L すごく個人的なことを聞いていいですか?
内田 どうぞどうぞ。
L 愛国心についてですが…僕は在日の韓国人なんですけど、全く韓国に対する愛国心を持っていなくて、ただ僕は日本で生まれたけど韓国の血を継いでいるので韓国のことを勉強しなさいよと強制されるわけです。けど僕としては韓国にほとんど縁もゆかりもないし日本ですくすく育ってきたわけですから、特に韓国のことを勉強する必要があるのかよくわかりません。内田先生は著作を見る限り愛国者ですよね? その愛国者というのは、例えば日本からいろいろな恩恵を受けているというクールな計量のもとで愛国しているのか、それとも、ここで育ってきたという愛着があるから愛しているのか、内田先生はどちらですか?
内田 いや、もちろん両方です。公的な政治システムの中でずっと60年間生きてきて、投獄もされず弾圧もされず拷問にもあわず(笑)生きてきた以上は今の政治体制に関しては基本的には僕を投獄しなかった点でありがとうという感じで。いいシステムだなと思いますね。
L 僕としては韓国の恩恵を受けているわけでもなく、しかも日本に生まれ育ったので、「おまえは韓国人だから韓国の勉強しろよ」といわれたときに非常に納得できないんです。
内田 それは「日本人だから日の丸に敬礼しろ、国歌を歌え」というのと同じでさ、「何人だから何すべきだ」という文型は愛国心とは最も縁遠いと思うね。愛国心はもっと内発的なものだから。
L たとえば内田先生が僕と似たような境遇だとしたら、韓国に興味を持たれるかもしれませんが…
内田 もしそうだったら、「日本もいいし韓国もいいねえ」といった感じで「ダブル愛国心」とかなるかな(笑) わりと僕は二股かけるというかブリッジするのがすごく好きな人間で。日本に生まれた在日韓国人で韓国と日本の橋渡しをするとかすごく楽しそう。
L もう「韓国と日本の橋渡し」というのが「在日韓国人なら」みたいな定型化された言われ方なんですよ、もはや僕たちの社会では。僕はそういう定型化されたものに触れるのがあまり…
内田 定型が嫌いなの。いいと思いますよ(笑)。とにかく愛国心は強制するものじゃないし、僕だって「結構日本っていい国だな」と思いはじめたのが40代くらいからだから。それまでは「自分自身に与えられた場所だから、この環境でベストを尽くすしかない。「よそへいって楽しく暮らそう」ではなくて、今自分が生まれ育ったこの場所を自分にとって居心地のいい場所にする。そのために努力するしかないだろう」と思っていて。それで、ある段階から、そういう風に考えるのが愛国心だと思うようになって。
X でも「愛国者だから○○」しろと言われるのは―
内田 命令されるのは大嫌い。「おまえは○○なんだから○○しろ」は大嫌いだから(笑)。愛国心の発現の仕方は無限にあると思う。みんなちがうわけであって。「「こういう風にふるまうのが愛国的である」という定型は作るな」が年来の主張だからさ。
L それこそ通知表にそういう評価欄を作るのは…
内田 評価しようがないからね。だってそうでしょう、突き詰めていったらさ、自分がいる場所をよりよい場所にしたいというような気持ちのことでしょう。自分のいるところは滅びればいいとかもっと邪悪な人がはびこればいいとか思っていたらそれは愛国心じゃないと思うけど、もうちょっといい国になってもらいたいなと思ったらそれはもう愛国心だよね。そのために何かする…空き缶拾うとか、席を譲るとかからはじまって。既にそこから愛国心。住みよい社会にしていく。自分の住む社会が気持ちのいいところになってもらいたいという自然な願いというか。
X そういう意味では愛国心を持った人が増えてくれればいいと…
内田 そう。「俺だけ良ければいい」人よりは「みんなが住みやすくなればいい」と思う人が増えた方がいい。
L 意外と「日本はこういうところがダメだ」と言う人の方が愛国心を持っているということですか?
内田 いやあ、そうでもないと思うな。そんなこと言う暇あったら缶でも拾えよというか。結構「日本はだからダメだ」って言う人は何にもしてないよ。
L 口だけということですか?
内田 うん。やっぱり額に汗してやっている人はあまり言わない。言いにくい、というか言えないもの。ずっと60年間日本に暮らしてきて、40年間選挙権を持ってきた人間が「日本という国はよくない」なんて言えるわけがないじゃない、「俺の国」なんだからさ。この不出来なシステム含めて自分がコミットして、こういうものにしてしまったわけだから。この責任は有るわけで。「誰が日本をこんなにした」とか言えるわけがないじゃない。よくいるでしょう、「こんな日本に誰がした」っていう人。「おまえだよ」と(笑)。
X 『こんな日本でよかったね』というわけですね。
内田 そうそう。「いいじゃないのこれで、こんなもんだよ」という感じで。