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2010年度《見聞伝 駒場祭特設ページ》
2010.11.8 | by yuki

「文字と人間」introduction

「文字と人間」企画とは、文字が如何に人間に影響を及ぼしたのか、則ち文字という視点から人間を見つめるものです。

文字はまごう事なく文明の産物です。今世界で用いられる文字の大半の元となったと言われるヒエログリフ、大分勢力は縮まりましたが東洋の知の根源である漢字が生まれたのも、高度な文明社会です。農業の発達、クニの形成、クニ同士の衝突、大規模統治の必要性、そして文字。これらはみな一つのライン上にある出来事です。このことは、所謂未開社会(文明の発達していない部族社会と同義と考えてよいでしょう)は文字を持たない事が多い事からも自明です。文字は高度な政治システムの形成と、それに伴う記述の必要性から生まれるのです。

このように見ていくと、文字があたかも文明に隷属しているかのように見えますが、果たして本当にそうでしょうか。文字が、文化、政治、社会に影響を与えた例もあるのではないか。これらを探っていくのが、この企画の目的です。

文字には形体(shape)、構造(system)、成立背景(background)の3つの要素があり、それぞれ様々な形で世の中に現出しています。総括すればエクリチュールとも言う事が出来るかもしれません。形体はカリグラフィー、タイポグラフィーとして、構造は文学として、背景は政治、民族意識として、我々に強く影響を与えているのです。

例えば日本。日本人は古代、大陸から伝来した漢字を使い、記録や文芸活動を行いました。朝廷では漢文が正文と見なされ、正式な記録は漢文で記され、漢文学が専ら隆盛しました。この傾向は平安時代までも続き、嵯峨天皇や清和天皇の治世、平安前期には弘仁•貞観文化が生まれました。この時代は菅原道真や弘法大師といった漢文の名手が活躍した時代です。しかし、そのような中で漢字の音を抽出して日本語を表そうとする試みが為されるようになりました。それが万葉仮名です。万葉仮名には漢字の意味を利用して日本語の音を漢字にあてる訓仮名(「山」を「やま」と読む)と漢字の音をそのまま利用して日本語の音を表す音仮名(「君」を「伎美」と記す等)がありました。しかし、漢文、万葉仮名は日本語を書き表すにはあまりにも不便でした。漢文は日本語とは全く異なる言語ですし、万葉仮名を用いたとしても文字の数が無限大のため、一つの単語を書き表すスペルが何個も存在して大変煩雑でした。このような先人の苦労の中、仮名が生まれたのです。仮名は漢字から音素のみを抽出した文字で、典型的な音節文字です。これは開音節言語である日本語に非常に適した文字です。これにより、人々は身の回りの出来事や自分の心情を自由に記述する事が出来るようになり、平安仮名文学の発展につながったのです。これは仮名の構造が、日本語の記述を容易にし、日本文学に影響を与えた例です。この影響は現代まで続きます。例えば、

 

a. いち、に、さん

b. イチ、ニ、サン

c. ?もうれつ

d. モーレツ

e. とうた

f. *トータ

(いずれも犬飼2002より)

 

これら3組の言葉の中で、どれが自然(可能)ですか?a.、b.はどちらも自然でしょうが、ニュアンスは異なります。b.のほうはa.よりも掛け声を張って、大きな声で言っているように感じます。しかし、c.は大分不自然です。d.に至っては有り得ません。しかし、なぜ「イチ、ニ、サン」は掛け声のように感じ、「モーレツ」「とうた」は自然でも、「もうれつ」「トータ」は不自然なのでしょうか。この理由に、仮名が関連するのです。仮名には平仮名、片仮名の二種類があり、使い方は異なります。片仮名は元来漢文の訓読用に漢字の一部をそのまま抜き取って生まれたもので、文字の発音の描写に使われます。一方、平仮名は漢字の草体であり、日本語の文章を記すために広く用いられました。そのため、片仮名は文中で用いられると語を視覚的に浮き立たせて、印象づけるのです。「淘汰」はあまり日常会話で用いられない専門用語です。そのため、漢字で記すことができなくても不自然ではなく、本文を記す上で用いられる平仮名で書いてもおかしくはありません。しかし、それ故片仮名で書いてしまうと、文中で浮いてしまい、奇妙です。「猛烈」は、日常会話で用いられる言葉であり、副詞性の言葉です。「ゴーゴー」「フワフワ」といった擬音語、擬態語は音を描写する片仮名を用いるのが普通であり、擬態語に近い「モーレツ」も片仮名で記します。このように、現在我々の仮名の使い方も仮名の構造と長い歴史に基づいており、これも1つの仮名からの影響と言えます。

企画概要は以下の通りの予定です。

  1. テーマとなる文字の設定
  2. 文字の勉強会、読書会
  3. 気になるジャンルについて専門家にインタビュー
  4. フィードバック
  5. ゼミのウェブページにアップ

このように記すと大変学術的色彩の強い企画のような印象を受けるでしょうが、企画立案者は文字を単に愛でている人間なので、企画とは関係なく文字への愛を叫ぶだけになる可能性もありますが、そっとしておいてあげてください。扱う文字は古今東西、限定はしていません。どの文字も人間と関わってこそのものですから、調査対象にしても問題はないと思います。ただし、線文字Aをやりたいです、とか未だに解読不能な文字は難しいかと思います。まぁ、解読してゼミの快挙とするのもありですが。また、僕は「無文字」というものにも興味があり、いつか調べる事が出来たら良いと思います。現在来ている希望では、キリル文字、ルーン文字、漢字、チベット文字と多岐に渡っているので、はてはてどうまとめていこうかと迷っている段階ですが、興味の範囲が偏らない方が面白くなると思うので、楽しみではあります。

先の見えない企画ですが、ご一緒に楽しんでいただければ幸いです。いざ、文字の世界へ。ナブ・アヘ・エリバ博士のようにはならぬよう慎重に、世界の根源へ。

参考文献

「シリーズ<日本語探求法>5 文字・表記探求法」朝倉書店 犬飼隆 2002

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