされる。

ただし、経営協議会はその10人のほかに2人推薦することができるが、濱田新総長に決まった去年の選考過程では、経営協議会はだれも推薦しなかった。(濱田新総長も経営協議会の委員だった。)

そして、総長選考会議はこの10人を5人にまで絞る。この5人が第二次候補者と言われ、公表される。総長選考会議が実質的な決定権を有するのはここのみである。

この5人の第二次候補者の中から、総長予定者を決定するため、教授会を構成する全教職員で選挙を行う。今年の2年生は総長選挙のため、午後から休講になった日を覚えているかもしれない。

この選挙で過半数を得票した候補が総長予定者となる。もちろん5人も候補がいては、そう簡単に過半数は得票できない。

過半数の得票者がいない場合は、同様の投票が繰り返されるのだが、3回やっても過半数得票者が現れない場合は、得票多数の2人に絞って投票が行われる。

ちなみに濱田新総長は4回目の投票で過半数を獲得した。まぁ、一回目の投票で過半数を獲得する候補は、よっぽど世にとどろく人望を持っているか、根回しに人生をかけてきた人物なのだろう。

そして、総長選考会議はこの選挙の当選者を総長予定者として決定する。

総長選考会議の権限は著しく制限され、従来通り、全学的な選挙が極めて重視されていることがわかるだろう。

 

これに対して東北大学では、「制度上」学内の意向調査自体を実施しないことになっている。

経営協議会と教育研究評議会がそれぞれ5人以内で推薦する候補と、助教授または教授30名以上の推薦を得た候補の中から、総長選考会議が最終的に決定するのだ。

2006年には実際にその形式で総長選考が行われた。

しかし、結局は、経営協議会、教育研究評議会がともに井上副総長のみを推薦し、教授・助教授30人以上の推薦を集めた候補はいなかったため、総長選考会議は唯一の候補者を追認することになった。

さらに教育研究評議会は推薦する候補を決めるにあたって、全学で選挙を行ったのである。その結果、他を引き離す票を獲得していたのが井上副総長だった。

経営協議会では、学外委員の推薦に基づき候補を決定するはずだったのだが、結局推薦してきたのが、現職の総長と井上副学長だけだったであり、東北大学は再任を認めていないので、結果井上副学長が推薦されることとなった。

東北大学でもこの制度導入時はもめていたようである。その批判は主に、現職総長が強引に成立させたものであるという点、意向調査を行わないという点、総長選考過程を明らかにしないという点、に集約していた。

しかし、実際に行ってみると、従来通りの総長選挙と変わりないものだったのだ。

つまり今のところ、東京大学も東北大学も、実質的には従来の総長選挙の体制を守っているといっていいだろう。

東北大学は挑戦的な制度を策定してみたものの、結局は他大学と同じような、従来通りの総長選考方法をとっているのだ。

学長選考と大学の自治 2009.5.1 | by admin

国立大学法人法の学長選考規程

ここからは具体的に国立大学法人法における、 学長選考の規程をみていくことにする。

前回の記事にも書いたが、 国立大学法人法によって、学長を選ぶに当たっては、 学外委員を加えた学長選考会議が置かれることになった。

しかし、それを理解してもらうためには、同じく国立大学法人化によって設置された、 経営協議会と教育研究評議会を解説しておく必要がある。

下の図表を見てほしい。 以下で下の図表を解説していく。

経営協議会は、学長と、学長が指名する理事と職員、 教育研究評議会の意見を聞いて学長が任命する学外委員、で構成され、 主に国立大学法人の経営に関する事項を審議する。

また、教育研究評議会は、学長と、学長が指名する理事、 各学部や研究科など重要な機関の長のうち教育研究評議会が定める者、 教育研究評議会が定めるところにより学長が指名する職員、で構成され、 主に国立大学の教育研究に関する事項を審議する。

そして、学長選考会議は、経営協議会から選出される学外委員と、 教育研究評議会から選出される学部などの機関長と職員、 それぞれ同数で構成される。 さらに学長選考会議の決定次第で、学長や理事も選考会議に加われるが、 それは選考会議の三分の一を超えてはならない。

つまり、機構長・職員らと学外委員が同数で、 全体の三分の一を超えない範囲で、学長や理事が選考に加わる。

国立大学法人法による規定はここまでである。

これらの規定の運用は各大学の裁量に任せられている。

たとえば人数の割合の規定は存在するが、 人数自体の規定は存在しないため、 そこは各大学の裁量である。

また、国立大学法人法自体には、 学内意向調査の規定自体が存在しないため、 意向調査をどの程度重視するかも異なるし、 そもそも行うかどうかも大学側の意思次第。

学長再任の規定も各大学の裁量に任されている。

次の記事では東京大学と東北大学を例に出して、各大学における実際の運用を見てみよう。

学長選考と大学の自治 2009.5.1 | by admin

法人化による学長の地位と役割の変化

国立大学法人化による学長選考の変化を考えるにあたって、 まず考慮しなければならないのは、その前後における、 学長の地位と役割の変化ではないだろうか。 まずはそこから書いてみたいと思う。

そもそも国立大学法人化は、法人格を付与することによって各大学の主体的な運営を可能にするものだった。

国立大学法人化以前の国立大学の地位は、 学問の自由に基づく大学の自治が配慮されたものの、 文部省の一部門という位置づけだったため、 学長も必然的に役割が限定され、 「調整者」という側面が強かった。

しかし、国立大学法人化後は、 学長が大学の経営と教学、両面のリーダーとなる必要性が出てきた。

ここに国立大学法人の学長の特殊性が表れている。

私立大学においては、経営を担うのが理事長、 教学を担うのが学長という形で、役割分担がなされているのだが、 国立大学法人においては、法人の長と学長が一致しているのだ。

これの良し悪しについてはいまだに議論があるが、 少なくとも、現行制度における国立大学法人の学長に関して言えば、 経営と教学の両方を統括しなければならない。

もちろん、それは学長を選ぶ際にも影響を及ぼす。

これまでの学長は、学内の、そして学内と学外、主に文科省との間の調整者だったため、 学長は学内の選挙で選ばれれば良かった。

しかし、これからは大学という組織を率いていくための、 経営手腕や強いリーダーシップというものが、 問われるようになったのである。

そして、そのような観点を導入するために考案されたのが、のちに詳述するが、 経営協議会から学外委員を学長選考会議に参画させるという制度だろう。

ここがさまざまな大学で問題となっているポイントである。

学外委員が半数を占める学長選考会議は、 学内で行われた意向調査の結果を翻していいのか。

それは「学問の自由」からくる「大学の自治」に反しているのではないか。

しかし、意向調査に反した結論を学長選考会議が出してはいけないとするならば、そもそも学外委員を学長選考会議に参加させる意味などあるのか。

これがこの企画の一番のポイントになりそうである。

もちろん、ポイントはこれだけではないだろう。

少し視点をずらせば、学長の再任を認める制度を持つ大学において、 現職の学長を学長選考会議に加えるのは、 公平性などの観点に照らして正しいのか。

などである。

これらの問題に対する考えを展開するのは、 国立大学法人法における学長選考の規程や、 各大学が実際に取っている制度運用を記述してからにしよう。

学長選考と大学の自治 2009.5.1 | by admin

国立大学法人化

具体的な学長選考過程を考えていく前に、 発端となったと考えられる国立大学法人化がなぜ起こったのか、 について簡単なまとめを書いておきたい。

そもそもの発端は1996年に第二次橋本龍太郎内閣が成立し、 行政改革を提唱したところに始まる。

この行政改革では、肥大化した国家組織の改編による、 効率的な政府の実現が第一に目指された。

「官から民へ」、「国から地方へ」、 「行政機能のアウトソーシングによるスリム化」と などといったスローガンは、政治経済や現代社会、 日本史を選択した受験生ならおなじみの言葉のはずだ。

この行政改革の一環として独立行政法人という法人格が設置された。

この「独立行政法人」というのは、 各府省の行政活動のうちから、国自らがやるまではないまでも、 民間に任せるわけにはいかず、単一の組織で実行すべきものに、 法人格を与えて効率的・効果的に実行させるものである。

たとえばセンター試験を作っている独立行政法人大学入試センターは、 共通第一次学力試験、通称共通一次を実施するために、 1977年文部省に設置された大学入試センターが、 1999年に独立行政法人化されたものだ。

その流れで、文部省の一部門であった国立大学も、 独立行政法人化の対象として議論の俎上に上ることとなった。

この橋本内閣における行政改革の議論の主要な担い手は、 総理大臣直属におかれた行政改革会議であったが、 そこでは、国立大学の民営化まで含めたドラスティックな議論も展開された。

しかし、各国立大学などから反対意見が噴出したため、 行政改革会議は最終報告において、 国立大学の独立行政法人化も選択肢には入るものの、 大学改革は長期的に検討しなければならない問題であるため、 早急な決定は避けるとした。

その後2000年には、文部省に、 「国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議」が設置された。

その議論の過程で、各大学ごとに法人格を付与すること、 また、国立大学という総称が人口に膾炙しており、 大学教育及び学術研究を主体的に展開する法人としての性格を反映させるため、 「国立大学法人」という独自の法人格を付与することが決定された。

2002年、国立大学法人化を促す閣議決定を経て、 2003年2月には国立大学法人法など関係6法が国会に提出され、 同年7月に成立、10月に施行された。

そして、2004年、全国の国立大学が法人化された。

これが大体のアウトラインである。

もちろんさらに詳しく込み入った議論が、 それぞれの会議や審議会で展開されていたのだが、 それらには個別の事象を語るときに言及することにする。

学長選考と大学の自治 2009.4.26 | by admin

学長選考と大学の自治企画開始にあたって

ここ数年、学長選考問題がさまざまな大学で発生している。

たとえば富山大学。 学長の就任に対して、6学部の教授会が反対や懸念を表明する声明を発表している。

新潟大学、滋賀医科大学では訴訟にまで発展している。 高知大学は現在も訴訟中だ。

なぜこのような問題が発生しているのだろうか。 Web長山本君から富山大学学長選考問題を教えてもらってから、 かなりの下調べをした。

調べてみると、直接的には5年前の国立大学法人化に伴う、 学長選考の制度改変に端を発しているようだ。

もちろん根はもっと深い。 学問の自由、それから生まれる大学の自治とも関連してくるだろう。 さらには、選挙とはどのような制度なのか、 どのような制度であるべきなのか、 などという民主主義の根幹にまで達する議論も可能だろう。

また、このゼミを主宰されている立花隆先生の著作、 「天皇と東大 大日本帝国の生と死」の中では、 戸水事件や沢柳事件、滝川事件などの いわゆる戦前の大学受難史を詳細に描かれている。

日本における学問の自由や大学の自治は、 それらの事件の教訓として戦後確立した。 それらに関連した歴史的な側面からの考察も考えなければならない。

諸外国の制度との比較も避けられないだろう。

国立大学法人化から5年が経過した。 とりあえずのまとめの記事を書くのにもちょうどいい時分だろう。

目標としては、国立大学法人化による学長選考の制度的変更点、 各大学固有の制度から、問題の経緯、論点などを体系的にまとめ、 それに対する考察を書いてみたいと思う。

これからの更新にご期待いただきたい。