X 先生はそのあとサラリーマンになろうとはお考えにはならなかった…?
内田 一時期、大学院の修士課程の時は、大学院行きながら1週間のうち3日くらいは会社行って、という感じで両方掛け持ちしていました。でも修論は集中して書かないといけないので週3日会社行くとかいうわけにはいかなくなって、その時にとりあえず、半年くらい会社のほうを休ませてもらって修論を書きました。それで博士課程入ったときに、さてどうしよう、と思って。結局、博士課程に入った以上は一応研究者を目指そうと思って、その時に会社はやめました。博士に落ちたらね、それはそれでしょうがないから会社に戻ろうって思ってたんだよ。
G 会社ではなくて博士課程を選んだ直接の理由は何でしたか?
内田 だって面白そうなんだもん(笑)。
X そのころですよね、レヴィナスをお読みになったのは?
内田 そうですね、修論を書いてる頃ですね。そのときは始めて3年くらいの時だったけれども、ビジネスがすごくうまくいっちゃったのね。会社の売り上げが月々倍になっていくみたいな感じで。どんどん新しい仕事にも手を広げていって、編集も出版もやったりとか、コンサルティングもやったりとか、色々なことを始めていた。最初はゼロから、最下層から始めて「今に見てろよ」っていう気持ちだったのが、あっという間に「今に見てろよ」になっちゃって(一同笑) そのとき、なんだ結構簡単だな、ビジネスっていうのは、って思ってね。その、結構簡単だなビジネスは、っていう部分と、でもこれからあと大きくしていくにはものすごい段差があるわけだよね。キックオフしてからそこそこ回っていって、毎月まあ定額の収入が得られていって、売り上げもしばらくは大丈夫そう、という段階までは簡単なんだよね。社員が10人くらいの状態まで。でも資本主義の企業っていうのは、どんどん大きくしていかなければいけない。10人を20人、20人を50人、50人を100人、100人を1000人っていう風にさ。とにかく会社は巨大化していく、ひたすら右肩上がり、っていうのが基本ルールなんですね。でも、もう社員が毎月のように入ってくるわけですがそのうち名前も覚えられなくなっちゃって。あまりに早く大きくなってしまって、ちょっとこれはまずいんじゃないかな、これはあまりやりたいことじゃないな、と思い始めた。最初はすごく面白かったんですよ。仲間内で、みんな学生運動くずれでまともに就職できそうもない奴ばっかりだったのですけど、途中から結構ちゃんとした学歴の人が入って来るようになりました。
L ちなみにその会社はそのあとどうなりましたか…?
内田 そのあと? 21世紀に入った最初くらいまではずーっとうまくいってて、そこで本当は店頭公開して大金持ちになるはずだった。けど、そのあとリーマンショックのころか何かにえらいことになってしまって、この前株主総会の議案が来てたけれどももう赤字でボロボロみたいですね。
X 道をお決めになった時の話に戻りますけど、博士課程に入った時には仕事が面白くなかったというわけではなくて、仕事は面白かったけれども研究のほうがもっと面白そうだった、ということでしょうか?
内田 うん、一つにはね、仕事っていうのはコラボレーションだ、っていうことがある。集団でやることで、3年間くらいみんなで集中してコラボレーションをやってきて、そういうチームプレーはすごく面白かったんだけどさ、ときどきフッと一人になりたいって思うことがあって。結局、書斎の人なんですよ。書斎にこもって細かいことをネチネチやっていきたいという思いがあった。大学入ってから7、8年間っていうのは、大体いつも仲間とつるんで大騒ぎして、もうエンドレス・サマーキャンプ状態でした。いつもキャンプやるっていう感じでワイワイやっていて。それで一回だけ、修士論文書いている半年間くらいだけ籠って書いたことがあって、その修士論文書いているときっていうのが楽しかったんですよね。久しぶりにみんなと別れて一人きりになって書いてね。それで春休みにまた会社とかやっていたんだけど、「サマーキャンプはそろそろ切り上げ時かな?」って感じた。ちょっと一人になりたいな、って思ってね。ギューッと、週4日くらいは誰にも会わないで部屋にこもって、っていうのがやりたくなっちゃったのよ。
X それから先は、逆に寂しくなって、ということはありましたか?
内田 そのころはね、結婚してたからさ。
L 学生のうちに結婚された…?
内田 いや、卒業してすぐでしたね。
S 修士論文を書く前までは、自分から一人になろうということはあまりなかったのですか?
内田 あまりなかったですね。修士論文を書いているときは、やっぱりある程度継続して抽象的なことを考えなくちゃならないので誰とも口を利かないで書くんですね。そうするとゾーンに入るんだよね。グーッと入り込んでいく瞬間がある。その感じっていうのは、みんなでビジネスをやっている時とか学生運動をやってる時には無いんですよ。その、深いところにグーッと入っていく感じは。あの感じが何とも。ある種の霊的な経験に近いのだけどもね。ずーっと自分で本読んだり論文書いたりしてきわどい論理の隘路をたどって進んでいくうちにグーッと入り込んでいく。瞑想するのにも近い。もう、その快感が忘れられなくて。あれをもう1回やってみたくて、会社を抜けて一人で机に向かうことにしたんです。
L 今でもそうですか?
内田 今でもそうですね。ここでも仕事をたくさんやっているんですが、やっぱり早く辞めたい。いままでまた騒がしくやってきたから、また一人になりたくなっちゃったんですよ。
X 今は一人で研究されるということは…?
内田 ああ、時間が全然ないんですよね。原稿を頼まれて書くとか、企画があって、その企画について相談して…っていうのもやっぱりコラボレーションなんだよね。僕の仕事なのだけども、みんなの仕事、みんなでつくっていきましょうという感じなのである種のチームプレーなんです。それはそれで楽しいんですけどね、チームプレーをやっているとゾーンに入るっていう感じは来ないんだよね。ガーッと入っちゃったら、編集者が読んでも分かんないんですよ。「これ何が書いてあるんですか」って(一同笑)。でもそれをずーっとね、長い時間やっていくと、そのあとにすごく広々とした感じがある。それがブレイクスルーっていうものですね。それがあると、そのあといろんな仕事もできるようになるんだけれども、時々一人になって深く縦穴を掘っていく時間がやっぱり必要になる。時々、何年かに1回そういう長い時間が要る。